安定士
「・・・ふんふんふふふーんふふふんふーん♪」
誰かがメロディを口ずさんでいるのが聞こえる
目を開けてみるといつもよりも心地は良くないがどうやら布団の中のようだ
「さっきまでのは夢か・・・二度寝しよう」
再び目を作り再度睡眠に入ろうとすると
「あっ!目が覚めたんならちゃんと起きてよ」
小さく高い声がこちらに近づいてくる
ふと自宅の布団を思い出すがこんなにゴワゴワしていなかったはずだ
ただでさえ休みなく働かされている生活だったので
できるだけ睡眠にはこだわり
もうメーカーは覚えてはいないが布団や枕はもっと品質のいいモノを買ったはずだ
「夢・・じゃない?」
意識がはっきりし再び目を開け周囲を見渡すと
そこは自宅の部屋とは違いベットしかない一室だった
他といえば目の前に一匹
空に浮いている羽の生えた小さな猫のような動物
「おはよう!」
元気よく挨拶されたので反射的に口から返事が出る
「おは・・よう」
なんか元気いっぱいだなこの動物
そう心の中で思っていると
「僕の名前はチーフル=モニタ
主に君のサポートの為に作られた精霊だよ!
わからないことがあったら何でも僕に聞いてね!」
目の前の小動物があの女が言っていた世話係らしい
「俺の名前は渉。よろしく」
とりあえず現状を把握するところから始めるか
「とりあえずここはどこだ?」
「ここは人の住んでいない家だよ!」
・・・どうやら意を汲んで答えてくれるような高性能なものではないらしい
「何から始めればいい?」
「ヒイラギ様からは何でもいいからすぐに仕事を始めさせろって聞いてるけど
仕事するにはまずワタルの場合は安定士への登録かな」
着いてきてという言葉を発したあと、すぐに外に向かっていく
すこし慌てて近くにおいてあった靴を履き
小動物を追いかけて家の外にでるとそこは
家々が所狭しと立ち並ぶすこし古い感じの町並みが広がっていた
「ワタルーこっちだよ!」
小動物の声で意識がもどり着いていく
道すがらさっき言っていた中でよくわからなかった安定士という言葉について聞いてみると
どうやらこの世界を安定に導く役目をもった大層な職業らしい
聞いている内容を要約して自分の中に落とし込んで考えると
この世界産のプログラマーで公務員のようなものかな
「しっかしなんで道行く人道行く人振り返るんだ?」
「それは僕が珍しいからだよ!精霊を伴って歩く人なんて基本的にはいないからね!」
自信満々にこちらに振り返り胸を叩くその腕とドヤ顔は・・・ちょっとうざい
世話係っていってたけどこれもしかして四六時中こいつの相手しないといけないのか?
・・・とりあえずこのドヤ顔に不快感を覚えたので教育の名目で軽くデコピンしておく
「あっ!何するのさ!」
咄嗟のことだったのでよける暇もなかったはずなのにデコピンがあたらない・・・というか通り抜けた
「言っておくけど僕のような精霊には実体はないからね!」
ドヤ顔しつつ見下ろしてくる
それでもどうにもできないということで
不快指数が大きくあがっただけでこのやり取りは終わった
そうこうしている内に目当てである役所?の建物に着いたので
小動物を伴って中に入っていく
中は少し広めのロビーと受付のようなカウンターが3つあるだけだった
どうせなら一番左の小柄で可愛い感じの女性に対応してもらいたかったが
人気なのか既に埋まっているため開いている一番右の男性の窓口に行く
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「すみません。安定士への登録をお願いします」
最初は少し硬めで無愛想な感じだった表情が
安定士への登録という言葉で侮蔑の眼差しに変わる
「はっ?いきなり安定士への登録?お前・・・俺たち運用士のことなめてんのか?」
大声こそ出してはいないが声にははっきりとした怒りが含まれていた
とりあえず怒られる意味もわからない為訳を聞こうするが
そのする前に小動物が前に出て
「いいからいいから時間ももったいないし早く登録してよ
特記事項で精霊が保証する場合例外とするってあるでしょ?」
目の前の男は精霊と俺とを二度三度見比べて舌打ちをし
「ちょっとまってろ」の言葉とともに
不機嫌な態度を隠しもせずに後ろの部屋に向かっていく
「なぁさっきの人大分怒ってたけどどうゆうこと?」
小動物は少し考え込むような顔を見せてひと呼吸おいて
「んー別に君は知らなくてもいいことなんだけど聞くー?」
訳もわからず怒られたまんまというのは気持ち悪い
というか次も同じようなことがあったら堪らない
まぁあの男の発言からなんとなく想像はつかないことはないんだが・・・
「じゃぁ説明するね」
小動物の説明によると
本来安定士になるには運用士にて数年下積みと難関である安定士の試験を受けないといけない
そもそも運用士になるのさえ難易度の高い試験に受からなければいけないとのこと
だからこその高い給与と身分が約束されるそうだ
血の滲むような勉学の末試験に合格しさらに数年の下積みと難関の試験に合格するという段階を踏まず
ふらっとあらわれた何も知らないやつがいきなり安定士なんて!っということらしい
俺も試験や運用士を経験した方がいいのか?と聞くと
「運用士のやることなんて実際ほとんどただの雑務の固まりだし
君がそれをやってもはっきりいってただの時間の無駄だね!」
とのことだった
どうやら悪感情を持たれるのはどうしようもなさそうだ
小動物と話を終え少しするとさっきの男が帰ってきた
「準備が終わったからこの紙を持って2階にあがってすぐそばにある安定士認定所に入れ」
特に従わない理由もないので素直に2階に上がり言っていた場所に移動する
扉を開けるとそこには少しぼけてそうな感じのじいさんが一人座っていた
「すみません。安定士の登録いいでしょうか?」
1階で渡された紙を目の前のじいさんに渡す
「ほいほい、安定士じゃな?用意できとるぞ、そこの魔法陣の真ん中に寝転がりなされ」
じいさんは渡された紙を見もせずゴミ箱に入れる
「あのーその紙は見ないんでしょうか?」
「どうせ精霊様を連れとるんじゃそっちでの登録じゃろ?」
「まぁ確かにそうなんですけど・・・」
あれだけ下積みが難しい試験がと聞いていたが
このじいさんの対応をみる限りだと実際は結構いい加減なように感じる
そう訝しんでいると
「普通は安定士の試験を受ける場合はのう
その場で合格が決まるからそのまま安定士としての登録は終えるんじゃ
こんな突発的にくるようなもんは精霊様ぐらいしかありえんわ」
少し心配していたがちゃんとした理由はあったみたいだ
「ではよろしくお願いします」
魔法陣の上に寝転がり少しするとじいさんが何か変な呪文のようなものを唱えだすと
それに呼応して魔法陣が発光し俺の体を光が包み込んでいく
時間が経つごとに次第に光が治まりとうとう光が見えなくなる
「よし成功じゃ。これで安定士としての登録は完了じゃ」
起き上がり自分の体を調べてみるが特にさっきと違いは感じられない
「あのーあんまり何も変わった気がしないんですが・・・」
「力の使い方についてはそこにおる精霊様の方が詳しいじゃろうて
あとは精霊様に見捨てられんよう安定士として頑張って働きんしゃい」
その一言だけこちらに向かって言うとそのまま外に出て行ってしまった
残された部屋の中には小動物と俺だけがいる
「とりあえず安定士としての登録終わったみたいだけどこの後どうすればいい?」
「すぐに仕事にとりかかるよー!
ヒイラギ様から君には1日の中で最高で8時間も休みを与えるんだから
最低でも16時間は一分一秒の暇も与えず仕事をさせろって言われてるからね!」
小動物の言う最高8時間の休みと最低16時間の仕事という言い方にひっかかる
もしかしてこいつできる限り残業させようとか考えてるのか?
報酬が第二の人生だから働いてもサービス残業になるだろうに
そのことを小動物に問うとにこやかな表情を浮かべて
「できうる限りワタルを馬車馬の如く働かせる!
それがヒイラギ様から僕に与えられた仕事の1つ・・・いや使命であるといってもいいからね!」
俺は少し自分を落ち着けて天井を見上げる
俺とこの小動物はまだ少しの付き合いでしかないが
こいつの満面の笑み・・・いつかこの拳でぶん殴ってやりたい!
こちらの世界に来てまだ少ししか立っていないが
ここも今まで勤めてきたブラック企業と変わらない気がしてきた