誘惑
短くてすみません。
兄がシジャル様に話をしてくると言った日。
兄は帰ってくるなり言った。
「司書長はダメだ」
私は心臓に剣を刺されたような気持ちになった。
「アルティナ、司書長は一筋縄ではいかない。外堀と言うよりダンジョンを組み立てて確実に殺るぞ」
兄は何を言ってるんだろう?
「アルティナも司書長を確実に殺るために本気を出すんだ」
私は慌てて『私はシジャル様を殺したいわけではありません』と書いて兄に手渡した。
「……解ってる。すまない。とりみだした。だが、司書長が一筋縄でいかないのは確かだ。アルティナ、お前も全力で司書長を誘惑するんだ!」
兄の言葉は衝撃でしかなかった。
次の日、図書館につくと私は年配司書のミランダさんに事前に書いていた『誘惑を教えてください』のメモを手渡した。
私の顔を見たミランダさんが『誘惑』と書かれた本を探してきてくれた。
私はその本を受けとると近くの席について読み始めた。
だって、誘惑が解ると思ったから。
読み進めるうちに、私は居たたまれなくなってきた。
何せ最初こそ恋愛小説だが、中盤まできたところで私は本を閉じた。
大人な表現に泣きそうだ。
はっきり言ってこんな公共の場で読んではいけない官能小説と呼ばれる類いの小説だと気がついたからだ。
顔が熱い。
そして、涙目になりながらミランダさんのところへ行って本を返した。
「あらあら、真っ赤になっちゃって。『誘惑』を探していたんじゃないの?」
『誘惑と言う本を探していたのではありません』
私の書くメモを見つめていたミランダさんはキョトンとしてから笑った。
「誘惑の仕方を知りたかったの?もう!そう言ってよ!」
ミランダさんの声のでかさに驚いてしまったが、理解してくれてよかった。
ミランダさんの横に座っていたエンジェリーナさんも興味津々の顔で私を見つめてきた。
「それって、シジャル様を誘惑するってこと?」
エンジェリーナさんの言葉に更に顔が熱くなる。
ミランダさんとエンジェリーナさんに生暖かい眼差しを向けられた。
「おばちゃんの時代の誘惑と今の誘惑って一緒かしら?」
ミランダさんの言葉にビックリした。
時代で違うものなのか?
「誘惑に時代の違いなんてあります?」
「無いの?私は旦那様をベッドに連れ込んだけど」
「か、過激!」
官能小説と大差無い行動に私は頭を抱えた。
「もっとあるでしょ?こけるふりして胸押し当てるとか、ちょっと胸元空いた服着るとか!」
「エンジェリーナちゃん、それはオッパイないと出来ないのよ?」
「ど、どうせペチャパイですよ!」
二人がそんな話をはじめて私はオロオロした。
図書館は騒いでは駄目だ。
そして、そんな聞かれたくない話ほど、図書館に響く気がする。
「君たちは何の話をしてるんです?」
呆れ顔のシジャル様が執務室の方から現れた時は飛び上がるほど驚いた。
「ああ、誘惑についてを話してました。司書長はどんな誘惑をされたいですか?」
ミランダさんのサラリとした言葉に私はプロの技を見た気がした。
「誘惑ですか?……」
し、知りたい。
私がワクワクして見つめると、シジャル様は苦笑いを浮かべた。
「……無縁すぎて解りません」
期待をした分、がっかりだ。
「シジャル様って本当に空気が読めませんね」
「えっ?エンジェリーナ君、厳しすぎませんか?」
「シジャル様はなにされたらドキドキするんですか?小説のヒロインのキュンキュンする仕草とか無いんですか?」
シジャル様は眉毛を下げて困り顔だ。
「いや、ありますよそりゃ」
「なら!好きなヒロインの恋愛小説を三冊選んできてください!早く」
エンジェリーナさんの呆れ顔にシジャル様は苦笑いを浮かべたまま、本を探しに行った。
「これで参考になるでしょ?」
頼もしいです!
エンジェリーナさんが綺麗なウインクをしてくれて、それにドキドキしてしまいました。
暫くしてシジャル様が持ってきた三冊をエンジェリーナさんが受け取り私に手渡した時シジャル様が不思議そうに首をかしげた。
「何故アルティナ様に?」
私がいいわけを書こうとする前にミランダさんが笑いながら言った。
「宝石姫だって誘惑の一つも身につけるお年頃ってものですよ」
その言葉にシジャル様が青い顔をして私の手にある恋愛小説を奪いとった。
何がおこったのか解らず見つめると、シジャル様はパラパラと中を見ると言った。
「アルティナ様がこんなことして惚れない男がいるとは思えません。むしろ危険が危ない!」
危険が危ないってなに?
私がキョトンとしているうちにシジャル様は本を返しに行ってしまった。
「宝石姫、大丈夫ですよ!タイトルは覚えたから後で私が持ってきてあげますからね」
ミランダさんの観察力が凄い。
「宝石姫を誰にもとられたくない!って言えないんですかね?」
「ほら、司書長女性に対してヘタレだから」
エンジェリーナさんとミランダさんのハハハっという笑いが響いた。
その後戻ってきたシジャル様に怒られた。
「アルティナ様は美人で可愛いから誘惑なんて覚えなくて良いです!本当に危険が危ないんですよ!解ってますか?」
私は少し口を尖らせてからメモに書いた。
『私は誘惑してみたいんです!シジャル様はこういった女性はお嫌いですか?』
それを見たシジャル様が固まった。
私はメモからシジャル様に視線をうつし、首をかしげた。
そして、シジャル様は弾かれたように一歩下がると頭を抱えた。
「「天然!」」
女性司書さん二人が深いため息をついた。
何を呆れられたのだろうか?
私が首を傾げるとミランダさんに頭を撫でられた。
何だか納得は出来なかったが女性司書さん達が楽しそうに笑っていたからまあ、良いかと思うことにした。
「勿論、慰謝料請求いたします!」買ってね!