好きな人が初めて出来た日 人生が動き始めた瞬間
私の勤めていた会社に同期がそろそろ辞めると言い始めた。私もこの仕事を始めてもうすぐ二年。確かに体力は使う上、先がなかなか見えないのも事実。同期は辞める理由が結婚するとの事だった。家庭を優先したいとの理由だった。もっともだった。休みがなければ不安にもなる。
結婚か。おめでたいしいい家庭を気づいて欲しいと思った。
それからもう二年勤めた頃だった。会社が給料を固定から完全歩合制にするとなった。これには今までの社員は反発していたが、人を多く採用しすぎたせいか、営業せずサボる人間もそれだけ増えという事だった。会社は公にはしなかったが、現に契約していない社員が多く溢れていた。
その頃、営業していた時にたまたま出会わせた家で知り合った未婚で子供が一人いる女性と知り合った。
その女性と知り合って私は一目惚れをしてしまっていた。
私はこの人との出会いで人生の生きる喜びや目標を持てるようになった。そして、失いかけていた愛情というものも、感じるようになるのだった。
その女性は控えめだが、とても気の使ってくれる女性だった。
私はいけないと思いつつ連絡先を交換し、いつしかその女性と子供三人で遊ぶ様になっていった。彼女の名前は里美。子供は梨花だった。
遊ぶ内になんだか自然と家族の様に接する様になり、気づけば私は自分のアパートを解約し、彼女の家に通って生活する様になっていた。
子供の梨花も、私の事をパパと呼ぶ様になっていた。私は何も抵抗もなく、むしろ喜んでいた。お互いにパパとママと呼び合う仲になっていた。段々と私は彼女と子供を守りたいと思う様になった。
彼女は朝早く子供も保育園に連れて行き、私のお弁当を作る。私を見送った後、歩いて30分かけてパートに行く。そして私がどんなに遅くなってもご飯をその場で温めてくれて、ビールまで用意し、一緒に晩酌まで付き合ってくれた。どんなに疲れていようが彼女は弱音も吐かず、笑顔でいてくれた。
彼女は未婚だが、子供の父となる男性には、今まで相当辛い目にあってきたそうだ。
その男性は仕事もせず、仕事しても行ったふりをしてパチンコ。家では里美とまだ赤ちゃんの梨花に暴言が多かったそうだ。その男は時に里美の首まで締め、里美が梨花を連れて何度も逃げた事もあったらしい。逃げるたびに無理やり家に連れて帰られ、暴力もあったらしい。顔を殴られる事はなかったが蹴られたりで当時はお腹や背中にあざがあったらしい。男は金が無いとわかると、風俗行って働けなど、あまりに酷いものだったそうだ。
挙句の果てには他の女性と付き合い、妊娠までしたそうだ。
彼女はそれでも何も言わず我慢していたが貯金も全て使われ、このままでは子供がかわいそうだと思い、出てきたそうだ。
その後は友達を頼っては難をしのいだが、それも限界にきて、夜の仕事にも付いたそうだ。
何度も自身、自殺を考えてしまったらしいが、子供の事を考えて改まったそうだ。
今は無知だった頃から色々知って国の支援も受けなんとか生活をしている。そんな必死頑張って強く生きている彼女を見て私は守りたいと思ったのだ。
里美と梨花を喜ばせる為に私はとにかく、色んな所に出掛けた。私も今まで、家族というかけがえのない時間を過ごす事が出来るとは思ってもいなかった。
それが何より嬉しくて楽しくて仕方なかった。有名なテーマパークに行ったり、服を買ったり、色んな所に食事に行ったり、食べたい物を一緒に食べたり、家で映画を見たり、とにかくたくさん色んな事をした。
里美はいつも私に感謝していた。私も里美に出逢えた事に感謝していた。
時間はあっという間に過ぎ、彼女と付き合いが一年を過ぎようとしていた。
だが、私は自分ですでに彼女を不幸にしていたのかもしれない。
すでに私は貯金がなくなっていた。それでも喜んで欲しいと間違った愛情がどんどん暴走していっていた。
里美は全く私の貯金の件は知らない。仕事も完全歩合制になってからほとんど給料はない。
里美は私が貰っている給料で生活していると思っていた。私はそれでも何とかなるだろうと本当に甘い考えで持っていたクレジットカードを使って買い物をしていた。会計の際はなるべく里美にわからない様にクレジットカードで支払い、生活していた。
現金が必要な時は、キャッシングしていた。私はちょっとだけ使おう、ちょっとだけだから来月返そう、と安易に考えていた。
しかし、その生活は当然ながら長くは続かなかった。クレジットカードの請求がきてしまった。請求は12万ほどきた。私支払えないことに気づき、我に返った。里美には言えない。
そこで違うクレジットカードからキャッシングして、足りない分を父から借りてしまった。父には、仕事で稼ぎが少なく今月だけという理由で五万借りた。
もう、借りる癖がついていて、今更この楽しい生活を終わらせたく無いという気持ちと、なんとかなるという簡単に思っていた自分がいた。
私は何をやっているんだろうと思いつつ、里美や梨花の顔を見ているとついお金を使ってしまっていた。
しかし私の様子がいつもより暗い感じが里美は気づいていた。
里美は「パパ、お金大丈夫?パパ何も言わないから心配だよ。無理しないでね。もし困ったら私も貯金少しあるから言ってね」と言ってくれた。
私は本当に何をしてるんだろう。深い海の底に沈む様だった。
里美は少しずつ貯めたお金を私みたいなしょうもない奴に使う必要は無いと思った。私はすぐに就職活動をした。里美にも正直今の仕事は稼げてない事を話した。
ただ借金している事は言えなかった。里美は「私もパートじゃなくて、社員で働ける様に頑張る」と言ってくれた。
私はインターネットや求人雑誌を毎日見て、安定している仕事を探した。
それから数日、何社か受けた中で、住宅販売メーカーに受かった。大手ではなかったがそれなりのメーカーだった。
仕事は住宅展示場での接客だった。ただ唯一気になっていたのはいつも求人が出ており、ネットでもあまり評判は良く無い様だった。
しかし、今は固定給で生活する最低ラインの給料が必要だった。里美は家から歩いて通える老人ホームのヘルパーとして内定された。
私の仕事は週一の休みで固定給25万だった。実際は朝から夜11時ぐらいまで仕事で拘束時間は少し長めだった。しかしこれも里美と梨花の為にと必死だった。
里美は朝8時から17時半まで16万だった。休みが合わないが、夜はいつも里美がご飯を用意して部屋のソファーで寝そうな状態で待ってくれていた。
それも電気もつけず、テレビもつけずじっと待っていた。
私はいつも夜12時頃、家に着いていた。帰ってきて私は里美に「ママ、明かりつけてテレビ見ながら待ってていいし、無理しないで寝てていいんだよ」と言った。
すると里美は「パパが夜遅くまで頑張ってくれてるのに私なんかがテレビなんて見れないよ。それに少しでも電気代も減らせればって思うし。ご飯だって温かいもの少しでも食べて欲しい。ごめんね。逆に嫌だったら言ってね。ただパパには感謝しかないから、私にはこれぐらいしかできないから」と控えめに言った。
私はこんなに想ってくれる人を悲しませたりしたくないと思った。
しかし、一度狂った歯車はなかなか修正できなかった。
私が仕事に就いて約三ヶ月がだったあたりだった。会社では試用期間が終わりかけていたが、未だ営業として許可が出ていなかった。
理由としては座学一ヶ月、その後営業所にてロープレ試験をして許可が出れば営業として接客が出来る。
だが、そのロープレと言うのが営業所の店長と社員が何人か評価をして判断をする。お客様役には社員誰かしらがやる様になっている。ロープレのスタートは玄関からスタートとして家の隅々まで説明して接客、説明をする内容だった。
時間としては30分から1時間となっていた。それもロープレをやる時間は夜9時頃から始まる。一日仕事が終わった後にロープレの為に頭も若干鈍ってしまうがそんな事は全く関係無い状態だった。
ロープレが始まる。
玄関でいらっしゃいませと大声で接客。その後お客様は無言で色んな部屋を見たりこちらからの質問を無視したり、わざとわからない質問やロープレらしくない雰囲気で行う。
実際、ある先輩社員からは優希くんに対して、やたらロープレ厳しいよなって言われた事があった。
なぜそうかはわからなかった。結局、何度ロープレをしても途中で止められ文句というかダメだしを永遠されて終わる。周りからはダメだしされた所を修正出来たらもう一度やってやるという事だったが、こちらからアドバイスなどを聞いても、それは調べろ、考えろだけで終わる。
そして自分なりに修正出来たと思い、再度ロープレ試験に臨む。
また人が変わる。そして違うやり方でまた途中で終わる。仮に同じ人でお願いしても、わざと難しいお客様や無視するお客様をやったり、最終的にはあんたから買いたくないなどを繰り返し言われる。こんなに事がここ最近ずっと続き、自分では何が正解なのかわからなくなっていた。
そして、店長から「このままでは試用期間で終わりだね」と少し馬鹿にした感じで言われた。
周りの社員もため息をつき、やる気が感じられないと言われた。私は確かに頭が悪い為、なかなか物覚は悪く、そういった点ではもう少し勉強は必要だった。
それでも、誰より笑顔と元気と素直さ、謙虚などは何より私が一番気にしていた所で、これしかできる事はないと思い全力でやっていた。 それに何としても頑張らなきゃって思った。それは里美達が私の事を信じてくれている。
借金しながら生活してたなんて言えないし、裏切ってしまっているようなものだ。ここでやり直していくんだと。
それでもだめだめと毎日冷たく扱われていた。その時、ネットの評判を思い出した。社員の雰囲気が最悪で気に入った人しか受け入れないと。
そんな事を思い出し、恐ろしくなった。このまま何をしても無駄なのかと。
そんな風に思った瞬間、夜遅くまで毎日勉強して、営業の仕事をフォローして自ら色んな接待に積極的に参加して前に出ていたが全てここで終わるのかなと思った瞬間なんとも言えなかった。
それでも毎日、里美がお弁当を作ってくれて「パパ頑張ってね」と声をかけてくれてる。お弁当の隅に毎日カードサイズの手紙を添えてくれている。
そこには
パパが一日でも早く契約取れます様に
と切実に書いてくれていた。そんな事を思い出す度に自分を奮い立たせていた。私は何度も何度もロープレをお願いした。
しかし社員からは鼻で笑われ、中にはこんな風に言われた。「優希くんは何がしたいの?ロープレが仕事じゃないよ」と笑われた。
それでもお願いをした。土下座もした。すると店長が「しかたねーな、今日最後な」と言ってくれた。
時間は夜12時過ぎていた。ロープレが始まる。心臓はドキドキしているのが耳に響いている。最初の出だしは順調だったが、いきなりここの坪単価いくら?と質問があった。
私は平均の単価を答えた。するとわかったと返事をして、ロープレが終了した。その後何も言わず「だめだね」と言われた。
そして、店長と社員達は笑いながら話をしていた。頭が呆然として何を話してたか覚えていない。覚えているのは遠くで「優希くん、戸締りよろしく、お疲れー」とみんなが帰っていった事しか覚えていない。何がいけなかったのか、分からなかった。もう考えても答えが出てこなくなっていた。
里美達の為にと何度も、折れそうな心に鞭を打ち、やる気だけは無くさないようにと必死に笑顔でやっていたが、もう顔が笑っているのか、笑うしかなくなっているのかわからなくなっていた。
私はそのままその日はゆっくり、涙をこらえて家に帰った。
家に着くと里美は笑顔で「パパ、おかえりなさい。お疲れ様。ご飯すぐ温めるね。ビールあるから飲んでね。」と優しく声をかけてくれた。
私は返事を一つして無言のまま、ご飯を食べた。
里美は何が言いたそうだった。
次の日、朝起きて仕事の準備をしていると里美が「パパ、ちょっと話ししてもいい?」と言ってきた。
私は「どうしたの?」と聞き返した。一瞬。昨日の冷たい態度が何かあったかなって思った。すると意外過ぎる話だった。
「パパ、私、妊娠したみたい」と。
私はびっくりして嬉しいというより複雑な顔をしてしまった。
それを察知した里美は「ごめん、それだけ…」
俺はとっさに「本当に?嬉しいよー」と言った。
しかし、お互いの空気感の違いがはっきりしていたのは確かだった。
里美は「パパ、仕事気をつけてね」といつもより引きつった笑顔で言った。
俺は最低な態度をとってしまった。
里美は俺との子が欲しいと言っていた。
ましてや俺からその内結婚しようなど、話していた。
里美にとっては嬉しくない訳がないはずなのに。でも素直に喜べなかったのは、里美が嫌とか子供が嫌とかじゃなくて、今の仕事の状況だった。
私は今日仕事でちゃんと結果を出してロープレ受かろうと心に再度決めたのだった。
そして里美のお腹に宿った赤ちゃんのお祝いもしようと。
会社に着き、入り口前で気持ちを入れ替えて笑顔で会社に入った。するといつもの様に暗いというか反応もなかった。
それでも折れたら負けだと思い机に着いた。
すると店長から「優希くん、ちょっといい」と別室に呼ばれた。私はそのまま店長に呼ばれるがままに部屋に移動した。そして座る様に指示され私は着席した。店長から「試用期間が終わったけど、優希くんはどうだった?」と聞かれた。
私は「正直、こんなにもこの業界が深いとは思いませんでした。でも、とてもやりがいを感じました。」と答えた。
店長は少し下を向き「優希くんがやりがいを感じたならよかった。まぁ、何というかねー、悪いんだが、この業界を続けて行くつもりなら他に行ってくれるかな?」と言われた。
私は「他というのは?」と聞き返した。
すると店長は「今回、優希くんの本採用は見送る事になった」と言われた。
私はなんとなくここに呼ばれた理由は予想していたが、納得できていなかった。しかし、店長はそれを話してそれ以上話を聞こうとしなかった。そして店長が「一応、退職なんだが、今週いっぱいになる。それまでに荷物片付けだけよろしく」だけだった。
私は「退職は今日付けで結構です」と言った。もういいと本当に思った。
そのまま机を片付け退職の手続きをして、昼前に退社した。
車に乗った瞬間、今まで我慢していた感情が全て出てきてしまった。狂った様に発狂し叫んだ。そして泣きながらハンドルを叩いて叫び続けた。
しばらく動けなくなっていた。気づけばもうすぐ六月だった。もう一年の半分が過ぎていた。
気付いたら退社してから二時間ほど、ドラッグストアの駐車場で止まっていた。昼も過ぎていた為、里美が作ってくれたお弁当を開けた。いつもの手紙が入っていなかった。するとお弁当の袋したから、いつものカードサイズの手紙ではなく、普通の手紙が入っていた。私はその手紙を開けて読んだ。
パパへ
いつもの夜遅くまでお仕事お疲れ様。いつもありがとう。毎日が感謝でいっぱいです。パパはいつもどんな時も優しくて私はそんなパパに支えられています。私ね、職場でいつもシングルマザーって事で周りからかわいそうな人とか子供の面倒ちゃんと見れてるのとか偏見の目で見られてるの。言われてすごく嫌だけど、パパが帰って来てくれるだけで本当に幸せです。いつも大したご飯作れないのにおいしいって食べてくれてありがとう。パパも一日でも早く営業のお仕事できる様に祈ってます。体に気をつけてね。 里美
手紙を読んでいる途中に涙が溢れて止まらなかった。私はこの時ほど、時間を戻してください、チャンスをください。神様にお願いします。とお願いした日はなかった。
里美は里美で職場で思った以上に辛い事があるのに、俺は自分だけが辛いと感じでいたんだなって思った時、不甲斐ないと思った。
その日は帰りずらかった。車でずっと求人サイトを見ていた。とにかく出来そうな仕事を片っ端から応募した。
そしてお腹の子の為にも頑張らなければと思った。
私はその日は7時に家に帰った。里美は職場まで歩いて40分の所に通っていた。自転車買うって俺が言った時に里美は「大丈夫。昔から歩いて色々生活してたから平気だよ」と言っていた。
7時に家に帰ると里美は梨花を保育園から迎えに行って帰ってくるので、ちょうどご飯の支度をしていた。
里美は俺が7時に家に帰ってきた事に嬉しくて、とびっきりの笑顔で喜んだ。久しぶりに起きてる梨花も飛び跳ねて喜んでいた。
私は「ただいま、今日は久しぶりにみんなでご飯食べよう」と言ってご飯の支度を手伝った。
その日、いつかは話さなければいけないと思ったので、仕事がクビになった事を正直に話した。意外にも里美は驚きもせず、私に「パパは一生懸命頑張ったんだから、しょうがないよ。またパパがお仕事見つかるまで私も頑張るから」と言ってくれた。
その言葉だけで十分だった。