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第7章 発覚

リートとホワイトは勇ましく歩く。

その一歩後ろで、ヒューリーは真っ白な鳩を携えて、その鳩と何か話していた。

「今日の討伐はハーティア家でも来るし、大丈夫でしょ」

ホワイトは落ち着いた雰囲気で話す。

「…………あぁ」

リートは後ろに鳥がいるという状況に冷や汗をかいていた。

昨日の言い分では途中で離脱するようだが、それでも今はまだ一緒だ。

城下門まで来たところで、ヒューリーは立ち止まった。

「ちょっと厳しくなってきました」

「…そうか」

心なしかリートの顔から気が抜ける。

「幾らか戻って様子を見ながら試験してみます」

「監視だ」

ぴしゃり、とリートはいつもの厳しさで一括する。

「ええ、分かっています」

「じゃあ頼んだ」

ヒューリーはぺこり、と頭を下げた。

「姉様方と皆様方にご武運を」



―フロライト家2階 ミルクの部屋―


「シルキー来ないかなぁ。あたし、ずっとお部屋ならずっといて欲しいのに」

つまらない、と言わんばかりの不機嫌さ。

鍛錬期間中は全く来なかったので、ミルクはもやもやしていた。

「そういえば、約束ってしてないよね…次の、約束…」

寂しい。

シルキーに会ってから、また会いたい、また会いたい、寂しい。

そんな感情を覚えてしまい、とても複雑な気持ちだった。



―ブラッドリー城 シルキーの部屋―


ここ数日、毎日朝から晩までミルクの魔力が流れてきていた。

それがプツン、と途絶えてしまった。

毎朝至極の快楽に起こされ、毎夜その余韻に浸りながら眠るという最高の循環をしていただけに、突然の虚しさと不安を感じる。

そして、今までとは違う気持ちもわき出てくる。

「ミルク…どうしたの、何が起きたの?」

シルキーは起き上った。

そして、魔力を吸わない呪文を掛けた薄灰色のローブを纏い、フードで頭まで覆うと、魔法を唱え始めた。


―魔力を頂く為じゃない。ミルクが心配で、いてもたってもいられなくなったのだ。


「ミルクのベランダへ、転移」



―フロライト家2階 ミルクの部屋―


貰っていた魔力のおかげで、いつも以上に静かにベランダに降り立つことが出来た。

まるで風のように。

ベランダのガラスをノックする。

そして小さな声を掛ける。

「ミルク」



―城下町―


ヒューリーは戻りながら感知魔法の試験をしていた。

「距離と感知精度は綺麗に一致しますね。近いほど分かる、落ち込んだ部屋の空気」

ミルクの部屋にピンポイントで感知魔法を忍ばせた。

人の出入りや、人の気の振りは分かるが、誰かまでは分からない。

ミルクの落ち込み様が分かりやすいのは心苦しいが、この状況が今日は続いてくれれば杞憂だったと言える。


「!」


何かが来た。

来てしまった。

人間の気ではない。

チリの空気が膨張したような、寒気を感じる悪魔の気配。

「…怖い」

全身に鳥肌が立つ。

「でも、どうして二人の気は穏やかなんでしょうか……」

とにかく、何かキケンな気がミルクの部屋に入り込んだ。それだけは確信できる。

真っ白な鳩に告げる。

「ロンリちゃん、ミルクと一緒にいる何か姿を見てきて頂戴。危なかったらすぐ戻るのよ」

鳩は頷き、バタバタと羽音を大きく飛び立った。




―フロライト家2階 ミルクの部屋―


「シルキー!!」

ミルクは小さな窓のノック音を聞き逃さなかった。

ベランダの大窓を勢いよく開ける。

「シルキー、シルキー!会いたかったよ!!入って!」

シルキーは手を取られながら中に入る。

「ミ、ミルク慌てないでっ」


―大丈夫だ。ちゃんとローブは機能している。魔力を取ってない。


必要になる日が来るのか分からなかったが、マリス兄が「無差別に魔力を頂かないように」と練習させられた染色技法だ。

試作品ではあったが、ローブからはみ出している部分もキチンと機能してくれるようだ。

「ミルク、大丈夫?」

「え、何が?」

「今日突然お守りから魔力を感じなくなって、まさか、何かあったのかと思って…」

シルキーは珍しく落ち着かない様子を露呈する。

「ううん、何もないよ!」

「そっか…よかった、でも何があったのさ?」

ミルクは安堵したのか、誰かに話したくて仕方なかった「あの話」を話した。

勿論、息つく暇もない話だ。

「毎日練習っていうから、もうとっことんやっちゃおうと思って!」

「でも一回目の風魔法で木の人形パァン!って壊れちゃって」

「それで、絶対怒られると思ったからおんなじ魔法で粉々にして」

「ツタの魔法で土に戻してあげようと思ったら、ツタが地面から…」

「あっ地面ってね、石でできた床なんだけどそこを突き破って出てきちゃって床ガタガタになっちゃって…」

「その後はもう同じことの繰り返しだったの、何回やっても風の魔法が強すぎて」

ミルクは息を付いた。

「それで、きんしん、だって」

「なるほど」

あのお守りは予想以上に強力だったようだ。

本来の目的からいえば、頂ける魔力が多くてゴチソウサマ、と言いたいところだがシルキーの頭の中はそれどころではない。

「怒られなかった?体は大丈夫?」

「怒られたけど、全然落ち込んでないよ。だってあたし、強くなったんだもん!」

ふふん、と得意げに仁王立ちをして見せる。

「体も調子いいし、まだまだ練習できるのに何できんしん、とか言うんだろーもう」

修理だと聞かされていたことは絶好調のミルクの頭の中には残っていなかったようだ。

「まぁでも、ミルクがどこか調子を崩したとかじゃないんだね。よかった」

シルキーは安堵の表情を浮かべ、ミルクを抱きしめた。

「シ、シルキーっ!?」

ミルクは慌てて、手や頭をじたばたさせるが、シルキーはきつく抱きしめたままだ。

「本当に…よかった」

「シルキー…はずかしいよぅ…離して…」

ハッとして体を離すと、ミルクはうつむいて顔を赤らめていた。耳まで真っ赤のようだった。

「あ…えーと…その、ごめん、心配で」

「そっか、その、えと、ありがとう」

二人にぎこちない空気が流れる。

まるで初めてのキスでもしたかのような、甘さもあるぎこちなさだ。

そのまどろみから、シルキーがようやく言葉を発した。

「…あのさ、今日は時間あるんだけど…」

単純に、ミルクの話をもっと聞きたかった。


―今までも人間界で働いたことはあった。

 でも、誰もかれもが嬌声と下らない噂話、下世話な雑談。

 つまらなくて辞めてしまった。


―彼女は、何というか、新鮮だった。

 落ち込んだり、生き生きしたり、強がったり。

 とても感情に素直だ。


「…シルキー、どうしたの?」

「ううん、その、もっとミルクの話が聞きたくて…」

「嬉しいけど、今日の討伐はみんな早く帰ってくるの…シルキーを早く返さなきゃ…」

ミルクはまだ火照る頬に、涙を一つ流して声を詰まらせる。

「そっか…」

シルキーは突然寂しさに襲われるが、ぐっと拳を握ってこらえた。

「あのね、シルキー」

「なぁに、ミルク」

「もっと、あたしももっとシルキーに会いたいから…約束して」

ミルクは小指をピン、と差し出した。

「約束して、今度の日」

「………」

シルキーは困った。

両親はもちろん、姉たちがいる日は無理に転移してくることが出来ない。

教えられる方法は…

「ゴメン、約束は出来ない…でも」

フードを脱いで、ミルクの耳元で囁く。

「大丈夫、きっと、ミルクが俺のことを願ってくれた時に、きっとお守りが導いてくれる」

そのままミルクの頬に唇をあてる。


シルキーの体にビリっ、と電気のような刺激が届く。

―さすが試作品、こんなところまではカバーしてくれないか…!

突然の刺激に、思わず片膝を付く。

「シルキー!?」

「大丈夫」

慌てるミルクを掌で制す。

そして帰還魔法を発動する。

お決まりの小さな光がふわふわと漂う。

「ダメだ…もう、戻らないと…」

「シルキー……」

「ごめん、本当にゴメンね、大丈夫だから」

ミルクが瞬きをした瞬間には、もうシルキーはいなかった。


「シルキー…もうっ…」

部屋の静寂に、ミルクは静かに涙を零す。

嬉しい事が去ってしまった悲しみと、嬉しいことにもっと触れていたい気持ちと、シルキーの最後の姿に脂汗を見た事。

全てがごちゃごちゃになって、泣いてしまった。





―ブラッドリー城 シルキーの部屋―

戻ってきたシルキーは、ローブを脱いでベッドに飛び込んだ。


―複雑な気持ちだった。

 「惹かれる」という感情で満ちていたのに、「悪魔としての食事」が体を支配した時の別の感情。

 獲物を狙う猛獣のような感情だった。

 惹かれている。人として、異性として。

 反するように、その魔力の強大さに、そのまま喰らい付いてしまいたかった。


「どうすればいいんだ…」


壊したくない。優しく抱きしめたい。もっと話を聞いていたい。色んな感情を俺だけに見せて欲しい。

なのに。

壊したい。魔力を喰らい尽くしたい。無慈悲な程、底の底まで喰らい尽くしたい。


「ああもう、もうっ………!!」

シルキーは常盤色の髪をかきむしった。



―城下町―

ずっと穏やかで、時折ミルクの気が喜んでいた。

その後一瞬二人の気が混ざり合って、悪魔らしき気はピリピリとした気に変化した。

そしてその気が消えた瞬間から、ミルクは、そう、最初の様に落ち込んだ気になったのだ。

「まさか…敵襲じゃないですよね…」

白いあの鳩がヒューリーの手に戻ってきた。

「おかえり、ロンリ」

鳩はクルクルと小さく鳴いて、彼女に見たものを伝える。

「灰色の上着に、緑の髪をして、ミルクは…慌てた?泣いていた?」

ヒューリーの肩に鳩は戻った。全て伝えたという事だ。

「どういうことでしょう…とにかく」



「悪魔が忍び込んだことに変わりはないようですね」

ヒューリーは危機を感じつつも、思考は冷静だった。

「このままリート姉様に教えたら怖いですね、とりあえずホワイト姉様と先に話さないと」

急いで屋敷に戻る。

書簡にまとめて、読んでもらって作戦を練らなければ。

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