ハンドクリーム
もう~いくつ寝ると~『勿論、慰謝料請求いたします!』の、は~つ~ば~い~び~!щ(゜▽゜щ)
料理長へのプレゼントはハンドクリームに決めた。
自分で作る本は借りてきたが、ハッキリ言って諦めた。
出来そうな気もするが、プロが作ったものの方が性能が良いに決まっている。
兄に頼み、薬屋さんに連れていってもらった。
ハンドクリームって沢山種類があってなんだかワクワクした。
沢山の香りがあって匂いを確認させてもらったら香水のように香りの強いものから、無臭のものまで幅広い。
料理長へのプレゼントは無臭一択。
よくよく考えたらハンドクリームは、シジャル様のお礼にもいいかも知れない。
紙とは手の脂を吸うのだ。
だからこそ、本の虫達は指の関節の部分が割れやすい。
よって、ハンドクリームはあって困らないはずだ。
色々な匂いを嗅いで何となくシジャル様のイメージの匂いを見つけ出す。
爽やかなグリーンシトラスの香りで近付かなければ解らないぐらいの弱めの匂いにすることにした。
匂いの好みは人それぞれだがら、なんとも言えないが悪くはないと思う。
それから、自分用に菫の花の淡い匂いのハンドクリームも買った。
さりげない匂いを凄く気に入ったからだ。
プレゼントを買った次の日、料理長にラッピングされたハンドクリームを手渡したらたら泣かれてしまった。
『いつも美味しいランチをありがとうございます』とメッセージカードもつけたのだけど、かなり涙で滲んでしまっていた。
「家宝にします」
『いえ、使って下さい』
っと書くはめになったのは仕方がないことなのだろう。
兄と一緒にご機嫌で食堂を出ると、第三王子であるファル様が立っていた。
「あは!ユーエン。それに、アルティナ嬢」
ファル様はニコニコ笑いながら私達に近寄って来た。
「ファル様、何か御用でしょうか?」
「別に~今日の業務は終わったから本でも読もうかと思って!アルティナ嬢、ご一緒してもよろしいですか?」
ファル様は美しい碧い瞳をキラキラと輝かせてそう言った。
父が飼っている猟犬の子供のような潤いのある大きな瞳。
そんじょそこらの令嬢では、太刀打ち出来ないほどの可愛らしさなんだが。
ああ、嫌だな……私、犬が苦手。
だって、あの子達って構われたくて構われたくて仕方ない生き物じゃない。
一回ボールを投げてあげたら永遠に投げてくれるものだと思うって生き物。
私は読書したいのに、構われたくて仕方ないって全身でアピールしてくるあの生き物がうざったくて苦手。
怖くもないし、可愛くも思うけど苦手なのだ。
「ダメかな?」
王子様に言われて『ダメです。来ないで下さい』と言える人間が何人居るんでしょうか?と聞きたい。
私はそんなことを考えながら笑顔を張り付けた。
図書館に着くまでファル様は私に話しかけ続けた。
本当に子犬のような方だ。
私は笑顔を張り付けたまま図書館に入った。
ついてくるファル様。
でも、読書をするならここでお別れだ。
本を読みながら話しかけられる人間なんて居ない。
話しかける余裕など本を読んでいたら出来やしないのだ。
私がそう思っている横でファル様がオススメは無いか聞いてきたので、今流行りの推理小説を渡した。
完全に没頭してしまえば話しかけて来ないと思った私は甘かった。
私が恋愛小説を読んでいる横でファル様が『これ、誰が犯人だと思う?』とか『この主人公性格悪すぎると思わない?』だとか話しかけて来るのだ。
構ってちゃん、この人構ってちゃんなのか?私の最も苦手とする構ってちゃんなのか!声の出ない令嬢に対してこの質問攻めはなんなんだ!
ファル様の存在は私の精神をガリガリ削るものだった。
「司書長!お帰りなさい~予算会議どうでした?」
「いや~例年通り……にちょっと上乗せ出来ました。ほら、今、図書館の利用者が増えているので」
「「「ああ!」」」
カウンターの方で司書様達の楽しそうな声がした。
見れば朝から姿を見なかったシジャル様がいるのが解った。
シジャル様を見かけて、私はホッとした。
何とも言えない安心感が彼にはある。
「ねぇ?アルティナ嬢?聞いてる?」
横にいたファル様が私の顔を覗きこんだ。
ビックリするから止めて欲しい。
私はメモ帳を取り出すと『少し用事がありまして、席を立つことをお許し下さい』と書いてファル様に渡した。
ファル様はニコッと笑った。
私が席を立つと、何故かファル様もついてきた。
本当に子犬のようだ。
私は気にせずシジャル様の元へ向かった。
私が近づいてきたのをシジャル様は直ぐに気がついてくれた。
「ファル様とアルティナ様」
私は持ち歩いていたラッピングされたハンドクリームをシジャル様に差し出した。
シジャル様は首を傾げてそれを受け取ると中を確認してヘニャっと笑った。
「自分の分まで、気を使わずとも」
私は首を横にふり『いつもお世話になっていますから』と書いてメモを差し出した。
シジャル様はそのメモを見つめると私の手をメモごと掴むと顔を近付けた。
驚いた私にシジャル様はニコッと笑って言った。
「なんだかいい匂いがします。ハンドクリームの匂いでしょうか?」
私は慌ててコクコクと頷いた。
「何の匂いでしょうか?花でしょうが……エンジュリー君解りますか?」
「シジャル様、無闇に女性に触るのはどうかと思いますよ」
「?……ああ、すみません」
女性司書のエンジュリー様は私の方を向くと言った。
「お手をお借りしてもよろしいですか?」
私が手を差し出すとエンジュリー様はニコニコした。
「何でしょうか?でも、アルティナ様にとてもお似合いの匂いです!」
「マジで!俺も俺も!」
エンジュリー様の隣にいた、前に見たことのある司書様が手を上げるとエンジュリー様とシジャル様に止められていた。
なんだかそのやりとりにニコニコしてしまったのは仕方ないと思う。
その時、ファル様が私のスカートをチョンチョンと引っ張った。
ファル様を忘れてしまっていた。
「用事終わった?」
私は仕方なく笑顔を作って頷いた。
「じゃあ、続き読も!」
ファル様は無邪気に私の手を掴もうとした。
「ファル様!ファル様が本に興味をもってくださるなんて自分感動いたしました」
「へ?」
「ファル様の家庭教師様方からファル様が興味をもつ本は無いか、教材は無いかと散々……いえ、沢山アドバイスいたしましたが興味を持っていただけて嬉しいです!」
シジャル様はニコニコしながらファル様の手を掴んだ。
「どんな本にご興味を?」
気が動転したファル様が口ごもる中、私はオススメした推理小説のタイトルを書いてシジャル様に手渡した。
「推理小説ですか!素晴らしいですね!しかもこのシリーズは現在二十五巻まで発売され、いまだ連載中の大作です。大丈夫ですよ。自分が明日までに全巻揃えて家庭教師様に手渡して差し上げますから」
「ち、ちょっと待ってシジャル」
「ファル様は直ぐに集中力がかけてしまいますから、ご自身の部屋でゆっくり読む方が良いのでは?」
「いや、あの」
「それに、アルティナ様は既にその本は読破していますから犯人が誰が解ってしまっていますし……」
シジャル様はニコニコしながら着実にファル様を追い詰めているように見えた。
「それに、本にのめり込むタイプのアルティナ様は本を読んでいる時に話し掛けられるのが苦手でらっしゃるので……嫌われやしないかと心配で」
「…………あっ!僕、用事があったんだった!じゃあ、またね!」
ファル様はそう言い残して走っていってしまった。
「そんなに慌てなくても」
シジャル様はハハハっと笑ってファル様を見送った。
その後、私が読みかけの本を読んでいる間にシジャル様が二十五巻セットを持ってファル様の家庭教師に会いに行ったのだと家に帰ってきた兄から聞かされることになるとは、その時の私は知るよしもなかった。
2018年9月15日ビーズログ文庫様より、
『勿論、慰謝料請求いたします!』が発売されます!
宜しくね‼