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8話 友達想いの彼女たち

 

 俺は駅へと続く街灯と周りの家から漏れる光のある道を寝息を立てる桐ヶ谷さんを背負って、あかねちゃんと歩いていた。

 さて……この背中にあたる柔らかい感触どうしたもんかな。

 時刻は20時すぎで辺りは既に暗くなっている。

 なぜこうなったかといえば、先程の夕御飯で桐ヶ谷さんがいつもは残るほど作られる我が家の夕御飯を平らげた挙句、そのまま幸せのうちに寝てしまったのだ。我が家に置いておくのも困るので、駅まで送ることにした。駅に着いたら起こして、家に帰ってもらえばいい。

 それで今、問題なのは俺の背中にあたる柔らかい感触だ。スタイルのいい体を背負ったらどうなるかなんて言うまでもないだろう。言うまでもないことだけど。言っちゃおう。桐ヶ谷さんの豊満な胸が当たってます。そしてこの人めちゃめちゃいい香りがします。


「うわ、お兄さん。変態さんみたいな顔してますよ」


 どうやら顔に出ていたようだ。うーん。反省。

 あかねちゃんが「どうせ、胸が大きい方がいいんだ」とかぼそぼそ呟きながら俺から目をそらす。そんなぼそぼそ呟くのもしばらくすると止まって、俯いた。見た感じだと、真剣に何かを考えているようだ。


「どうしたの。あかねちゃん?」

「ふぇ? な、なにがですか?」

「なにがって、なんだか考え事してるみたいだったから。聞いてみたんだけど?」

「べ、別に考えてないですよ。か、考えるとしたら、世界中から何故争いが無くならないんだろうとかそういうことですかね? あはは」

「うわー。 あかねちゃんは哲学的なこと考えて賢いねー。ってそんなこと考えてないでしょ。とってつけたようなことを言うんじゃないの」

「なぜバレた?! ハッ! まさかお兄さんは読心能力サイコメトリーの能力を覚醒させたのか!?」

「フハハッ! 俺を欺こうなんざ、1億と2000万年早い!って急に中二病発言して話を逸らせようとしないで! 俺まで調子に乗っちゃったじゃんか!」


 俺は頭を振ってあかねちゃんに乗せられないように我に返る。

 

「で? どうしたのあかねちゃん」


 俺が立ち止まってあかねちゃんを見る。


「もしかして『打出の小槌』と夜月ちゃん関連で何かあるのかなぁ~」


 俺が背負っている桐ヶ谷さんがいつの間にか起きていたのか身を乗り出すように言ってきた。

 身を乗り出す……

 ぶはぁぁぁ! ちょっと待って! 胸、胸、デカイ胸がぁぁぁ! 肩から後頭部にかけてぇ! さっきより密着してるぅぅぅ! ちょっとだめだよこれ! これスゴイ柔らかい枕だ! これが低反発素材ってか!! 胸の谷間が俺の首元で柔らかくつ、包み込むぅぅ!! なんだよこれぇぇ!

 足をガクガクさせ、顔面真っ赤な俺を桐ヶ谷さんは気にしない。


「その反応はどうやら図星みたいね」


 あかねちゃんは図星だったらしい。「らしい」ていうのは今の俺の状況を考えてもらえればわかると思う。胸を後頭部に押し当てられている状態で平気で周りを見ていられるほど俺は育ちは良くないからね。って! ヤバイ。鼻血出そうなんだけど!


「なんで陽人くんの家で言ってくれないのよ? 夜月ちゃんがいるときに話したほうが良かったんじゃないの?」


 やがてオッパイ攻撃に耐えられなくなった俺はへたへたと道路に座りこんでしまった。そんな俺にまたもや気にする様子もなく俺の背中から離れてあかねちゃんの方に行く。


「……夜月ちゃんに言いたくないことだし。お兄さんにも本当は言いたくはなかったんですけど……」

「そう……でも気になることがあるなら言った方がいいわ。事件解決もはやくなるかもしれないわ」


 あかねちゃんが俺を何度か見た後、話しだした。


「えっと……その呪いをかけた人ですけど呪いがかかった人に対して恨んでる人ですよね」

「そういう場合がほとんどね」

「夜月ちゃんが言っていた竜王寺先輩より夜月ちゃんを恨んでいそうな人がいるんです」


 地面に座りこんだ状態であかねちゃんを見てみると少々言いにくそうな顔をしている。


「『竜王寺康也様を愛する会』のメンバーです」


 あかねちゃんの言葉で俺は今日の昼休みに出会った七条院杏華とその部下(?)の少女たちを思い出した。


「『竜王寺康也様を愛する会』の人たちは竜王寺さんが好きなんですが、その竜王寺先輩が夜月ちゃんのことを好きだって告白したから夜月ちゃんが恨まれちゃったのかもしれない。告白されて一週間のうちに……夜月ちゃんの陰口を言っている子を何回か見たからそうなんじゃないかと……あと、今日の昼休みに……」


 今日、『竜王寺康也様を愛する会』が俺たちに対して見せた態度を思い出してみれば、あかねちゃんがこう考えるのもわかる。

 特に『竜王寺康也様を愛する会』でリーダーなんて呼ばれていた七条院杏華とかは夜月に対して恨みを持っているかもしれない。夜月の兄である俺に対して夜月の弱点なんて聞いてくるくらいなんだから。


「ふ~ん。なるほどね」


 桐ヶ谷さんはあかねちゃんの頭をポンとおいてから呟いた。


「まぁ、なんにしても『竜王……なんとか』とかいうのも調査する必要がありそうね。早いうちに調べてみるわ。教師という立場を使って色々とね」

「お金のために職権乱用する気かよ……」

「違うわよ」


 俺のツッコミに素の反応を返す桐ヶ谷さん。いつもだったらふざけそうなところだが……この時は違った。桐ヶ谷さんが振り返ると、たまに見せるレアな教師の顔があった。


「友達想いの生徒のために先生が頑張るだけよ」


 綺麗なポニーテールを揺らしながらそう言った。そしてあかねちゃんが持っていたバックを持つと駅の方へと歩みを進めていた。


「じゃあ、また明日。学校でね」


 少し振り向いた桐ヶ谷さんはニコッと笑ってから立ち去っていった。その美人の笑みは最初出会った時や食事をしているときの幸せそうな笑顔とも違う、大人な笑顔だった。思わずその笑顔にドキッとしてしまった。これが大人っていうやつなのか?


「お兄さん……」

「ん?」


 呼ばれて、見てみるとあかねちゃんは俯いていて元気がない。


「夜月ちゃんが大勢の人から嫌われてるとか恨まれてるかもしれないなんて知ったらきっと悲しくなっちゃうから夜月ちゃんには内緒にしたいことだし。それに夜月ちゃんを大事にしてるお兄さんだって嫌な気分になると思ったから本当はあまり言いたくなかったんです」 


 あかねちゃん……君は……夜月のためを思ってそんなことを考えていたのか。ましてはその夜月の兄である俺のことまで気遣ってくれるなんて……。夜月……おまえ、いい友達を持ってんじゃねぇか。


「ありがとう。あかねちゃん」


 俺は立ち上がってニコッとあかねちゃんに微笑んだ。


「もしも……夜月が大勢の奴に嫌われていてもあいつはそんなことで悲しがったりするような奴じゃないと思うぞ」

「え、でも……」

「たとえ大勢の奴に嫌われていても……あかねちゃんは夜月の友達でいてくれるんだろ?」

「もちろんです!」


 即答だった。その綺麗な瞳はまっすぐ俺を見上げていた。


「だったら大丈夫だ。夜月はあかねちゃんみたいな優しい友達がいれば大丈夫だ」

「お、お兄さん……」

「夜月の兄貴まで気にしてくれるような子ならなおさらだよ」


 夜月にこんな友達……いや、親友だな……。親友がいるのは嬉しい。それに俺にまで気にしてくれることがすごく嬉しかった。心があったかくなった。

 さっきの俺の言葉は夜月の気持ちを的確に現したものじゃないが、夜月ならきっとこう言うんじゃないかなと思った結果出た言葉だった。


「ありがとう……ございます……」

「それは俺のセリフだ。夜月の友達でありがとな」


 あかねちゃんは頬を染めていた。

 ホント、あかねちゃんは友達想いの良い子だ……。

 友達想い……?

 そういえば桐ヶ谷さんは去り際に『友達想いの生徒のために先生が頑張るだけよ』なんて言っていた。もしかして桐ヶ谷さんはあかねちゃんの思いに気づいてそんなことを言ったのか? だとしたら、桐ヶ谷さんも意外としっかりした教師じゃん。ちょっと見直したな。 

 なんて考えていたらあかねちゃんが可愛らしい笑顔で俺を見上げてくる。


「さて、辺りももう暗いですし、早く帰らないと人の胸見て鼻血出すような変態さんに襲われちゃうかもしれないですね」

「なんでそんな綺麗な目で俺をイジルようなこと言うのかねぇ。だいたい俺は胸見て鼻血出してないって何回も言ってんだけど?」


 俺は少しため息をした。

 駅に続く道を俺たちは歩いて行った。



 ******



 俺はあかねちゃんを送った後、家に帰ってきた。

 扉を開けて、玄関に入っていくと廊下にはパジャマ姿の夜月の姿があった。ちょうどお風呂あがりであったらしく頬は紅く、黒くて長い髪は乾ききっていないのか少し濡れていた。


「あ、おかえり兄貴。ちゃんとあかねを送ってくれた?」

「もちのろんだ」

「そう……ならいいんだけど」


 ウチには15歳以下は20時には必ず家にいないといけないという門限みたいなものがある。

 夜月はまだ14歳で、あかねちゃんが帰る頃には20時近くになっていたので17歳の俺があかねちゃんたちを送っていったのだ。 

 夜月としてはあかねちゃんを家まで送ってあげたいという気持ちがあるんだろう。


「ほら、夜月。お土産」


 俺が帰りの途中にあるコンビニに立ち寄って買ったものを俺は手渡した。

 その俺の行動に少々驚いた感じの夜月。そしてその袋の中を見て少し目を輝かせた。中身は夜月の好きなプッチンするプリン(3×2コ)だ。

 夜月は俺の様子を伺うように見てくる。


「なに? 兄貴がお土産なんて珍しい。なにか企んでる?」

「なにも企んでねぇよ。ただ今日はテンション高かっただけだ」

「テンション? それでプリン買ってきたの?」


 そうだ。テンションが高かった。夜月にあかねちゃんみたいな友達がいるのが夜月の兄として純粋に嬉しかった。まぁ、そんなこと夜月には言いませんがね。

 俺は靴を脱いで自室に戻ろうと夜月のとなりを横切ろうとしたとき「兄貴」と、呼び止められた。

 その表情は元気がない。


「あのさ。私のことを恨んでるっていう人にまだ心当たりがあるの」


 え、それって……。『竜王寺康也様を愛す会』の七条院杏華たちのことか……?


「『竜王寺たんのペロペロアイスキャンデイーハァハァの会』?っていうのがあるんだけど、そこの人達はきっと私のこと……」

「え? なにそれ怖い。ものすっごい謎の会だな」

「たしか……そんな感じの名前だったような……七条院っていう人が率いている会なんだけど」


 七条院という名前で夜月の言っている会が『竜王寺康也様を愛す会』だということはわかった。

 にしてもさっきの名前はなんだ? ひどいとかそういう問題じゃない。どこからペロペロとかアイスキャンディーとか出てくるんだよ。竜王寺たん……て。

 まぁ口に出して『竜王寺康也様を愛する会』のことでしょ?って教えてあげる必要もないか……。


「さっき言えば良かったんだけど、あかねがね、そこの人と今日会った時に怯えていたから名前をあげるのはどうかと思って……」


 夜月がそう言う。

 あかねちゃんが夜月のことを想っていたけど、夜月までもがあかねちゃんを想っているとはねぇ。なんだよ。両想いかよ。おまえら結婚しろよ。

 なんにしても感心したよ。


「そっか。桐ヶ谷さんにはそのこと伝えておくよ」


 俺は夜月の目を見て言った。

 「あぁ、それと」と、夜月は思い出したかのように付け加えた。


「桐ヶ谷先生に一つ聞き忘れていたんだけどさ、今朝と夕方で小さくなり方が違ったことを明日聞いてくれない?」


 そういえばそうだ。夜月のミニマム化は今朝は10センチぐらいだったのに対して夕方は3センチぐらいだったらしい。そのことについて桐ヶ谷さんは何も説明してくれてはいなかった。

 一寸法師はおよそ3センチだが、10センチぐらいだった過程なんてないはずなんだ。もしかしたら別の理由があるんじゃないかと思われる。しかし桐ヶ谷さんならなにか知っているはずだ。


「私じゃ桐ヶ谷先生がどこにいるとかわかんないし、兄貴の先生ならわかるでしょ?」

「あー俺もあの人どこにいるとかわかんないんだけど……確か明日、古典の授業があったはずだから……そのときにでも」

「お願い」


 それだけ言うと夜月は俺が買ってきたプリンを持ってリビングの方に向かっていった。きっと食べるんだろうな。一瞬見えた表情がにやけてたもん。


 

 俺は部屋に戻りながら今日あったことを思い出していた。この調子だと明日も色々ありそうだな。


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