シャンとしてよ!
夜の闇に沈むビルの屋上
その入り口付近に寄り添う4つの影
周囲を照らすのは入り口にある弱々しい非常灯
それに爛々と輝く丸い月だけである
周囲を警戒して4人ともが周囲を見渡し、耳を澄ませる
キチキチと、関節が擦れるような音がする
4人の背筋に悪寒が走る
うち一人はヒッ、と声まであげる
彼らは直感した
あれは良くない音だ、一刻も早くここから離れた方がよい
「ねえ、逃げた方が良いですよ」
レポーターらしき女性が逃げることを提案する
だが彼らには目的があった
「馬鹿言うんじゃねぇ、ここまで来て引けるかよ、そんなんだから他の仕事が取れねぇんだ」
「そう、それに、あんな、化け物、映像に、撮れれば、大スクープ。この音だって、臨場感、バッチリ」
「うん、エルドリ市の影に潜む闇、謎の連続失踪事件の犯人はUMAだった。先程は撮り損ねましたが今度こそ撮らねばなりません。」
「ああそうだ、視聴者は絵がないと信用しねぇ、ここで尻尾巻いて逃げるだと?マスコミとしての矜持はねぇのか!ここで退くぐらいなら死んだ方がマシだ、おら、行け!」
首にストールを巻いたディレクター風の男の言葉に、支柱の先にマイクをつけた機器を持つ女性と大きなカメラを持つ男性が賛同する
そしてだめ押しにそのディレクターがレポーターを押し出す
「うぅ、でもぉ…」
畳み掛けられ泣きそうになっているレポーター
キチキチと言う音がさらに大きくなる
周囲にピーという甲高い音が響いた
「なに、なんの音?」
レポーターとマイク、カメラマンは周囲を警戒する
だがディレクターだけがキョトンとして3人を訝しんで見る
「音だと?さっきからキチキチとうるさい音以外なにも聞こえないじゃないか」
ディレクターがイラつきながらタバコの火をつけ、タバコを吸いながら空を見上げて、そこで動きが止まる
ディレクターのもつタバコがするりと指と指の愛だから落ちる
「うあ、な、なんだ……こりゃぁ」
他3人も何があるのかと空を見上げ、同じように固まる
空に、大きな虫が無数に飛んでいる
虫達が一斉にチカチカと彼らに向かって光を投射する
その途端、4人の体に電流が流れたかのような痛みが走る
ぎゃぁぁぁぁ
ぐ、あぁぁぁ
うあぁぁぁ
が、あ、あ 、、、
ディレクターとマイク、カメラマンが力を失ったようにがくりと崩れ落ち、体を痙攣させる
アナウンサーはまだ辛うじて立っているが、もう一度同じ攻撃を受ければ末路は変わらないだろう
「こんなの、嘘よ、あり得ない、いや、いやぁぁぁぁ!」
アナウンサーが虫たちに背中を向けながら屋上の入り口へと走る
だが足がもつれて思うように走れない
飛んでいる虫の数匹かがアナウンサーへと襲いかかる
アナウンサーは脇目も降らずに逃げているが、空を飛ぶ生物の早さに勝てるわけがない
虫は一直線にアナウンサーに向かい、その背中に虫が激突するかと思われたその瞬間
虫がアナウンサーの体を通り抜けた
そのまま走り去っていくアナウンサー
そして屋上に残された3人に、無数の虫たちが覆い被さっていく
「今回も、やはりだめだったか」
突然暗闇から声が響く
声の主はよれよれのコートを着て、不景気な顔をした男だった
私は何度も忠告をした
だが彼らは最期まで私を信じられなかった
無理もない、人知を越えたことが起きているのだ
彼らは最期まで抗えなかったし、抗う術もなかった
仕方がない、相手が圧倒的すぎたのだ
彼らは運が悪すぎた
相手がアレでなければおそらく奴も手心を加えただろう
だが彼らは人間だ、命を失うのは仕方ないにしろ玩具にされるは流石に憐れだ
私はそう思って音をたてて倒れている3人に近づく
虫たちが男に気付く
恐ろしげな三つの口を擦り合わせてキシキシと音をたてている、警戒音だ
虫の何匹かは今にも男に襲いかかりそうだ
男は懐から名刺ほどの大きさの古びた羊皮紙を取り出し、胸ポケットからマッチ箱を取り出す
羊皮紙には乱雑にかかれた星のマークが描かれており、星の中心には瞳の無い眼が刻まれていた
「太古の昔より謳われる者よ」
男のその言葉に星のマークが輝く
虫たちの動きが止まる、まるで何かに怯えているようだ
「愚かなる者達に火を与え給うた神をも恐れぬ禍魂よ」
羊皮紙に描かれていた眼の中に炎が浮かぶ
男は箱から片手でマッチ棒を取りだし、マッチに火をつける
虫たちが恐怖を振りきるかのようにキチキチと音を鳴らす
「今こそその罪科を贖うべし」
男はマッチの火を羊皮紙に当てる
炎をあげて燃え上がる羊皮紙
飛びあがり襲い掛かる虫たち
だがその体が男にたどり着く前にその言葉は発せられた
「アーグトゥク!」
男が言葉を発した瞬間、その体が炎に包まれる
揺らめく光点が男の周囲を守るように動いている
襲い掛かった虫たちがその炎に触れると虫の体が燃え上がった
ピーという甲高い音をたてて地面へと落ちていく虫たち
男がゆっくりと倒れている3人に近づくと、未だに群がっていた虫たちが空へと飛んで逃げていく
残ったのは炎をまとう男と気を失った3人だけ
男はその3人を見下ろしながら呟く
「これが、君たちの選択の結果だ」
男は炎を纏った手を3人の頭に順に当て
その全てを灰へと還した
日の上りきった町の中を、周囲を眺めながら歩く
路地裏には不良たちがたむろし
若者が老夫婦の荷物を持って歩道橋を渡るのを手伝っている
小さな子供をつれた母親が、歩きタバコをしながら向かってくる青年から子供をかばう
今日もこの町には多くの人々が生きている
あの出来事があってから、朝のニュースの顔役だったあのアナウンサーは消えた
だがアナウンサーの変更などよくある話だ、誰も気になどしない
非日常はゆっくりと世界を蝕んでいるのに、それを誰も認めようとしないかのように
近くの本屋にたちより、店頭に並んでいる気になる本を3つ、順に手に取る
『なんのために生きるのか』
『週刊ムー』
『エルドリ市スクールガールズコレクション』
先の二つは個人的に興味があるのだが、いかんせん最後の一つが妙に気になる
手にとって適当なページを開く
何故か背筋に悪寒が走る、と同時に背後から鼻にかかった声が響いた
「もう、レイスー、仕事もしないでグラビア見てるのー?」
とった本を棚に戻し、落ち着き払って後ろを振り返って答える
違う、これは捜査の一環だ、パル。それにいつも礼修か名字の五十鈴と呼べと言っているだろう。
「はいはい、わかりましたよレイスー」
ケラケラと笑い、パルは銀の髪と制服のスカートをふわりと靡かせながら俺の周りをくるりと半回転する
そして先程俺が手に取っていた雑誌を指差し
「それにしても捜査、捜査ねぇ、グラビア見るのが捜査なの?」
幼く見えるその顔と大きな黒い目を上目遣いにしてこちらを見上げるパル
その言葉にギクリとしてしまい言葉が返せなくなる
「ま、良いや。それよりレイス、探偵のお仕事だよ、依頼人つれてきたよ、事務所戻ろう!」
そう言いながらパルが私の左腕に抱きつく
彼女の香りが鼻腔を通過する
彼女のなにかが体に当たる
「あの、当たっているのだが」
年甲斐もなくどぎまぎしてしまう
「当ててるんです!」
全く、パル、いや彼女゛内藤パルテア゛には手も足もでない
私はがっくりと肩を落としながら自分の事務所へと向かった
今日も偉大でなく、かといって平凡でもない日常が始まる