また全てが始まった日
その後、実家で生活をしていたが、気持ちの整理がうまくつかないでいた。
自分が原因であったのは百も承知だった。
だから言い訳何て無かった。
でも、家族がいない事がまだすぐに受け入れなれないでいた。
仕事の頑張りも生き甲斐も、妻がいて、子供達がいてくれたお陰で頑張れた。
ぽっかり穴が空いてしまっていた。
何かで埋めるにも埋めようのない毎日。
何度も心が折れそうになっていた。それでも遠くで頑張っている、里美や子供達の事を思うと、そんな弱音を吐いてはいられない。そう思うのだった。
息抜きを考えても、友人はいない。
結婚してからずっと妻、子供達と一緒に過ごしていたから。
たまにおもちゃに行き、子供達が好きそうなおもちゃを眺めては、いつか会える日がきたら、買って行ってあげたいなと思うことで寂しさを埋める様になっていた。
本当に、たまに子供達とテレビ電話をしてた。
元気そうな姿を見ると本当にこちらが元気になる。
テレビ電話中に里美が今度よかったら遊びに来てと言ってくれた。
その言葉に私は今までの辛さが消えていく様だった。
とても、とても楽しみだった。
会える事が。みんなと。
そして、半年ぶりに合う日。今まで、家族といた時は1日1日があっという間で、半年という期間は気にした事は無かった。
でもこの半年はとても長く感じた。
新幹線と在来線に乗り換えで向かう。
行くまで、長く感じた。
駅に付き、改札を出た所に、里美と梨花、結生が待ってくれていた。お腹も大きくなっていた。
とても元気な様子だった。釣りしたり散歩したり。楽しかった。日帰りだったが、改めて家族との時間を過ごすと帰るのが辛かった。
会うのはとても楽しみなのに帰りはとても辛かった。
子供達にも寂しそうだった。
里美は離婚した後、もう夫婦らしい対応は取らなくなっていた。
それは一つのケジメだった。
女性は強いなって思った。私が女々しいだけなのかな。
私は帰りの駅で、電車を待った。駅の外側には里美と子供達が手を振っている。
私は大きく手を振った。
間もなくして電車が来た。
私は「またねー!また来るから!」
と大きい声で言った。
子ども
「うん!パパじゃあねー」
と言ってくれた。
電車が動き始めた。しばらく電車から風景を眺めていたが、一人で帰る道はとても長く感じた。
しばらくして、子供達がお土産にくれた手作りの折り紙のアクセサリーを見ていた。
私の為に一生懸命作ったんだろうな。
嬉しくて泣かない様にしていたのに抑えられなかった。
私は周りに泣いているのを気づかれない様に窓の外をじっと見つめるふりをした。
とても夕日が眩しくて、綺麗なのに、少しずつ沈む夕日が今日の終わりを告げている様で、とても寂しくなった。
今日だけは終わらないでほしかった。
里美のお腹は大きくなっていた。出産予定日は7月から8月頃だった。もうすぐで産まれる。性別は女の子の予定だった。
私は地元の神社に安産祈願をした。
お守りも買い、大切に持ち歩き、毎日祈り続けた。
その後里美は、無事女の子を出産した。名前は未希だった。未来が希望で満ちていますようにという願いを込めて付けたそうだ。
いい名前だった。
私は遠くからおめでとうと伝えた。
里美がまた新たな生命を誕生させてくれた。
無事に産まれてきてくれた事に私は感謝した。
喜びに満ちていた。生命が生まれるという事と同時に人はいつか生命を終える日が来る。
未希が産まれて、2日後。
私に一本の電話が仕事先に連絡があった。
電話に出ると、姉からだった。「優希?お母さんが、お母さんが危篤状態なのう。もう長くないかもしれない。病院に来れる?」と焦っている電話だった。
私は職場の上司に事情を話し急いで大学病院に向かった。
急いで病室に向かう。病室の前の廊下には姉、横には見たことない男の人、兄がいた。
私を見て姉は一つ頷いた。中に入ると父が立っており、その部屋のベッドには多分、母らしい人が横になっていた。私は小さい頃母しか覚えていない。
今目の前にいる人は、大分痩せており、髪の毛も抜けている部分も多く顔を見て母だろうと確認した。
私は「お母さん?わかる?俺だよ。優希だよ。」と言った。
すると横にいた父が「お母さん…お前が来るちょっと前に息を引き取ったんだ。」
私は「えっ、」と言葉を失った。
父が「もうすぐで優希がくるとお母さんに伝えたら、最後笑って待っていたんだ。何度も心肺停止になりながら。」
母の手には私達家族の写真が一枚だけ握りしめられていた。この写真は父に渡した物だった。最後に母に見せたのだろうか。病室には私が小さい頃写真が何枚か飾られていた。
私は「お母さん、お母さん。何だよ。やっと会えたのにこんなのないよ。」
私はもっと早く母に会えばよかった。母に会って自分の言葉で、自分で家族を持ってたくさんの事がわかった。
母の偉大さを。産んでくれてありがとうと言えなかった。
私は「お母さん、お母さんの子供に産まれて、今はよかったと思うよ。…覚えてるかな。俺が小さい時に、お母さんが俺に約束した事。今度いつかレストランにご飯食べに行こうって言った事。あれがお母さんと直接話した最後の言葉だよ。お母さん、俺が帰ってくるのが遅くて食べれなかったね。ごめんな。次お母さんの子供にまた生まれる事ができたら、次はレストランにご飯食べに行こう。約束だからな。」と最後の言葉をかけた。
母の葬式は家族だけで行われた。
葬儀も終わり家族で集まった際、姉から家族は元気?と聞かれた。
そういえば、離婚した事を話してなかった。
私は兄弟に今までの経緯を話した。兄弟は言葉を失っていた。
借金してる事、それなのに子供が三人いる事。姉からは相当怒られた。
子供の件はおめでたい事だが、借金はおかしいと言われた。
それは里美さんにも愛想つかされて当然と言われた。私は姉から返済が大変なら自己破産しろと言われた。
私は断った。
姉はもうお前はそのぐらいして出直さないとダメだと散々言われた。
私はもう自分がダメになっている事もよくわかっていた。
姉も兄も、父も私がこれだけの借金がある事はしらなかった。もちろん今までの生活も。だから、父も姉も兄も結論で物を言った。自己破産しろと。
他の家族に迷惑はかけるなと。父はかばおうとしてくれていた。実は父も借金がある事を話した。
この際だからと思ったんだろう。リフォームをした時に借金をしたらしい。そのリフォームは私達と住むためとは言わなかった。
あくまで、もうぼろぼろだった為と言っていた。
父はもう定年を迎えていたが、退職金を母にあげてあとは母の肺がんの治療費などに使っていたらしい。なので、お金はなかった。
姉はため息をついた。とりあえず、私は車を売却する事になった。車はまだまだローンがあった為、売却してもローンが一年残る形になった。
それでも少しでもかかるものは減らせと言われた。私はこれ以上失うものはないし、一からやり直す為には、今は人に意見できる立場ではないと思った。
そうやって前向き進もうと一歩一歩やっていたが、色々と一度に色んな出来事があったせいか、私の精神面は知らず知らず危険な状態に陥っていた。
借金をずっと言わずにいた事、借金への不安、借金で生活困窮し、生活そのものを楽にしたいと思い転職し長続きせず退職、その借金が原因で離婚。
そして、母の他界、車や自分の持っていた物をほとんど売却しゼロにした。
姉兄からは借金の事で毎月連絡が来て、お金を管理されていた。姉兄にここまでされてもしょうがないとわかっていた。
しかし、急に不安にもなる。
お金とかの以前に何か自分でも理解できない不安に襲われていた。睡眠も取れずにいた。
食欲も無くなっていた。仕事もミスが多くなり、言われた事が上手く記憶出来なくなっていた。段々と声も出なくなり、苦しくなった。
私は職場に相談すると心療内科に行くように勧められた。
診断は鬱だった。
パニック障害も出ているそうだった。先生から気づかない内に既にパニックや鬱状態になっており、それが常に日常で起きていたんだと言われた。
なる原因は様々だが、私の場合は、色んなショックな出来事が続いたが、そのショックを上手く体が消化できなかったのが原因にあるとした。
結局、睡眠薬と動悸やパニックを抑える薬と腸整剤をもらった。根気強く心療内科の先生のアドバイスのもと、仕事以外に運動や睡眠もしっかり取るように心掛けた。
何度も苦しい日はあった。その度、父にも八つ当たりしてしまう日もあって本当に嫌になりそうな日々もあったが、里美達に比べればきっとこんなものと思い、毎日自分に厳しくしていた。
それからというもの落ち着いたり落ち込んだりは未だあるが少しこの病気とも素直に向き合えるようになっていた。
それから周りにもアドバイスももらいながら自分のペースでやっている。
今は少しでも、少しでも、借金を返して、里美達に養育費を送って、最低限の生活を実家でしている。まだまだ借金はある。
あと何年かかるかはわからない。でも一日でも早く返済する為に頑張らなきゃと心に言い聞かせている。
自分の為に、
子供達の為に、
里美の為に、
そして
かけがえない家族の為に。
どんな失敗しても、どんなに辛くても、どんなに嫌でも、いつか報われる日がくると思う。だから、だから私は失敗した事をいつまでも後悔しないで、真っ直ぐ前だけ見て進もうと思う。
何度も何度も辛い日がたくさんあったが、これを乗り越えないと先がないと思い、とにかく前だけ見て働いた。
逃げたくなる日も何度もあった。
孤独さから、つい涙が流れる事があった。何度も。
その度に、里美や梨花、結生、未希の写真を見て、頑張らなきゃと支えにしていた。
そんな日々が繰り返し続いた。
月日が流れた。
蝉の鳴き声が夏の始まりを知らせていた。
「はぁ、はぁ、もうすぐかな。約束の公園。」
公園に着くと一面にきれいな芝生が広がっていた。遠くから声がした。
「パ…パ…、パー…パー、」
私は振り向いた。
私は持っていた荷物を投げて声のする方へ走った。全力で走った。声あげて走った。
「里美ー、梨花ー、結生ー、未希ー、」
そう、あの日終わったけれども、始まったばかり。先は長いかもしれないけど。
もう愛情の中に嘘はいらない。今は正直に生きよう。ありのままの姿で。
借金して家族を駄目にしちゃったけど、ゼロからやり直したくて。そんな優しいものじゃないのもわかってる。綺麗事じゃないのもわかってる。離れて辛いこといっぱいあったし、辛い思いもさせちゃったね。
本当はね、パパは梨花のもっと笑う姿たくさんそばで見たかったよ。結生の歩く姿たくさんそばで見たかったよ。未希の初めてしゃべる姿もっとたくさんそばで見たかったよ。里美がいつも笑顔でいられるようにしたかったよ。
もう飾る事もない。今の姿でみんなに会おう。父として。そして家族。
どんな事があっても、どんな事が起きても、今はその一瞬一瞬を大切に一生懸命全力で生きようと思う。
あの日全てを失ったけれども、
いつかあの日に戻れるように
「パパ、おかえり」
「ただいま」
終わり
最後まで読んで頂きありがとうございます。




