某俺様、萌えに想いを(前編)
番外編。
漢・二階堂 大雅、片恋相手のために一肌脱ぐ決意をする。
そんな涙ぐましいお話カッコ笑いカッコ閉じる。
※腐女子知識がございます。苦手な方はご注意を。
[ギャグ]
私立エレガンス学院、2年F組女クラに所属している竹之内鈴理は俺の彼女だ。
神様もびっくりな変わり者で男ポジションを夢見、本物の男を強引に女ポジションへと立たせるという、ある意味凄い人。雄々しい性格且つ、肉食動物のような貪欲さがあるため、日々彼氏の貞操は危機に曝されている。
だけど彼氏に対して攻めモードで意地悪、強引、あたし様でも、普段の彼女はとても頼り甲斐がある女性だ。
友達やクラスメートにも定評のある、頼れる姉御さん。どうして彼氏にはそういう姿を見せてくれないんだろうか。笑うと普通に可愛いのに……、彼氏に対する笑みは獲物を捕らえるハンターそのもの。
ああ、もう少し普通に恋愛したい彼氏の悲痛な嘆き!
と、それはさておき、普段の彼女は姉御さんなもんだから、友達やクラスメートに何かあると気遣いを見せる。故に心配の色も少々。
まさしく今の鈴理先輩はその心配の色を見せているところだった。
教室に遊びに来た俺は比較的いつもよりも大人しい鈴理先輩に気付き、取り巻く空気に陰りがあったから、何かあったのかと彼女に尋ねる。意味深に溜息をつく鈴理先輩は、俺の腰を触りながら返答した。「ちょっと気掛かりがあってな」と。
撫で撫でお触りお触りしているおイタな手を捕まえながら、「気掛かり?」俺は聞き返す。
頷く鈴理先輩は、「な?」と近くにいた川島先輩に視線を流した。
これまた深い溜息をつく川島先輩は、窓辺に流し目。つられて視線を流せば、教室の後ろで窓の外をぼんやりと眺めている宇津木先輩の姿があった。なんだか元気が無さそうだ。覇気がない。
挨拶しようと声を掛けても、生返事しか返してくれなかった。何かあったんだろうか?
まあ、人間、いつも元気というわけじゃない。嬉しいこともあれば、悲しいこともある。
今日はたまたま元気がないのかもしれない。
そう軽く思っていた俺なんだけど、宇津木先輩の様子は三日経っても変わらなかった。ぼんやりしては肩を落として溜息ばかり。
「どうしましょう」ズーンと落ち込んで、悶々と悩んでいる様子が見受けられた。いつもうふふのあははと、元気ハツラツに妄想している先輩を知っているからこそ、流石に心配になる。
付き合いの浅い俺が心配を抱くんだから、当然仲の良い鈴理先輩や川島先輩も心配になるわけで。
もっと言えば、片恋を抱いている大雅先輩もスンゲェ心配するわけで。
昼休みもふらふらーっと一人で図書室に籠もってしまう宇津木先輩の様子に、なんで彼女が落ち込んでいるのか、元気がないのか、皆が皆、気掛かりになって仕方が無かった。
「どうしたんだろうなぁ。百合子……、全然元気ないなんて。ねえ、二階堂。あんたの兄貴と百合子、喧嘩でもしたんじゃないの?」
学食堂で昼飯を食い終わった後も、悠々と席を陣取っている俺達は宇津木先輩の様子について話していた。
川島先輩は自分や鈴理先輩にも相談してくれないものだから、何か身内であったんじゃないかと質問。
宇津木先輩は大雅先輩のお兄さんの許婚だ。
もしかしたら許婚同士で喧嘩でもしたのかもしれない。だったら相談しないという点も納得する。薄茶を啜る大雅先輩はちょっと考えて、「兄貴と喧嘩なんて」聞いてねぇけどな、と眉根を寄せた。
兄貴は至って普通だし、元気だし、おっちょこちょいのバカだし……、それにあの二人は喧嘩するようなタイプではないと意見した。
「なにせお互いがお互いに電波だからな。会話が噛み合わないことが多々だ。喧嘩するどころか、話がズレにズレて、お互いになんの話をしてるんだろう? まあいいっか。で、話を進めやがるし」
例えるなら、そうだな。
林檎は何故赤いかどうかで話しているとするぞ。
兄貴は「林檎の赤さは夕陽を真似していると思うんです」と意見し、百合子は「いえいえ。林檎も生き物ですから感情があるんだと思うんです。照れてるんですよ」と意見。
お互いになるほどと頷きつつも、「青林檎は何を真似しているんでしょうね?」と疑問を抱き、「照れる以外の時は何色をするんでしょう?」と疑問を抱く。
まったくもって話が噛み合わない二人は、こうして延々とズレにズレながら会話を続ける。
誰かが止めに入らないとこの不思議談笑は終わらないってわけだ。
「そんなあいつ等が喧嘩なんて想像もつかねぇよ。寧ろ、何が原因で喧嘩できるのか、俺に教えて欲しいくらいだ」
「確かにあんたのところのお兄さんも電波だなぁ。お人好しの電波というか」
幼馴染みの鈴理先輩が微苦笑を零した。
彼女は大雅先輩の許婚だから、何度も会ったことがあるんだろう。俺も一度だけお会いしたことがあるけど、電波な面はまだ見たことがない。スッゲェおドジさんだってことだけは知っているけど。性格的に弟と全然似てないんだよな、あの人。
「喧嘩じゃないか」
だったら原因はなんだろう。
うーんっと考える川島先輩は、飽和状態のグラスを手に取ってお冷を胃に流し込む。考えても結論が出なかったらしい。本人に聞くしかないと降参ポーズを取った。
「だがなぁ、百合子自身が話してくれないことには安易に聞くのもなんだと思うんだ」
ご尤もな意見を口にする鈴理先輩は、いつもよりも頼もしく見える。ホンット姉御さんって感じ。
貴重な一面に俺は感動しつつ、なんで俺にもそういうところを見せてくれないんだろうと反面で涙を呑んだ。
「悩みは聞けなくとも、元気になってくれたらあたしも嬉しいんだがな」
「百合子が元気になれるようなものねぇ。そりゃあ、元気になれるものっつったらー、あいつが好きなもので喜ばせるしかないっしょ」
宇津木先輩の好きなもの。
好きなもの、ライク、ラブ、ウェルカム宇津木ワールド。
………。
想像した途端、寒気が走ったのは俺だけじゃない筈だ。
粟立つ肌を擦っていると、「やっぱあんたよ!」どーんっと川島先輩が向かい側に腰掛けている大雅先輩を指差した。
顔の筋肉を硬直させている大雅先輩を余所に、「あんたしかいないって!」川島先輩はらんらんとした目を向ける。その目、なんだか面白愉快を含んでいるような気がするのは俺の気のせいじゃないっすよね。
「二階堂、あんたは百合子の萌えよ萌え! 美形で俺様攻めはあいつの好きなタイプなんだしさ、ちょっとそこらの野郎を捕まえて、百合子の前でいちゃついてきてよ」
「じょ、ジョーダン言うなよ! 俺は女が好きだっつーの!」
ウゲーッと顔を顰める大雅先輩の言い分はご尤もだ。
俺だって女の子が好きだから、できることなら女の子といちゃいちゃしたい。
だけど全然引いてくれないのは川島先輩。
「百合子がこのままでいいの?」
腰を上げて、ズイーッと相手に詰め寄る。
「あんたさ、百合子が好きでしょ?」
「っ?! ば、バッカ、す……好きじゃねえよ。好きじゃねえよ!」
大雅先輩、あからさま好きだと言ってるようなもんっすよ、その態度。
心中で呆れる俺の隣で、「そうだな」あんたならきっと百合子も元気付くと思う、鈴理先輩が便乗した。
こうして幼馴染みも敵側に回ってしまったため、大雅先輩は追い詰められた。だけど俺様はなかなか折れない。俺はヤだからな、とそっぽ向いてしまう。
「本当に野郎と恋愛をしろって言ってるわけじゃないでしょーよ。ちょっち、百合子を元気付けるようなことをしてくれたらいいだけなんだしさ」
簡単に言う川島先輩だけど、やるのは彼女じゃなく大雅先輩だ。
そりゃあ多大な抵抗感があっても不思議じゃないと思いますっす。嫌だの一点張りを貫き通す大雅先輩に、「百合子が落ち込んだままでいいんだ」へえ、薄情者だと川島先輩は白眼視。
ちょっと決まり悪そうに大雅先輩は、べつにそんなことを言っているわけじゃないと小声で反論。
他のことで元気付ければいいじゃないかと物申した。だけど宇津木先輩が何よりも喜びそうなことといえば、ウェルカム宇津木ワールド。他に良い方法でもあるのかと川島先輩は聞き返す。
思い浮かばなかったんだろう。
困り果てた大雅先輩は、「そりゃあ」宇津木ワールドしかないと思うけどさ、と言葉を濁す。なかなか結論を出さない某俺様に苛立った川島先輩は、「分かった」あんたにはもう頼まないと鼻を鳴らし、学食堂を見渡した。
「他の男に頼むことにする。二階堂じゃなくても、エレガンス学院にはまだまだイイ男がいるだろうし。百合子を狙う男も結構いるしねぇ、頼めばしてくれる輩もいるっしょ」
「なッ、ね、狙っている輩?! だ、だってあいつは兄貴の」
「んなのカンケーないんじゃない? さあて、百合子を笑顔にできる男はー…、お? あいつなんて良さそう。俺様っぽそう。だけど、あいつだと見返りを求めて百合子を押し倒したりしそうだな」
「なー?」と含みある台詞を大雅先輩に投げ掛ける。
ああっ、これは軍配が、軍配が……、小刻みに体を震わしている大雅先輩はテーブルを叩いて勢いよく椅子を倒した。
「ッ~~~っ、わーった。わーったよ! 俺がやる! やりゃあいいんだろう!」
ハイ、この勝負、川島先輩の勝ち! ……最初から、大雅先輩に勝利の見込みもなかったっすけどね。
「さすが二階堂」
あんたならやってくれると思った、ニヤニヤと口角をつり上げる川島先輩に、イイ性格してると大雅先輩は相手を睨んだ。
褒めるなって、得意気な顔を作る彼女は「あとは」相手だよねぇ、とわざとらしく悩む素振りを見せてくる。
気付かない、俺は気付かないっすよ。
俺には彼女がいるんっす。
攻め女という彼女がいるんっす。
だから俺は気付かないっすよ!
ガタブルの俺に、「おい豊福」テメェ、分かってるよなと大雅先輩がどすの利いた声で脅してくる。
「この俺がこんな目に遭ってるんだ。テメェはどうするべきだ? あーん?」
「あ、俺、鈴理先輩とイチャイチャしたくなったなぁ。キスしたいなー? アハハハ」
「テメェ」鈴理を味方にしようとすんじゃねえぞ、唸る大雅先輩だけど、俺も必死っす!
確かに宇津木先輩には元気になってもらいたいっす。
だけど、だけど、そっちの世界には死んでも行きたくないっす! てか、もっと可愛らしい男の子を選べばいいじゃないっすか!もしくはイケメンを探せばいいじゃないっすか! 俺なんて平凡を選んでも損するだけっす! 損害ものっす!
イチャイチャという言葉にピーンと攻め心が起動したのか、鈴理先輩の心は揺らいだ。
「空からのお誘い」
攻めたい、ああ攻めたい、攻めたいのだよエンドレス。
だけれど友も心配だし……、それに三次元の彼氏はあたしのものだし。
うんぬん悩み始めた鈴理先輩に俺は内心でガッツポーズ。
鈴理先輩、キスっすよ! あんまり誘わない俺からのキスの誘いっすよ! セックスは駄目っすけど、キスなら好きにしてもいいっすよ!
勝利を掴みかけたんじゃね? と、思った矢先、愉快犯があっという間に彼女を味方にしてしまう。
「鈴理。今さ、攻め女小説、百合子が持ってるんだわ。あんた、読むのが先延ばしになるけどいい?」
「空、ボディタッチならば許そう。キスは駄目だが、ボディタッチは許す。百合子のために一肌脱いでくれ」
しょ、小説に負けた。
攻め女小説に負けちまった、だと?
ががーんとショックを受ける俺を余所に、
「最近の百合子のお熱はあんた達だしね」
頑張ってくれと川島先輩はニンマリ顔でこっちを見る。
「ダイジョーブ。タダとは言わない。百合子を元気付けられたら、あんたにケーキでも奢ってあげるから。しかも二個。悪くない話っしょ?」
この四人の中で誰が悪魔かって、そりゃあ川島先輩に違いない。
□ ■ □
【放課後・空き教室にて】
宇津木ワールドの住人になりきろう!
Lesson1:まずはどういう世界があるのか知るべし
「最初からいちゃつくなんて無理だろうから、あんた達には宇津木ワールドをしっかりと勉強してもらおうと思う。世の中の腐女子を萌えさせられるよう頑張ってちょうだいな」
そんな無茶苦茶な。
着席している俺と大雅先輩は同じことを思ったに違いない。
ゲンナリしながら黒板に掲げられている『萌え』の文字を見つめる俺達を余所に、「んじゃまずは」何から始めよう、教卓につく超乗り気な川島先輩が助手の鈴理先輩に質問をする。
その姿はもはや宇津木先輩のためではなく、面白ネタを広げようとする愉快犯そのものだ。
ふうむ、顎に指を絡める鈴理先輩は「やはり世界を知るべきでは?」とご意見。
宇津木先輩が喜ばないと意味がない。それなりの世界や空気を醸し出してもらわなければ、頼もしくも残酷な一言を放つ我が彼女。鈴理先輩、俺はそのいやーんな世界を知り、空気を醸し出さないといけないんっすよ! 分かってます?!
「世界ねぇ。まあ、そうは言っても宇津木ワールドは男女版を野郎版に変えただけの世界観だし。あいつの好みの傾向としては……、俺様攻めでしょ。ということで二階堂、あんたは攻めね。ちなみに業界用語では“男ポジション”って意味だから宜しく。豊福は謂わずも受けね。いつも鈴理に攻められているから分かるっしょ?」
俺はべつに好きで攻められてるわけじゃないっすよ、川島先輩。
できることならリード権を持ちたい受け身男っす。そこらへんのご理解を宜しくお願いしますっす。
「それ決めなきゃいけねぇのか?」
大雅先輩はメンドクサそうに質問を飛ばした。
決めなくてもいいんじゃね? 素朴な質問に、川島先輩は重要なことだと教卓を叩いた。
「これを決めないとね。二階堂、あんたが豊福に攻められるわけさ! セックスの際、喘ぎたいわけ?!」
「んなことまでシねぇえだろうがぁああ! 笑えねぇ冗談だぞ!」
「バッカ! 宇津木脳内フィルターはそこまで進むっつーの! しっかりとポジションを把握しないと、あんたが喘ぐことになるけどいい? 百合子の中のあんたと兄貴じゃあ、あんたが兄貴を鳴かせている設定だから、できればあんたが攻めに回って欲しいんだけど。まあ、どうしてもっつーなら豊福に頑張ってもらうわ。豊福、二階堂を喘がせられる?」
「お、俺が大雅先輩を喘がせるんっすか。おぉおお俺ぇええ?! 男をっ、男の俺がぁあ?!」
「………、あーあーあーもういい。俺が攻めをする」
宇津木脳内フィルター恐るべし。
そして俺は、序盤から切に帰りたくなってきたっす。宇津木ワールドについていけそうにないやい。
てか、俺じゃなくて楓さんと大雅先輩でいちゃこらしてくれたらいいのに。俺じゃなくてもいいでしょーよ。
内心で涙を呑んだ矢先、「うっし。んじゃ早速」二階堂、豊福を口説いてみて、と川島先輩が無慈悲なことをのたまった。
要領は女を口説くのと一緒だから、なーんて言ってくれちゃうけど急過ぎるご命令っす。俺も大雅先輩も物の見事に固まってるっす。
「なーにしてるのよ。ほら、二階堂」
「いや……、口説くってどうやって?」
「だから女を口説くように豊福を口説くのよ。簡単っしょ?」
ゼンッゼン簡単じゃないと思いますっす!
ぎこちなく大雅先輩が俺を流し目、空笑いする俺は軽く首を振って同情を示す。気まずさのあまりに沈黙する俺達。一部始終見守っていた鈴理先輩が、他人事のように笑声を上げる。
「さ、早苗。まだ早いみたいだぞっ。ククッ……、あの困った顔。傑作だ」
「るっせぇな」
「酷いっすよ鈴理先輩」
肩を震わせて爆笑してくれる鈴理先輩に俺達は不貞腐れる。
ごめんごめんと謝ってくれるけど、ちーっとも反省の色が無い。好き勝手に笑ってくれている。
「手が掛かるなぁ」
川島先輩は腰に手を当てて、いつも俺と鈴理先輩がやっているようなやり取りをすればいいと助言してくれた。が、それでも俺達の重い腰は動かない。
だってそうでしょーよ。
男が男を口説くっていうその……、オゾマシイ現実ときたらっ。
胃がキリキリと痛んできた数秒後、「空いますー?」空き教室にひょっこりと客人がやって来た。フライト兄弟の片割れ、アジくんだ。
「アジくん!」
俺は席を立って教室の出入り口に駆ける。邪魔したことを詫びるアジくんは、これから部活のようだ(実はアジくん。ボランティア部に所属している)。
俺を探していたみたいで、見つかって良かったと頬を崩した。
何か用でもあるのか、聞く前にアジくんは「ホラ」と俺の手の上にイチゴミルクオレ(1パック80円)を置いてくる。
瞠目する俺を余所に、「空がなんだか大変そうなことをしてるって聞いてさ」元気付けに差し入れを持って来たと話す。
「帰りのSHRでお前、スゲー泣き言を言ってたし、これでも飲んで元気出せよ」
「あ、アジくん」
「まあさ、前向きに考えて先輩達から頼られている。イコール、それだけお前はイイ男だってことだ。頑張れよ」
ニッと笑いかけてくれる男前に俺は大感激した。
毎度の如く思うけど、なんでアジくんってこんなに男前なんだ。キング・オブ・男前め。俺のハートを射止めちまってからにもう! 彼は俺の憧れの的だ!
「カッコイイよなぁ」キラキラと憧れの眼を飛ばす俺に、「照れるだろ」でこを突いてくるアジくん。
いつものやり取りだ。エビくんがいたら、大体ここら辺りで呆れて距離を置いてくるんだけど、気にすることなかれなのが俺達だったりする。
と、此処で俺達の間に割って入ってくるのが川島先輩。
「本多だっけ?」
名前を確認する彼女は、相手に俺の良いところを三つ上げて欲しいと突拍子もないことを突きつけてくる。
キョトン顔のアジくんだけど、「三つですか」うーんっと唸ってニカっと一笑。
「沢山あり過ぎて三つじゃ収まりきれないですよ。まず、努力家でしょ。成績優秀って言われてますけど、それだけ努力しないと成績なんて上位保持できないでしょうし。こいつのノートを見たことあります? すっごいんですよ、事細かにメモってあって。俺には真似できないですよ。しかもそのノートを惜しみなく貸してくれるんだから、心が広いというか。そこがまた良い奴というか」
「褒め上手だな、アジくん」
「本当のことだって。空」
能天気に笑い合ってると、「二階堂。好敵手が現れたよ!」さあ、あんたも口説け、と川島先輩がとんでも発言を投下。
「口説き?」何の話だと目をパチクリするアジくん。教室にいた大雅先輩が勘弁してくれと溜息をつき、「ちょ、」俺は素っ頓狂な声音を上げた。
や、やめて下さいよ、アジくんを巻き込むのは!
あわあわする俺を余所に、「大雅!」此処は男を見せるべきだと鈴理先輩、エッロイことを言ってみろと握り拳を作る。
このままだとヘタレだぞ、二人に口を揃えられた大雅先輩だけど、彼はやっぱり動かない(どう動けばいいのか分からないようだ)。一体何をしているのだとアジくんが質問を重ねてくるもんだから、俺はかくかくしかじかで説明。
つまりこれこれこういうわけでこんな事態になっているのだと項垂れる。
事情を把握したアジくんは、宇津木先輩を喜ばせるシチュエーションを作ればいいのかと手を叩く。
刹那、俺の両肩に手を置いて真顔で俺を見つめてきた。
「じゃあ空……、シチュエーションに便乗して気持ちを伝えてもいいよな」
「え、ちょ、アジくん」
「実はさ、今まで言えなかったんだけど俺はお前のことが。分かってるんだよ。お前に彼女がいることくらいさ……。相談にだって沢山乗ってきた俺だけど、本当はずっと俺だけを」
見て欲しかったんだ、言葉と一緒に抱き締めてくる。
ちょ、え、ええぇえ?!
大混乱する俺の肩口に顔を埋めるアジくんは絶句している俺達を余所に、今しばらくそのまま静止していたけど、バッと顔を上げて「こんな感じか?」やってやったぜという顔で爽やかに笑う。
ま、ま、マジ告白されたかと思ってビビった。
こ、これが宇津木ワールドの世界か。かんなりビビッたよ。ちょっとリアルだった……、リアルだったからっ! これからもオトモダチでいられるか不安になったじゃないかよ、アジくーん!
「やっるぅ」
口笛を吹く川島先輩は路線を変更するかと指を鳴らした。
「男前攻めでいってもいいかも。今のシチュエーションなら、百合子も興奮するは間違いないし。ね、鈴理」
「ああ。あたしの好敵手が現れたかと内心驚き返ったぞ。目を瞠る演技力だった。大雅と違って、世の腐の女子をときめかせるシチュエーションだったな。これなら百合子も元気を出してくれるに違いない」
「いやぁ、それほどでも。空も困ってることだし、俺のできる範囲でしたら協力しますよ」
女性二人に褒められて締まりのない顔を作るアジくん。
やっぱり女の子が好きなようだ。二人に褒められて照れている。うん、俺もアジくんとだったら上手くやれそうかも。アジくんに協力してもらおうかな。
俺を含む皆が納得し掛けている中、まったく納得していない輩が一匹。
完全に蚊帳の外に放られていた大雅先輩が、青筋を立てながら椅子から腰を上げるとズンズンこっちに歩んでくる。
「おい」の掛け声と共に大雅先輩は俺の腕を引いて、アジくんと距離を開かせる。
よろめく俺の体を受け止めて、某俺様は超ムキになって怒声を張った。
「テメェの相手は俺だろうがっ、勝手に余所の男に行ってんじゃねえよ!」
「おお。俺様、降臨」
「大雅やったではないか」
パチパチと拍手を送る女性群に対し、自分で言ってショックを受けたのか、「俺ってナニキャラ?」大雅先輩は耳を赤く染め上げてズーンと教室の隅っこで落ち込んでしまう。
おかげで俺とアジくんが慰める羽目になった。
「た、大雅先輩……、凄かったっす! 宇津木先輩も喜ぶような台詞を雄々しく吐いたんっすから!」
「そ、そうですよ。いやぁ俺、負けちゃったなぁ。だ、だけどそんなにショック受けたなら……、俺が受け持ちますよ? 先輩の役」
「るっせぇ……、やるっつってるんだろうが。指図してんじゃねえぞ。ぶっ飛ばすぞ。俺がやるっつったらやるんだよばーか」
ウジウジとしながらも、しっかりやると言い張る大雅先輩。
一度やると言ったのだから絶対にやると意地を張った。もはや意地を張る他なかったんだと思う。
俺達の慰めを突っぱねて、いつまでも「やる!」と叫んでいた大雅先輩だった。
□
宇津木ワールドの住人になりきろう!
Lesson2:雰囲気作りは肝心なり
「よっしゃ。本多も仲間に加えて、ステップアップにいってみよう! 宇津木ワールドは大体把握できただろうから、次は雰囲気作り。あいつがググッとくるようなシチュエーションを作るには、何よりキャラ各々気にしている素振りをみせないと。意識し合うっつーのかなぁ。恋愛にはまず“意識”ってのがポイントになると思うんだよね。ツンデレにはつーんな意識、俺様には俺のもだ意識、意地っ張りにはあいつなんて知らないぜフン! な意識。どれも重要っしょ!」
同調を求める川島先輩に、そうですねぇとメイン野郎二人は力なく返答。途中参戦したサブ野郎は苦笑いで相槌。
彼女の助手は恋愛小説が大好物だから、「意識はメインの一つだよな」大いに納得している。
意見を得られた川島先輩はそうだろそうだろと腕を組んで、満面の笑顔を零すと早速意識し合ってみようと片拳を天高く翳した。ホンットこの人は無茶を言うっすね、イキナリ意識し合えとか無理に決まってるじゃないっすか! ナニをどう意識すればいいんっすか!
俺の場合、「この人カッコイイどうしようドキドキするカッコ棒読みカッコ閉じる」とでも唱えればいいんっすかね!
しかも、
「アジくん、無理に付き合わなくてもいいんだよ。部活に入っておいでよ」
「週に二日しかないクラブみたいな部活だからいいんだよ。来ない奴等多いし。俺、付き添いで入ったようなもんだから。なんかこっちの方が面白そうだしさ」
この状況を面白いなんて言えるアジくんは本当に男前だよなぁ。
肝が据わっているというか、なんというか、主役を買って出てくれようとしたくらいだし。
それに比べて俺と大雅先輩は、もうゲッソリだよ。一時間経っていないであろう放課後の教室でなあにしてるんだろう。
嗚呼、ほんと、俺達はなんで付き合わなきゃいけなくなったんだろう。
宇津木先輩のためだとはいえ、捨て身アタックにもほどがある。
溜息をつく俺達を余所に、「ほっらぁ」意識し合う、川島先輩が場を盛り上げようとした。
此処で大雅先輩、男を見せてくれた。ええ見せてくれたとも。限りない棒読みで俺に好きだと仰って下さいました。だから俺も答える。限りない棒読みで、実は俺も、と。
途端にアジくんと鈴理先輩は俺達の演技力の皆無に噴き出しそうになり、眉をつり上げる川島先輩はズカズカと俺達に歩んで各々の胸倉を掴んだ。
で、ぐわんぐわん揺すってくる。
「あんた達、それで世の中の夢見る女の子がときめくとでも思ってるの? あーん? なんでも野郎に好きを言えばいいってもんじゃないっつーの! 今の何処に萌えがある?! 100文字以内で説明してみろっつーの! それとも今のを“萌え”と名目するつもりなら、日本全国の夢見る乙女に謝れぇええ!」
「か、川島、おち、落ち着けっ!」
「川島先輩、ご、ごめんなさいっす! ごめんなさいっす! もっと真面目にするっす!」
真摯に謝罪する俺達にフンッと鼻を鳴らし、川島先輩は胸倉から手を放す。
あー苦しかった。
まさか川島先輩からこんなことをされるなんて思わなかった。萌えを説法されると思わなかった。此処まで真剣に熱く話すということは、川島先輩も実は宇津木ワールドの住人だろうか?
疑問に持ったので相手に投げ掛けてみる。
すると川島先輩は、腐女子ではないと即答。
宇津木先輩が好きだから、よく付き合うだけで自ずからは歩まない世界だとか。そういう世界を否定するつもりはないらしい。攻め女を認めるのと同じだと語る川島先輩、「良い友を持った」鈴理先輩は柔和に綻んでいる。
微笑ましい光景な筈なんだけど、何故か素直に喜べないのは攻め女小説の世界を俺が知っているせいだからか?
言葉のやり取りではちっとも雰囲気が出ないと考えた川島先輩は、「くっ付きあってみたらいいかも」とケッタイなことを言い出した。
これまた無茶苦茶なことを。顔面硬直する俺等を立たせる川島先輩は、抱擁し合うようご命令を下した。
これは受けも攻めもなく、どちらから抱きついてもいいから、とにかくくっ付いて欲しいと指示。そんなことを急に言われてできる俺達じゃないから、横目で視線をかち合わせて、終始ダンマリになる。
「ったくもう。一々手の掛かる……、さっき本多がやったようなことをすればいいんだって。ほら、ぎゅーよ、ぎゅー!」
「テメェな。簡単に言うんじゃねえよ。俺達にも心構えっつのーがな」
「うっし、強行手段! 豊福、ちょいこっちこっち」
川島先輩が俺の腕を引いて歩き出す。
何処に向かうのか、考える間もなく俺は悲鳴を上げた。
ま、窓辺は禁技っすよ!
此処は四階っ、うわっ、うわぁああ背中を押さないっ、ぎゃぁあああ!
背中を思い切り押されてしまったせいで、窓辺に歩み、四階の景色を見た挙句、下を見てしまった俺はギャーギャー悲鳴を上げてBダッシュ。無我夢中で廊下側に逃げると、「ムリムリムリぃいい!」相手に泣きついた。
「こら、豊福! 傍にいる二階堂に抱きつかないで、なーんで鈴理に抱きつくわけ?!」
そ、そんなこと知らないっすよっ……、俺はっ、俺はっ、四階の高さを直視しちまったすぅうう!
半泣きのガタブルで彼女を抱き締める。
よしよしと背中を擦ってくれる鈴理先輩は、「これぞ教育の賜物だな」目をキランと輝かせた。
「空は所有物の自覚が出ているようだ。あたしに抱きつき、恐怖心を拭おうなんて意地らしい。そう意地らしい。ゴックン……、さてと、イタダキマス」
「うわっづ! す、鈴理先輩、なに押し倒してっ!」
「あたしに抱きつくなんてそうはないから、体でお誘いをしているのではないかと」
床に押し倒された俺は、「そういう意味でもなくって!」ただ単に彼女に抱きついて恐怖を拭おうとしただけで! と、早口でドッと冷汗を流して弁解。
ほんとっすよ!
べつにヤりたいわけで抱きついたわけじゃないっ、体が反射的に鈴理先輩を求めたというかっ。
いやだけどそれは性欲じゃなっ~~~~!!!
「やっ、だぁ。せん、」
うぐむぐ。舌が絡み付いてうまく喋れな……。
「こらぁあ! そこ、宇津木ワールドから攻め女ワールドを展開してるんじゃないっ……、鈴理、あんた我慢を覚えろっつーの!」
ギャンギャンと騒いでいる川島先輩と、溜息をつく大雅先輩に明後日の方向を見ているアジくん。
俺はといえばディープキスを仕掛けてくる彼女にギブアップの意味を込めて、床をバシバシと何度も叩いていたのだった。
閑話休題。
ゴホンと咳払いする川島先輩は、俺の高所恐怖症をダシにしようとした自分が悪かったと素直に謝罪。
もっと別の手でくっ付けさせるべきだったと腕を組む。うんうんと同調している大雅先輩とアジくんは、横目で俺に視線を飛ばした。ぐったりと机に伏している俺は、「皆の前で酷いっすっ!」なんの羞恥プレイだと、身悶えていたりいなかったり。
鈴理先輩のみ、満たされたような笑顔を作っていた。
花咲く笑みを浮かべて、「もっと攻めたい」物欲しそうに俺を見てくる。
う゛うっ、攻めるならせめて、せめて皆がいない時にお願いしますっす。鈴理先輩。
「んー、これじゃあ埒が明かない。メンバーチェンジするか。二階堂と本多、二人でちょっと組んでみてくれない?」
川島先輩は主役をチェンジした。
なるほど、俺とアジくんがチェンジさせるのか。だけどこのペアだと、どっちがどうなんだろう? 立ち位置的に。一応決めないといけないみたいだし、やっぱアジくんかな?
アジくんもそのつもりらしく、「お手柔らかに」ニッコニコと大雅先輩を見つめる。
意味深に溜息をつく大雅先輩だったけど、気持ちを入れ替えたみたいで、「うっし」やるかと相手を見返す。
「そういう雰囲気を醸し出せばいいんだろ? そしたら百合子が喜ぶんだろ? あー、女が喜びそうなことを言えばいいんだな…、おい本多」
「うっす。どんとこいです!」
胸を叩くアジくんだけど、大丈夫かな。
「本多、テメェって誰でもそうやって笑ってるのか? ジョーダン抜かせ。いいか、テメェがそうやって笑っていいのは俺の前だけだ」
「それってどういう意味ですか? 俺のことを好きってことですか?」
「……、べつにそうは言ってねぇけど」
「じゃあどういう意味ですか? はっきりしないと、俺、変に期待しますって」
ジトーッとアジくんが相手を見据える。
「俺は貴方のこと好きですけど」
真剣に男前に告白してみせるアジくん、何故か大雅先輩の方が追い詰められていた。
千行の汗を流し、一つ深呼吸。タンマだと制すと相手の胸倉を掴んで大きく揺する。
「テメェはどーして野郎相手にも男前になれるのか意味不明なんだが! 俺よりカッコ良く決めるなんざ、腹が立つぞ! 俺よりも目立つんじゃねえ!」
「えぇええ、だって二階堂先輩。ゼンッゼンそういう攻めていく空気を出さないから、てっきり受け身側に立ちたいのかと」
「男相手にノリノリで攻めたいなんざ思えねぇえよ! 寧ろ、ずっしり心構えができているお前が異常だ!」
男前に嫉妬している某俺様の様子に川島先輩は、やっぱり無理かと肩を落とす。
「あれじゃあ俺様受けだしね」
彼女の言葉に、ゾゾッと身を震わせた大雅先輩は主役チェンジだと申請してくる。
自分はあくまで男の立ち位置に立ちたいと主張するものだから、あえなくアジくんはサブ役へ。上手くいっていたと思うんだけど、アジくんは自画自賛しているに俺は苦笑いを零した。
男前ってのも考えものだよな。下手すりゃ誤解されかねない演技力だったって。
「だぁあああっ、あんた達、揃いも揃ってダメダメじゃない! こんなんじゃ、百合子を元気にさせるどころな萎えさせるだけだっつーの!」
うがぁあっと吠える川島先輩は、地団太を踏んで各々俺達を指差し、「駄目野郎ばっか!」毒づいてくる。
悪ふざけが過ぎてはいるけれど、ちゃーんと宇津木先輩の心配はしているみたいだ。元気付けようという気持ちが垣間見える。
非常に申し訳ないけど、俺たちにも男の自尊心がある。野郎同士のあはんうふんは難しい。
「大体ねぇ」二階堂、あんたには攻めが足りない! ビシっと某俺様を見据えて歯をキリキリ鳴らす。
「形だけでも俺様なんだから、こっちがきゅんっとさせるような行為を自ずから示せっつーの! 鈴理みたいに豊福を攻めてみろ! 俺様の名前が泣くよ!」
「気持ちはあんだよ気持ちは。けどな、相手が野郎っつーのがなぁ」
「じゃあやっぱり本多と豊福をペアにさせるしか「攻めは俺がやる」
どうしても自分の手で宇津木先輩を喜ばせたいのか、主役の座は譲らない大雅先輩。一度やると言ったらやる男みたいだ。
なんとも頼もしい限りっすけど……、そこまで片意地張ってやるようポジションでもないと思うっすよ。俺、アジくんとだったら上手くやれそうだし、身を引くってことも人生に置いて大事だと思うっす。
「大体なぁ」テメェ等のアドバイスが悪い、そうのたまう某俺様はなんと責を相手になすり付け始めた。これぞ俺は悪くねぇ戦法だろう。
アドバイスが悪いんだと腕を組んで、大雅先輩はつーんとそっぽを向いてしまう。
「なんでそういうところだけ俺様なわけ? ……ったく、メンドクサイ奴」
川島先輩は憮然と肩を竦める。ご尤もっすね。
「あーん? あれやこれや指図してるテメェ等が悪いんだろうが」
「あんたが攻める度胸もないから悪いんだっつーの」
うぐっ、言葉を詰まらせる大雅先輩だったけど、「指図の仕方が悪いんだよ!」引くに引けなくなったのか、全力で女子群のせいにする。
んでもって、もう指図は受けない。女子の意見を聞きながら動くなんて性に合わない。寧ろ、変に動かされるなんて真っ平ご免だと鼻を鳴らした大雅先輩は、自分達で宇津木ワールドを作り出してやると宣言。
瞠目する川島先輩と鈴理先輩は揃って噴き出し、ムリムリと手を振った。
ただでさえヘタレの萎えばかりが発生しているこの事態、野郎だけで宇津木ワールドを作り出そうなんて不可能に近いことだと口角をつり上げた。
えぇえっと完全に馬鹿にしている表情だと読み取れるわけだけど……、大雅先輩もそれを読み取ったわけだけど……、ど、どうしよう……、負けん気だけはこの人、鈴理先輩並みに強いからっ。
俺は恐る恐る大雅先輩を一瞥、半泣きになった。
顔つきが勝負モードになってるっすっ……、大雅先輩の闘争心に火が点いちゃったっすよ!
頼みますからこれ以上話を拗らせ「豊福。行くぞ!」ご指名きちゃったしさぁ。
おずおずと相手を流し目にすると、鞄を持たされた上に襟首を掴まれて引き摺られる。
もう女子の助言なんて絶対に聞かないと開き直った大雅先輩は自分達で勉強をしてくると、大変なことをのたまった。
え、それって俺と貴方様で勉強するんっすか?!
何処で?! どーやって?!
ズルズル引き摺られる俺は彼女達に、否、アジくんにSOS信号を出した。
慌ててアジくんは荷物を持って俺達の後を追ってきてくれたけど、ニヤリニヤリとあくどい顔を作る女子二人は楽しみにしているからと手を振るだけ。助けてくれる素振りはない。
そんな殺生な鈴理先輩っ、仮にも俺は貴方様の彼氏なのにぃいい!
「鈴理先輩酷いっすよー!」俺の嘆きを聞いた大雅先輩が、「今のテメェのお相手は俺だっつーの!」女子に頼るなと怒られてしまった。
グズッ、どーしてこうなっちまうのかなぁっ。
お家に帰りたい、しっかりと通学鞄を抱き締めたまま俺は心中で涙を呑んだのだった。
□
宇津木ワールドの住人になりきろう!
Lesson3:自主勉強してみよう
「―――…ったく、女子に任せたから、変に観られているような気がして動けなかったんだ。此処は野郎同士で勉強していくってのが筋、テメェ等、ちゃっちゃと勉強するからな。ついて来いよ。特に豊福、テメェは気合を入れて勉強しねぇとぶっ飛ばすからな」
女子がいなくなった途端これだもんなぁ、大雅先輩……、すっげぇ態度でかいっす。
俺達が後輩だからってのもあるんでしょうけど。
ガックシ肩を落とす俺を余所に、アジくんが「此処で勉強なんですか?」と目前の店に首を傾げる。
頷く大雅先輩は意気揚々胸を張って答えた。宇津木先輩に引き摺られ、兄と此処で彼女の趣味に付き合わされた事がある。したがって此処で勉強できることは間違いないのだと。
勉強できるって言っても此処、本屋っすけど。
俺とアジくんは本屋を目の前に「……」「……」言葉を失いかけていた。
だって、まさか人目のつきやすい本屋で勉強するとか思わないじゃないっすか。どうやって勉強するつもりなんっすか、大雅先輩は。
俺達の疑問を余所に、「入るぞ」先輩はさっさと本屋の自動扉を潜ってしまう。
そうなれば必然的に俺とアジくんも背を追わなければならないわけで……、うん、しゃーない、行くか。腹を括りなおし、俺達は先輩を追って仲良く本屋へ。
スタスタと歩く大雅先輩の後を追っていると、彼は漫画コーナーのその奥、とある一角のコーナーで立ち止まった。
俺とアジくんも立ち止まり、コーナーを拝見。見事に顔が引き攣った。
表紙からして、その、あれだ、宇津木ワールド全開! ガンガンいくぜ! というオーラが醸し出されているイカガワシイ本たちが並列されている。
人気作・新作のように表紙の面を向けられている本は勿論、棚にもずらーっとイカガワシイ本が詰め込まれていた。
嗚呼、これが噂の宇津木ワールドパラダイス、なんて数の多さだ。
アダムとイブを作った神様も失神しそうな宇津木パラダイスの多さ。女の子の気配がまるでない。おかしいな、人類、男と女がいて子孫は繁栄される筈なのに。
野郎三人でコーナーに佇んでいると、大雅先輩がおもむろに一冊を手に取った。倣って俺達も一冊ずつ拝借。文庫を手に取って中身を開いた。で、ぱらぱらと中身を捲る。
「「?!」」
絶句している俺達に、「そうそう」最後らへんのページは気を付けろと大雅先輩は肩を竦める。
濡れ場の挿絵が多いから、と助言して下さったんだけど、ちょっち言うのが遅かったっす。
バッチシと俺等……、見ちゃいましたっす。野郎のあらららおよよよシーンを見ちゃいましたっす。まる。
ぎこちなくページを閉じた俺とアジくんは想像を絶する世界だと青褪める。
なんだろう、この背徳感にも似た気持ちは。居た堪れない。平然と中身を見ている大雅先輩はある程度の免疫があるらしい。さすがは宇津木先輩の妄想標的。肝が据わっているっす。
「んー、優等生と不良か。ちげぇな……、俺達ってどういうジャンルに属するんだ。俺が俺様っつーのは分かるけど…豊福がなぁ。これは? あー、義兄弟か。ちげぇよなぁ。って、おいテメェ等、ちゃんと資料になるようなもん探せって」
「あ、はいっす。だけどいっぱいあり過ぎて……、どんなのがいいんっすか?」
「俺と豊福っぽいもの」
抽象的っす、それ。
唸り声を上げて俺とアジくんは文庫を手に取る。
なんだかケータイ小説を強制的に読まされているような気分だなぁ。というか……、鈴理先輩から貰ったケータイ小説を参考に男女逆転ならぬ野郎同士の話を考えればいいような気もするんだけど。
まあ本場の宇津木ワールドを調べるってのも大事だよな。
えーっとナニナニ、『どうして俺は幼馴染みのあいつを好きになってしまったのだろう。あいつには彼女がいるって分かっているのに。この気持ちを伝えたところであいつは、困るだけ。だったら俺は幼馴染みのままでいよう』か。
うーん、この小説は切ない系か?
切ないには切ないけど……、なんだかこれ大雅先輩みたいだなぁ。
大雅先輩、楓さんの婚約者を好きになっていて……、んでもって幼馴染みで……、好きな気持ちは伝えようとしない。幼馴染みのままでいいって思っている。相手を困らせると分かっているから。
(だけどやっぱり好きなんだろうなぁ。落ち込んでいる宇津木先輩のために、嫌々でもBLを演じようってするってことはさ)
パラパラとページを捲る俺は、文庫を戻して大雅先輩を盗み見る。
真顔で文庫と睨めっこしている俺様系ミートロール男子に微苦笑してしまった。ほんとうに宇津木先輩が好きなんっすね。こりゃ、俺も一肌脱いで協力しないとな。
「さてと」お次はどれを調べてみようか。文庫を見比べて腕を組む。なるべくソフトな表紙を選びたいんだけど、如何せんどれも男同士で抱擁したりナニしたりだから。
「んー、資料を探すってのも難しいですね。やっぱり俺と空が萌えーなことをしてみますって、二階堂先輩。そっちの方が手っ取り早くありません?」
ここでアジくん、資料探しに飽きて大雅先輩に物申した。
「るっせぇよ。俺と豊福で決定事項だ」
フンと鼻を鳴らす某俺様はグダグダ言わずに資料を探せとご命令。
「だけど」後頭部を掻くアジくんは、どれを資料にすればいいか分からないと吐息をつく。
「じゃあ俺と二階堂先輩は?」
アジくんの閃きを一蹴する大雅先輩は、あくまで俺様が出しやすい俺とのペアではないと駄目だと言う。
俺様攻めが宇津木先輩の大好物らしいからな、それで通したいんだろう。
するとアジくん、自分が俺様になれば良いのだと頓狂な閃きをした。
「これから俺、空に俺様な態度を取ります。彼の彼女みたいな態度をすればいいんでしょ? それでいきましょうよ」
「あー? 却下だっつーの。テメェが俺様になれるわけがねえ。あ、こら豊福。テメェ、まさか他の男に目移りしようとしてるんじゃないだろうな? あーん?」
ギクリッ、俺は肩を震わせた。
正直なところ、ちょっぴしアジくんがいいと思っている俺です。だってアジくんとの方がやりやすいんですもの。
ガンを飛ばされた俺は首を引っ込めつつ、えへへっと誤魔化し笑い。心を見透かされたために、俺は大雅先輩に腕で首を締められた。
じょ、冗談っす! 俺、貴方様とイチャコラできるよう頑張りますからっ、ギブ、ギブーっ!
「た、大雅先輩っ、苦しいっす!」
「テメェの相手は俺だよなー? 豊福。なあに浮気しようとしてるんだ?」
「う、浮気ってっ……、ぐぇっ、く、苦しいっ。わ、分かってますっす。俺の相手は貴方様っす!」
それでいいんだよ、フンっと鼻を鳴らして腕を解放してくれる。
苦しかったと喉元を擦って咽る俺は、もう少し手加減して欲しいと相手に直談判。野郎相手に優しくするかと吐き捨てられて、俺は肩を落とした。
ほんと、女子が居ないと俺様度が三割増しになるんだから。
小さく溜息をついていると、ウッホン、アジくんが意味深に咳払いをしてきた。
なんだと彼を見やれば、「あの視線が」痛いんですけど……、と小声で状況を説明してくる。俺と大雅先輩は顔を上げて状況を把握。見る見る羞恥が湧いてきた。
だって向こうから、女子生徒が数人チラチラと俺達を見ている上に、ヒソヒソと話している。
多分彼女達はここのコーナーに用があるのだろう。少女漫画コーナーに立っているものの、漫画を取る気配は無い。
それどころか、
「あれって、まさかの……、誰と誰だと思う?」
「あの容姿端麗な人が攻めっぽいのは分かるけど、受けはどっちだろう。やっぱりあの子じゃない。ほら、悲鳴を上げていた」
「だよねぇ。もうデキているのかな」
~~~ッ、い、い、居た堪れないぃいいい!
そこの女子さん方に誤解されている!
嗚呼っ、泣きたい、泣きたいよ俺っ。父さん、母さん、息子はとんでもない獣道に進んでいるようです。女子達に大変な誤解されてしまいました。
身を小さくしていると、「んっー」大雅先輩が顎に指を絡めて思い悩む。
この状況について困っているのかな、アジくんと揃って視線を投げた。
「なんかよ」大雅先輩は口を開き、女子達の視線なんて総無視で俺達に意見してきた。
「変にシチュエーションを作らなくてもいい気がしてこねぇか?」
「え? どういうことっすか?」
「だからよ、確かに夢見る女子達は宇津木ワールドに色々と願望を抱いているわけだけど。実際、百合子が俺達をそれを見る時って、普通にしていてもそう見るじゃんか。例えば、あー、そこにいる女子達だって今まさに俺達をそういう目で見ているわけだ。まあ、場所が場所ってのもあるだろうけど……」
不意に大雅先輩が俺の頭に手を置いてきた。んで、よしよし撫でてくる。
大変微妙な気分になる俺を余所に、「うわぁあ」と小さく、んでもって黄色い声音が向こうから聞こえた。
「な?」自然にしていてもそういう目で見るだろ? 大雅先輩は手を下ろし、俺とアジくんに向かって得意気な顔を作る。
「イチャコラしてもしなくても、野郎同士が仲良くしていれば百合子も自然と反応してくれると思うんだ。変に意識するだけ、なんっつーかぎこちない言動しかできないし。いっそ仲良くするってのでやってみねぇか」
「そういえば、宇津木先輩って、俺と大雅先輩が仲良くしていたりすると目がハートになりますよね」
「だろ? 俺と兄貴の時もそうだ。ここは一つ、野郎の友情で乗り切ってみねぇか? 普段どおり且つ、ちょっちいつも以上に仲良くする。それだけであいつ、飛びつきそう」
「なーるほど。友情以上恋愛未満な関係を作るってことですね」
ポンッとアジくんが手を叩いた。
そうだと頷く大雅先輩に、「友情路線なら」俺も普段どおり過ごせそうだと結論付ける。
大雅先輩のいうとおり、変に意識して宇津木ワールドを作り出そうとしてもお互いにぎこちなくなるだけ。萎えが発生しそうだ。
だったらいっそのこと、男の友情とやらを見せ付けてその先の妄想を彼女にしていただこう。元気がなくても仲良くしていれば、宇津木先輩の性格上、絶対食いついてくれる筈。
スンバラシイ結論を出した大雅先輩に俺とアジくんは拍手を送る。
腰に手を当てる大雅先輩は、「女子に任せたのが悪かったんだよ」こういう問題こそ野郎同士で解決しないとな、と口角をつり上げる。
まんま勝利の笑みだ。俺はあいつ等に勝ったという顔を作っている。
そんな彼にさすが大雅先輩だと煽てれば、「バッカ」俺様に掛かればこのくらいちょろいちょろい。
大いに喜びを体で表現、俺の肩に肘を置いて満面の笑みを零した。
距離感が狭くなり、体と体が密着。
おかげ様で向こうからアツイ視線を送られてしまう。やめて下さい、夢見る女子の皆さん。俺は彼女持ちですから。
「うっしゃ、解決もしたし、追々のことはまた移動しながら考えるとして。なんか食いに行こうぜ。腹減った」
俺達の手から文庫本を取り上げた大雅先輩は、ファーストフード店に行こうと誘ってくる。
アジくんは即答でOKを出したけど、俺は頬を掻いて尻込み。お金ないんっすけど……、百円あればハンバーガーくらいは買えるよなぁ。多分。
「なあにシケた面してんだよ。今日は俺の奢りだから、遠慮せずに食いに行こうぜ。庶民に奢れない小遣いなんて持ち合わせちゃないし」
「マジですか?! 空、ラッキーだな。奢ってくれるってよ」
「え、でも」
「遠慮したらシバくぞ。先輩命令だ。ほら、行こうぜ。飯ってダチと食うと美味いんだよな」
遠慮している俺の腕を引いて、大雅先輩はズンズンと大股で歩き出す。
ラッキーだと笑うアジくんは部活をサボって良かったと頬を崩し、俺は俺で嬉しそうに歩く大雅先輩に一笑した。ホント俺様だよなぁ、こういうところ。優しい俺様っつーのかなぁ。
友達がいないわけじゃないと思うけど性格上、絶対に少ないだろうから、こうやって友達と食べることが嬉しかったりするんだろうな。
俺自身も彼に振り回されてばっかだけど、嫌いじゃないよ。この人のこと。偉そうにすることが多いけど、本当は大雅先輩すっげぇ優しい人なんだって俺は知っている。じゃなきゃ宇津木先輩のことで一生懸命になんかならないもんな。
はてさて、それはいいとして……。
「大雅先輩、アジくん、どうして、さっきの女子達がファーストフードまでついてきていると思います?」
「……、気にするな豊福。気にしたら負けだ」
「そうだぞ空。んじゃ、イタダキマース!」
ハンバーガーに齧り付くアジくんを余所に、俺と大雅先輩は観察されるような視線をグサグサ受けながらポテトを食べていたという。
結局その日、俺と大雅先輩はどこぞの誰とも知らぬ女子達に大変な誤解を買ってしまったのだった。
嗚呼、俺たちってなんて不幸だろう!