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◆事件発生◆
私の名は八島菊花。
勇者召喚の為の実験とやらで異世界に召喚された。
帰す方法は未研究だとかで、恐らく一生帰れないだろうとの事。当面の生活費を渡すから、それで何とかしてくれと言われた。
研究塔を出て城門から出ようとした時、王女様が異世界の話を聞きたいと仰っているからと呼び止められ、王様と王女様と一緒に昼食を取る破目になった。
食事をしながら現代の日本には貴族が居ない事等を話していると、悲鳴が聞こえた。
「きゃあああーーー!!!」
「何事だ?」
ふと、腕時計を確認すると12:41だった。
「御歓談中、失礼致します」
3分位で兵士が報告に現れた。
「構わん。何かあったのだな?」
「はい。実は……アポロニア様が殺害されました」
「何だと?!」
「本当なの?!」
驚愕して立ち上がった二人に、私は困惑した。
「あ、お知り合いですか?」
「兄上の婚約者なのよ」
アナスタシア王女が教えてくれた。
「一体誰が殺したのだ?」
「現場にいらっしゃった殿下のお話では、アポロニア様が突然殿下に斬りかかり、助けようとしたベッキー嬢と揉み合いになり、ナイフがアポロニア様に刺さってしまったと」
「何と!」
「アポロニア義姉様が兄上を殺そうとしたなんて信じられない! 現場に参ります!」
何故か手首を掴まれて連れて行かれる私。
死体見たくないよう!
◆現場の状況◆
現場は応接室のような部屋だった。
部屋の中央に置かれたテーブルの側に、赤いドレスを着た女性が目を閉じて仰向けに倒れていた。服装にも髪にも乱れは無い。
その腹部にナイフが突き立っており、亡くなった女性が順手で柄を握っている。他に外傷は見当たらない。血は乾き始めていた。
死体の側には、兵士が二人。
そして、部屋の奥のソファに震えて座る女性と慰める様に肩を抱いている男性が居た。
女性がベッキー嬢・男性が王子様だろう。
王子様の方は、怪我をしたのか左手に布を巻いていた。
テーブルの上にはティーセットが有った。三人分のカップにお茶が入っている。匂いからしてハーブティーだが、何のハーブかは判らない。
テーブルとその周りに異常は見られなかった。
アポロニア様が座っていたであろうソファには何も無く、床に何かが落ちている事も無かった。
「兄上! アポロニア義姉様が兄上を殺そうとしたとは、真ですの?!」
「そうだ。私が、ベッキーを愛している事を知って、逆上したのだろう」
「義姉様が逆上して刃物を振るう様な人だとは思えません」
「だが、事実だ」
王子様は王様に顔を向けた。
「父上。ベッキーは、私を助けてくれたのです。アポロニアを刺殺してしまったのは事故。どうか、寛大な処分を」
王様は処分を軽くするか重くするか悩んでいるのか、腕を組んで黙っている。
「あの、質問しても宜しいでしょうか?」
私は王子に尋ねた。
「誰だ、お前は?」
王子様は形の良い眉を顰めた。
「勇者召喚の実験で召喚された異世界人よ。名前は菊花」
アナスタシア王女が紹介してくれた。
「得体の知れない異世界人を城に上げるとは……」
「菊花。余が許す。幾らでも質問するが良い」
王様が、此方を見ずにまだ悩み中の様な表情でそう言った。
「ありがとうございます。では、詳しい状況説明をお願いします。あ、その前に、鑑識官は未だですか?」
「鑑識?」
どうやら、この国では鑑識は行われないらしい。
「えっと、犯罪捜査で、犯人の遺留品・髪の毛・指紋・血痕等を調べる事ですが……」
「指紋?」
「何も調べる必要は無いだろう。犯人が逃走した訳ではないのだから」
王子様の意見は置いておいて、アナスタシア様の疑問に答える。
「指を見ると細かい模様があると思いますが、それです」
「確かに、有るわね」
「指紋は、一卵性双生児でも違うらしいですね。尤も、私の世界の話ですから、この世界でもそうなのかは調べてみないと分かりませんが」
「一卵性双生児?」
卵子の存在も知られていないらしい。
「男性の体内の子供の元を精子・女性の体内の子供の元を卵子と呼んでいるんです」
「まあ! 女性の中にもあるの?!」
「え、ええ。そうですよ。鳥のメスは卵を産みますよね? 人間の場合は、あんなに大きくは有りませんし、殻もありませんけど」
鳥を例に出したからか、アナスタシア様は「鳥と一緒にされて不快」と思っていそうな表情になった。
「一卵性双生児とは、一つの卵が途中で別れた双子です。だから、顔も髪の色も目の色も同じなんですよ。でも、指紋は違うらしいんです」
「そうなの? 不思議ね」
「そうですよね。話を戻しますが……鑑識を行う事で、自殺なのか・事故なのか・他殺なのかを判断する証拠を手に入れるんです。自殺や事故に見せかけた他殺や、犯人を別の人間と思わせる工作を見抜く為にも。稀に、他殺に見せかけた自殺もありますね」
「私が嘘を言っていると言いたいのか!?」
王子様が怒りを露わにする。
「恐れながら申し上げますが、生まれてから一度も嘘を吐いた事が無い・これから死ぬまでも一度も嘘を吐かないという保証が無い以上、例え相手が殿下であろうとも、嘘を吐いた可能性も考えて捜査するべきです」
「確かに、そうよね」
アナスタシア様が同意した。
「私が嘘を吐いたという証拠があるとでも?! 有る訳が無い! 私は本当の事を言ったんだからな!」
◆王子の証言◆
「では、先ず、アポロニア様殺害までの詳しい経緯をお聞かせください」
アポロニア様の遺体にシーツを掛けて貰い、事件の経緯を尋ねた。
「アポロニアが突然私に斬りかかり」
「お待ちください。それ以前の事からお願いします」
「それ以前の事が関係有るのか?」
「有ります」
王子様は不機嫌を増して私を睨むと、説明を始めた。
我々がこの部屋に居たのは、アポロニアを呼び出して、ベッキーへの嫌がらせについて問い詰める為だった。
ベッキーは私と交際を始めた直後から、数々の嫌がらせを受けていた。
ベッキーにそのような事をするのは、アポロニアしかいない。
だから、呼び出して、謝罪するよう言い付けた。
しかし、彼女は謝罪を拒み、ナイフを抜くと私に斬りかかって来たのだ。
この左手は、その時に斬られたのだ。
アポロニアは止めようとしたベッキーと揉み合いになり、ナイフが刺さってしまった。
以上だ。
「私達が来る前までの事もお願いします」
「……アポロニアを殺してしまったと気付いたベッキーが悲鳴を上げ、衛兵が三人駆け着けた。私が事情を説明すると、その内の一人が父上に報告に走り、残りの二人はアポロニアの死体の側に立ち、見張っていた」
「ありがとうございます。それでは、怪我を見せて貰えますか?」
王子様は、何故か鼻で笑って左手に巻かれた布を取った。
「これで良いか?」
手の平に、親指の付け根(手首の方)から小指の付け根の方までの傷が一本付いていた。
「アポロニア様はどのように斬りかかって来たのですか?」
「斜め上から振り降ろして来た」
「どのように防いだのですか?」
「こうだ」
王子様は左腕を水平に顔を庇うようにした。
手は横向きなので……アポロニア様は左利きだったのだろうか? しかし、その場合、右手で庇いそうなものだが。
セロテープ無しでの指紋採取って、何を使えば良いのだろう?
「ありがとうございます」
兵士達に目をやると、訝しげに首を傾げていた。