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◆尋問・続き◆
「アポロニア様を呼び出したのは、どちらですか?」
「私だ」
「では、アポロニア様のお宅に、王子様からのお手紙が有る訳ですね」
その言葉に、二人は顔色を変えた。
「わ、私です。私が呼び出したのです。お城でお話がしたいと」
ベッキー様が訂正する。
「よく、応じましたね」
「嫌がらせの件で話がしたいと記しても、応じて下さらないと思いましたから、正妃の座を狙っている訳ではないのですとご説明して、解って頂きたいのだと記しました」
「そうですか。騙して呼び出した。ご遺族の心証は悪いでしょうね」
二人は黙って俯いた。
「それで、お一人で来るようにと?」
「はい」
「よく従いましたね」
「ベッキーを殺すつもりだったんだろう。だから、ナイフを持って来たんだ」
エイドリアン様が言う。
「では、何故王子様に斬りかかったのでしょう?」
「それは、ベッキーの味方をする私に激怒したからだろう」
「と言う事は、此処まで来る間に、誰かにナイフを持っている所を目撃されたかもしれませんね」
「隠し持っていただろうし、目撃者は居ないだろう」
「何処に隠し持っていたんでしょう?」
私は首を傾げた。
「どこって、オモニエールだろう」
「オモニエール?」
知らない私に、アナスタシア様が教えてくれた。
「バッグの一種よ。腰に下げるの」
「でも、アポロニア様のご遺体にバッグは見当たりませんでしたけど」
因みに、アナスタシア様もベッキー様もオモニエールを下げてはいない。
「じゃあ、隠し持ってたんだろう!」
「何処にですか?」
「そりゃあ……胸の谷間とか」
確かに、アポロニア様の胸は大きいから隠せるかもしれないけど。……隠せるのかなぁ?
「じゃあ、王子様に斬りかかる時、其処から出したんですか?」
「それに、兄上は、其処から出したなんて証言しなかったじゃ無い」
「いや、だから、部屋に入る前に取り出して、後ろ手に隠して入室したんだろう」
「そうですか。じゃあ、後は……。入室した順番と大体の時間は?」
「わ、私が先に……お昼前なのは確かです」
「次は私だな。時間は分からないが」
「最後がアポロニア様ですね。じゃあ、目撃者を捜しましょう」
「順番など、もし違っていても何も問題は無いだろう!?」
怒鳴る王子様には疑いの眼差しだけが集まっている。ただ、ベッキー様は青い顔で俯いているし、王様は考え事でもしているのか目を閉じている。
「後、調べるべきなのは、ベッキー様がアポロニア様からドレスにお茶を零されたのは、誰が主催のお茶会で・誰が出席して・目撃者は居るのかどうか・汚れたドレスはどうしたのか。それから、突き落された階段は何処で・何時頃で・怪我の有無・手当てを受けたとしたら、何処の誰からなのか。そして、ナイフの入手経路」
「だから、其処まで調べる必要が何処に有るんだ! ベッキーを……被害者を疑うのか!?」
「世の中には自作自演をする人もいるんですよね。ベッキー様がそのような人では無いと証明する為にも裏付け捜査しなければ。証拠や第三者の証言さえ有れば、アポロニア様のご遺族も、アポロニア様がベッキー様に嫌がらせをし・階段から突き落とした事を認めるかもしれません」
私がそう言うと、王様が口を開いた。
「確かに、フォーサイス侯爵ならそう疑うだろう。ベッキーが嘘を吐いてアポロニアを悪人に仕立て上げたと。故に、捜査するべきだな」
ベッキー様の顔色は戻らない。
「あ。念の為にお聞きしますが、被害者はアポロニア様で間違いありませんよね?」
「当たり前じゃない」
「そうだ。私と会話しているのだぞ」
◆魔法について◆
「済みません。魔法に詳しい方からお話をお聞きしたいのですが」
「……良いだろう。宮廷魔導師長マーリンを呼べ」
呼ばれて来たのは、私をこの世界に召喚した人物だった。
彼に事情を説明し終える。
「それで、菊花。私に何を聞きたいのだ」
「この事件に魔法が使われた可能性は有りますか?」
この世界の魔法の行使には、魔法陣が必須だ。
魔法は誰にでも使える訳ではない。素養は誰にでもある。しかし、魔力が足りない。
仮に魔力が充分有っても、魔法の知識が無ければ使えない。
つまり、この事件に魔法が使われたとしたら、犯人は宮廷魔導師の誰かとなる。
「つまり、王子様もアポロニア様もベッキー様も、魔法は全く使えない訳ですね?」
「そうだ」
マーリンさんは頷いた。
「誰でも使えるマジックアイテムとかは?」
「そんな物は無い。少なくともこの国にはな」
「では、アポロニア様が魔法を掛けられて王子様に斬りかかった可能性は?」
「無い。今の技術では、この部屋より大きい魔法陣の中央に、操りたい人間を数時間居させ、一週間以上魔法をかけなければならない。カーペットなどで魔法陣を隠せば効果は無い。また、本人がしたくない事をさせる事は出来ない」
「ありがとうございます。では、次に、他人に変身する魔法は有りますか?」
「無い。少なくともこの国には」
「捜査に役立つ魔法は有りますか? 例えば、発言が嘘か真実か判別する魔法」
「無いな」
◆証拠◆
「じゃあ、次は……水槽に、死んでも良い淡水魚を入れて持って来てくれますか?」
ウィルさんに頼んで持って来て貰った。
「これをどうするんですか?」
「こうします」
私は、エイドリアン様が飲んだであろうカップのお茶を水槽に垂らした。
ベッキー様の顔色が、再び悪くなった。
暫く経っても、魚は普通に泳いでいる。
「次はこれ」
アポロニア様が飲んだであろうカップのお茶を垂らす。
魚は横倒しに浮いた。
「これは!?」
「毒物か薬物か入ってるみたいですね」
「じゃあ、この事件はやっぱり!」
アナスタシア様が大声を上げた。
「兄上! 義姉様が兄上を殺そうとしたなんて嘘だったのね!? どっち?! どっちが殺したの!」
「そんな馬鹿な……。どうしてだ? 何時から?」
エイドリアン様は呆然と呟いた。
「アポロニア様は自殺です!」
ベッキー様が叫んだ。
「エイドリアン様と無理心中するつもりで!」
「じゃあ、身体検査しましょうか? 証拠を身に着けているかもしれませんし」
「ベッキーを辱めるつもりか!?」
我を取り戻したエイドリアン様が怒鳴る。
「勿論、ベッキー様は女性に検査して貰いますよ」
「我々のどちらかが、薬か毒を所持していると言うのか!?」
「いいえ。私が探したいのは、毒でも薬でもありません」
「は?」
殿下はまだ気付いていないようだった。
呼び出されたメイドに事情を話し、先ず、アポロニア様のドレスの中を見て貰った。
「ありません」
念の為、ウォルトさん達にアポロニア様の遺体の下も確認して貰ったが、其処にも無かった。
「失礼致します」
エイドリアン様を調べて貰う。
「ナイフが」
懐から、鞘に入ったナイフが出て来た。
「護身用だ」
目的の物は無かった。
皆の視線がベッキー様に向かう。
「嫌……!」
彼女は、私が見付けたい物が何なのか、気付いているのかもしれない。
しかし、拒否しても王様が許さないだろう。
「失礼致します」
ベッキー様は、大人しく身体検査を受けるしかなかった。
「何を根拠に怪しいと思っていた?」
王子様が呟いた。
「この部屋に、無かったんですよ。有るべき物が」
「有るべき物?」
「ええ。それです」
私が指差したと同時に。
「ありました」
メイドが、ベッキー様のドレスの奥……ガーターリングに挟まれていたであろうソレを皆に見えるように差し出した。
殿下は、ソレと自身のナイフと凶器のナイフを見て、手抜かりを悔いるように跪いた。
「そうか。鞘か」