4話 ミニマムな妹は花(イケメン)より団子(メロンパン)
陽人くんは今回お休み。夜月ちゃんサイドです。
竹井夜月は右手にメロンパン、左手にある本を持ちながら中等部の中庭のある場所を目指して歩いていた。
彼女の本心としてはあまり行きたくないのだが、ある事柄を解決するために必要なのだ。
中庭で何故か人生ゲームをしている男子生徒と女子生徒たちを素通りして約束の木がある場所に向かう。
艶やかな黒髪を揺らして歩く美少女がメロンパンを咥えているのは不釣り合いだと言うのは周りからの反応だ。それほど彼女のメロンパンを咥えている場面は目撃されている。
「メロンパンうまい……」
中庭の開けた場所に着いた夜月はその中庭では一番大きい木を見つめる。
その木には長身の男子がいた。彼は中等部の中では1位2位を争うほど女子に人気であるイケメン男子で名は竜王寺康也。
しかしそんなことは夜月にはどうでもいいことであった。
「やぁ、竹井さん」
康也は白い歯を見せながら夜月に微笑みかける。その笑顔に並みの女性なら一発で心を奪われてしまうだろう。
「どうも。お待たせしました」
夜月は咥えていたメロンパンを離してそう答える。康也の笑顔に反応はせず、メロンパンを無表情で味わっていた。
「10分も待たせてすみません」
「いいんだよ。女の子に待ってもらうのはよくあることだけど、僕が待つということははじめてだったから新鮮だったね」
「そうですか……購買のメロンパンが美味しそうだったのでそれを買うのに時間がかかったんです」
「そうなんだ。竹井さんはメロンパンが好きなんだね。覚えておくよ」
康也は何かに気づいたようで夜月に近づいてくる。夜月は少し警戒していると
「メロンパン、口についているよ」
康也が夜月の口に手を伸ばす。それに対して夜月は少し後退りしてすぐにメロンパンの屑を口から取り払う。
その夜月の警戒心に気づいた様子の康也は意外そうな顔になるが、すぐに笑顔になった。
「その反応からすると君がここに僕を呼び出したのは僕の告白を受け入れてくれるということではなさそうだね」
夜月と康也がいるこの広場の木の下は恋人同士の穴場スポットである。
しかしそんなことを夜月は1つも知らずに康也をここに呼び出している。もちろん彼女は愛の告白をするためでない。少し奇妙な話をするためだ。
彼女かここを選んだ理由として人が少ない所がいいというのと静かな場所がいいというものだった。
しかし普段は静かであるはずのこの場所もどこからか複数人がケンカをしているような声が聞こえてくる。
「移動しながらお話ししようか」
康也の提案に夜月は首肯して、彼の後を歩く。
「話ってなにかな」
「竜王寺先輩、鬼の角持っていますか」
夜月はさっそく本題を切り出した。彼女の体が小さくなってしまう原因である鬼の角を所持しているかどうかを。
「鬼の…角…?」
康也は立ち止まり困惑した表情を見せた。
「それはどういうものなのかな」
康也の質問に夜月は答えず、そのまま質問を続ける。
「聞き方をかえます。竜王寺先輩は私のことを恨んでいますか?」
「恨む? どうして?」
「私が竜王寺先輩のことをフッたからとか」
「どうしてそんなことで君をうらまないといけないんだい?」
康也が首を傾げながら聞いてくる。
夜月はそんな康也を注意深く観察する。彼が嘘をついているのかついていないのかを見極めるために。
「むしろ僕は君に感謝しているんだけどね」
夜月は康也の発言に訝しげな顔をする。
「君とそんなに仲良くもないのにいきなり告白なんてしてしまってその挙げ句フラレてしまう。その時に僕は告白はされたことはあっても本気の恋愛なんてやったことがない素人なんだって君が教えてくれた。恋愛にはちゃんと順番が必要なんだって教えられた。そのことに気づくのに時間がかかったけれどその点で僕は君に感謝しているよ」
康也は笑顔でそう答える。彼は中等部では皆が認める美形で運動も勉強も出来るという高スペックの男子だ。そんな彼にとってフラれるという体験は一生に一度あるかないかであろう。
勿論、夜月はそんなことを彼に教えるつもりは毛頭なかった。
そのとき予鈴がなった。
「ん? もうこんな時間か。次は体育だからもう行ってもいいかな?」
康也は腕時計を見て言う。
夜月は少し考えてから首肯した。
「いいですけど、最後にいいですか?」
「なんだい?」
「恋愛に道筋が必要だと思ったならギャルゲーを恋愛の道筋の勉強に使えばいいと思いますよ」
「ギャ、ギャルゲー?」
夜月の口からそんな言葉が出てくるとは思いもしていなかった康也はしばらく口を開けたままになっていたが、何を思ったか
「な、なるほど」
と、懐から手帳を取り出してメモをしだした。
その行動に夜月はメモ取るのかよというツッコミを心の中で言う。まさかふざけて言ったネタに彼が乗ってくるとは彼女自身思っていなかった。
「ありがとう。早速今日、家に帰ってから勉強してみることにするよ。じゃあね」
「は、はい」
康也は中等部の校舎に手を振りながら歩み出す。その後ろ姿は少し楽しげにも見えた。あの勢いだと本当にギャルゲーをし始めそうだ。
夜月はこの時、中等部で一位二位を争うイケメンで女子に人気の竜王寺康也をギャルゲーという異世界に引きずりこんでしまったのではないかと思った。しかし、それはそれで彼が恋愛対象を自分ではなくディスプレイの中の女の子に変えてくれればいいかななどと考えていた竹井夜月だった。
康也の姿が見えなくなると夜月はメロンパンをかじって肩を竦めた。
「どうしよ。あの人、鬼の角持ってないのかな」
結局、夜月は康也が『ミニマム化』について関与しているかどうかを突き止めることができなかった。
彼女が左手に持っていた本を開ける。その本のタイトルは『奴の嘘を見抜く!新改訂版』内容は嘘の見抜き方などを載せた本だ。
これは夜月が康也に問い詰めるときに、もし彼が嘘をついたときなどにこの知識を使えると思って、部屋の本棚から引っ張り出して朝から読んでいたものだ。
「あの人じゃなかったら誰だっていうのさ……」
夜月は途方もなく空を見上げる。
彼女が持つ本に記載してある、嘘をついた時にでる仕草などを康也はいっさい見せていなかった。康也は鬼の角の存在と呪いを知らないことになる。つまりシロだ。
彼女は康也を犯人と決めつけていたため、自分を恨んでいる者が他にいるという可能性を考えていなかった。ゆえに彼女はお手上げ状態だった。
彼女は兄である陽人に今日中に自分でなんとかすると言ってしまっているがため、兄に知られると面目が立たない。
それに誰かに相談するにしても相談事の内容が問題だ。したくてもできない。
「まぁ、まだ今日は終わったわけじゃないし。自分を恨んでる人間を探すなんて気が引けるけど……調べるかぁ」
夜月は溜息混じりに言って、メロンパンを食べきる。
その時、彼女の視界が草むらの中の何かが「ガサッガサッ」と動いたのを捉えた。
夜月はその草むらの中を覗きこんでみる。そこには小柄な女の子がさらに体を小さくして息を潜めていた。夜月の方に背中を見せているため顔を見ることは出来ないが、その背中を彼女はよく知っている。
「あかね?」
「にゃ! あ、あかねじゃないよ!! お兄さんに隠れておけと言われたからここに隠れているあかねはここにはいませんよ!!」
「やっぱり、あかねじゃん」
「ここにあかねはいない……あれ? この声は……」
あかねがゆっくり夜月の方を見る。夜月が優しく微笑みかけるとあかねは安堵の顔をみせる。
「あ、夜月ちゃんか……」
「あかね、あんたここでなにしてんの?」
「あ、いやあの……」
「さっき、お兄さんが隠れておけといわれたとかなんとか言っていたけど、そのお兄さんて私の兄貴よね」
「そ、そうだよ。夜月ちゃんのお兄さんとかくれんぼしてたんだよ」
明らかに嘘だな、と夜月は本の内容と今のあかねの状態を照らし合わせて思った。あかねの目は泳いでいて、夜月を見ていない。
「目泳いでるわよ。嘘ついてるサイン」
「あ、あかねは本当のことを言うときは目が泳いでるんだよ。そういう人だよ」
「だとすると、あかねはいつでも嘘をついているのね」
「嘘ついてないよ!」
「どっちよ」
夜月はひとつため息をつく。
「まぁ、あかねが兄貴とかくれんぼしようがなにしようが別にどうでもいいんだけどね。あかね、もし兄貴にやらしいこととかされそうになったら私に言いなさいよ」
「大丈夫だよ。そのときは『責任』取らせるから」
「そう……。その『責任』がなにかは知らないけど。そんなに自信満々ならいいよ」
夜月が自分の教室に戻ろうと歩みを進めようとすると
「あら~竹井夜月さんじゃない」
後方から人を小馬鹿にするように声をかけられた。あかねは真っ先にその声の主を見て驚いた表情を見せる。
夜月は不機嫌な顔をその声の主に向ける。そこには金髪の三年の女子中学生がいた。その後ろには数人の女子生徒たちが続いていた。
「誰?」
「あら、何度かお会いしたはずですわよ。夜月さん。この七条院杏華に」
「あ~あの『竜王寺康也様をアイスにしようの会』の七条院先輩ですか。最近よく会いますね」
「なによ! その意味不明な会は?!」
「竜王寺先輩をアイスクリームにして食べてしまおうという目的の集会ですよね」
「そんな訳あるわけないでしょう! そんな残酷なことはしませんわ!!」
「あ、思い出しました。『竜王寺康也様をアイスキャンディーにしようの会』ですね。間違えました」
「違いますわよ! さっきと言ってること変わらないじゃない! アイスから離れなさい!!」
「違うんですか? う~ん。じゃあ『竜王寺康也様をペロペロキャンディーにしようの会』ですね。ネットとかでは好きなアニメのキャラクターに対して『〇〇ちゃんペロペロ』とか言って愛情表現する人たちがいるって聞いたことがあります」
「そんな変態共と一緒にしないでくれる?!」
杏華にしては珍しい大声で後に引き連れていた女子生徒たちが少し驚いた様子を見せていた。
「私たちは『竜王寺康也様を愛する会』!! 竜王寺康也さんを愛の目で見守るために結成された愛と正義の会ですわ!」
そんなことを偉そうに腰に手を添えながら大声で叫ぶ杏華。その姿はまるで「決まったわ」とでも言いたげだ。
少しばかりの沈黙が訪れた。風で草木が揺れる音がする。
そして次に口を開いたのは呆れた目で杏華を見る夜月だ。
「なるほど。恥ずかしげもなく大声でそんなことを叫ぶ事のできるリーダーとそのリーダーの言動に少し赤面している人たちの会ですか。覚えておきます」
「くっ! なんですって!!」
「ところで『竜王寺たんペロペロハァハァの会』のリーダーの七条院先輩はこんなところで何をしているんですか?」
「あなた! 覚える気ないでしょう!! 下級生の癖にケンカを売っているのかしら?」
杏華が前に出て文句を言おうとすると後ろに控えていた少女が腕を掴んで止めた。
「七条院さん。落ち着いてください。あの約束をもう忘れたんですか? リーダーが破るのはまずいのでは?」
「う……そうね」
杏華は苦虫を噛み潰したかのような顔をする。少し息を整えると無理矢理笑顔を作る。
「まぁいいですわ。夜月さん。あなたの先程の言葉は聞かなかったことにしてあげますわ。それにわたくしは別にあなたに用はありませんわ。もちろんそこのあかねさんにもね。わたくしは単に教室に戻ろうとしていただけですわ。その道すがらにあなたたちがいたから挨拶をしようとしただけですわ」
「そうですか」
「さぁ皆さん自教室に帰りましょ」という杏華の号令により彼女の周りの女子生徒たちが散会していく。そして一人になったほまれは呟く。
「まぁひとつ言っておくわね……康也さんに近づかないでくださいね」
杏華のギラリと光る瞳に恐怖からなのかあかねは夜月の背中の後ろにさらに隠れてしまう。
夜月はその瞳を見て先程までの呆れた様子の目をやめて眉を細める。
「じゃあ私も言いますよ」
夜月の今までのやり取りの中ではなかった声音で校舎に向かう杏華に言った。
「七条院先輩。私の親友に手を出さないでくださいね。
それと私は竜王寺先輩に興味ありません。ですからそんなに大事に思っているならファンクラブなんか作って、影で見てないで前に出ていって竜王寺先輩の傍にいればいいんじゃないんですか?」
「……フッ言ってればいいわ」
杏華はそう言って校舎に戻っていった。
「はぁ」
あかねは杏華が立ち去ったのを知ると胸をなでおろす。
「あかね、大丈夫? 怯えてたみたいだけど」
「あ、うん。大丈夫だよ。夜月ちゃんこそ大丈夫なの?七条院先輩にあんな言い方して」
「あんな言い方?……まぁいいんだよ。最近よく絡んできていてメンドくさいなーと思ってたし」
呆れたようにため息をついたあと夜月はあかねの頭をポンポンと撫でる。
「そのうち絡んで来なくなるでしょ。たぶん」
「なんで?」
「竜王寺先輩にギャルゲーをおすすめしたから。そのうちにディスプレイの中の女の子に恋すると思う」
「な! 中等部のイケメンになんてことを!! ってもしかして今日、伝説の木に呼び出したのってその話するため!? 前代未聞だよ?!」
本当のところはそんな話をするためではなかったが一応ギャルゲーの話をしたことには代わりないので一応頷いておく。
「まぁそれはいいでしょ。いいから教室戻ろ。授業始まるし」
「良くないよ。ほかにはどんなこと話したの? 夜月ちゃん、竜王寺先輩の人生変えたかもしれないんだよ?」
「大げさ大げさ」
驚愕の様子を隠しきれないあかねの背中を夜月が押しながら中等部の校舎に向かう。
「ッ!!」
突然夜月に頭痛が走った。脳天から体中に電気が走って体が思うように動かない。体の節々が傷み、何かに縛り付けられているような感覚に襲われる。
(なに、これ)
声を出したくても口が言うことを聞かない。嫌な汗が吹き出す。
あかねの背にあてていた手が離れる。その手の震えが止まらない。
視界が下がっていく。
(うそ…視界が下がってる!)
視界が下がる理由を夜月は知っている。それは体が10センチ近く小さくなってしまう呪いに彼女がかかっているから。そして今まで普通のサイズだったのは打出の小槌の効果のおかげだった。
(まさか……また…小さくなる?! で、でも効果が切れるのはまだのはず! なんで?!)
夜月は一瞬の浮遊感を感じたあと、視界が完全にゼロになった。
「まさかだと思うけど、お兄さんと一緒で夜月ちゃんも伝説の木知らなかったりする?」
夜月からの返答はなかった。
そして背中を押されていた手と後ろにさっきまであったはずの親友の気配がなくなったことが気になったあかねが振り向いた。
そこには夜月の制服が落ちているのみだった。
「夜月ちゃん?」
周りを見渡してみても夜月はいない。あるのは制服とその間から見える黄色い下着ぐらいだ。
「夜月ちゃん? どこいったの? どういうこと?」
あかねは困惑ながら制服に近付く。制服のスカートのある部分が不自然に動き出した。
彼女は恐る恐るその部分を手で摘まんであげてみると
「え? 嘘? よ、夜月ちゃん?」
「や、やぁ・・・・・・あかね」
あかねの目に映ったのは親友の夜月が小さくなってスカートにちょこんと埋もれている状況。その状況に彼女は言葉を失わずにはいられなかった。
再び夜月は人形のように小さくなっていた。
あかねと夜月は数秒間見つめあった後、あかねは目を輝かせて叫んだ。
「かわいい!!」
「えっ!?」
楽しんでいたたければ幸い。
次回の投稿のときもよろしくお願いします。