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第1章 お友達

ミルクはベッドでごろごろと転がっていた。

「あーーーーーーもう!!あたしなーんで連れてってくれないのよー!!つまんなーい!!」

14歳のミルクにはやはり割り切れず、足をバタバタさせたり、枕に顔を埋めたりしては何度となく大声を出していた。

一通り暴れた後、ベッドに仰向けになると静かになった。


「…………やっぱり、もっと魔法、上手じゃないとダメなのかな…」


目線の先には、大きなバルコニー付きの窓から見えるどんよりとした曇り空。

起き上って窓を開けて気分転換を試みたものの、外の空気は一層、重く感じた。

「…はぁ。なーんか、落ち込んじゃったな」



キィィィィィィィィィィィィィ………!!

キィィィィィィィィィィィィィ………!!

突然、高周波の耳鳴りが襲う。

「なっ…何!なんなの!」

キィィィィィィィィィィィィィ………!!

バルコニーには、青白く発光する魔法陣。

キィィィィィィィィィィィィィ………!!

その上には、発光する粒子が固まり、人の形を成していく。

耳鳴りが収まると、そこには、人。


 緑の髪。

 エルフの耳に、金色のピアス。

 灰色のローブ。

 腕にタトゥーの入った、男。


すーっと、頭を上げ目が開かれる。

「こんにちは、初めまして」

「えー…と、あの、え?」

ミルクはきょとんとしている。

突然耳鳴りやら、魔法陣が出たやら、人が出てきたやら。

まるで、思考回路が停止したようだ。

「びっくりさせてゴメンネ。俺、シルキーって言うんだ。…ミルクお嬢様、でしょ?」

ニコッ、と笑いかけられるが、その人の姿に一つの違和感を見つける。

「…そうだけど…あの、あ、あなた人じゃない、よね?」


初めてだ。人でない何かに遭遇したのは。

でも、人だ。

敵意のない、人だ。

…その耳以外は。


「うん、この耳の通りだよ。見たことある?」

「エルフの耳…って、教わったことはあるけど」

頷いたようにすっと立ち上がるローブの男。

反射的に体がこわばる。

「ちょっと、それより、なんでエルフがここに?ってゆーか、不法侵入、ってやつ、じゃないの」

言いながらミルクは一歩ずつ後ずさる。

魔法も発動できるように、体中に力を溜めて。

「お姉様方がお出掛けするのを見かけてね。きっと一人なんだろうって、寂しいと思って来てみたんだ。…俺も一人だからさ、ほら、エルフって人と離されて暮らしてるでしょ」

「そ、そうなの…でも突然バルコニーって、ちょっとびっくりしちゃったんだけど」

「これは失礼、人に会ったらエルフの集落に戻されちゃうと思って飛んできたんだ」

魔法は要らない。

そう思ったミルクは、強張りを鎮める。

「……それもそうね、あの」


ミルクはそっとしゃがみ込んで、手を差し伸べる。

「立ち話も大変だし、中、どうぞ」




実戦に出た事がないミルクは知らなかった。

悪魔の見分け方、魔法の内容、悪魔独特の魔法の気配。

ただ分かったのは、エルフで、人みたいだからたぶんハーフなんだって言うことは、思った。

それから、ひとり同士だから、何か寂しいんだってことも思った。



部屋のアンティーク椅子に座るシルキーは、内心、心臓でも爆発するんじゃないかと思っていた。

こんなに簡単に、フロライト家に入り込めた事。

この耳を、単純にエルフだと誤解してくれた事。

ただ思ったのは、ここから焦らずに呪詛を刻めるか、ということ。

あまりにも順調、いや簡単すぎて、手が先に出てしまいそうだということも。




「今日は誰もいないからお茶も出せないの。ごめんね」

もてなせない事に困ったような顔を見せるミルク。

今日は両親とも魔法者会議に行ってしまったし、姉たちは”チリ”討伐に全員で行ってしまった。

「いいよ、お構いなく。俺はこうしてミルクお嬢様とお話が出来るだけで嬉しいから」

「あたしも。話し相手が出来てすごい嬉しい。でも、お友達になるならお嬢様って呼び方はどうなのかな?…ねぇ、シルキー?」

シルキーはきょとん、と目を見開いた。

「あ、そうだね。ありがと、じゃ…真似っこ」

微笑んで、その名前を愛おしげに呼ぶ。

「ミルク」

「ふふっ。なんだか恥ずかしいね。でも、これでお友達ね」

「そうだね。…嬉しいな、可愛いお友達が増えて」

本心から、嬉しいと思う。

…こんなに早く彼女に近づけるなんて。

努めて冷静に、かつ微笑んで。

落ち着いて。

「また飛んできたら、話してくれる?」

次の約束を取り付ける。

「うん!……じゃあちょっと、あたしの話聞いてくれる?」


ミルクは安堵したのか、誰かに話したくて仕方なかった「あの話」を話した。


「お姉様達ったらね、あたしをいつまでも”悪魔のチリ”退治に一緒に連れてってくれないのよ?」

「あたしフロライト家で覚える15歳までの魔法!!ぜーーーーーーーんぶ覚えたし!」

「あ、あたし14歳なんだけどね、15歳の魔法とかちょー余裕なんだから!!」

「そしたらね、リートお姉様ってば18歳の魔法は覚えられないのか!って無茶なこと言うんだよ!?」

「ほかのお家のどの14歳だって、あたしより魔法のお勉強はゆっくりなんだよ?」

止まらないミルクの話。

14歳のミルクに、それなりにフラストレーションが溜まっていた裏返しでもある。

「……なんでなんだろうね、いっぱい、がんばって覚えたから、悔しいよ…」

言葉と共に、目に涙が溜まる。

スカートの上に握りこぶしを作って、ギリ、と握る。

「18歳の魔法ってね、すごい魔力使うの。だから、だから、今のままじゃ追いつかないの……大きくなるまで、使えないのと一緒なの」

今にも涙がこぼれそうな、ミルクの目。

シルキーは立ち上がると、そっと頭を撫でた。

「大丈夫だよ、きっとお姉様達はミルクに強くなってほしいだけだよ。退治に行って、悔しいって思わせたくないだけ」

目を上げたミルクと、シルキーの目がぴたりと合う。

「お守り、形じゃないけどあげるね」


―形であげたら君のお姉様達が血相変えて俺を消しに来ちゃうから。

 見えなくて、気配のない、素敵な紋章呪詛をあげる。

  

「足の甲。今日は特別に、両方の甲に、お守りの模様を描いてあげる」

人差し指を立てて、大丈夫、と微笑む。

「ミルクがこれを誰にも見せないこと。それが強くなれるお守りとしてキミを護ってくれる」

ミルクは何も言わず、こくりと頷いた。

「……きっと、きっとよ。あたしを強くしてね。」

膝上の空色をした靴下を、するすると脱ぐ。

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