あろうことか
捜査協力することが決まり、現場である美須賀高校に行くことになったアタシたち
アタシとユミは、少し用事があるから車の前で待っていろ、とレイスに言われ外に出ていた
カーキコートの男はレイスと呼ぶと嫌がるので敢えてそう呼ぶ、ささやかな嫌がらせだ
パルは用事があると言ってどこかに行った
「ユミが積極的になるなんて珍しい」
アタシはユミがあんなにはっきり意思表示するなんて思ってなかった
「うん、でもサラが悩んでるのを見て自分で決めなきゃって思ったの。私、どうしてもユーコを見つけたい」
そうはっきりと言うユミの姿は、いつもと違って見えた
「待たせてすまない、行こう」
レイスが足早にビルの階段を降りながらアタシとユミに声をかけ、鍵を開けて車に乗り込む
車は黒いワンボックスカーだ、詰め込めば8人は乗れるだろう
アタシたちが後部座席に乗り込んでシートベルトを締めるとレイスが車を発車させた
「レイスはうちの高校のこと、何知ってるの」
アタシは運転するレイスに尋ねる
「聞いていたのは失踪事件が多発していると言う噂だけだ、どこに何があるのかもわからない、入ったことすらないな」
それを聞いたユミが鞄をがさごそと調べ、何かを取り出す
「学校のパンフレットです、今日探偵さんに依頼に行くと聞いて昨晩のうちに準備しておいたんです」
さすがは私の自慢の親友だ
ユミがパンフレットを持って学校の説明を始める
「美須賀高校は東西南北4つのエリアに分かれていて、南エリアには学校の大校舎があり授業はここで行っています。正門も南側にありますよ」
そこまでユミが説明したところで車が止まる、赤信号だ
ユミがレイスにパンフレットを渡す
レイスがパンフレットを見ながら質問する
「東が部活棟で西がグラウンドか、この北の旧校舎と言うのは?」
「そこは今は使われてない校舎ですね、なにか理由があって壊すに壊せないらしいです」
「……美須賀高校が出来たのはいつだ」
「確か16年前だったかな?そのパンフレットにもそう書いてますよ」
16年前と言えば丁度アタシたちが生まれた年、西暦2000年だ
……そんなに昔だっただろうか、もっと新しかったような気がする
だがアタシの記憶よりユミの記憶やパンフレットの方が正しいだろう
その答えに対しレイスはパンフレットをユミに返して、アクセルを踏みながらぶつぶつと小声で喋る
「……べ……ト……禁……2006……、わかった。ユーコが最後に確認されたのはどこだ」
アタシは自分のスマホを取りだし、ユーコからの連絡の確認をしてから答える
「失踪した日は部活の後に一緒に帰る予定だったけど、『文化棟に用事があるから先に帰って』って連絡が着たのが最後、18時半ぐらい」
「それは電話の連絡か?」
「違う、LINEのチャット」
「ログは残っているのか?」
「残ってるけど、まさか見るつもり」
「必要があればな、だが今は良い。今のところ情報はそんなところか」
そう言ってレイスが黙る
話が途切れ、アタシは気になっていたことを聞くことにした
「なんで依頼料は成功報酬の上に金額はこっちで決めさせる?」
アタシたちがレイスの言った条件を飲んだ後に、依頼料について聞いていなかったことに気がついた
それについて尋ねると、レイスは好きに決めろと言ったのだ、しかも料金は後払い
いくら依頼者に手伝わせるといえこれはおかしい
アタシがそう尋ねるとレイスはなんでもないように答えた
「こう見えて私は金に困っていないんだ、探偵をやってるのも半分ボランティアなのさ」
アタシはその答えに驚く
明らかに嘘だと思った
だってよれよれのカーキコートを着て、あまりキレイではない事務所に住む人間を誰が金持ちなどと信じる?
それに会ったばかりだがこの男がボランティアなんて、うさん臭いにもほどがある
だがそれを言ったところでレイスの返事は変わらないだろう
アタシはこの男がますます信じられなくなった
レイスは丘の中腹にある、高校最寄りのコンビニに車を停めた
さすがに生徒の保護者でもない人間が学校に車をいれるのは不味いと思ったのだろう
そこからいつもの通学路の坂道を登り、美須賀高校の校門に着く
時刻は午後5時頃、日はまだ沈んでおらず校門の人の出入りも激しい
下校する人はまだしも入っていく人が多いのは学校の近くにコンビニがあるからだ
文化部などは放課後にコンビニでお菓子を買って、部室で食べたりしているらしい
「では捜査を開始しよう、の前に部活は何をやっているんだ」
「アタシは合気道部、ユミは茶道部………ユーコは、陸上部」
「なるほど、ユミ、文化部で6時半まで残っている部活は多いのか」
「文化部は割りと緩い部活が多いので、6時半まで残っているのは吹奏楽部ぐらいでしょうか」
そういえば合気道部で練習に夢中になって、帰るのが7時になった時も吹奏楽部の楽器の音が聞こえていたのを思い出す
なるほど、ユーコがその時間に文化棟に用事があるとすれば吹奏楽部に行ったと考えるのが自然だ
「吹奏楽部にユーコの知り合いはいるのか」
「同級生のカスミちゃんぐらいだと思います。私たちは高校に入ってから大抵一緒にいたけれど、吹奏楽部の他の子と知り合いなんて聞いたことがないです」
「なるほど、じゃあまずはそのカスミさんに話を聞きにいこう」
レイスの言葉に頷き、アタシたちは文化棟へ向かうことにした
日も落ちていないこともあり、文化棟はまだまだ賑わっていた
だがちらほらと部室を閉めるところも出始めているようだ、文化棟から出ていく人影も多い
「吹奏楽部はどこに……いや、音を聴けばわかるな、こっちか」
レイスがそう言って、アタシたちを置いてスタスタと階段を上る
確かに吹奏楽部は3階の奥の部屋だから正しい道を進んでいる
この男は感覚まで鋭いのか……
その隙のなさが何となくアタシをイラつかせる
やっぱりこの男は信用できない
うちの高校の吹奏楽部は全国大会に出場するほどレベルが高く、3階の教室3つを利用することを許されている
今は個別練習中らしく吹奏楽部の部員はそれぞれの部屋にバラけているようだ
「それで、カスミという子はどこにいるんだ」
レイスが周囲を見渡しながらアタシたちに尋ねる
ユミがカスミを真っ先に見つけて声をかける
「カスミちゃん、練習中ごめんね、ちょっと良いかな。この男の人は私立探偵の五十鈴さんって言って、ユーコの捜索をしてくれてるの」
「五十鈴だ、ユーコさんが失踪した日の最後の連絡でここに来ると言っていた。なにか知らないだろうか」
「ああ、それ警察にも聞かれました。たしかユーコがいなくなったのって……丁度一週間前ですよね、その日はユーコだけじゃなく部外者は誰も来てませんよ。」
「どうして断言できるんだ?」
レイスが詰問するように尋ねる
「……3階奥のスペースのせいもあって、ここには部外者が通りかかることすら少ないんです。それに他の部員も知らないと言ってたので間違いないですよ」
「本当に?」
レイスが目を細めてカスミを睨み付ける
カスミの体がびくりと跳ねる
アタシは思わずカスミとレイスの間にはいる
「うちの同級生脅すの、やめて」
そう言ってレイスを睨み付ける
レイスは目をぱちくりとさせ、ため息をついて降参のポーズをとる
「ごめんねカスミ、変な奴連れてきちゃって」
「ううん、良いの。ユーコは友達だもん、見つけられるなら手伝えることは手伝いたい。それに……」
「それに……?」
「うちの部員も一人居なくなってるんだ、一ヶ月ぐらい前に」
その言葉に衝撃を受けるアタシとユミ
アタシたちの知らない間に、失踪事件は思っていた以上に現実を侵食し始めていた
吹奏楽部の他の人にも軽く話を聞いたが有力な情報は得られなかった
それも当然かも知れない、警察でさえ有力な手がかりを得られていないのだ
覚悟を持って始めたはずだったユーコの捜索、けれどもアタシが思っている以上にユーコが巻き込まれたのは大きな事件なのかもしれない
聞き込みを終えてカスミたちと別れたアタシたちは文化棟の踊り場で作戦会議を開いていた
アタシは捜査が進展しなかったことに溜息をつきながらレイスに尋ねる
「これからどうするつもり?」
「ああ、今の話を聞いて分かったことがある」
「……どういうこと?」
アタシはレイスの言葉に驚愕する
結局カスミの話は一週間前のユーコ失踪の日に、ユーコが吹奏楽部に来ていないことだけだったはずだ
それで何が分かったというのだろう
「まず第一に、ユーコが失踪の日に吹奏楽部を訪れていないとカスミが主張していることが分かった」
「馬鹿にしてるの?」
そんなことはわかっている
だがそれがなんだというのだろうか
「落ち着け、まだ話は終わっていないだろう」
アタシは腕を組んで歯噛みして黙り、顎を上げて続きを促す
「第二に、ユーコはLINEで先に帰ってと書いてきた、そうだな?」
「そうだけど、だから何」
「つまりユーコはその用事が時間がかかるものだと知っていたということだ」
「そうですね……すぐに済む用事なら先に行ってて、ってユーコなら言います」
ユミの言葉にレイスが頷く
「ユーコが突然用事を思い出したのでなければ、ユーコは時間を取るような用事を夜の6時半に突発的に得たことになる。」
……あれ?
アタシはレイスの論理に嫌な予感を覚える
「逆に言えば誰かによってその用事を与えられたと考えるべきだ」
まさか、その誰かって
「午後6時半に文化棟にいて、ユーコと面識のある人間それが」
「カスミを疑うっていうの!?」
友達を疑うなんて、信じられない
アタシは拳を握り今にも殴りかかろうとする
だがユミがその手を止める
アタシはユミを無理矢理引き剥がすこともできず唸る
レイスはアタシのそんな姿を見て苦笑する
「疑っていた、が正しい」
アタシの体から力が抜ける
「何なのキミ、アタシを弄んでるでしょ」
「話を最後まで聞かない方が悪い」
アタシは深く息を吐いて頭に登った血を収める
「それで、カスミは無実だったんでしょ」
「ああ、白だった。彼女は部外者が来たら分かると言っていただろう、三階奥というあのスペースでは入ってくる人間だけでなく出て行く人間も容易に気付かれる。警察の聴取も来たようだし、彼女が黒であれば警察でも捕まえられるはずだ」
「つまり、どういうこと?」
「結論はただ一つ、君の言う最後のLINEには嘘が含まれている」
「ユーコがアタシたちに嘘のメール送ったって言うの?」
アタシの怒気を含んだ言葉を無視してレイスが続ける
「可能性は二つある、一つは君の言う通りユーコが文化棟に行くと嘘をついた可能性。だが行くところに対して嘘をついても、君たちはどちらにしろ学校から帰っていなくなるのだから嘘をつく理由がない、だからこの可能性は除外できる。残った可能性はただ一つ」
ユーコは嘘をつく理由がない
でもLINEの内容は嘘
レイスがまた苦笑しながら言う
「だから言っただろう、最後まで聞かない方が悪い」
アタシのなかでも論理が繋がっていく
繋がってほしくないその線は
この男の言葉で繋げられた
「最後のLINEはなりすましだ」