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彩季時代  作者: 霜土井
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012.卵色 / 軟派男と孤独女の再会

 女子ばかりの教室内は分裂化が進み、入学して数日経った今、それも大体五から六のグループに定まってきた。派手めの女子が集まっているグループ、派手でも地味でもない女子が集まっているグループ、眼鏡率の高い地味な女子が集まっているグループ、同じ部活グループ、同じ中学だったグループ、同じ塾だったグループ。柊はどのグループにも属していなかった。

 そもそも、ほとんどの人と話せていなかった。少しぶつかっただけで土下座する勢いで謝罪されたのも、掃除しようとしても私がやりますと雑巾を奪われたことも、自分がクラスメイトにとって近寄りがたい千歳ブランドを背負っているからだろう。どう接していいのか分からない彼女たちに対し、柊も勇気を出して話しかけてみるものの、真性根暗な柊から一気に距離を縮められるような気の利いた言葉が出るはずもなく、好転しないままだ。

 それより、下手に新入生代表をしてしまったせいで、末っ子柊も姉たちに劣らない特別な人なのかと周囲に思われていることが、柊にとって何より厄介だった。

 頭は悪いほうではないが、椿のように特別良いわけではない。入学式第二部(体育科、家政科、看護科)の中で入試成績二位だっただけで、偏差値の高い学科(特別進学科、普通科、国際科)が集まった中で成績上位だったわけではない。けれど、新入生代表のインパクトが強かったせいか、周囲は事実に想像の皮を被せて、千歳グループご令嬢に相応しい千歳柊像(椿のミニチュア像)を作り上げている。

 特別ブスなわけではないが明らかに姉たちより劣っている外見を見て、先月まで中学生だったのだから幼く見えて当然かもしれない、彼女たちと同じ血が流れているのだからこれから綺麗になっていくのだろう、能ある鷹は爪を隠すとはこのことかと、寛大な勘違いをしている野次馬たちは、柊を一目見ようと連日教室前に群がっている。それを見るクラスメイトたちは、あんなに大勢の人から注目を浴びている千歳さんはやっぱり凄いんだと思い込み、悪循環が止まらない。

 どれも中学に入学した時と同じパターンだった。最初の中間テストの順位発表で学年総合成績三位を取ってしまったばかりに、千歳柊像のハードルを自ら上げてしまったことも、掃除も最初ろくにやらせてもらえなかったことも、三年前の記憶がそのまま再現されているようだった。

 このまま忠実に再現されるならば、クラスメイトたちは自分の無能にそろそろ気づく頃だ。ところどころ千歳柊像の皮がめくれ、ぼろが出てくる。そこを、ちやほやされ続けている自分を面白くないと思っている派手め女子グループは見逃さないだろう。中学の経験上、たまに刺さる不快の視線は柊の勘違いではない。決定的なぼろが出れば、そこを狙って攻撃されそうだ。

 柊の中学時代を一言で表すなら、孤独だ。千歳ブランドが背景にあるせいかいじめにまでは発展しなかったが、クラスの中心グループから攻撃を受けて、柊は属していたグループから孤立するようになった。

 その過去が、今、柊に馴染んでいる。友達が欲しくないわけではないが、学校生活の孤独に慣れているため、友達を作る積極的行動が欠落しているのだ。自分の無能を知り、攻撃の飛び火が来ないよう、離れていく友の背中を見る空しさ。それを思い出すと、傷つく資格を手放したとはいえ、つい孤独を選んでしまう。

 柊は家政科棟と看護科棟の間、その裏にある、今は使用されていない更衣室の傍にいた。教室前に群がる野次馬から逃れるように彷徨っていると、ここに辿り着いた。人通りの少ない、いや、人通りのない空間だった。それなのに、木製のベンチが都合よく置いてあるのだ。

 そこに座り、柊は弁当を食べていた。女子生徒の楽しげな声が遠くから聞こえてきて、ここは夢高ではない別の場所なのかと錯覚してしまう。まさにここは孤独の空間。柊はそう思った。

 ネガティブな未来を勝手に作り上げ、自分でなんとかしようともせず、クラスに馴染もうとしない柊。夢高ではない別の空間に一人でいるだけの、ここ数日の高校生活を思い、柊は苛立った。もちろん自分に対してだ。

 夢高に来たはいいが、結局自分は何をしに来たのか。何度も自分に問いかけているが、答えを出せないまま、柊は今日も孤独に甘えている。



     ◇



 野々松を連れて、栄人は家政科域に入った。通称女子科の一つだけあり、女の子ばかりだった。女子率の低い体育科の男連中にとって天国のような場所だろうと思いながら、栄人はたまにいる男子生徒を目で追った。あの子なんかいいんじゃね? と連れてきた友人と相談し、可愛い子を探しては、メアド教えてなどと声をかけている。


「なんて軟派な奴らなんだ!」

「……お前、人のこと言えんのか」


 栄人は、一年生選抜メンバーに選ばれたことを柊に知らせにやって来た。彼女の携帯番号やメールアドレスを知らないのだから、直接会って伝えるしかなかった。女の子に会いに来たという本来の目的は彼らと同じだが、メンバーに選ばれたこと、あの約束はまだ繋がっていることを伝えに来ただけで、自分は健全だ、あんな軟派な連中と一緒にしないでほしいと野々松に訴えた。今まで軟派な男を嫌っていた分、栄人の弁解は力が入った。それを野々松は、はいはい、と言うだけで相手にしなかった。

 そんな野々松を連れて、栄人は家政科一年二組を目指した。

 夢高は学科が十もあり、それぞれの学科の象徴色に合わせて、ネクタイとリボンの色が異なっている。そのため別の科に行くとなると、異色のネクタイ、リボンはやけに目立つ。家政科の象徴色である黄色の中で、堂々と赤を身に着けている栄人と野々松はかなり目立っていた。ただでさえ女子科をうろついている男子は女の子目当ての軟派男と思われるため、俺たち体育科男子は女子をナンパしに来たぜ! と看板を背負っているかのように、二人は女の子たちから敬遠された。反対に男からは、お互い頑張ろうぜ、という意味でもあるのか、力強い微笑を向けられた。そのどちらも、栄人にとってなんとなく不愉快だった。

 自分は友達に会いに来ただけだ、やましい気持ちは一切ない。その確固たる目的と気持ちが、栄人の歩を進めた。



 一年二組の教室が見えると、そこには人だかりがあった。

 千歳柊ってどれ? 分かんねー。ここにはいないみたいだぞ。じゃあどこにいるんだ? 知らねーよ。とにかく、全然姉ちゃんたちと似てなくて、いかにも普通って感じの子らしい。

 言いたい放題見たい放題の彼らは、一種の観光スポットのように教室前で群がっていた。栄人はその群れを豪快にかき分け、教室内を見渡した。彼らが騒いでいるとおり、柊はここにいなかった。壁掛け時計を見ると、そろそろ予鈴が鳴る時間だ。日を改めてまた来ようかと思い、栄人は群れから離れた。

 付き合わせた野々松に無駄足だったことを詫び、二人は体育科に戻ろうとした。野々松の後をついていきながら、栄人は教室前に群がっている連中を呆れた目で見た。千歳柊はどこだと騒いでいる彼らは芸能人を捜しているかのように盛り上がっている。この中の誰も、柊個人に会いに来た人はいないようだった。

 その群れをじっと見ていると、傍にある大きな柱の影に、人がふと見えた。小さな女の子は柱の影に隠れつつ、一年二組の教室をちらちらと確認していた。あの群れを避けているのか、一向にその場から離れる気配はなかった。ボブヘアを揺らし、弁当箱を抱えるように持っておどおどしている。気づけば、栄人は彼女の名前を呼んでいた。


「柊!!」


 柱の影に隠れていた柊は、跳ねるように体をビクリと反応させ、声のしたほう、栄人のほうを見た。栄人と柊の視線が合うのは秋の見学会以来だった。栄人は手をぶんぶん振って柊のもとへ駆け寄った。

 あいつ今柊って言った? 千歳柊このへんにいるの? あ、いた、あの柱に隠れてる! 全然気づかなかった! 本当に普通だなー。でも新入生代表務めたんだよな。

 視線を大量に浴びているその意味も、その視線に困惑している柊の心情も、浮かれている栄人が気づくはずなかった。


「柊、久しぶり! 見学会以来だね!」

「あ、あの……その……」

「入学式で新入生代表やってて驚いたよ! 柊って頭良いんだね!」

「あの……す、すみません……もうちょっと声、小さめに……お願い……」


 汗をかきそうなくらい困り果てている柊に構わず、栄人は再会を実感していた。あの時言っていた通り、お互い夢高の制服を着てまた会えたのだ。メンバーに選ばれたことを加え、栄人はこれ以上ないほど、面白さに心を奪われている。

 話したいことがたくさんあった。俺は毎日野球漬けで頑張っているとか、そっちはどうとか、ボール持ってくれているかとか。

 ふと、浮かれていた栄人の思考が止まる。柊は千歳グループのご令嬢だ。そんな彼女にあの汚い軟球を無理矢理押しつけたことを後悔し、反省したのは数日前のことだ。栄人の額に、徐々に汗が滲み出てきた。


「あ、あの……今更だけど、あんなに汚いボール、無理矢理押しつけちゃってごめんね……でも俺、柊が千歳のお嬢様だって本当に知らなくて、悪気があったわけじゃないんだ……あの時の俺の気持ち分かってくれて、背中を押してくれた柊だから持っててほしいって思ったんだよ……」


 もごもごしながら、栄人は必死に弁解した。ずっと下を見ていた柊はようやく顔を上げ、栄人を真っ直ぐ見た。彼女の大きな目が少しだけ細くなり、口は弧を描いた。


「うん、大事な物を私なんかに預けてくれて、ありがとう。今もちゃんと、大切に持ってるよ」


 柊の柔らかい笑みは、栄人にとってどの女の子よりも可愛く見えた。浅黒い肌の下で急上昇する熱を自覚し、思わず手の甲で頬を冷やした。


「……お、俺、次の日曜、夢高の先輩レギュラーと試合することになったんだ。それで、久しぶりにマウンド上がれそうで……」


 舌が上手く回らない。何だこれ。こんなの初めてだ。どうしよう。何か言わないと。えーと。そうだ。暇だったら応援来て、これだ。


「……ひ、ひ……ひ……」

「うん?」

「柊のメアド教えて!!」


 栄人は、女子科をうろついている数人の男子生徒から、今度は尊敬の眼差しを受けた。

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