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2023.05.14 誤字を訂正。
◆ベッキーの証言◆
「それでは、次にベッキー様。王子様と何時お付き合いを始めたか、からお願いします」
「わ、私も証言するんですか?」
ベッキー様は、庇護欲を擽りそうな見た目の女性だった。茶色の髪は綺麗に結い上げられている。
「ええ。関係者ですから」
「ベッキーは、今回の件でもそれ以前の嫌がらせの件でも深く傷付いているんだぞ! デリカシーの無い女だな!」
王子様は何時もこんなに怒りっぽいのだろうか?
「申し訳ありません。ですが、話す事で心が軽くなると言う事もありますし?」
私は適当な事を言う。
「だ、大丈夫です。話します」
「ベッキー」
王子様は惚れ直した様な顔でそう呟いた。
私がエイドリアン様に見初められたのは、一年ほど前の事です。
愛を告げられ、私も同じ気持ちでしたので直ぐに交際が始まりました。
それから、間も無い頃から、嫌がらせが始まりました。
最初は、別れるよう言われただけでしたが、私が従わなかったのでエスカレートしたのです。
例えば、茶会でドレスにお茶を零された事が何度かあります。
それから、他のご令嬢と聞えよがしに悪口を言われた事もあります。
つい先日も……階段から突き落とされました。怖かった……。
王子様がベッキー様を抱き締めるように寄りかからせた。
「エイドリアン様……」
「もう良い。辛い事をこれ以上思い出す事は無い」
私は王様を見る。
「続けよ。処罰を軽くしたければ」
「は、はい」
エイドリアン様に階段から落とされた事をお話して、アポロニア様を問い詰めようと言う事になりました。
私達が先に来て、アポロニア様は後からいらっしゃいました。
ソファに座ってエイドリアン様が問い詰めましたが、アポロニア様は頑としてお認めになりませんでした。
エイドリアン様が私の味方をする事でお怒りになられたのでしょう。突然立ち上がるとナイフを振り翳して、エイドリアン様に降り降ろしました。
私はエイドリアン様をお助けしなければと思い、アポロニア様のナイフを持つ手を掴み、エイドリアン様から離そうとしました。
そうして揉み合っている内に、アポロニア様にナイフが刺さってしまい、倒れたアポロニア様が亡くなっている事を確認した私は、悲鳴を上げたのです。
「ありがとうございます。言い忘れた事は御座いませんね?」
「は、はい」
「王子様も、言い忘れた事は」
「無い」
最後まで言わせずにきっぱりと言い切った。
「で、どうなんだ? 何も怪しくないだろう? さっさと私達の言う通りだと認めて、謝罪しろ。それで許してやる」
「済みません。まだ、彼等の話を聞いておりませんので」
私は兵士三人に顔を向けた。
「何を聞く必要がある?」
「勿論、駆け付けた後の話ですよ」
◆三人の衛兵の証言◆
「私はウォルトと申します。此方が、ザック。そして、此方がウィルです」
向かって右・左の順で紹介する。
「私達は、悲鳴を聞いて直ぐに駆け着けました。丁度近くに居りましたので」
室内に入ると、直ぐにアポロニア様が倒れて居り・そのお体にナイフが突き立っているのが見えました。
王子様とベッキー様がいらっしゃる事に気付き、事情を尋ねますと、アポロニア様が突然殿下に斬りかかり、助けようとしたベッキー様と揉み合いになり、ナイフがアポロニア様に刺さってしまったとのご説明を受けました。
私は陛下にご報告に行くとザック達に後の事を任せ、部屋を出ました。野次馬を遠ざけ・仲間を見張りに立てて。
ウォルトが室内を出た後、私はアポロニア様のご遺体を確認しました。
眼は閉じて居り、右手がナイフの柄を握っておりました。
髪や服には乱れは無く、汚れもありませんでした。
不思議な事に、既に血が渇き始めておりました。
ザックがアポロニア様のご遺体を確認している間、私は室内を確認しました。
殿下とベッキー様は、奥のソファに腰掛けていらっしゃいました。
テーブルの上にはティーセットが有り、三つのカップにお茶が入っておりました。お茶が零れたり、スプーンが落ちていたなんて事は有りませんでした。
窓には鍵がかかっていました。
◆尋問◆
「どういう事でしょうか、お二人共? 彼等が直ぐに駆け着けたのに、血が乾き始めていたと言うのは?」
私は淡々と尋ねる。
「それは……。そ、そうです! アポロニア様が倒れた時、ただ転んだだけだと思って、エイドリアン様の怪我の手当てをしたのです! その後で、亡くなっている事に気付いたのですわ!」
「どうして、それを先程証言なさらなかったのでしょう? 愛する人の怪我を手当てしたばかりで、忘れますか?」
「気が動転していたんだ! 当然だろう? ベッキーは殺すつもりなんて無かったんだぞ!?」
エイドリアン様が弁明した。
「そうですか。では、揉み合いになった形跡が見られないのは何故ですか?」
「……は?」
理解出来ない様子のエイドリアン様を見て、私は首を傾げた。
「王女様。王子様は聡明でいらっしゃるのですよね?」
「兄上は、恋の熱で脳が融けたのよ」
アナスタシア様がエイドリアン様に向ける視線は、とても冷たかった。こんな馬鹿な人が兄だなんて嫌だわと、その態度が語っている。
「何だその態度は!」
憤るエイドリアン様の言葉を無視して、もう一度質問する。
「テーブルとソファーの間で揉み合いになったなら、テーブルにぶつかってスプーンがソーサーから落ちたり・カップが倒れたりしてもおかしくないですが」
言い直す。
「片や本気で殺そうとして、片や本気で阻止しようとして、なのに、テーブルにぶつからないなんて事があり得ますか?」
「あ、有るだろう! 現に! そうだ! 揉み合ったのは短時間だったのだから!」
「そうですか……。話は変わりますが、先程殿下は、ベッキー様に嫌がらせをする人物はアポロニア様しか居ないと仰っていましたが、ベッキー様は、他のご令嬢にも悪口を言われたと仰っていましたね? どうして、彼女達が嫌がらせしたと疑わないのでしょうか?」
「それが何の関係が有る。ベッキーがそう言ったからだ。アポロニアからドレスにお茶を零された・アポロニアに階段の上から突き落とされたと」
私は首を傾げる。
「ですが、先程のお話では、ベッキー様からアポロニア様が犯人だと聞いたから問い詰めたとは仰いませんでしたよね? 『犯人は解らないけれど、アポロニア様に違いないと思って問い詰めた』という意味に聞こえましたが?」
「言い方なんて、何だって良いだろう! ベッキーから聞いたと言う事を言い忘れただけだ!」
「そうかもしれませんね。ところで、傷をもう一度見せて頂けますか?」
エイドリアン様は、舌打ちして先程の様に左手を見せてくれた。
「アポロニア様は、どちらの手にナイフをお持ちでしたか?」
「見ただろう? 右だ」
「では、右腕を真上に振り上げて斬りかかったのですか?」
「真上では無いだろう。右の方だ」
「では、恐れ入りますが、王女様。アポロニア様役をやって頂けますか? 私では、失礼かと存じますので」
「良いわ」
アナスタシア様はエイドリアン様の前まで歩くと、右腕を振り上げ、右上から左下に降り降ろした。
「ねえ、兄上? どうして、傷が逆なのかしら?」
エイドリアン様の傷は、左上から右下にかけて付いている。
「間違っただけだ! アポロニアは、ナイフを持った手を左上に振り上げて私に斬り付けたのだ!」
「まあ、有り得無くは無いですよね」
「私を疑うなら、証拠を出せ! 証拠を!」
「兄上は出したの? 義姉様が嫌がらせの犯人だって、証拠。被害者の証言じゃ無くて、証拠」
アナスタシア様の質問に、エイドリアン様は黙り込んだ。
「侯爵令嬢を証拠も無しに犯人扱いなんて、どうかしてるわ」
「その女だって、王族を証拠も無しに犯人扱いしているだろうが!」
エイドリアン様が私を指差して怒鳴った。
「え? してません。お言葉ですが、アポロニア様のご家族が疑いを持つであろう点を予め指摘して、お二人の潔白の証明になればと思って色々お訪ねしているのです」
と適当な事を語ってみる。
「そ、そうなのか」
「御納得頂けたようなので、続けさせて頂きます」