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護国の騎士

作者: 紫苑

主従ネタをやりたくて書きました。主従は主従でも自由すぎる主とそれに振り回される苦労性の従が好きです。

「情けない。それでもお前たちは国を守る騎士か?」

 あるところでは罵り合い、あるところでは最悪の予想を繰り返して嘆き合う。騎士でありながら、だれ一人として剣を取らず、ただ責任を押し付け合うだけ。そんな会議室の混迷を打ち破ったのがあの人の言葉だった。

「諦めて降伏するのもまた一つの手だろう。そうやって生き延びることもできる。だが、剣も取らず、戦いもせず、ぐだぐだと喋って終わりを待つか? そうやって間抜けな敗北を迎えるか? 私ならごめんだ」

 皆が突然の乱入者を、あの人を見ていた。何を偉そうに。そう思いそのような目で見ていた者もいただろう。しかし、あの人はそんなことは気に留めなかった。ただ、こう言ったのだ。

「私は間抜けな敗北を迎える気はない。私が求めるのは勝利であり、それを迎えるつもりでいる。さあ、お前たちはどちらを選ぶ?」



 リンドラーンの騎士団を率いる護国の騎士。セシル騎士団長。

 それが俺の上司だ。

 あの人が騎士団長になったのも今から五年前。あの頃、リンドラーンは隣国の侵攻を受け、危機的な状況 にあった。

 リンドラーンは小さな国だ。同盟を結んだ大国の庇護の下、農業と鉱業を糧に穏やかに暮らす平和な国だった。

 そんなリンドラーンで最も価値があるものが、ダイヤモンド鉱山だった。隣国はその利権を求めて、リンドラーンに侵攻したのだ。もちろん自衛のための騎士団はあったが、それほど強くない魔物の討伐くらいしかしたことがなく、長らく平和だったリンドラーンが突然の侵攻に対応できるわけがなかったのだ。

 本来なら、このような場合は同盟国が助けてくれるはずだった。産出したダイヤモンドを安く売るかわりに、軍事的な庇護を約束していたからだ。しかし、当時同盟国は他国との紛争の真っ最中であり、早急な援軍は望めなかった。

 そんなとき現れたのが、団長だった。



 団長は元々、流れの傭兵だった。隣国の軍に惨敗し減った兵力を補うために、当時の騎士団長――俺の父――に雇われたのだ。

 父は国境の砦を守る任に就いていた。ここが落とされれば国内が戦場になる。隣国の軍の侵入を阻む、最後の防衛線だった。

 息子の俺が言うのも何だが、父は非常に優れた将だった。でなければ、戦を知らない騎士団が侵略者相手にあそこまで持ちこたえられなかっただろう。もし、あのまま父が騎士団を指揮していたら、同盟軍が到着するまで持ちこたえることも可能だったかもしれない。

 しかし、志半ばで父は死んだ。戦場で敵の矢を受けて命を落としたのだ。

 将を失って、騎士団は混乱した。父ほどの力量を持つ者、騎士団長としての任を担える者がすぐに見つからなかったのだ。当時、父の副官を務めていた俺は、この一時だけでも父の跡を継いで騎士団を指揮しようと名乗り出たが、俺には父ほどの統率力はなく、年配の騎士には親の七光りのくせにと取り合ってくれない者もいた。攻め込んでくる侵略軍の前で右往左往し、果ては責任を押し付け合う始末。国境の砦の守護はもはや絶望的だった。

 そして、侵略軍が砦に攻め入ろうとした寸前のこと。機能しなくなった会議室に殴り込み、戦いもせず責任を押し付け合う騎士達を一人残らず締め上げたのが団長だった。団長は混乱する騎士団をまとめ上げ、隣国の軍を見事返り討ちにしたのだ。

 それだけではない。

「国王陛下。一時、私に騎士団の指揮を預からせていただけないでしょうか? 援軍が来るまで、必ずやリンドラーンを護り抜いて見せましょう」

 砦を守り抜いた功績を称えられ王城に招かれた団長は、国王陛下の前でそう宣言したのだ。

本来なら、ただの雇われ傭兵である団長に指揮権を与えられるはずもない。しかし、一刻の猶予もないことも事実なのだ。国王陛下は団長の求めに応じて騎士団の指揮権を預け、砦を守った功績を称えて王国一の駿馬と特別にあつらえた馬具一式まで与えたのだった。

 そして宣言通り、団長が同盟軍が到着するまでリンドラーンを護りきったのは言うまでもない。



 戦争の終結後、団長はリンドラーンを護った戦士として盛大に迎えられ、その戦功を称えられた。それだけではない。国王陛下は団長に騎士の位を授け、正式に騎士団長へと任命したのだ。俺の父を始め、戦で多くの有能な騎士が亡くなったこと。なにより団長が団長足るに相応しい武勇と功績を持っていたためであった。

 しかし、それを快く思わない者がいた。なにしろ、団長はリンドラーン出身でも騎士であったわけでもない。元は素性も知れない傭兵だ。国を守った功績は認めても、騎士団長となることは受け入れられない。そういう者は少なからずいた。

 かくいう俺もその一人だった。



「つまり、素性も知れない怪しい輩を騎士団長となることは認められない。そういうことだな」

 団長就任が発表されて数日後、俺は元々父のものであった執務室を訪れた。正確には父のものではなく、騎士団長のための部屋であるのだから、団長が使って当然の場所である。しかし、少し前まで父が使っていた机を、他人が当然のように使っていることが少しばかり腹立たしかったのだ。リンドラーンで生まれ育ち、幼い頃から騎士団で働いてきた自分より、よそ者が評価されていることも気に喰わなかった。

 あの時の自分は、まるで聞き分けのない幼い子供のようだったと思う。

「ふむ。気持ちはわかるよ。得体のしれない人物に自分の命を預けたくはないだろうからな」

「なら我々の主張がもっともだと理解して頂けるでしょう。あなたの功績は確かに素晴らしいものです。あなたがいなければリンドラーンは隣国の支配を受けることになったでしょう。ですが、そのこととあなたが騎士団長に就任することは別です」

「そうは言われても国王命令だからな。私だってこうなるとは思ってもみなかったさ。だが、ああも熱心に頼まれては断るに断れない。・・・それに、私もこの国が気に入ったのでな。私の剣でこの国を守れるというのなら、喜んでこの剣を捧げようと思う」

「分かりました。言葉で分かって頂けないのなら、剣で勝負をつけましょう」

「おい、本気か?」

 剣を抜いた俺に対して、団長は少しばかり驚いた様子だった。しかし、すぐに俺が本気であることを察したのか、団長も立ち上がって剣を抜いた。

「俺が勝ったら騎士団長の任を辞退してもらいます」

「わかった。そうしよう。・・・では、私が勝ったら、君がこちらの要求を聞くということにしても構わないな?」

「・・・分かりました。約束しましょう」

 俺は自分の剣術に絶対の自信を持っていた。この剣の腕があったからこそ、父の副官に選ばれ、初めての戦場で生き残ったのだから。

しかしながら、どうもあの時の俺は完全に頭に血が上っていて判断力を失っていたとしか言いようがない。でなければ、あんな無謀なことはしなかっただろう。

 団長が侵略者を退けたのは、軍の統率力に優れていたからだけではない。人並はずれた剣の腕を持っていたからでもあるのだから。



 結論から言えば、決闘は俺の惨敗だった。

「君は強いな。いい戦いだった」

 勝負がついた後、団長は息一つ乱していなかった。俺は全力で戦っていたのだが、団長は準備運動程度だっただろう。いい戦いだったなどと言いつつも、決闘の直後とは思えない呑気さで剣を納め、嬉しそうにほほ笑む。剣を取られ無様に膝をついた俺は、余裕あるそのほほ笑みに屈辱を感じながらも、イカサマもズルもない正当な戦いで負けた以上なにも言う資格はなかった。

「無用な恐れによって勝機を逃すな。不要な慢心によって敗北を招くな」

 自分への怒りと羞恥で目を伏せたままだった俺に、団長は何気ない様子でそう言った。顔を上げると、団長はほほ笑み、瞳に回顧の念をにじませて俺を見下ろしていた。

「私の師匠がよく言っていた言葉だ。慎重さも過ぎれば臆病と変わらず、自信も過ぎれば己が身を滅ぼす。君は後者に近いようだ。私と同じだな」

「・・・何が言いたいんです?」

「少しばかり冷静になるだけで、君は段違いに強くなるだろうということだ」

 笑って団長は剣を収めた。

「さて、私が勝ったからには、こちらの要求を聞いてもらわねばな」

 この時、団長は至極楽しそうだったが、俺は何を言われるか気が気ではなかった。要求をのむと約束した手前、何を言われても拒否はできないのだ。一方的に決闘を申し込んだのだから、罰を言い渡されてもおかしくない。むしろ当然だ。騎士として、潔く罰を受け入れなければ。俺は覚悟を決め、団長の言葉を待った。


「ラスティン・アイゼンバーグ。君を私の副官に任命する」


「・・・は!?」

 思わず声が裏返った。一瞬、自分の耳を疑ったくらいだ。しかし聞き違いでなければ、団長は俺に職位を授けると言ったのだ。それも、団長の補佐として高い能力と忠誠を求められる副官という職を。

「なぜ俺を!?」

「君は有能だからだ。なにしろ団長就任後の初仕事が騎士団の再編なのでな。残念ながら新参者の私は騎士団の内情に詳しくない。その点、君は他の騎士たちのことに詳しいし、再編を任せるには打ってつけだ」

「しかし俺はあなたに剣を向けたんですよ! そんな人間を副官に任命するというんですか!?」

「仕事は効率よくやる主義だ。それに、優秀な人材を手放す気はない。君は先代騎士団長の息子だったから彼の副官になったのではなく、副官となるにふさわしい能力があったから副官となったのだろう? 剣の腕もそれ以外でも」

 団長はにやりと笑って俺を見た。

「断るのは構わんが、騎士たる者、約束を守るべきではないか?」

「う・・・」

「そういうことだ。よろしく頼む。ラスティン」

 俺に拒否権はなかった。約束を反故する訳にはいかないし、これは騎士団長の命令なのだから。

「・・・副官の任、謹んで拝命いたします」

 その日から、俺は団長の副官になった。



 副官の任に就いてから、俺は素性の知れない傭兵というだけで団長を拒絶したことがいかに愚かなことか思い知らされた。

 団長は将として実に優れた人物だった。与えられた地位に驕ることなく、部下は平等に扱う。リンドラーン出身ではない団長は当然国の内情に詳しくなかったが、それを誤魔化すことも隠すこともせず、意欲的に学び続けた。「リンドラーンの騎士としては皆の方が私より先輩だろう」と言って官職を持たない騎士にも敬意を払い、時に教えを乞うこともあった。魔物討伐の際には率先して剣を掲げ、騎士達の先頭に立って戦う。被害を最小限に抑え、かつ効率の良く動ける作戦を立案し、騎士達を統率することも忘れない。プライド高い年配の騎士達は何かにつけて団長を口さがなくこき下ろし、時にあらぬ噂を流したりもしたが、根拠のないものばかりであったことと、団長が団長たるにふさわしいことは他の誰もが認めることであったから、彼らも次第に口を閉ざすようになっていった。団長が常に毅然とした態度で臨み、どれほど悪しざまに罵られようと他の騎士達にするのと同じように敬意をもって接し続けたことも影響しているだろう。功績があったとはいえ、元・ただの傭兵に騎士団長の位を授けた国王陛下は慧眼であったのだ。

 ただ、

「・・・・・・団長、だらだらしてないで仕事してください」

 一つ言えるのは、団長は有事の際に頼りになる人であるということだった。

 温かい日差しが執務机の後ろの窓から差し込んでいる。先日まで続いていた長雨はやみ、ゆっくり散歩でもしたくなるようなうららかな陽気だ。こういう日は爽やかに晴れ上がった空を眺めながら心穏やかに仕事がしたい。したいのだが、自分がどんなに手際よく進めても終わらない仕事というのは存在するのだ。俺はため息をついて、執務室の机に新しい書類の束を置いた。

 どうにもこうにも、団長は定期的にせっつかなければ仕事が進まないどころかやりもしないのだった。魔物討伐となれば率先して働くというのに、デスクワークとなると仕事の進度は亀の歩みよりも遅くなる。団長が仕事をしなければ、副官の俺の仕事も終わらない。いや、終わるどころか溜まっていく一方なのだが、今も仕事をする気など毛頭ないのか、執務机の上には書類の山が築かれている。紙束に埋もれる格好の団長は、窓の外へ向けていた視線を大儀そうに動かしてこちらに向けた。

「そうは言われても、机にしがみついて書き物をするのは私の性に合わないんだ」

「それは知っていますが、それでもやってもらわないと困ります」

 団長はそう言われてもなぁ、と呟き、右手でペンをいじる。書類に目を通して署名し、対処が必要なものと必要ないものに分けるだけの簡単な仕事なのに、ここまで進まないものだろうか。

 当然、俺の仕事は増えるわけで・・・時折、団長が俺を副官にしたのは、面倒な事務作業を全部押し付けたかったからではないかと思うことがある。そうは問屋がおろさなかったが。

「とにかく今日中に終わらせてください。このままでは溜まる一方ですから」

「・・・わかった。ところで、ラスティンには恋人はいないのか?」

「・・・・・・・・・」

 ――一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「いきなり何の話ですか!」

 五、六回、頭の中で団長のセリフを反芻した後、意味を理解した俺は心底驚いてそう言った。団長は時々、何の関係もない話を何の脈絡もないのに会話に混ぜ込んでくる。それにこちらが戸惑うと、悪戯が成功した子供のように笑うのだ。今も団長はくつくつと愉快そうに笑った。

「単純な興味だ。浮いた話など一つも聞かないからな。故郷に恋人がいるのではないかとか、心に決めた女性がいるのではないかと噂になっていると聞いたぞ」

「・・・そんな話、どこから聞いたんですか」

「君の友人たちだ。先日、酒の肴に聞かせてもらった」

 確かに団長は先日、友人の騎士たちと酒盛りをしていた。というより、友人たちが団長を酒盛りに引っ張り込んだというべきか。どうやらその時に、あることないこと吹きこまれたようだ。

「あいつら・・・余計なことを・・・」

「それで、どうなんだ? 恋人でなくとも心に決めた女性くらいいるんじゃないか?」

「いません。あれは友人が勝手に流した根も葉もない噂です」

 きっぱりそう言うと、団長はつまらなそうにそうかと呟いた。そんな残念そうな顔をされても、恋人の有無は団長を楽しませるためのものではないのだが。

「そういう団長には恋人はいらっしゃらないのですか?」

 妙なことを聞かれた仕返しということもあったが、純粋な興味から俺はそう聞き返した。浮いた話なら団長のとて一つも聞いたことがない。最も、団長が恋しているところなどちょっと想像がつかないが・・・

「恋人はいないが初恋の人ならいるぞ」

・・・思いがけない返答に思わず書類を落としそうになった。

「なんだ。別に驚くことではないだろう」

「いえ、即答されるとは思わなかったもので・・・」

「そうか? 『団長が恋している様子なんて想像できない』と顔に書いてあるぞ」

「気のせいでしょう。団長がそう思っているからそう見えるんじゃないですか?」

「そんなことはない。私の目は確かだ」

「団長の目が確かなら、目の前の書類の山が見えないはずがないと思いますが」

「それとこれとは話が別だ」

 どうやらこのままでは不毛な言い争いが続きそうだ。こういう時の団長は無駄に口が回る上、妙に堂々としているので困る。

「ま、想像できないというなら詳しく教えてやろう。あれは私が幼い子供の頃の話だ」

 団長は頬杖をついてそう言った。俺はそれよりも書類を片付けてくださいと言おうとしたが、話を振ったのは自分であるということを思い出して仕方なく口を閉じた。全く余計なことを聞くんじゃなかった。

「美しくて凛々しい、素敵な人だった。他者のために尽くす人でね。いつも人のために戦っていたよ。私はそんなあの人の姿を見るのが好きで、一日に何度も見に行ったものだ」

「・・・告白はされたんですか?」

「まさか! 出来るわけがないよ。あの人の姿を見るだけで十分だったし、あの人には恋人がいたからな」

「そう、だったんですか」

「真面目で頑固な人でね。おまけに鈍かったのかな。両思いなのになかなか進展しなくてやきもきしながら見ていたよ」

 酷く懐かしそうに団長は話す。子供の頃の話とはいえ団長がそこまで言うとは、少しばかりその人物のことが気になった。

「会ってみるか?」

そんな俺の考えを察したのか、団長はにやりと笑って言った。

「え? いいえ、別に・・・」

「残念ながら話は出来ないが、姿を見るぐらいならできるぞ」

 そう言って、団長は机の一番下の私物を入れている引出しをあける。姿を見るぐらいなら、ということは絵姿か何か持っているのだろうか。何故か少し緊張しながら待っていると、団長は一冊の本を取り出して机に置いた。

「ほら、これだ」

 俺は恐る恐るその本を手に取って、

「・・・これ、『翡翠の騎士』じゃないですか」

「そうだよ。『翡翠の騎士』が私の初恋の人だ」

 団長は再び悪戯が成功した時の子供の様に笑って首肯する。俺はため息をついて、『翡翠の騎士』――正義の女騎士の物語――を返した。

「物語の女騎士が初恋の人って」

「ははは。ま、初恋とは少し違うかな。憧れたんだ。凛々しく、優しく、強い意志と正義の心を持った騎士。そういう騎士になりたいと、な」

 古びた本の表紙を優しくなでて、団長は語る。過ぎ去ってしまった子供の頃の思い出を愛おしむ様に。きっとこの思いが団長の原点なのだろう。が、

「・・・懐かしそうに思い出を語っても仕事は減りませんよ」

「分かってるよ。ラスティンは真面目だなー」

 さすがの団長も観念したのか、若干ふてくされた様子とはいえようやく書類に向かう。ほどなくして、ペンを動かす乾いた音と紙の触れ合う微かな音が執務室に響き始めた。初めからその調子なら、仕事はすぐに終わるのに。

 最も、団長が初めからやる気を見せて仕事をすぐ終わらせたことなど、一度もないのだが。



「ラスティン」

 名を呼ばれて、俺は顔を上げた。

 声の主は俺の直属の上司、この国を護る騎士団の団長だ。向かいの机で頬杖をついてこちらを見ている。

「例の街を襲う魔物の件だ。討伐隊の最新の報告を教えてくれ」

 団長の求めに応じて、俺は必要な書類を出す。今朝届けられたばかりの報告書は探すまでもなくすぐに見つかった。

「討伐隊の報告によると、今回も討伐に失敗し撤退したようです。今回は死傷者の数も多く、討伐隊はかなりの痛手を受けています」

 報告書につづられていたのは、数か月前に突如出現した巨大な魔物のことだった。魔物は王都近くの町や村を繰り返し襲い、甚大な被害を与えている。国民の生命はもちろん、物資の生産や流通も脅かされ始め、すぐに魔物の討伐隊が組織された。

 魔物の討伐は騎士団の重要な責務だ。これまでに何度もやってきたこと。今まで通りにやっていれば、すぐに討伐できるだろうと思われていた。

 しかし、今回ばかりは違った。件の魔物は相当手ごわく、討伐隊は何度も撤退を強いられたのだ。当然被害は広がるばかりで、魔物もこの地を去る様子はない。

「ふむ。それで、件の魔物の様子はどうだ?」

「かなり手ごわいようです。まず大きさからして通常の魔物とは異なり、その巨体ゆえ剣もまともに通じません。また魔法のようなものを操るため、全く歯が立ちません」

「そうか」

 報告を聞いた団長は椅子の背に背中を預けた。目にかかる髪を払い、いいことを思いついたとでもいう風に笑みを浮かべる。

「それほど手ごわい魔物ならば、私が直接、討伐隊を指揮しよう」

「は・・・?」

「ラスティン。おまえにはいつものように私の補佐を任せる。すぐに新しい討伐隊を編成しろ。準備ができ次第出発し、現地の討伐隊と合流する」

「ちょっと待って下さい! いくら手ごわいと言っても所詮魔物の討伐です。団長わざわざ出向かれる必要はないのでは?」

 なにより、団長が王都を離れてしまってどうするのだ。いくら戦乱のない平和な時だからといって、有事はいつ起こるかわからないのだ。もし仮に団長がいない間に王都が魔物に襲われでもしたらどうするのだ。

「例の魔物が出るのは王都の近くなのだろう? いずれ王都にも襲来してくるかもしれない。現に、近隣住民や王都に出入りする人々が襲われているからな。魔物の襲来を防ぎ、国民を護るのが我らが務め。容易には倒せぬ魔物だというならば、私が直接出向いても何ら問題はあるまい」

「王都の守りはどうするのですか」

「部下に任せるさ。少しの間、私がいなくても何の問題もないだろう」

「しかし・・・」

「異論はそこまでだラスティン。これは決定事項だ。すぐに討伐隊を編成しろ」

 反論しても無駄なことはよく分かっている。団長は一度決めたら、よほどのことがない限り翻したりしないのだ。

 特に今回のようなことは。

「・・・承知いたしました」

 仕方なく、俺は命令通り騎士団の名簿を取り出して討伐隊編成を始めたのだった



 数日後、討伐隊を編成した我々は例の魔物がよく出没するという平原に到着した。現地の討伐隊とも合流し、魔物の特徴を元に作戦を立案した後、討伐のためにこの平原に赴いたのだ。

「あれが例の魔物か。なるほど、大きいな」

 団長の視線の先には、平原の真ん中に佇む魔物の姿がある。魔物は想像したよりも遥かに大きく、凶悪な姿をしていた。

「団長、やはり・・・」

「止めても無駄だぞ。ラスティン」

 俺が言い終わる前に団長は先回りして言う。心なしか団長は楽しそうな笑みを口元に浮かべていた。

「まだ何も言っていません」

「どうせ最前線に出るのはやめろというんだろう。ならば言うだけ無駄だ」

 からかうような口調に俺は少しむっとする。

「最前線に出るなとは言いませんよ。むやみに突っ込むのはおやめ下さいと申し上げたかっただけです。団長の実力は存じていますが、万が一団長が倒れられたら、全体の士気にかかわります。それに・・・」

「それに」

「団長は単に国民の安全のため魔物の討伐をするのではなく、自分が前線に立って暴れたいからわざわざ出向いたのではないかと推測しております」

 団長との付き合いも長い。故に団長の性格は誰よりもよく分かっているつもりだ。だてにこの人の副官を務めていない。

「よくわかったな。さすが私の副官だ」

 至極感心したように団長は言う。といっても、この程度のことは考えるまでもなく分かる。もちろん、こういったときの団長の返答も。

「ならば、むやみに突っ込むなという忠告も無駄なことが分かるな?」

「・・・ええ、まあ」

「よろしい」

 そう言ってから、団長は振り返り後ろに控えていた騎士達の方を見た。整然と立ち並ぶ騎士たちは、ある者はこれから向かう任務を思って緊張をみなぎらせ、ある者は恐怖を胸に震えている。その一人一人を見据えながら、団長は口を開いた。

「作戦通り、ローズ隊は左翼。フェアフィールド隊は右翼から例の魔物へ攻撃せよ。残りの各隊は周囲の魔物の討伐に当たれ。臆することはない。いかなる大きさだろうと、どれほどの強さを持とうと、奴は魔物。魔物相手に我らの剣が折れることはない。我らの意志が潰えることはない。騎士の誇りを胸に全身全霊を持って彼の敵を殲滅せよ!」

 団長の命令と鼓舞に、討伐隊の騎士たちが鬨の声を上げる。勇猛果敢な団長の姿に勇気づけられる者は多い。何度も魔物に敗れ、戦う意思を失いかけていた者すら、再び生気を取り戻したようだった。

「ラスティン。お前に私の背中を預ける。私に倒れられては困るというなら、全力で私の背を守るがいい」

 再び平原へと向き直ると、魔物を視界にとらえまま団長は言う。その瞳は獲物を見つけた狩人のように、鋭く魔物を見据えている。

「言われなくてもそうするつもりです」

 武器を構え、俺は団長の後ろに控える。いついかなる時も団長の補佐をするのが副官たる俺の仕事なのだ。今回もその役目を果たすのみである。

「君は頼もしいな。おかげで安心して敵と戦える」

 団長は剣を抜く。よく手入れされた銀の刃が陽光を反射した。その光に気付いたのだろうか。静かに佇んでいた魔物が咆哮をあげてこちらに向かって来た。

「行くぞ!」

 鬨の声と共に、団長は魔物へ向かって走り出す。その後ろを俺は続く。他の騎士たちも、作戦通りに魔物へ向かって突入していく。

 前を走る団長を見て思う。

 団長は強い。どんなに手ごわい奴だろうと、魔物ごときに負けはしない。けれど怪我をされては士気にかかわるから、少し小言を言っておく方がいいのだ。

 この人はまっすぐだ。あの剣のように、力も意志も眼差しも、どこまでもまっすぐなのだ。それはとても心強いものであるし、時に危なっかしくもある。

 ならば自分はその背中を護ろう。この人がまっすぐ前を見ていられるように。敗れることのないように。国を護るこの人を、俺は後ろから支えるのだ。


 魔物に立ち向かうあの人はさながら英雄譚の一場面のようで。

 その姿を見て実感したのだ。

 団長が昔話の英雄(ヒーロー)に恋した理由。憧れた理由を。


 魅せられたのだ。その姿に。言葉に。生き様に。

 かく在りたいと願わせるほど、強い強い憧れを抱くくらい。


 けれど、俺はこう在りたいとは思わない。ああいう高潔さを俺は持ち合わせていないから。

 俺の役目は、この人を支えることだ。まっすぐ歩む、あの人の背を預かることだ。


 俺は英雄では有り得ない。

 英雄の隣に立つ副官でありさえすればいい。


 そう。願わくば、あの人の隣で。

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