第9章 対峙
リートは朝靄の中、体術の練習をしていた。
憎しみや、怒りに任せて。
同時刻。
大きく膨らんだ肩掛け鞄を携えたホワイトは、ミルクの部屋に書簡を入れてからヒューリーの部屋へ赴く。
小さなノックをする。
「起きてる?」
「はい、どうぞ」
静かに部屋に入り込む。
「ヒューリー、どうなってる?」
「リート姉様には追尾魔法をかけた栞を持たせました。恐らく持っていくでしょうから、見失わないかと」
ヒューリーは鳥に餌を与えながら、自信を持って話す。
「上出来ね、さすがだわ」
妹の出来の良さに、思わずため息を付く。
「じゃ、待機しましょ。ミルクには来ないように一筆入れておいたから」
二人で目を合わせ、静寂が部屋を包み込む。
そして、朝日が出ようとしている頃、リートは家を出た。
「絶対に許さん…!!フロライト家の威信にかけて絶対…!!」
左右の腰に長い刀を二本携え、ずかずかと大股で歩き始めた。
ブラッドリー城を目指して。
「出たわね」
ヒューリーの部屋の窓から、ホワイトが声を漏らす。
「相変わらず大股ね…急ぎましょ」
「はい、姉様」
―ブラッドリー城―
扉がノックされる。
「マリス兄、いるかい」
「うー…ん…」
「いるな」
メシィはそっとドアを開けて、マリスの部屋に入った。
「お疲れの所悪いんだけど、シルキーとフロライトの長女がタイマンするみたいよ」
「何っ」
ガバッ、と物凄い勢いで起きるマリス。
「タイマン!?」
「シルキーがあそこの末っ子にちょっかい出したみたいで、長女が乗り込んでくるんだって。面白いと思わない?」
「あー……めんどくせぇよ、そんなガキの話。自分のケツくらい自分で拭けっての」
マリスは寝起きが悪いらしく、更に頭が回っていないようだった。
「マリス兄、仕事なかったら見に来なよ。シルキーどうせ負けるんだから」
「……あぁ?シルキー?」
「だから、シルキーとフロライト家の長女がタイマンするんだって」
メシィは呆れながらもう一度説明し、部屋を出ようとした。
「…メシィ後で行くから生かしとけよ」
また寝た。
これでマフィアのボスが務まるのか…と呆れつつ、メシィは部屋を出た。
一階へ降りようとすると、後ろから声が掛かる。
「メシィ兄」
「シルキー?どうした」
―まさか、今の話が聞こえた?……それは嫌だなぁ、タイマン見たいし。
「こんな事メシィ兄に相談することでもないと思うんだけど」
シルキーは一息ついた。
「女の子と巧く話すのって、どうすればいいんだろうね」
「………はぁ!?何それ今聞く事ォ!?」
余りの拍子抜けした質問に、思わず顔をしかめる。
「いや、今じゃないかもしれないけど………」
「…そうねぇ。あんた裁縫得意でしょ、何かぬいぐるみでも作ったら」
拍子抜けした割には、自分の頭が冷静に動いている事に一安心する。
「さっすがメシィ兄!ありがと早速作るよ!」
「待って」
「え?」
「……たまには魔法駆使の練習もしなさいよ」
「あー、うん、そうする」
シルキーはもうぬいぐるみに頭が囚われているようだ。
メシィは自分がいつからこんなにお節介になったのか考えたが、ホワイトの顔しか浮かばなかった。
「……ホワイト、あんたの影響って事でいいかしらね」
―城下町―
リートは想像以上の大股闊歩を続けている。普段からトレーニングを欠かさない彼女らしい姿ではあるが、追尾する二人は大変だ。
「ちょっとヒューリー、あんた、大丈夫?」
「………今のところ」
ヒューリーが息を切らしているのは明白だ。
「飛んだら?」
「いえ、飛んでは見つかります……二人乗るのには目立ち過ぎます」
使役している鳥の中には移動に適した鳥もいるのだが、さすがに大きいものとなると目立つので今回は使わないつもりでいた。
「じゃもう少し頑張りましょ、何かそれまで策を考えながら歩きましょ」
追尾魔法は直線距離で5kmまでは大丈夫だ。目的地はブラッドリー城と決まってはいるが、魔法の性質上距離を詰められない状況から、二人は過酷なロードワークを強いられることになった。
「…見失ったら全力で走るのですか」
「悪いけどそうなるわね」
「………」
ヒューリーは少し頭を抱えた。
少し、楽な魔法を探しておけばよかった、と後悔して。
…………………
―ブラッドリー城―
手のひら大のうさぎのぬいぐるみが出来あがろうとしていた。
頭はちょっと大きいが、後ろに羽を付けてあげた。
魔法や呪詛は全く入れていない。
ミルクにプレゼントする、その思いだけが詰まったぬいぐるみ。
ふと窓を見ると、空は青が淡くなっていた。もうすぐ夕方のようだ。
「いつ、ミルクは魔法を使えるかな…」
彼女が魔法を使う時、それは一人で訓練している時。
それだけが彼が会いに行ける目印だった。
階下から、大きな声が響き渡る。
「悪魔シルキー・ブラッドリー!!貴様を討伐しに来た!出てこい!!」
思わずぬいぐるみを落としそうになるが、何があったのかと慌てて部屋を出た。
ミルクと同じブロンドの髪をした、ポニーテールの背丈がある女性が仁王立ちでそこに立っていた。
「おい!貴様がシルキーという奴だな!」
「…え、あ、まぁ…」
「私はフロライト家長女、リート・フロライトだ!うちのミルクに手を出した罪は重いぞ!出てこい!討伐してやる!!」
ずかずか大股で距離を詰められる。
「ちょ、ちょっと待って出るから出て逃げないから」
「…ふん、さっさと来い」
―フロライト家 ミルクの部屋―
彼女は昨晩、ショックと悲しみで泣き続け、いつの間にか眠ってしまったらしい。
もう窓の外は青が終わろうとしていた。
ふと起きると、昨晩の姉の言葉が脳内を駆け巡る。
『そいつは悪魔だ!!なぜ分からん!!』
『明日討伐してやるからな!謹慎していろ!!』
混乱と悲しみで言葉が出ない。
それでも、彼女は思った。
「私が助けに行かないと…!!」
彼女はクローゼットから討伐用のワンピースを取り出した。
花のペンダントを掛け、髪をきゅっと二つに結う。
そして、足の甲の「お守り」に、誓う。
「絶対討伐なんかさせない…!!」
青空色をした靴下を履いて、真っ赤な靴を履いた所でベランダに向かう。
窓を開け、魔力を集中させる。
「風よ、大気の風よ。私をシルキーの所へ連れて行って」
大事な、大事なシルキーの所へ…!!




