第4章 各々の彼女
―フロライト家2階 リートの部屋―
フロライト家長女、リート。
無数の剣に囲まれたその部屋は、魔法使いには程遠く見える。
彼女は「剣」が威厳であり、不得手である魔法の補完として鍛え抜かれた剣術と体術がその部屋を構成している。
「姉様」
「ホワイトか。入れ」
リートは丁度剣の持ち手を直していたようで、ホワイトには見向きもしていない。
「失礼するわ。ちょっと取り急ぎなんだけど」
「何だ?」
「ミルクが練習部屋の窓ガラスを粉々にしたわ。しかもふっ飛ばさないで」
「何っ!?」
ガタンっ、と大きな音を立てて椅子が転がる。
立ち上がったリートはホワイトに歩み寄って腕を組んだ。
「どういうことだ?」
「単に強くなったと思いんだけど、魔法圧力なのか、偶発的な何かなのか…窓枠は平気だったから、余計判断が難しいわ」
「…うーむ……。」
「現況そのままにしてあるから、姉様もちょっと見て欲しいんだけど」
「分かった」
ぽん、とホワイトの肩を軽く叩いて大股の足早で部屋を後にする。
リートは鼓動が速くなる心臓を諌めるように、自分に言い聞かせる。
―何かの事故?いや、見てからだが……ミルク、強くなってもお前を戦場に行かせるほどフロライト家は落ちぶれていない…!!
長女として当然の責務だ、如何に強くとも私がチリを食い止めなければ…!!
廊下でその背中を見つめながら、ホワイトはぽつりと呟く。
「…姉様分かるかしら。たぶん、悪魔干渉のある魔法よ」
聞いたら顔を真っ赤にして激高するだろうと思いながら、ホワイトは自室に戻る。
―フロライト家4階 ホワイトの部屋―
部屋に戻った彼女は薬の研究器具に囲まれながら、医学書を読んでいた。
部屋の隅にある大きな空の花瓶。
ガラスが青く美しい逸品。
それが急に光り出す。
花瓶からあふれ出た小さな光の粒子が漂い、集まっていく。
そして人の形になって、パン!と弾けた。
青黒いコートに映える真っ赤な髪。
大きく、ギラギラした紫の目。
華奢な体に、端正な女顔。
「彼」は、静かな登場を披露する。
「ハロー、元気?」
「あらメシィ。今日も美人ね」
「まぁね。ところでなんかうちのシルキーが変態みたいなんだけど」
「…は?」
ホワイトは本から目を離した。
「何かアンタの末っ子の名前呼びながら恍惚としてんのよ」
「ふーん。妄想激しいんじゃないの?言っとくけどそんなの治す薬なんかないわよ」
「知ってるよ。狂ったら解体するつもりでいたんだけどほっとくわ、とりあえず」
「あらそう」
彼女は本を机に置いた。
「…その狂った子、心当たりあるんだけど。ま、じきにリート姉様が行くと思うわ」
「何だって?」
「たぶんだけど、今日使ってた魔法、悪魔干渉っぽいのよね。ミルク、リート姉様大好きだからきっと何があったかすぐ教えちゃうわ」
ホワイトはくすくすと小さく笑いながら、右足を組んだ。
「首飛ばないように、メシィ、あなた対人戦訓練してあげたら?」
「面倒」
メシィはきっぱりと言った。
そして、青黒いコートの前をばさり、と開いて見せた。
そこには、大量のメスやナイフが所狭しと詰められていた。
「アタシのコートも着られないヤワな悪魔には仕込めないね」
「あら重そうね。さすが、華奢なのにいい骨格してるだけあるわ」
「うるせーな、もっと華奢になりてぇよ」
二人でクスクスと笑いあって、物騒な青黒いコートに似合わぬ和やかな時間が流れる。
「それで?今日は何の御用?」
「手術用に麻酔薬とか必要なんだけど、ある?」
医学大学校の親友、メシィ。
彼が悪魔で、街の殺人鬼であることは十分に知っている。
「医療に善悪はない」という共通の思いはある。
更に、「街の治安は自分の仕事ではない」と思っているホワイトには、「ただの親友」である。
おそらく、長女のリートが知ったら激高するだろう。
でも、親友であることに変わりはない。
―チリの戦場 平原―
フロライト家三女、ヒューリーは一人で佇んでいた。
右手に魔法書物を開き、左手は空に高く掲げる。
「大気の力よ、この風に集まれ。そして成すのは、氷塊」
高く掲げられた左手には風が廻り、大気の水分が集まりながら徐々に凍っていく。
「行け!!」
その手を振りかざすと、草むらに雹が降り注ぐ。
バタバタバタバタ!!
「あら?」
魔法書物を閉じると、彼女は首をかしげた。
「思ったより短い…しかもちっちゃい…」
はぁ、とひとつため息をつくと足元に置いていたもう一冊の書物を持つ。
「もう一冊だけ練習したら帰ろうっと」
彼女は風を応用した魔法を編み出そうと、一人で黙々と練習していた。
葉や土を風で集めて幻影を作ったり、急速冷凍を起こして氷の魔法にしてみたり。
―戦場の中でも穏やかな場所とはいえ、一人で居るとなるとリート姉様に怒られそう。
そう思いながら、その左手はパチパチと火花を生成し始めていた。