星の願いを
パルに組み付かれたまま通りを北へ向かう
自宅兼仕事場である探偵事務所へと続く道だ
まだ昼下がりであり、パルに組み付かれているせいか通りを歩く人の視線を感じる
たまに良いなぁ、だとかリア充殺すべし、なんて言葉が聞こえてくる
これは絶対になにか勘違いされている
理由はそれだけではないが、早急にパルを引き剥がさなくてはならない
「パル、いい加減許してくれ」
「許すって何をー?」
パルが俺に組みついたままこちらを見上げる
こいつは分かっていながら知らない振りをする、人をからかうのが好きな奴だ、要するにタチが悪い
だからこのようにこいつがすっとぼける場合、正直に答えてはいけない
こちらに非があると言質を取られてしまい、何を要求されるかわかったものではない
それになにも知らない人が見れば一見羨ましがられる状況に見えなくもない
こいつはそんなに甘い存在ではないと言うのに
「謝るから許してくれ、ちょっとした出来心だったんだ」
「ふーん、出来心ってことはやっぱり意図して読んでたの、スクールガールズコレクション」
「……制服が好きでね、思わず手に取ってしまっただけなんだ」
私がそう言うとパルは俺の体からパッと手を離し、ムスッとした顔で見つめてくる
まるで心の奥底を見抜くようなその真っ黒い目で
見つめられ、それに飲み込まれそうになる
が、周囲からヒソヒソとあの男最低、ざまぁみろなんて言葉が投げ掛けられ、ハッと気が付く
これが狙いか!
パルが口許を緩める、どうやら勘弁してもらえたようだ
だが近所での私の評判は駄々下がりだろう
やはり、タチが悪い
そうこうしている内に事務所のある通りに入る
探偵事務所は3階建ての雑居ビルの二階にある
あまり騒々しい所は好きではなく、意図して一階も三階も空きフロアのビルを選んだ
入居して5年、未だに一階と三階は空いたままだ
そのビルの前にパルと同じ高校の制服を着た女性とその上に黄色いカーディガンを着た金髪の女性が立っている
「おまたせー!」
パルが手を振りながらその二人に走り寄る
二人も黄色い声をあげながら走り寄ってパルに抱きついている
彼女たちが依頼人なのだろう
先ほど覗いたスクールガールズコレクションを思い出す
あの制服は市立美須賀高校のものだ
美須賀高校は生徒数2000人ほどの丘の上に建つ比較的大きな高校であり、公立であるにもかかわらず自由な校風で知られている
「となると、現場は美須賀高校か」
女3人寄ってかしましくしているのを横目に一人ごちる
高校は規則正しく生活する人間が多く、それ故に人の目の及ばぬところも多い
それにあの高校では最近失踪事件が多発していると聞く
アレらの巣窟になっている可能性も十分に考えられる、気を引き締めてかからなければならない
彼女たちにも大いに頑張ってもらうことになるだろう
「ユーコを探して」
かしましく騒いでいた3人を事務所の中に入れて話を聞くと、黄色いパーカーの女性が開口一番そう言った
「サラ、名前も名乗らず失礼だよ」
「ああごめん、そうだね自己紹介がまだだった。アタシは木戸サラ、美須賀高校の2年。この娘は同級生の河合ユミ」
黄色いパーカーの方が木戸サラ、サラに注意したもう一人の娘が河合ユミと言う名前らしい
「パルに聞いているとは思うが改めて、私立探偵の五十鈴だ。「レイスって呼んでね」……パル、口を挟むな、それでそのユーコさんというのは」
「アタシたちの親友で同級生、一週間ぐらい前からいなくなっちゃたんだ。警察に相談しても捜査中ばっかでどうにもなんないからここにきたってワケ」
木戸サラが自分の金髪を指でくるくると回しながら言う
チラとユミの方を見るとうんうんと頷いている、話に間違いは無いようだ
「ここ数ヵ月ほど、美須賀高校ではそのユーコさんの件以外でも失踪事件が多発しているそうだが」
そう尋ねると、二人はうなずく
「ならユーコさんの件だけでなく他の失踪者に関しても警察の捜査が一向に進展していないことは?」
二人が私に向けていた目をそらす
そのことに薄々感づいてはいたのだろう
だからこそ、ユーコの捜索が始まって一週間しか経っていないのに警察を見限ってここに来たのだ
「なるほど、ここに来たのは正解だ。私ならユーコさんを見つけられる」
サラはその言葉に渋い顔を、ユミの顔には驚愕の色が浮かぶ
警察にも無理なのに探偵に見つけられると断言されて訝しむ、あるいは驚いているのだろう
「なるほど、訝しむのも無理はない。だが私がそう断言できるのには理由がある、私の捜査方法がちょっと特殊だからだ。そしてその理由が同時に依頼を引き受ける条件でもある」
「「条件って何」ですか?」
間髪をいれずに声を重ねながら二人が尋ねる
それに対して一呼吸おいてからこう答える
「お二人には私と一緒に事件の捜査をして頂く」
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「お二人には私と一緒に事件の捜査をして頂く」
私立探偵という胡散臭い職業で、カーキ色の古ぼけたコートを着た男が告げる
「イヤ!」
アタシは立ちあがり、男を睨み付けながら咄嗟にそう言ってしまう
会ったときから思っていた、この男は嫌な感じがする
アタシの直感がこの提案を受けるなと叫んでいる
「サラ……」
ユミがアタシの服を掴んで、困った顔でアタシを見つめる
そうだ、例え危険でもアタシはユーコを助けにいかなきゃダメなんだ
だってユーコは親友だから
「……わかった、でもその前に理由を教えて、なんで素人のアタシたちが必要なの」
そう尋ねると、聞かれるのが分かっていたかのように男が答える
「理由はいくつかある、一つは私では気付かないことに君たちは気付けるからだ」
「どういうこと?」
「そうだな、例えば私は学校にいる人間の普段の振る舞いを知らない、君達であればその違和感に気付けるだろう」
「でも警察だって変なことしている人が居ないか聞いて回ってる」
「それじゃ駄目なのさ、警察に捕まらない犯人ってのは総じて自分の不審さを消す術に長けている。聞き込みをしたって分かるはずがない」
「じゃあキミだってアタシだって見付けられないんじゃない?」
「私は他人にボロを出させるのが得意なのさ。だがそのボロがボロなのかどうか私には分からない、だからこそ君たちの助けが必要なんだ」
……悔しいけど筋は通っている
アタシが沈黙すると、男は話を続ける
「そして二つ目の理由は簡単だ、部外者である私は一人で学校にはいれない。警察の捜査が難航しているのはこの理由も少なくないだろう」
パルがいるじゃない、と思ったが口に出すのを思い留まる
探偵でもないパルを巻き込むのは気が引けたし、男もパルを連れていく気はなさそうだったからだ
理由はわかったが直感が危険だと告げている
むしろ話を聞いてからの方がその感覚が強くなっている
本当に受けて良いんだろうか、そう思っていると
ユミの右手がアタシの左手に重なる
ユミを見る
ユミはアタシを見てニッコリと笑って頷くと、男に告げた
「私、やります」
アタシはユミの返事に驚く
男も少し驚いたのか目を見開いている
確認のためか男がユミに尋ねる
「多数の失踪者が出ている事件だ、もし失踪が誘拐によるものならば誘拐犯に目をつけられる可能性もある、それでもやるのか?」
「やります、やらせてください」
ユミが迷うことなく答える
ならアタシの答えも一つだ
「アタシも行く、キミにユミは任せられないから」
嫌な予感は、誘導されているかのような違和感は
最後まで消えなかった