クトルの一番ランプ <小さな職人の子供たちのお話より>
朝になると、子供たちはいっせいに作業に取り掛かります。
「さあ、皆さん。日が落ちるまでに、それぞれランプを作って来てください。もっとも明るく光るランプが、一等賞ですよ」
「はーい」
先生の合図で、彼らは思い思いの場所へ走っていきます。
急いで行かなければ、誰かに先を越されてしまうかも知れません。
ある子は森に向かいました。
みずみずしい若葉の先に溜まった朝露の光を集めて、朝日のように爽やかなランプを作ります。
灯されたランプは、翡翠色に輝きました。
ある子は湖へ向かいました。
タプンタプンと揺れる水面が弾く光を集めて、魚の鱗のように乱反射する眩しいランプを作ります。
灯されたランプは、藍玉色に瞬きました。
また、ある子は雨が降る里へと向かいました。
灰雲が残していった雨上がりの虹を集めて、七色に光る華やかなランプを作ります。
灯されたランプは、蛋白石のように色彩を変えました。
そんな風に、みんな自分がもっとも輝いていると思う光を集めて、ランプを作っていきます。
誰のランプが一番明るいか、競争です。
「やっぱりクトルの作るランプは明るいなぁ!」
早々にランプ作りを終えて、暇を持て余していた子供の一人が、友達のランプを覗いて感嘆の声を上げました。
お友達の名前は、クトルと言います。
クトルの作るランプは、誰よりも一等明るく眩しくて、いつも一番に選ばれていました。
「今日のランプは、泥棒が十年間地下室に隠していた王冠が、主のところに戻った時の光だよ」
クトルのランプは、金剛石のようにピカピカと眩しく光っています。
「それはすごい。良く見つけてこられたね」
集まってきて子供たちは、口々にクトルを褒め称えます。
しかし、クトルにとってはこんなこと朝飯前。息をするよりも簡単なことです。
なんで皆、そんなに素材集めに苦労するのかと、いつも不思議に思っているくらいでした。
「うわあ、本当にすごいね」
そこにまた一人、誰かがクトルのランプを覗き込みます。
お友達の皆は振り返りました。
「何だ、“のろま”のキビかよ。ランプ作りは終わったのか?」
「うん」
そこにいたのは、皆から“のろま”のキビと呼ばれている女の子でした。
彼女はドン臭くて、のろまで、素材集めの競争にいつも出遅れてしまっています。
その為まだたったの一回だって、彼女のランプは一番光るランプに選ばれたことはありませんでした。
「ほら、見て。今日3歳の誕生日を迎えた女の子が、ケーキに点してもらったロウソクの明かりだよ」
ランプは紅水晶のように、ふんわりと柔らかい光を放っています。
「何だよ、ずいぶんと頼りない明かりじゃないか」
「そんな小さな光しか集められないようじゃ、何年経っても一番のランプには選ばれないぞ」
「やっぱりキビは、のろまで駄目だなぁ」
子供たちは、そう口々にキビを囃し立てます。
「そうかな、そうかな? きれいだと思うんだけどな」
キビは不思議そうに首を傾げました。
夕暮れ時になり、今日一番のランプが発表されました。
「本日、もっとも明るいランプを作ったのはクトル君です。皆さん、拍手!」
選ばれたのは、やはりクトルです。
先生の言葉に、子供たちはいっせいに拍手を送りました。
「俺もあとちょっとだったんだけどなぁ。やっぱりクトルには叶わないか」
二番手に選ばれたお友達のダズも、悔しそうにしながら手を叩きます。
「それでは、一番明るいランプを作った子から順番に、飾っていきましょうね」
先生の言葉に従って、まず最初にランプを飾ったのはクトルです。
その場所は、もはやクトルにとってお馴染みの、定位置と言っても良いくらいの場所でした。
そして次はダズ、その次は別のお友達と、順々にランプを飾っていきます。
クトルは皆がランプを飾る様子を、一歩下がったところからずっと眺めておりました。
終わりの方になってようやく、キビのランプの番が来ます。
キビは桃色に光るささやかな明かりを、しかし誰よりも誇らしげに飾り付けます。
なんで一番に選ばれなかったのに、あんなに嬉しそうなのだろう。
キビの顔を見て、クトルはとても不思議に思ったのでした。
次の日も、そのまた次の日もランプ作りが行われます。
クトルのランプは、いつもいつも一番に選ばれておりました。
みんな、たいそう羨ましそうに、クトルのランプの明るさに目を細め、拍手を送ります。
先生も毎回褒めてくれます。
しかし不思議なことに、クトルにはそれがちっとも嬉しくありませんでした。
一番に選ばれても、人に褒められても、心が空っぽのままなのです。
誰よりも明るいはずのランプも、なんだかすすけて、くすんでいるようでした。
つまらないなぁ。
クトルは誰にも気付かれないように、こっそりと溜息をついたのでした。
◆ ◇ ◆ ◇
朝が来て、今日もまたランプ作りが始まります。
先生の号令に合わせて、子供たちはいっせいに材料を集めに走り出します。
その日、クトルが選んだのは、常冬の海に10万年そびえていた氷山。それが割れた時にできる、鏡のような断面が反射した、最初の太陽の光でした。
その光で作ったランプは、青玉のように深く清らかな眩しさを宿しておりました。
きっとまた、今日一番のランプになるに、違いありません。
あっさりとその日の作業を終えてしまったクトルは、暇になって辺りをふらりとうろつき始めます。
すると、偶然にもキビがランプを作っているところに行き当たりました。
「あ、クトルだ。こんにちは」
キビはクトルに気が付いて、手を振ります。
「今日のランプもきれいだね。きっとまた、今日一番のランプに間違い無しだね」
彼女はクトルのランプを見て、惚れ惚れと溜息をつきます。しかしクトルは興味なさそうな素振りで、わずかに頷いただけでした。
「でもね、わたしの今日のランプも自信作なんだよ。ほら、見て」
キビは、作業に熱中するあまり汚れてしまった顔もそのままに、にっこりと笑ってランプを差し出します。
「これはね、生まれて間もない赤ん坊が、お母さんを見てはじめて笑ったときの、目の中の光だよ」
それは実にささやかな淡い明かりでしたが、ランプはまるで蛍石のように、とても優しい小さな光を灯しております。
キビが誇らしげに掲げるそのランプを見て、ふいにクトルは羨ましくなりました。
自分の作ったランプよりも、キビのそのランプの方がずっと明るく光っているような気がしたのです。
クトルはそのランプが、欲しくて欲しくて堪らなくなってしまいました。
「なあ、キビ。互いのランプを交換しないか」
突然のクトルの言葉に、キビはたいそう驚きました。
「えっ! 駄目だよ。そんなこと、できないよ」
「いいだろ。キビだって、僕のランプを見てきれいだって言ったじゃないか」
クトルは、嫌がるキビから無理やりランプを奪うと、代わりに自分のランプを押し付けて、逃げるようにその場を後にします。
「ねえ、クトル! 待ってよ、返して!」
背後から聞こえるキビの声も、クトルは聞こえない振りをして、走り去っていきました。
ここまで来れば、大丈夫。のろまなキビには、決して追いつけやしない。
わき目も振らず逃げてきたクトルは、ずっと遠くの木陰で深く息をつきました。
手の中には、大事に抱えてきたキビのランプがあります。
クトルは、ようやく望んでいたものを手に入れたような、満ち足りた気持ちでランプを覗き込みました。
しかし、どうしたことでしょう。
改めて見たキビのランプは、ただの弱々しい光を放つランプでしかなかったのです。
おかしいぞ。
クトルは首を傾げます。
キビの手の中にあった時にはあんなに光って見えたのに、どうして急に、こんなにも輝きが褪せてしまったのでしょう。
欲しくて欲しくて堪らなかったはずなのに、強引に交換した時のキビの泣きそうな顔も思い浮かび、クトルの胸に何だかひどく重苦しい気持ちが溜まっていきます。
「あれ、クトル?」
急に声を掛けられ、クトルはびっくりしてランプを取り落としそうになりました。
慌てて落とさないよう抱えなおし、振り返ります。
そこにいたのはダズをはじめとした、数人のお友達でした。
「こんな所でどうしたんだい、クトル」
「ああ、いや。ちょっとね」
やましい気持ちになって、クトルは言葉を濁します。
「それ、クトルのランプかい? でも、それにしては頼りない明かりだなぁ」
「こ、これはさっきここで拾ったんだ」
クトルが嘘を付くと、ダズはやっぱりと頷きました。
「そうだと思った。クトルがそんなランプを作るはずがないからな」
「あ、もしかするとこれが本当のキビのランプなんじゃないか?」
突然言い当てられて、クトルはまさに心臓が口から飛び出してしまいそうな思いでした。
「なんでそれが分かるんだい?」
「実はさっき、キビが自分では到底作れそうにないランプを持っているのを、見かけたんだ」
ダズは答えました。
それはもちろん、先ほどキビに押し付けていったクトルのランプです。
「それで、いったいどうしたんだい?」
クトルは慌てて、ダズたちに尋ねます。
「怪しいから見せてみろって、俺たちは言ったんだ」
「でも、キビは絶対に見せようとしなくてさ。それで――、」
そこで彼らははじめて、罰が悪そうな顔を浮かべます。
「取り合いをしているうちに、ランプを落として割っちゃったんだ」
クトルの顔が青ざめます。
ダズたちも慌てて言い訳をしました。
「だ、だってさ。もしもキビが誰かから盗んだものだったら、大変じゃないか」
「もしかすると、クトルから盗んだのか?」
「大変だ! そしたら俺たち、クトルのランプを割っちゃったんだ!」
ダズたちはどうしようと慌てふためきはじめましたが、クトルはもはやそれどころではありませんでした。
「違うよ! キビは誰かのランプを盗むような子じゃないよ!」
呆気に取られるダズたちを置いて、クトルは一目散に来た道を駆け戻っていったのでした。
戻った先でクトルが見たものは、粉々に砕けたランプを前にさめざめと泣いているキビでした。
キビはクトルに気が付くと、ぽろぽろと大粒の涙を目から零して言います。
「ごめんね。クトルのランプ、割っちゃったの……」
泣きじゃくるキビを前にして、クトルようやく、自分がどれだけひどいことをしてしまったのか、気付いたのです。
クトルはキビに謝りました。
「謝るのは僕の方だよ、キビ。無理にランプを交換させて、ごめんね。このランプは、キビに返すよ」
クトルは優しい灯りを浮かべるランプを、そっとキビに差し出します。しかし、キビは受け取りません。
「だって、クトルのランプは壊れちゃった。もう返せないよ」
「僕のは、また作るから大丈夫だよ」
再びキビの目からぽろぽろと涙が零れました。
「もう、間に合わないよ。だって日暮れまであと少しだよ。それに、今から集められる光なんてどこにもないよ」
「いいや、あるよ」
クトルはそう言って、キビの目に浮かんだ涙をそっとすくい取ります。
クトルの指の上で、キビの涙が傾き始めた太陽の光を反射して、きらめいたのでした。
◆ ◇ ◆ ◇
その日一番のランプを発表する時間が、やってまいりました。
「本日、もっとも明るいランプを作ったのはダズ君です。皆さん、拍手!」
先生の言葉に、みんなとっても驚きました。
いつも一番を取っていたはずのクトルが、今日に限っては一番ではないのです。
拍手をしながらも、みんな不思議そうにクトルの方を見ていましたが、クトルはその結果を当然のものとして受け入れていました。
クトルの手にあるランプは、暮れ始めた夕日の色を映した真珠のように光っております。
それはとても柔らかく暖かな光でしたが、一番になれるほどのものではありませんでした。
あれから、クトルは一生懸命ランプを作りましたが、どうしたって時間が足りませんでした。
もっと時間があれば、完璧なランプが作れたのにと思うと、クトルは悔しくなります。
しかし、不思議とクトルの胸は満ち足りておりました。
「クトル、ごめんね。やっぱり一番は取れなかったね」
「いや、いいんだ」
申し訳なさそうに声を掛けるキビに、クトルは優しく微笑んで首を振ります。
クトルはようやく気付いたのです。
何故、キビの持つランプがあれだけ眩しく見えたのか。
それは持ち主のキビにとって、全力を出し尽くして作りあげた、何よりも誇らしいランプだったから。
また、どうしてクトルは、自分が一番に選ばれてもちっとも嬉しく思えなかったのか。
それはクトルが誰よりも上手に作れるあまり、いつしか一生懸命ランプを作ることを、しなくなってしまっていたからでした。
それでは、自分のランプを誇らしく思えるわけがありません。
「次は、僕が一番のランプを作るから」
明日こそ、先生やお友達ではなく、自分自身が一番だと誇れるランプを作ってやるぞ。
クトルはそう意気込んで答えます。キビも笑顔で返しました。
「だめよ。次はわたしが、一番の、クトルだって絶対に返したくないと思ってしまうほどのランプを作るんだからね」
「俺だって、こんなマグレ勝ちじゃなくて、全力でクトルに勝てるランプを作るぞ」
キビに謝り仲直りしたダズも、楽しそうに割り込んできます。
三人は顔を見合わせて、笑いあいました。
「さあさあ、皆さん。お喋りはそこまでにしてランプを飾りましょう。一番のランプから、順番にですよ」
「はーい」
子供たちは先生の言葉に従って、次々とランプを飾っていきます。
茜色に染まった空に、一つ、また一つと光が灯っていきます。
全員がランプを飾り終えると、夜空は満点の星空となっておりました。
「これで、今日のお仕事はおわりです。明日もまた、元気にランプを作りましょうね」
「はーい」
先生の言葉に頷いて、子供たちは歌いながら、おうちに帰ります。
空にはぴかぴかと、みんなのランプが光っています。
そして太陽が昇ったらまた、星職人の子供たちの、ランプ作りがはじまるのです。
――もしもあなたが、ふと夜空を見上げた時。星がピカピカと輝いていたら、それはクトルの、ダズの、あるいはキビのランプの灯りなのかも知れませんね。
<おしまい>