翌日はキス一色
番外編(企画捧げ物)
鈴理と空の馴れ初め(?)、ディープキスに関するお話です。
[ほのぼの+ギャグ]
それは穏やかな昼休み。
いつも一緒に飯を食べている鈴理先輩を学食堂で待っていた時のこと。彼女を待っていた俺は幸か不幸か彼女の許婚と鉢合わせになり、「先に食っとこうぜ」と、あたかも約束していたような口振りで強引に腕を引かれてしまったため、彼と共に席を陣取っていた。
弁当の俺に対して大雅先輩は定食を注文し、彼は先にイタダキマスをして蕎麦を啜っている。彼女が来るまで待っておこうと思っていた俺は弁当を開けず、お冷で空腹を誤魔化していたんだけど、俺様先輩の一言により、この何気ない平穏は崩されてしまったのだった。
「なあ、豊福。テメェって鈴理とディープキスする時、舌は受け入れる側か?」
ぶはっ―!
なんの前触れもなしに飛んできた大雅先輩のクエッションによって、身構えていなかった俺は盛大にお冷を噴き出してしまう。
「汚ねぇなおい」
俺に飛ばすなんざいい度胸だぞ、テーブルを挟んで軽く不快感を示している大雅先輩に謝罪はするけれど、非の半分は先輩にあるということを忘れないで貰いたい。
ノッケから何ディープな質問をしてくれるんっすか、無防備だった俺には痛恨の一撃だったっすよ。
ゴホゴホっと咽せ返る俺は、気道に入ったお冷に眉根を寄せつつ、「イキナリなんっすか?」俺は質問の意図を尋ねる。「まんまだけど?」大雅先輩は即答してくれる。
「もしかして意味が通じなかったか?」
気遣って、質問を繰り返してくれようとしたけどイラナイ気遣いだったから、やんわり制す。
しかめっ面を作った俺に、「今は鈴理いねえじゃん」教えろよ、となんちゃって俺様は口角をつり上げた。なーんで貴方様にそんなことを教えなくちゃなんないんっすか。そんなことを聞いて、貴方様に得でもあるんっすか?寧ろ俺には損しか出ませんっす。
ああくそうっ、だけど拒絶すれば俺に逆らったオーラを醸し出して、グイグイと積極的に聞いてくるだろうし! 盛大な唸り声を上げる俺だったけど、観念し、蚊の鳴くような声で受け入れる側っすけど、と返答。
「うわヘタレ」
揶揄されて畜生な気分になった。
どーせ俺はヘタレっす! 彼女の口内にし、しぃいたぁあああなんて入れられる度胸もない受け身男っす! 大雅先輩だって俺の消極的っぷりな一面は知ってるでしょーよ!
てか、ご自分だってヘタレじゃないっすか、宇津木先輩にアタックもできないくせに。
恨みがましく相手を睨むけど効果なし。先輩は受け身だなぁっとズルズル蕎麦を啜っている。
「テメェが舌を入れたいとは思ってねぇから、聞かないけどよ。じゃあよ、いつからディープキスするようになったんだ? 最初からディープキスじゃなかったんだろ? 告白する前に仕掛けたキスはバードキスにしたって本人から聞いたし」
彼女となあに話してくれてるんっすか。
項垂れる俺は重々しく息をついた。「まあ一週間は様子見として」十日くらいでしちまったんだろ、大雅先輩は面白半分に聞く。
「鈴理が言ってたんだよ。最初の方は手加減したって。キスもバードで済ませてたっつってたし。あいつにも常識があるんだなぁって思ったんだがー、で、いつ頃からだ?」
「……、告白されて翌日っすよ」
「へええ、わりと遅いー…ぃ? ……告白されて翌日?」
いやまさか、告白して翌日にディープを仕掛ける馬鹿はいねぇだろ。
誤魔化し笑いを浮かべる大雅先輩。幼馴染みがそこまでケダモノとは思っていないらしい、が、これは事実だった。
俺は告白されて翌日にディープキスを経験したんっすよ! もう、思い出しただけでもオッソロシイ!
身震いする俺は、
「本格的な貞操の危機もあの時からだったっす」
ガタブルッと青褪めた。
そう、あれは鈴理先輩が怒涛の告白劇をしちゃってくれた翌日のこと。
まさか美人金持ちお嬢様に告白されるなんて、しかも公開ちゅーをされるなんて夢にも思っていなかった俺は、告白されたその日一日うんぬん悩み、帰宅後は学校に行きたくないと落ち込み、気鬱な足取りで翌日登校した。竹之内先輩(この頃は俺、苗字呼びだったんだ)が学食堂で公開キスをしてくれたおかげで、すっかり噂の人になっていた俺は正門に入る手前から生徒達の目を惹いていた。
「ねえ、あの人があれでしょ。昨日キスしたっていう」
「違うよ、キスされたんだよ。まさかあの竹之内先輩が学食堂で大胆にキスするなんて信じられないよね。いつもは頼れる姉御さんなのに」
はぁあ、右から左に聞こえてくる女子達の会話に俺は溜息をつく。
もう噂になってらぁ。ははっ、どうしようかねぇ…、こんなにも注目の的になるなんて。キスされた? おう、キスされちまったよ。フッツーにちゅーされちまったよ。……うわぁあぁああ、お、お、思い出すだけで俺は死ねる!
な、何故に俺はキスなんて、しかもその後、男女の営みになんて誘われたのだろうか! いや一種の襲われだろ、あれ! 犯罪っ、犯罪じゃないか! 思い出しては赤面を繰り返す俺は、どうにか視線を振り払って昇降口へ。
ちゃっちゃかと靴を履き替えて、早足で階段・廊下を歩き、そのまま教室に逃げ込む。
「来たか。空、おはよう」
おや、逃げ込んだ教室を間違えてしまったのだろうか。
出入り口で固まってしまった俺は、一呼吸置いて一旦廊下へ。クラスを確認してもう一度、教室を覗き込む。
「何をしているのだ」
俺の席に腰掛けている二年F組の某先輩の姿に俺は絶句。
肩に掛けていた通学鞄を床に落としてしまった。な、な、なんでこの人が此処にいるんだよ! に、二年でしょ、貴方様!
「た、竹之内先輩」
なんで此処に……、顔を強張らせる俺に対し、彼女はちょっと不機嫌になる。
「何故? そんなの決まっているだろう。所有物の顔を見に来たんだ」
しょ、所有物。
誰が誰の所有物っすか。というか、え、お、俺の顔を見に来た? じゃ、じゃあ、昨日のキス事件は、告白事件やっぱり、マジだったんっすか。
「空。あたしはおはようを言ったぞ?」
あんたは返さないのか? 注意を促されて、俺はついつい「おはようございます」と返す。
挨拶は大事だよな、うん大事、だいじな筈。だけどなんだろう、挨拶をしている場合じゃない気がするぞ。完全に思考停止している俺をよーく観察した後、彼女はクラスメートがいるにも関わらずこうのたまった。
「あんた。見れば見るほど食い甲斐がありそうだな。鳴かせがいがあるというか」
「ちょ、え、せんぱ」
「うーむムラムラするな。ちょっと味見でもするか、空。来い」
あ、味見?!
本能的に身の危険を感じた俺は、頭が取れる勢いで首を左右に振ると、落とした鞄を拾って一目散に教室を逃げ出した。
「あ、こら!」
所有物のくせに逃げるとは生意気だぞ、外貌は美人のクセに命令口調を発する彼女はすかさず追い駆けてくる。
なんだよあの人、メチャクチャ足が速いじゃないか! 運動神経なら俺も負けず劣らずな筈なんだけど、うわぁああ来ないでくださいぃいい! 悲鳴を上げて逃げ惑う俺は、向こうから歩いてくるフライト兄弟に気付く。
「空じゃん」
「何してるの?」
能天気におはようと手を上げてくる二人の間に割って入った俺は、そのまま挨拶もせずトンズラ。
クエッションマークを頭上に浮かべる二人だったけど、「そこを退け!」邪魔だと竹之内先輩に命令されて度肝を抜く。そそくさと廊下の隅に避難するフライト兄弟はポツリ。
「うはぁあ、朝から大変そうだな。空」
「ほんっと……、例の先輩に追い駆け回されてるよ」
同情している二人のことなんて露知らない俺は、その日の朝、チャイムが鳴るまで竹之内先輩から逃げ続けていた。
最初こそ諦めてくれると思っていたのに、いつまでも俺を追い駆け回してくれる彼女のド根性には感服するしかない。俺が教室に戻る頃には、根こそぎ体力を使い果たしてふらふら状態だったという。
朝がこれだったからこそ、昼休みが怖くて仕方が無い。
授業と授業の間の休み時間でさえ、何度か足を運んできた竹之内先輩だったからこそ、長いながい昼休みがオッソロシくてしょうがなかった。どうしようとフライト兄弟に相談を持ち掛けてみるものの、逃げるしかないの一言を頂き、俺は泣き言を漏らすしかない。
おかしいな、女の子のアタックってもっと可愛げがある筈なのに、どーしてあの人は雄々しいんだろう。まるで狩人と獲物みたいだぞ、このアッタクするされる構図。
可愛げの「か」もないアタックに怖じ、どうにか昼休みを乗り切ろうと俺は時間になるや否や弁当を持って教室を飛び出した。絶対、鈴理先輩に見つからないであろう中庭まで逃げ、木陰で昼食を取る。
日の丸の日のない弁当を食べ終わり、持参していたお茶を啜って一息。
いやぁ、さすがの竹之内先輩も中庭に逃げているとは思わないよな。
もし俺を探しているとしても、きっと校舎の中をあっちこっち探し回っているに違いない。エレガンス学院はすっげぇ広いから、探している間にチャイムが鳴ってジ・エンド。
この勝負、俺の勝ちっす!
なんだか気持ち的にヨユーが出てきたせいか、ほのぼのとお茶を啜る。
「あたしにも一杯くれ」
「あ、どうぞ」
飲み終わったカップにまた、お茶を注いで俺は隣に差し出した。
「悪いな」
「いえいえ」
どうってことないと俺は微笑、木陰でお茶を飲むと美味しいっすよねぇっと隣に視線を流す。
「本当にな。外で飲む茶は美味い。おっとこのカップは間接キスだな、空」
ガッチーンと固まった俺は、目を擦って相手を凝視。
ニコッと綻んでくる竹之内先輩は、飲み終わったカップを俺に差し出してくる。ぎこちなく受け取って、俺は愛想笑い。
手早く水筒に蓋をすると、荷物を持ち、腰を上げてBダッシュ!
嘘だろ、嘘だろ、嘘だろぉおお?! なんで俺の居場所、分かったんだよあの人!
中庭から屋内プールがある校舎まで全力疾走で移動した俺は、ゼァハァッと息をつき、側の木に背中を預ける。
此処まで来れば大丈夫かな。うん、此処は見渡しがいいから竹之内先輩の陰が少しでもチラついたら分かるし。
それにしても、あー、驚いた。
竹之内先輩が俺の隣にいるんだもんな。びっくりし過ぎて心臓が馬鹿みたいに鳴ってやんの。ははっ、ダッセェ。
チョイチョイ。
ふと後ろから肩を突っつかれた。
びくりと背筋を伸ばす俺はヤーな予感がして視線を背後へ。
木の幹からひょっこりと顔を出す竹之内先輩に、「嘘でしょ!」ズザザッと後退り。が、腕を掴まれて、はい巻き戻し。元の位置に戻った俺は、とうとう竹之内先輩に捕まってしまった。
「ふふっ、やっと捕まえた」
がっしり俺の両腕を掴む彼女は、木の幹に俺の体を押し付けて見上げてくる。
うっ、俺は呻く。くそう、ちょっと可愛いと思うじゃないっすか。世間ではこの状態、一応上目遣いと名目されるんっすけど。
ああっ、ナイスバディっすね。
視線が自然と胸にいく俺もれっきとした男みたいっす。
とか、阿呆なことを思っている場合じゃなく。
「たたた竹之内先輩っ、ご、御機嫌ようっす。えーっと、何か俺に御用でも?」
白々しく質問してみれば、「所有物はな」必ず所有主の側にいないといけないんだ、と先輩はシニカルに口角をつり上げてきた。
美人さんで可愛いのに、口を開けばこれだもんな! 何びとの男も俺と同じポジションに立ったら、こう言うに違いない。
「口を開かなければいいのに!」と。
視線を泳がせる俺は用事を思い出した、と口実を作ってみる。
勿論、逃げていた手前、そんな言い訳が通用するわけもなく、竹之内先輩はそっと俺の両頬を包んで視線を固定。「逃がさない」もう絶対に逃がさない、と大事なことなのか二度も言われてしまった。
困った、嗚呼、豊福空は困ってしまった。
この事態をどう乗り切ろうか!
「竹之内先輩っ、き、昨日の告白のお返事なんっすけど! その、付き合うとか付き合わないとか、その前に、ちょ、このアタックをやめてもらいたいかと…、じゃないとお返事も出せそうに」
「空。お返事も何もないぞ? あんたはあたしのものだからな」
「いや、だから」
「それにな空、あたしは攻め女だ」
攻め女?
なんっすかそれ、攻撃的な女性って意味っすか? それともアタックする女性をそう称すんっすか? 最先端の流行語っすか?
キョトン顔になる俺に、「あたしは女ポジションなどいらない」ワケの分からないことを言われる。
うーん、もうちっと後輩でも分かるような説明じゃないと、俺、イミフで混乱しそうっす。攻め女は女ポジション不要な女性を指すんっすか? ということは男? 男として生きたい女性を指すんっすか?
チンプンカンプンだと竹之内先輩に訴えれば、「空が女ポジションだ」と、爆弾発言。
目を点にする後輩を余所に、「あたしは女は捨てないぞ」でも女ポジションは捨てる、あたしがリードするのだと竹之内先輩は一笑。
うんうんうん?
ますます混乱する俺は、「具体例を出して下さいっす」じゃないと理解できそうにない。良かろうと相槌を打つ竹之内先輩は、こういうことだと言うや否や唇に噛み付いてきた。説明してくれるものだとばっかりに思っていた俺だから、唇を塞がれて瞠目。
体を引きたくても後ろに木があるから引けず、彼女を押し返すしかない。
両肩に手を置いて、そっと押し返そうとした矢先、「!」俺はパニックに陥った。
今、竹之内先輩、く、唇を舐めて、ちょ、なんっすか、そのねちっこい舐め方! き、キスじゃないっすよ、それ!
いつまでもいつまでも唇を舐めてくる竹之内先輩に、やめて下さいと言いたくなって口を開く。
しかーし、それが不味かった。
「!!!」大パニックになる俺は、何が起きたかも分からず、ただただ口内に蠢くものに呆気取られる。後頭部に手を回してくる竹之内先輩は、この状況を堪能して下さるけど、俺はそれどころじゃない。
だって、え、えぇええ、ちょ、口の中に、にぃいい?!
片恋を抱いたことはあるけど、お付き合いしたことのない俺だから、アダルティな行為についていけず、解放された瞬間ズルズルと座り込んでしまう。
こ、こ、こ、腰が抜けた。砕けたっていうべきなんだろうか。とにかく腰に力が入らない。
息も絶え絶えに、「な、なにするんっすか」完全に動揺している俺はしゃがんで視線を合わせてくる先輩に問い掛ける。怒ることも忘れてしまった。
初々しい反応だと微笑してくる竹之内先輩は、こういうことだと俺の唇を人差し指でなぞる。
「あたしはな、空。男にリードされるのではなく、リードしたい女なんだ。今のキスだってリードしただろ?」
つまり男ポジションに立ちたいとはこういうことだと彼女は綻ぶ。
ということは、俺という男は必然的にリードされ……、じょ、冗談じゃないっす! 女性からこんなことされるなんて……っ、だ、大体今のなんっすか!
俺の問いに、「ディープキス」大人のちゅーだと教えてくれる彼女。
鬼なことに、腰を抜かしている男を引き寄せ、押し倒し、見下ろしてくる。
「た、竹之内先輩!」
冗談もほどほどに、引き攣り顔を作る後輩にちょい不機嫌になった。
「頂けないな、空。あたしはあんたを空と呼んでいるのだぞ? だったらあんたはどうするべきだ?」
「え、ど、どうするって」
「分からない悪い子には仕置きあるのみだな」
ニコッと微笑まれて、そのままさっきのディープなんちゃらを仕掛けてくる竹之内先輩。
「んっー!」
ギブギブと地面を叩いて、早々ギブアップをしているというのに先輩は容赦ないキスを送ってくる。
舌が容赦なく口内を荒らし回った。ひぐっ、無理に呼吸しようとしたせいか変に喉が鳴る。上顎を擽られると体が跳ねた。歯列をなぞられる感触は絶句ものである。
(やばいやばいやばい!)
酸素不足の呼吸困難に陥りかけている俺は、合間合間にもう無理だと訴えた。
刺激的過ぎて子供の俺にはついていけねぇやい! でもまーったくやめてくれない竹之内先輩は、「どうするんだ?」と同じ質問を息継ぎ間際に問い掛けてくる。
どうするって、何がどうすればいいんだか……。
「空。どうするべきだ?」
「ほんっと……、竹之内先輩も、無理っす」
「不合格だな。もう一度」
「え゛? いや、マジでっっ!!!」
(三分後)
「はぁ……、死にそうっす。か、勘弁して下さい、先輩」
「ではどうするべきだ?」
「わ、分かんないっすよ。竹之内せん―……!!!」
(更に三分後)
「……っ、目の前、真っ白っす」
「まだ合わせて四回目のディープじゃないか。初々しいな、空は」
で、どうするべきだ?
ニッコーッと同じ質問を繰り返され、ぼんやりとしている俺はゼェゼェのハァハァで首を傾げた。もう思考も回れないんっすけど、先輩。
「なにをすればいいんっすか?」
逆に質問してみる。
「あたしは豊福空を空と呼んでいるぞ」
ヒントを出してくれる竹之内先輩に、うーんっと唸った。
思考が正常に回っていれば問題ない謎かけ。
でもまーだ分かっていない俺は、「竹之内先輩ギブッす」と白旗を振る。
それは許さないと活き活き笑う竹之内先輩は、分からない子には分かるまで仕置きだと本日何度目かのキスを交わしてくる。根っこごと体力を奪われるような、そんなキスに小刻みに体を震わせていた俺は、何度も名を紡いでくる先輩と視線が合ってようやく答えを導き出せた。
息継ぎ間際に小声で紡ぎ返す。「鈴理先輩」と。
大当たりだと一笑する竹之内先輩……、いや鈴理先輩はよしよし良く分かったと頭を撫で抱擁。
肩を上下に動かして呼吸を整える俺は、ぐったりと彼女に身を委ねた。
キスで此処まで翻弄されるとは思わなかった。嗚呼、トラウマになりそう。
「良い子にはご褒美だな」
鈴理先輩はそう言うと、イソイソ俺のネクタイを外し……、ちょ!
「な、何でネクタイを外そうとしてるんっすか! 今、必要な行動じゃないっすよね!」
「お初は服を着たまま良いか? うむ、難易度が高いが、あたしにできないわけがない。努力しよう」
!!!
こ、この人、まさか……、まさかのまさか?!
「え、エッチするつもりじゃないっすよね」震える声音で訊ねれば、「安心しろ」一回で終わらせるから、彼女は爛々な目でのたまった。じょ、じょぉおおだんじゃないっすよ!
「無理っすっ、ムリムリムリっす!」
「無理ではない。あたしがスると言えばスるのだ。
そーれーに? 朝から散々逃げ回ってあたしの手を焼かせたんだ。あたしへのご褒美にもなるんだぞ?」
「得してるのは竹之内先輩だけっす! ……あ゛」
「おや? 物覚えが悪いようだな空。なるほど、そーんなにキスをおかわりしたいのか」
だったら満足するまでシてやる。
にやりにやり、起き上がろうとする俺の両腕を取って見下ろしてくる彼女は無慈悲な台詞を吐く。
「おなかいっぱいっす」だからもう十分だと訴えるものの、「遠慮するな」空腹は体に毒だと一笑。青褪める俺に容赦ないディープキスを延々と送ってくれた。それこそ、昼休み中ずーっと。
「―――…ということで、俺、ディープキスをしたのは告白された翌日なんっす」
「ぷははっ! だっせぇ、お前、初めてのディープキスで腰抜かしたとか! しかも超鬼畜だなっ、鈴理の奴も。名前を呼ばせるまでディープで躾けるとか!」
俺の不幸話をゲラゲラと笑ってくれる大雅先輩は、ディープキスで腰を抜かす男がいたのかとテーブルを叩いている。
しょ、しょうがないじゃないっすか。突然の事で驚いた上に、鈴理先輩、超上手かったんっすから。他の人とやったことないけど、きっと彼女は上手い類に入ると思うっすよ。
身を小さくして羞恥を噛み締める俺に、「超傑作」某俺様は肩を震わせる。
「マジ笑えるんだけど。お前、つくづく受け身男だな。よくもまあ、そんだけされて健全保ってるな」
「必死に貞操を守ってるんっす! ……、そりゃあ、何度襲われかけたか数えるのも億劫になるほど、襲われたっすけど」
「とかなんとか言って、実は鈴理に襲われたいとか思ってるんじゃね?」
「なっ?! お、おぉお俺はスチューデントセックスを反対してるんっす! 安易なセックスなんて認めないっすよ!」
「じゃあキスはいいのか?」ニヤニヤしている大雅先輩に、「き、キスは」もういいんっす、諦めてるんっす、と頬を紅潮させそっぽ向く。
先輩とのキス、嫌じゃないというか、寧ろ好きというか。
ブツクサ独り言を呟いていると、「何の話をしているんだ?」グッドでバッド、鈴理先輩が俺達の座るテーブルにやって来た。
彼女の顔を見て赤面する俺に対し、「キスの話をしてたんだよ」大雅先輩が超意地悪い顔を作ってくる。
「豊福の奴、お前とのキスが好きで仕方が無いそうな」
「た、た、大雅先輩!」
「だーってそう言ってたじゃねえか」
そりゃ言いましたけど……、だけど、本人の前で言わなくても…、握り拳を作る俺。
だけど仕返しがしたい俺は、一緒にやって来た宇津木先輩と川島先輩に視線を流す。で、俺は宇津木先輩に言うんだ。
「大雅先輩が俺にキスしたいって言ってきたんっすけど、どうすればいいっすか?」
「はぁあ?! と、豊福テメェ、ホラ吹くんじゃねえぞ! 百合子、お前もンな目で俺を見るんじゃねええ!」
ポッと頬を赤くする宇津木先輩に弁解している大雅先輩は、後で覚えてろとこっちを睨んでくる。
先に仕掛けてきたのはそっちっす、大雅先輩。俺は悪くないっす。ぶすくれていると、鈴理先輩が隣に腰掛けてきた。
「期待に応えてやらないとな」
後でたーくさんしような、攻めモードで俺を見てくる。
決まり悪く視線を逸らしながら、俺は彼女に告げた。それは受け男らしい、彼女を喜ばせる台詞。
「期待して待ってますっす」
今は本気で彼女が好きなんだ、それくらい言ったって許される筈だ。
Fin.