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彩季時代  作者: 霜土井
13/17

013.john de nurple / レギュラーに隙無し

 ナンパだ、公開ナンパだ。体育科男子が千歳柊を公開ナンパした。

 ざわつく周囲の声、自分の発言、目の前にいる柊。そのどれに反応したのか、栄人は顔を真っ赤にした。


「ち、違う……違うんだー!!」


 そう言い、栄人は走って体育科に帰っていった。まさに言い逃げ。取り残された柊が大量の視線を処理しなくてはならなくなった。

 結局、栄人も男だったのだ。表面的に軟派を否定していても、栄人は自分の下心に気づいていないほどのお子様だったということなのだ。顔を赤くしての逃亡理由が、自分の下心を自覚した表れならまだ救いがある。そう思いながら、野々松は大量の視線が集まるところに飛び込んだ。


「あの……俺、さっきの馬鹿の友達です」


 友達と名乗る別の体育科男子がフォローに入った。この状況をどうフォローしようというのか、見物だ。

 刺さる視線の意味を理解しつつも、柊の前に現れた野々松。えーと、と何を言おうか困っている彼に、救いの手を差し伸べたのは柊だった。


「今、ケータイ持ってますか?」

「え? あ、ああ……」


 柊がポケットから携帯電話を出すと、野々松もつられて自分のそれを取り出した。赤外線で送りますね、と柊が言うので、野々松は受信設定にした。柊の個人情報を受信し、確認すると、野々松はそれを登録した。


「あの人にも教えてあげてください」

「ありがとう。あの馬鹿も喜ぶよ」


 用が済んだ柊は、それじゃ、と言って教室に帰っていった。二人のやりとりをずっと見ていた野次馬たち、その群れの中に入っていく柊の背中を見ると、野々松はなんとなく罪悪感にさいなまれた。


「あの、ごめんな。こんなことになって……」


 野次馬の群れの前で柊が振り返った。


「いいえ。慣れてますから」


 嫌味のひとつもない彼女の柔らかい笑みは、外見の幼さからは想像もつかないほど大人びていた。

 そしてそれは、今度は野次馬たちに罪悪感を植えた。



     ◇



 日生の合図で、他の八人は素早く輪になった。


「ミチが言っていたのとほとんど同じか?」


 深津監督から渡された紙に目を通しながら、日生が言った。そうだね、と道西みちにしは返した。高校三年生にしては低身長だがその身のこなしはピカイチであり、セカンドを守備する彼は周りもよく見えている。夜残って練習している一年生をざっと見ただけで、選抜メンバーを大体言い当てた彼の人を見る力。それは深津の次にあるかもしれないと思わせた。


「この中じゃやっぱり光利かな。ピッチングとバッティング、両方一番センスがあるのはこいつだよ」

「俺もあいつの練習見たけど、あのボール捕る野々松って奴、バッターとして注意がいると思う」


 道西の隣で一年生の練習を見ていた武川たけかわが言った。武川も判断力に長ける三年生で、道西と幼馴染である彼はショートを守る、守備の要だ。道西とのコンビプレーは他校にとって脅威となっている。


「この加間って奴、足超速ぇらしいよ。袖達とどっちが速いか楽しみだな」

「俺に決まってんだろーが!!」


 夢高一のスピードを持つ袖達そでたつ。その俊足でセンターを守る彼の守備範囲は異常に広い。一番打者の特攻隊長はいつも眉間に皺を寄せ、気が荒く、気の短さも夢高一と後輩から恐れられている。

 その袖達をからかうのが楢山ならやまだ。袖達に続く二番打者の彼は勝負力が強く、何度も仲間の盗塁やタイムリーヒットも成功させ、難しい試合も勝利に導いた貢献者だ。


「安、何笑ってやがる」

「だって二人、仲が良いんだか悪いんだか」

「仲良くねーよ!!」


 一気に場の空気を緩ませたのは、ライトを守る三番打者、やす。整った顔立ちの彼はいつも笑顔だが、その内にある闘志はとてつもなく熱い。普通科の生徒でレギュラーまで上り詰めた結果がそれを物語っている。


「先輩たち、ちょっと用心しすぎじゃないっすか?」


 二年生の望月もちづきが暢気に言った。隣にいる同学年の藤瀬は冷や汗を流して彼を見た。またやった、と。


「中学出たばっかの連中に、厳しい練習してきた俺たちが負けるわけないじゃないですか」

「当たり前だ!!」


 この輪の中で一番体の大きい岩本いわもとが一喝した。


「この試合勝って当然だ。けど負ければ俺たちに先はない。一気に三軍落ちも覚悟しなきゃなんねぇし、夏までに一軍に上がれねぇかもしれん。お前もまた二軍に落とされたくなかったら気を引き締めていけ。いいか、これは重要な試合と変わらないんだ。ひとつのミスで、ひとつのエラーでレギュラーから外される。この試合に限らない、これから先格下とやる試合も、格上とやる試合も全部な!」


 部長の日生が言おうとしたことをそのまま代弁する岩本。天才和城の影に岩本あり、と言わせるだけのことはある、頼りになる副部長だ。

 説教された望月は優れた才能を持つ努力家で、二年でありながらレギュラーを獲得した六番打者だ。日生や岩本、安がいなければもっと上位の打順だったろうが、それだけが理由ではなく、彼には大きな問題がひとつあった。それは、すぐ調子に乗るところ。一時期一軍に上がれたが、その難点を指摘され試合に出られないまま二軍に落とされたことがある。そして望月はまた何千回もバットを振り続けた。みんなが寝静まってもバットで風、雨、雪を切った。

 一呼吸置いて、望月の顔つきが変わった。打席に立ったような不敵の笑みを見れば、誰もお調子者だと思わないだろう。


「……ウチより格上の高校なんて、あるんすか?」

「…………ない!!」

「はははは!! ガンちゃん、さっき格上とやる試合も~とか言ってたじゃん!!」


 大笑いする楢山に、岩本は顔を赤らめて、うるせえ! と言った。

 人気のない花壇の前で盛り上がりながら、日生は腕時計を見た。そろそろ自分たちの校舎に戻らなくてはならない時間だった。


「一年チームを負かす。それだけだな」

「おうよ!」


 九人の思うところは同じだった。自分たちは百人近くいる部員から九つしかない椅子を勝ち取った、背中に一桁の番号を持つレギュラーだ。二軍、三軍の部員のためにも、二桁の番号を持つ一軍メンバーのためにも、そして、後は落ちるしかないレギュラーの位置にいる自分たちのためにも、絶対に恥ずかしい試合は出来ない。

 日生の解散の合図で、方々散らばった。近くのごみ箱に一年生メンバーの名前が書かれている紙を躊躇なく捨てる安の背中を見て、望月は相変わらずおっかないな、と隣にいる藤瀬に同意を求めた。けれど藤瀬は無反応で、紙をじっと見ているだけだった。それにつられ、望月もなんとなく紙を見た。


「ミチさんはこの中で光利が一番センス良いって言ってたけど、どのみち藤瀬の敵じゃないな」

「でも、九人の中で一番危ないのは俺ってことだろう」

「……おいおい。自信ないとか言うんじゃないだろうな」

「そうじゃないよ。ウチは日生さんが中心だから、マウンドを争うってなるとどちらが日生さんとバッテリー組むのに相応しいかが基準になる。俺は剛速球投げてバッターを三振にとるタイプじゃないけど、日生さんのリードと相性がいいのは俺のほうだと思ってるよ」

「なら、何でさっきから慎重になってんだ?」

「光利はこの試合に勝ってレギュラーになろうとしてるんだろ。ということは、俺を蹴落としてエースを狙ってるってことだ。一年で一番センスのある奴とマウンドを争うんだから、慎重になって損はないだろ」

「……相手は監督を知らねぇオッサン呼ばわりした、ただの馬鹿だろ。その馬鹿のレギュラー宣言をいちいち真に受けんなよ。まあ、俺がサポートするから安心してろ」

「……守備力ないからレフトのくせに」

「うるせーよ!!」


 藤瀬のポジションを狙っている栄人の夢、それが絶たれた瞬間を望月は見たような気がした。岩本は油断するなと言ったが、隣にいる天才ピッチャーは隙すら見せないのだから、勝利以外の試合結果がますます想像出来なくなった。

 九人の中で一番危機を感じている藤瀬に違和感がありながらも、望月はそれ以上深く考えなかった。

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