3話 伝説の木とファンクラブの人々
高等部の2年5組で昼食を食べていた俺のもとに妹の友人で、俺のことをうさぎ扱いしている星宮あかねちゃんがやってきた。
「うさぎのお兄さんーーー!! うさぎのお兄さん!!」
「あーー! もう! 2回も呼ばんでいい!!」
「大事なことなので2回言いました。なんならもう1度言いましょうか?」
「結構!」
クラスメイト達が俺たちのやりとりを聞いてクスクスと笑う。正直、恥ずかしい。
「じゃあどうゆう呼び方ならいいんですか?」
「いつも通りに呼べばいいと思う」
「じゃあ、おにいちゃん♪」
上目遣いのニッコリ笑顔でそう呼んでくるあかねちゃんに俺の心はなにかで撃ち抜かれた。カワイイ!やべぇこれ。俺の母性本能ならぬ兄性本能が目覚めそう。
ところで俺の後方の教室のクラスメイト達がざわざわしだす。
「陽人の妹って夜月ちゃんだよな?」「あんなロリじゃなかった筈だぜ? もっと美少女だった筈だぜ。まぁあのロリッ子もなかなかカワイイけど」「え? じゃあもしかして竹井君って妹さん以外の人に『おにいちゃん』って呼ばせてるの?」「マジ? なにそれキモいんだけど~」「その上、陽人殿はペット扱いされてるらしいでござる。三食生ニンジンらしいでござる」「ニホンはオタクぶんかーとか、スゴイて思てたケド、ヨウトクンみたいなニホンジンがいることにオドロイター」「そんなことより2020年のオリンピックってどこなん?」
以上の内容の言葉が俺に視線を突き刺しながら飛んできた。
あーもーめんどくせぇ。なんつーかもー。あかねちゃん。あんた、楽しんでるだろ。『おにいちゃん』って呼ばれて少し嬉しかった俺だってさすがに怒るよ。クラスメイトに色々説明しないと収集つかなさそうだし。
「ありゃ。すみませんお兄さん。教室がある意味フィーバーですね」
「あかねちゃん。ちょっと黙ってここで待っててくれる?あとで怒るから」
「はい・・・・・・」
俺は少々眉間にシワを寄せる。そうすると少しは反省してくれたのかあかねちゃんはしょぼんとした様子を見せた。
そして俺は舞われ右をして自教室に入って扉を閉める。クラスメイトの面々をみて一呼吸。
「おい!! おまえら! 勘違いすんなよ!別にあの女の子に『おにいちゃん』と呼ばれて『おにいちゃん』欠乏症の俺が愉悦に浸ってるとかいう7割正解のような勘違いしてんじゃねぇ!!
まぁ? そのことは勘違いされても仕方ないかなって思うよ ?でもね? 聞き捨てならん事が3つある。
ひとつめは俺がペット扱いされてるという情報はどこ情報だ! 忍者! 変なこというな! ていうかなんでウチのクラスに忍者がいる!?……ふたつめ、おい!留学生のアリスさん! 日本について変な知識つけて帰国するなよ!……さいご!山内五郎! 2020年のオリンピックは日本の東京に決まってんだろ! おまえは滝川クリスタル様の『お・も・て・な・し』を知らんのか!!」
教室中が沈黙に包まれる。そして俺は教室から静かに出ていく。のだが・・・・・・
「おー竹井のツッコミ炸裂だー!!」
「これだからあいつをイジるのは楽しい!キャハハ!」
「竹井君、わかってるわよ~」
「チョーウケる」
俺の後方の教室が爆笑に溢れていた。いや、なんで笑ってんだよ。俺は怒ってんだぜ?
教室から出ると俺を見上げてくるあかねちゃんが
「滝川クリスタル好きなんですか?」
「芸能人ではな」
「お兄さんはクラスでもいじられキャラなんですね」
「まあね」
「アハハッ」
俺は笑いながらゆっくり両掌をあかねちゃんの柔肌で暖かみのある両頬にあてて、
「え! あ、あの!お兄さん? な、なにを?」
「なにってそりゃ」
少し赤く染まっているあかねちゃんの頬をつまんで、
「おしおきに決まってんでしょうが!!」
言った途端、俺は頬を引っ張ってやった。
「にゃにゃ! いひゃい! いひゃいれす! ひゃー!」
「アハハッじゃなんだ! 大概にしなさいよ! 変な誤解が広まっていったらどうすんのさ? いや、もう実際、広まってるかもしれんがよ?」
「ひょめんなさい!」
俺は頬を引っ張るのをやめると、あかねちゃんは涙目で痛そうに赤くなった頬をさすっていた。少々やり過ぎただろうかと思ったが、ここは心を鬼にして心配しないことにする。だって俺は怒ってるのだもの。
「ごめんなさい・・・・・・・なんでもするから許して・・・・・・」
「ん?」
俺はあかねちゃんの発言に眉をピクッと反応させる。聞きのがしてなるものか。
「なんでも?」
「え? あ、はい?」
本来ならここは先輩としてあかねちゃんの発言は危ないから注意してやるべきなんだろう。しかしここはせっかくだから……シメシメ。俺は顎を手でさする。
あかねちゃんは俺を見上げているかと思うと、あっという間に顔を赤くした。
「あの、なんでもと言っても、げ、限度がありますよ? その、あの、あんなこととかこんなこととかは、あ、いや、お兄さんが嫌だとかじゃなくて、ですね? その、順序とかそういうのがあると思うです。はい。でもどうしてもというなら、ちゃんと『責任』取ってもらえるなら考えてもいいかなーなんて。え、でも! そんな!・・・・・」
あかねちゃんがなにやら言っているようだが俺の心はすでに決まっている。
「あかねちゃん」
「は、はい」
あかねちゃんは息をのむ。なにかを決心したかのように俺を見上げる。
「もう一度・・・・・・『おにいちゃん』と呼んでください」
俺が頭を下げるとポカンとしたあかねちゃんは「ほえ?」という呆けた声を出した。
もうバカみたいなお願いだと思うが『おにいちゃん』欠乏症の俺、竹井陽人にとってはそう呼ばれた時の快感みたいのをもう一度感じたかったのだ。後悔はしてない。
~~~~~~~~~
余談だが、陽人のクラスメイトが偶然、陽人があかねに『おにいちゃんと呼んでください』と頼んだ場面を目撃されていて、後日笑いのネタにされるのをまだ知らない。
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「おにいちゃん」
上目遣いのあかねちゃんの小さな口から紡ぎだされた六文字の言葉の響き・・・・・・。
うん。素晴らしいね。
俺は『おにいちゃん』と呼ばれて心を撃ち抜かれていた。もう、この見るからに妹キャラに言われるこの感覚イイ気分だ。夜月も言ってくれたらいいんだがなにぶんレア度が高い。
それにしてもなんだかあかねちゃんが落胆しているような気がするのは気のせいだろうか?
「あ、それであかねちゃんなんでここに来たんだ?」
こんなやりとりをするためにあかねちゃんが来たとは思えない。そういえば、誰かが大変だとか言っていた気がするがいろいろあったのではっきり覚えていない。
対してあかねちゃんも少し考える素振りを見せたかと思うと
「あれ? あかねはなんで来たんでしたっけ」
「わお。当人まで忘れちゃってるのか」
「たしか、お兄さんで遊ぼうとは思いましたけど、それ以外に用があったような」
「俺で遊ぶ予定はあったのか!?」
「まさかがっかりさせられるとは思いませんでしたけど」
「なんのことだよ?」
「こっちの話です」
あかねちゃんは周囲を見渡し、考えているようだ。
「あの伝説の木に例の人たちが来るらしいぜ!」
高等部一年生のある男子生徒たちが言いながら廊下を走っていった。そして彼らは生徒指導の先生に怒られていた。どうやら彼らは走っていることを咎められたようだ。
「お! ナイス!」
怒られていた男子生徒たちを見ていたあかねちゃんが呟く。
いや、なにに対してのナイスなんだ?怒られたことに対してだとするとあかねちゃんは相当な嫌な子になってしまう。もしそうだとしたらあの男子生徒たちが可哀想だ。怒られるは、下級生には「ざまぁ」と思われるわけだからいい事なしの役回りの人たちだ。
「思い出しましたよ! あの人たちが怒られたおかげでなんであかねがここに来たのか」
「え、そうなの?」
だそうです。よかったな男子生徒たち。君たちの犠牲であかねちゃんが何か思い出したようだし、あかねちゃんが性悪女じゃないことがわかった。
「それで。なんでここに来たの?」
俺は首を傾げながら聞いてみる。
「夜月ちゃんが竜王寺康也先輩と伝説の木の下で待ち合わせしているみたいです!!」
と、言った途端あかねちゃんは俺の手をとって早歩きしだした。
「お兄さんは夜月ちゃんの門出が気にならないんですか!! ぜひっ見に行かないといけないですよね!! よし覗きに行きましょう!」
「あ! ちょっと! あかねちゃん! 待ちなさい! そういうのは他人が覗いていいもんじゃないから。ってなんで俺まで!!」
そりゃ、普段なら夜月が本気で誰かと付き合うとなるなら相手が気になって覗きに行くかもしれないが、今回は夜月が何故竜王寺くんに会うのかは『ミニマム化』に関して問いただすためだと知っている。もちろん今回の件は俺自身、気になっているけれど。この件は夜月がなんとかしたいと言っているわけだし夜月に任せておこうと思っている。まぁその事情を知っているのは俺と夜月だけなのだが。
ここで俺はまだ昼食を食べ終わってないことを言ってみると
「あかねなんて一口も食べてないですけどね。あかねは面白そうなことでお腹いっぱいになれる自信があります」
あかねちゃんは笑顔でこう言う。実に楽しそうだ。
抵抗する間もなく、あかねちゃんに連れられて校庭まで出てきた。
「俺たちの学校に伝説の木なんてあったけか、いやそもそも何それ」
俺ははて、そんなものがあったかと疑問を投げかけてみる。この学校に通って二年目に入る訳だが情けないことにそういうのはあんまり俺はよく知らないのだ。
「伝説の木って言ったら『そこで告白したカップルは永遠に結ばれる』というあの伝説の木ですよ!」
「そんな木がウチの学校にあるのかよ!どこのギャルゲーだ?」
「ロマンチックですよねー」
乙女の目をするあかねちゃんをよそに俺は驚きを表す。
「この学校の創立以来あの伝説の木は今までたくさんのカップルを幸せにしてきたそうですよ。それに憧れてこの学校に入学する人だっているんですよ」
この学校に入ったなら一般常識ですよ? とあかねちゃんに付け加えられる。そんなこと言われても俺はこの学校を選んだ理由は行き帰りが楽っていうものだからなー。
俺は彼女ほしいとか言っていたけど今まで恋愛に縁がなかったのが原因で伝説の木について知らなかった。
「夜月ちゃんもあの伝説の木に竜王寺先輩を呼び出すんだからきっとこの間のフッたのをなかったことにして告白を受け入れるんですよ~」
あかねちゃんは実に楽しげだが絶対、我が妹はそんなことしないだろうな。あと彼女は伝説の木の存在を知らないだろうな。
なんて考えながらあかねちゃんについていくと学校の裏山の少し開けた丘のような場所に着いた。そこの中央には大きな桜の木がたっていて、華麗な花こそ季節の関係で咲いていなかったが、葉が青々しく繁っていた。なんだか威厳がある。
おう、この場所、ギャルゲーで見たことある気がするぞ。
俺はあかねちゃんに従ってその木がよく見える草むらのなかに隠れた。夜月に見つからないようにするためだ。
しばらく待ってみても誰かくる気配はない。夜月も竜王寺君もどうしたのだろうか。
「ふむ……誰も来ないですね」
「時間とか間違えてんじゃないか? それとか俺たちの無駄なやりとりしてたせいで見逃したとか」
「うわ! それはショックかもしれません。ユーアーショックですよ!」
あかねちゃんは頬に手をあてて残念そうな顔をする。そんなに見たかったのかよ。
『キャー! 竜王寺様よー!』
今朝にも聞いた黄色い声援が校舎の方から聞こえてきた。竜王寺くんはまだ校舎にいるのか?それともすでに決着が着いたのか?
あかねちゃんは即座に反応すると耳を澄ます。
「これは! 竜王寺先輩はどうやらあの場所にいるようです」
なにか確信のあるようにあかねちゃんは言う。ていうかあなたは声だけで人がどこにいるとかわかるんですか?凄すぎるな。
「あの場所って?」
「あの場所っていったら『伝説の木第二広場』に決まってるじゃないですか」
「第二……?」
あかねちゃんはさも同然のように言う。
俺はまさか…と目を点にしていた。そんな俺にはお構い無く、あかねちゃんは再度腕を引っ張られる。俺は素直にあかねちゃんに着いていく。
「あの、第二ってことはもう一本この学校には伝説の木があるの?」
「ありますよー」
「その木のご利益は『そこでカップルが告白したら永遠に結ばれる』ってやつ?」
「はいそうですよ。高等部側の校舎に三本。中等部側に二本ありますよ」
「乱立しすぎだろ!! それ、もはや伝説でもなんでもないよ!」
「この学校に入学する人でこの伝説の木が目当ての人がいるって言いましたよね?」
「う、うん」
「それのせいで入学する人増えて、伝説の木が足りなくなったから増えたっていう話らしいですよ」
「みんなどんだけ伝説の木で告白して、カップルが出来上がってんだよ!うらやましいなコンチキショウ!」
「有名な話ですよ。この学校に入って知らないほうが珍しいです」
学校選びは真剣にね。俺はそう心で今の受験生に向けて言ってみる。
別にあかねちゃんの話を聞いてこの学校が嫌になった訳じゃなくてリア充が多いってことがなんだか気に食わない。今思えば、この学校にはやけにカップルが多い気がする。
「お兄さんはこんな話も知らないってことは告白されたことも、彼女もいないんですね」
「だからなんだよ。俺が本気出したら彼女の一人や二人ぐらい……俺はまだ本気出してないだけだからな」
「そうですか……よかった」
「え? なんでそこで……」
よかったなんだよ!? と、俺が言う前に俺たちの進行方向から再び黄色い声援が聞こえてきた。そちらを見ると五人ぐらいの中等部の女の子達が草むらに潜んで何かを見ている。
中等部の女の子が着けているリボンは一年生は赤。二年生は緑。三年生なら黄色と別れている。この場にいる少女たちは赤、緑、黄と色とりどりなので中等部の一年生から三年生までがここにいるようだ。
そんな彼女達の視線の方向を見てみると中等部の裏庭の一本の木の下に竜王寺君がたっていた。
丘の上の木のように大きくはないが、ここの木もしっかりしている。その周辺には数々の花が咲き乱れていて、綺麗だ。また美形の竜王寺君がその木にもたれ掛かっているわけだが、それがまた絵になる。さすがイケメンだ。
俺たちも彼女達と同じように草むらに隠れる。
「康也様だわ!!」
「竜王寺サマー!」
「竜王寺様は私達のもの」
「私は竜王寺様に一目見れれば今日も行けていけるわーきゃー!」
「竜王寺様……今日もカッコいい。あいらぶゆー」
さすが竜王寺君だ。女子に人気だな。なんかこんなのどっかの少女漫画とかで見たことあるぞ。
「夜月さんが見れるぞー!!」
「うっしゃーあ!! 夜月さんは俺たちの女神だー!」
「夜月たんモエー。早く来ないかなー」
「わー!」
いつの間にか俺たちの隣に中等部の男子生徒達がいた。なにやら[夜月]と描かれたハチマキをした男共が騒いでいる。なんだコイツら……コイツらの周りだけなんだか熱気がある。どうやら中等部の連中のようだが。
「あ~この人たちは夜月のファンクラブの会員ですね。最近になって現れた集団ですね。たしか『夜月会』っていう名前がついていたような」
俺が呆気に取られていると呆れ顔のあかねちゃんが説明してくれた。
知らなかった。恐るべし我が妹。
まさか夜月に『夜月会』という名のファンクラブまでできているなんて兄としてかなり複雑な心境だ。この気持ちをどうしたらいいんだよ。
「ちょっと! あんたたち! そんなに騒いでたら竜王寺様に気づかれるでしょ!! 黙りなさいよ!」
「うるせぇ! アバズレが! てめぇこそ黙れ!」
「なんだって!!」
「やんのかこらぁ!」
「かかって来なさいよ!」
数人の女子生徒と夜月ファンクラブ会員が大声で喧嘩しだした。それこそ、竜王寺君に気づかれるぞ。俺たちが隠れてる意味がなくなるぞ。喧嘩をやめなさい!
俺がふと竜王寺君の方を見ると、彼もこちらの騒ぎに気づいたのかこちらを見ている。
あーあ気づかれちゃったよ。
すると竜王寺君はどこからか拡声器を取り出して
『君たち、すまないけど席を離してくれないかい?』
拡声器にも関わらず甘い声が飛んでくる。ここからでも彼が爽やかな笑顔なのがわかる。おう、男である俺でも眩しく感じるぜ。
一番前に出て男子生徒と言い合いをしていた女子生徒が竜王寺君の声を聞いた途端、雷を打たれたように反応して竜王寺くんの方を向いて
「わかりました~竜王寺様~」
目の色がすっかり変わっていた。例えるならハートマークとかそういう感じの目になっていた。
「皆さんここは竜王寺様の言う通りにしましょ。そこの男子生徒諸君。あちらの方で決着をつけましょ」
「上等だコラ!! 人生ゲームでもするか? あぁ? 『夜月会』の力を見せてやる!!」
ぞろぞろと少年少女達が睨みあいをしながらこの場から離れていく。
「ようやく落ち着いて覗きができますね」
「その言い方をやめなさい。誰かのお風呂覗いてるみたいだろうが」
「しずかちゃん?」
「やめなさい」
俺たちが呑気に竜王寺君の観察(?)を再開しようとしていると突然誰かに首もとを捕まれた。
「あなたたちもここから離れなさい」
先程の女子生徒の中の女の子の一人が俺の襟を掴んでそのまま引きずっていく。
華奢な女の子だけど、この子なかなか力強い。座った男一人を引きずっていくんだもの。ってかケツ痛い!!
「はいはい。そこのちいさい子もここから離れて」
引きずられていく俺とすれ違った、髪が長く金髪の女の子があかねちゃんに言う。
あかねちゃんは「ちいさい」と言われてムッとしたのか頬を膨らませる。しかしその金髪の女の子は黄色のリボンをつけているため、上級生とわかって怒るに怒れなくなったようだ。
その女の子はあかねちゃんの肩を押して竜王寺君観察ポイントから遠ざけていく。
「康也さんも夜月さんも美男美女だから覗きたいのはわかるけれど康也さんがここから離れてくれと言っているのだもの。言うことを聞いてもらわないと」
金髪少女は中学三年生にしてはスタイルが良くて、どこかの雑誌のモデルでもしていそうだ。
「あの…どうしてもダメですか? あかねは夜月ちゃんの友達で、親友の恋愛事情とかはやっぱり気になるわけで…」
あかねちゃんは懇願するように金髪少女に言う。どうやらそれだけ見たいらしい。
「夜月さんのお友達だとしてもダメなものはダメですわ。あなただけに許可しては康也くんのことが好きな他の女子生徒たちに示しがつきませんわ」
「どうしても……?」
「えぇ。公式ファンクラブ『竜王寺康也を愛する会』のリーダーとしてそれは認められませんわ」
夜月にファンクラブがあると思ったら竜王寺君までファンクラブがあったなんて!!なんだこの学校は!! 伝説の木が乱立してたりファンクラブがあったりなんなんだ!どこの少女漫画だ!! いや、伝説の木が乱立してる少女漫画なんてないだろうけど。
金髪美少女ファンクラブリーダーさんがデデン! という効果音でも似合いそうな感じで腕を組んでいる。出で立ちも喋り方も気品溢れている。
「じゃ、じゃあ家族ならどうですか? きっとお兄さんなら可愛い妹さんのお相手がどんな人が気になると思うんです。そこのお兄さんは許可してあげてください。ね?お兄さん」
あかねちゃんはウィンクをして俺に合図してくる。うわ! あかねちゃんのウィンク可愛い!
じゃなくて! あかねちゃん、あなたもしかして俺に夜月と竜王寺君の会合を後で事細かく教えろとかそういう感じのことを頼んできてる?
俺を引きずっていた少女が手を離す。
「ふーん。夜月さんのお兄さんですか…」
リーダーさんは近づくと俺を覗き込んで呟く。凄く観察されてる。およそ十数秒。美少女に間近に見られて呼吸ができない。
リーダーさんはあかねちゃんに首を振る。
「ダメですわ。非公式ファンクラブなら許したかもしれませんが、わたくしども公式ファンクラブは例外はないのです」
その言葉にあかねちゃんは落胆したように肩を落とす。
再び、リーダーさんは俺の方をまじまじと見つめてくる。
「はじめまして。夜月さんのお兄さん。わたくしは七条院杏華ですわ。お名前をお聞きしても?」
「あ、あぁ。俺は竹井陽人だけど」
「さすが兄妹というべきでしょうか。夜月さんに似ているのかなかなか陽人さんも美形ですわ。わたくしでも惚れてしまいそうだわ」
「そ、それは…どうも…」
久しぶりにそんなことを言われた気がする。
少し俺が気分をよくしていると、
「社交辞令はこの辺にして。あなたに重要なことを聞きたいのだけど」
「社交辞令なのかよ!!」
「あら、美形というのは本当よ。惚れそうは社交辞令ですわ。それで陽人さんお聞きしてもいいですか?」
「な、なんだよ……」
今の笑顔は営業スマイルとかいうやつか……
「夜月さんの弱点とかをお聞きしたいのです。彼女を康也さんから遠ざけるために。彼女にとってとーても不利なネタお持ちでしょう?」
「は?」
「だから。夜月さんの弱点ですよ。わたくし達、彼女が康也さんから離れてくださるように調査していたのですけどあまりいい情報が手に入らなかったので困っていたところなのです。そこで陽人さんの出番です」
俺は夜月の家族だからそういうことを知っていると思って聞いてきているってわけか。夜月にはあまり弱点はないが、昔やらかした面白話ぐらいなら俺は持っている。七条院さんはそういう情報でも嬉々として手に入れて、いいように使うんだろう。夜月を馬鹿にしたりとか。その話をネタに夜月を脅すかもしれない。
ふざけんな!
話したくないし、話すつもりはない。夜月が馬鹿にされたり、脅されるのは兄として許せない。
一気に俺の中の七条院杏華の評価はダダ下がりだ。
「断る」
「あら、褒めれば情報が手に入りやすくなるってお父様が言ってましたのに」
「あんたは下手なんだよ。それに俺は家族の情報を簡単に売るような男じゃない。ましては俺の可愛い妹だぞ? なおさら夜月については教えられないな」
「巷でよく聞くシスコンというやつですわね」
「あんたは少女漫画でよくいる嫌な奴だ。最後に恋愛で負ける」
俺がこう言ってやると営業スマイルが崩れていく。
「そうですか……それならそうでいいですわ」
静かにそう呟く七条院杏華。表情が髪で隠れていてわからないがきっと怒っているのだろう。しかし、俺だって怒っている。あかねちゃんやクラスメイトに面白がられた時より数倍、数十倍だ。
「じゃあこうしましょう。竹井陽人さん。あなたを人質にしましょう。夜月さんが家族でも見捨てる冷酷女でもない限り、お兄さんが彼女の弱点になるでしょう?」
「なっ!」
七条院がこう言うと俺の周りにファンクラブの女子生徒が俺を取り囲んでいた。ヤバイ! 早く逃げないと、こいつら本気で俺を捕まえる気だ!
俺はすぐさま立ち上がり逃げようとするが……
「捕まえなさい」
七条院がこう言った途端、俺の足と体を女子生徒が掴んで動けなくしていた。割と力が強い。
女の子たちの胸が体の色んな所に当たって……ってそんなことより! ここから逃げないと!
「やめてください!」
あかねちゃんが七条院にそう言ってから俺を助けようと駆け寄ってくれるが、あかねちゃんまでファンクラブの他の女子生徒が捕まえてしまう。
「おとなしく人質になってください。安心して。ちゃんと三食お風呂付きですわよ?」
「どういう意味だ!! くそ! 離せ! まず、あかねちゃんから離せ!!」
「ダメですわ」
七条院は口元に笑みを浮かべたかと思うとあかねちゃんの方へ寄っていく。
「あかねさんといいましたね? あなたは夜月さんの親友だそうですね?夜月さんのお話、お聞きしたいですわ。価値のあるお話をしてもらえれば陽人さんをすぐに解放しますわよ?」
「……や」
「はい? 聞こえないわ」
あかねちゃんが始め何か言ったようだったがそれ以降は黙ったままだった。
俺はどうしようかと周りを見渡すが、解決策が見つからない。しかし、
「あいや、またれや!! 『竜王寺康也様を愛す会』の女狐共!!」
どこからともなく小太りで『夜月』と書かれたハチマキをつけた少年が現れた。彼の右手には『うぃーらぶヨヅキ 夜月会』という旗を掲げていた。
「話は聞いたぞ!! 七条院杏華! お主の横暴は許せん!! この『夜月会』党首、五条春也がお主の野望を打ち砕いてりゃる!」
かんだ……
『夜月会』の党首の五条というこの男は右手を上げると、さっきまで人生ゲームに興じていた男子生徒たちが一斉に出てくる。
「我らが竹井夜月の名に懸けて、兄君をお助けするのだー!」
「おーーー!」
男子生徒たちが突撃していく。
七条院は舌打ちをしてすぐさま対抗するように女子生徒たちを指図するが『夜月会』のほうが一歩早かった。
俺の回りにいた女の子たちも『夜月会』に対抗するためか何人か離れていった。俺はその機を逃さず、名一杯の力でこの複数の女の子の胸を体に押し当てられる、ある意味では天国な鎖から抜け出す。
「お兄さん!」
俺は脱け出してすぐさまあかねちゃんの呼び声に気づいて、そちらに目をやる。どうやらあかねちゃんも抜け出すことができたようだ。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
あかねちゃんにはケガもないようだ。よかった……。
『夜月会』と『竜王寺康也様を愛する会』が激しい取っ組み合い(何人かはほうきなどの武器装備)、罵声の掛け合いが行われている。
俺たちの前に五条春也という男が小太りな背中を見せつけながら立つ。
「ここから逃げてください。数の上では我らが悔しくも負けておりますから」
いきなり四方八方の草むらから『竜王寺康也様を愛する会』のメンバーが出てきた。五条の前にいる男子生徒と五条が旗で応戦すぐさまするが、数の上では女子生徒たちが勝っている。ここを突破されるのは時間の問題か……。
七条院に言いたいことは山程あるが仕方ない。俺たちはこの場から逃げることにする。
五条春也という男がどういう人かはわからないが少なくとも悪い人では無さそうだ。
「……わかった! 助けてくれてありがとうな」
「お安い御用ですよ! お義兄さん!!」
「その呼び方! 男にされるとむしずが走る! やめろ! 変なニュアンスあるだろ!」
俺は叫びながらこの『竜王寺康也様を愛する会』と『夜月会』の戦争となっている中庭から走って離れていく。
「逃がすな!!」
五条たちが対処しきれなかった二人の女子生徒たちが近づいていた。
一緒に走っていたあかねちゃんを見ると疲れているようで走りがおぼつかなくなってきている。
「ここは二手に別れよう。俺があの子らを引き付けるからあかねちゃんは隠れて!」
「え! お兄さんは大丈夫なんですか?」
「体力には自信がある」
俺はちょっとカッコをつけてあかねちゃんと別れる。ちょっと俺、かっこよくない?
俺は逃げてきた方向に向かって走り、女子生徒たちが襲ってきた瞬間に別の道に入る。
二人の女子生徒たちの注意を俺の方に向けることができた。このまま走って振り切ることが出来れば……。
ここは高等部の昇降口。色んな道を使ってここへ来たのでどれぐらい走ったか俺は覚えていない。
俺は息を整えながら昇降口から外の様子を伺う。どうやら先程まで追ってきていた女の子たちはいないようだ。つまり、上手く撒くことができたらしい。
「ったく。今日はなんて日だ。朝は夜月からジャーマンスープレックス喰らわされるし、電車でパンツ叫ばされるし、ペット扱いさせられるし、ファンクラブに追われるし、昼ごはんはちょっとしか食べてないから腹減るし。今日はついてないな……」
俺がボソッと呟いて肩を落としているとポケットの中のスマホが震えた。
スマホを見てみるとあかねちゃんからのメールだ。そのメールの内容はあかねちゃんの無事を知らせるものだった。よかった……
俺は返事を簡単にメールに書いて送る。
『無事でよかった。
七条院たちと午後からの授業で出会わないように気をつけてね。きっとまた突っかかってくると思うから』
予鈴がなった。昼休みが終わり、次の授業が始まるまであと10分だ。
予鈴が鳴り終わったあと『はい。分かりました』というメールが帰って来た。
とりあえず自分の教室に戻ろう。七条院たちに対しての対処等を授業中に考えておいたほうがいいかもしれない。
ツンツン。俺の肩を誰か叩いた。
「ッ!!」
俺はまさか『竜王寺康也様を愛す会』の誰かなのかと思って振り返ってすぐに後ろに飛び退く。
そこに居たのは黒いスーツとスカートのポニーテールの20歳前半くらいの美人な女性だった。特に目がいくのは胸元だ。ナイスバディだ。
「あ、ごめんなさい。びっくりさせたかな?」
女性は微笑みながらそう言う。
この人は誰だろうと考えてみる。教師でこんな人いたっけ? にしてもこの人、胸デカイな。スーツがきつそう。
「ちょっと! 君、胸見すぎよ」
「す、すみません」
どうやら俺は無意識に胸を凝視していたようだ。
巨乳さん……じゃなくてこの女性は胸に手を添えて、ちょっと困ったような顔をする。
でも仕方ないと思う。こんな主張が強い胸を見ないほうがおかしいと俺は思う。
「まぁ、別にいいのよ。思春期少年なら健全な証だからね」
「え、あ、はい。すみません」
「言いながらもまだ見てるよね」
「すみません」
「じゃあ許す代わりに教えて欲しいんだけど」
「なんですか?」
「まず、わたしの胸から目を離してわたしの顔を見てくれない?」
「すみません!!」
俺は目線を無理やり女性の顔にあげる。
「やっとわたしを見てくれたところで高等部の2年5組の教室ってどこかな?」
「2年5組……は俺の教室ですけど。案内しますよ」
「ありがとうね。わたし、ここに臨時教師で来たんだけど、この学校広いから迷っちゃってね。助かるよ。わたし、桐ヶ谷七栄よ。古典の教師なの。君が2年5組の生徒ならわたしが担当することになるのよね。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。桐ヶ谷先生」
そういえば今日は古典の先生が家の事情で学校に来れない代わりに新しい先生が来るって話だったな。 まさかこんな巨乳美人さんが古典の先生とは……
こんな巨乳の美人さんが古典の先生とわかったらウチのクラスの男子たちが大騒ぎだろうな。実際俺の心の中はお祭り騒ぎなわけだから。やったー! 巨乳美人先生だー! って。
俺と桐ヶ谷先生は二階への階段前までやって来た。その時、桐ヶ谷先生はハイヒールを鳴らせながら聞いてきた。
「君、竹井陽人っていう男の子、知っているかな?」
「それ、俺のことですけど……」
なんで俺のことを知っているのだろうと、桐ヶ谷先生の方に振り返ってみる。すると先生は笑っていた。
「そう、探す手間が省けたよ。幸先がいい。打出の小槌もすぐに手に入りそう」
「え? 打出の小槌?」
嫌な予感がする。なんで初対面であるはずのこの人が俺を知っていて探していたのかとか、打出の小槌というワードが出てくるのかっていう疑問を吹き飛ばして嫌な予感、悪い予感がする。そしてそれは的中する。
微笑みとは違う悪い笑みを桐ヶ谷先生が浮かべたと思いきや、先生は腰につけたウエストポーチからスプレー缶を取り出して俺に何かを吹きかけた。
突然の事で俺は反応できなかった。
「な、なんだ……」
わけがわからなかった。
目の前がクラクラする。視界がぼやけていって……俺は……体に衝撃を受けた…ということは倒れたのか? どうなったのか全然わからない。
「おやすみなさい」
最後に俺はそれだけ聞いた。
気づいたら陽人とあかねちゃんがラブコメのようなこともやっていた、な第三話。そして妹の夜月ちゃんが一度も出てこない第三話です。楽しんでいただけたのならば嬉しいです。
これでキャラがとりあえず出揃いました。
誤字脱字などがあれば報告お願いします。感想も待ってます。よかったらお気に入りにいれてあげてください。
次回をお楽しみにー