序章 立場
『山の上のお城には、悪魔がいーっぱいいて、悪魔の出す”チリ”が、人に悪さをするんだよ』
―小さな頃から魔法を練習してきて、いつかは”チリ”から街を護るのがフロライト家の一人としての役目。…そう育てられてきたんだから…。
「なんで今日もお留守番なの!?あたしだっていーーーーっぱい魔法練習して、もうお姉さま達と一緒に十分戦えるんだから!!連れてってよー!!」
頬を膨らませ、駄々をこねる。…何度もやった手口ではあるけれど。
「ミルク・フロライト」
長女、リート・フロライト。腕組みした仁王立ちから放たれる、ずっしりとした低い声。
フロライト家の長女としての威厳が詰まった、美しい女性。
リートはミルクを見下ろしギロリ、と睨みつけている。
「…はい」
リート姉様の威厳が、ミルクの体を硬直させる。
「分かっているな」
「…はい」
「じゃあ言ってみろ」
「…えと、『”チリ”の討伐は、5つの名家でキョウギして、認められた人だけが行ける』…です」
「分かってるならよろしい。行くぞ、ホワイト、ヒューリー」
「「はい!」」
3人の姉たちは身をひるがえし、颯爽と大きな玄関を出て行った。
「…なにしよっかな」
一人になったミルクは、落ち込んだ瞳で玄関を見つめていたが、やがて階段へ向いた。
「練習したってどうせ連れてって貰えないなら、お部屋でゴロゴロしよーっと!」
半ば自棄気味に、元気を装って2階の自室に上がっていく。
―今日は練習やーめた。だって、自信あるんだもん。
『人間にも魔力はある。それを主食とするのが一番効率がいいし、美味だ。中でも5つの有名な血族は
魔力の質が違う。まさに至極の味わいなのだ。』
―何年も前から聞かされてきたけど、それホントかよ?
「おい、シルキー。本ばっか読んでないでさぁ」
悪魔、シルキー。
端正な「人間型」の見た目を持った、「山の上のお城」こと「ブラッドリー城」の住人。
「お前も仕事しなよ。ほら、前洋服屋行ってただろ」
悪魔でも、普段の食事は必要だ。
毎日魔力を吸える人間がいるわけでもないので、副食として、人間と同じ食事を取る。
魔界なり、人間の街で働いたりして調達している。
シルキーも以前は洋服屋で「食事」のために働いていたが、今は毎日本を読み漁っている。
「洋服屋ダメだったか?他にも仕事ってのは…」
「ねー、俺別に仕事しなくても食事に困ってないんだけど、分かるでしょ?マリス兄さん」
悪魔、マリス。彼らブラッドリー家の長男であり、人間の街でマフィアの頭取をしている。
穏やかな笑顔で人情派マフィアを装いながら、ごく時折人間をさらって「食事」をしている。
彼はシルキーが本を読み漁るようになってから、時折声を掛けている。
「シルキーは確かにその点はね、楽だろうよ」
シルキーは「人に触れるだけ」で「食事」が出来る。
反面、マリスは肉体を本当に「食事」する。
マリスは一息ついた。
―いつか魔力のない世界になった時に生きられるよう、出来れば働いていて欲しい。
ってのは、勝手なお節介だったか。
「人間って結構面白いからな。仕事すりゃ退屈しないかと思ったんだけど」
適当に心配を見せない理屈を付けて、話を切り上げる。
「ま、せいぜい名門のお嬢さんたちにバレないようにしろよ」
「はーい」
生返事のシルキーが読んでいる本は、とある魔導書。
『定期的に、静かに「食事」する為の呪詛―仮説―』