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彩季時代  作者: 霜土井
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001.純白 / プロローグ

 少年は夢路ゆめじ高校の正門をくぐれずにいる。

 正門から出てくる中学生たちが少なくなった今でも、少年の足は地面に貼りついたままだ。少年の影が伸びるだけで、立ち姿は代わり映えしていない。彼の立っている場所だけ重力が強いみたいだ。脇の詰所から見守っている警備員はそう思った。

 少年が今一番怖いものは夢路高校の境界だ。これを越えられない理由が握り締めている軟球にあるのか。警備員は頬杖をついたまま仕事(怪しい人間が出入りしていないか見張る)に励んだ。

 すれ違いざま、少年を好奇の目で見る中学生たちは、境界を臆することなく突き進んだ者たちだ。用事を終えて校舎を背にする彼らと、いまだ校舎を前にする少年は、強さと弱さを表しているように見えた。けれど、ぶるぶる揺れている軟球を見るとそれは違うように思えた。

 彼の代わりにサイコロを投げられるなら六くらい出してやりたい気持ちだった。けれど、彼の背を押す、もしくは手を引っ張る、その役は第三者がすべきではないと思い、警備員は椅子に座り直した。

 少年の影の横に少女の影が映った。中学生たちとすれ違う少女もまた、夢路高校の見学会に来た中学三年生かもしれない。かもしれない、とどうしても疑ってしまうのは、中学制服が似合わない幼い出立ち、それを助長するような小柄な外見だからだ。彼女もまた、境界を越えられない弱者かもしれない。鞄がぶるぶると揺れている。

 少年の隣に少女の影が並ぶのは初めてではない。彼女は、敷地に入らず、正門前で引き返し、しばらくしてまた正門前に戻る、といった行動を繰り返している。うろうろ歩き回り、境界を前にピタリと足を止める彼女も代わり映えしていない。

 けれど、目の前の光景だけが正解とは限らない。ある程度の年数を生きてきた警備員はそう信じた。そして何度目かの「頑張れ」を心中二人に送った。

 代わり映えしない二人のうち、先に変化を見せたのは少女のほうだった。何度も見ただろう少年の背中をじっと見て、両手をゆっくりあげた。ぶるぶると揺れていた彼女の鞄は、滑らかな動きで彼の背中に触れた。

 押せ! 警備員の心の叫びが届いたのか、少女は少年の背中を思い切り押した。彼女の押し技は見事成功し、少年は腹から地面に突っ伏した。派手な音をたてて全身の跡をつけた少年は、頬に土をつけたまま、今何が起こったのか理解に努めているようだった。

 対する少女の顔色は悪かった。おそらく、少年を一思いに押した自分の行動に青ざめているのだ。謝罪の言葉がかすれて、口をぱくぱくさせている。

 そんな少女に、振り向くように少年はゆっくりと立ち上がった。這い上がったその一歩、少女と向かい合ったその一歩が、ようやく、彼の夢路高校第一歩記念となった。

 少年は少女と向かい合い、言った。


「ありがとう! 君のお蔭で夢高にやっと入れたよ!」


 今度は警備員が地面に突っ伏しそうだった。椅子からずれ落ちた尻を直し、もう一度頬杖をついて二人を見守った。

 少年は少女の手を掴んで乱暴な握手を交わした。その反動で、少女はあっさり夢路高校の敷地に入った。呆然と立ち尽くす彼女に関係なく、少年は礼を言うだけ言ってさっさとその場から去ってしまった。

 立ち尽くす少女。足元を見て顔色を更に真っ青にしたが、夢路の地を踏みしめるように一歩一歩と慎重に歩いた。


「何だ? この汚いボール」


 転んだ拍子に彼の手から零れたのだろう、軟球がころころ転がっていた。それを、帰り途中の中学生が蹴ろうとした。

 蹴ろうとした。目的が達成されなかったのは阻まれたからだ。何に、誰に。境界を越えた少女に。

 警備員は大きく息を吐いて背もたれに体重を預けた。先輩、仕事して下さいよ、と言う新人に、ちゃんとしてるよ、と間延びした声で答えた。

 何も言い返さない新人を背に、警備員は二人の顔を頭に焼きつけた。


「頑張れ」


 心の中で何度も呟いた言葉を、今度は口に出して言った。新人のついた溜息は、二人のスタート音に聞こえたような気がした。少女に背を押されて夢路高校に入った少年と、少年に手を引っ張られて夢路高校に入った少女の、助け合い成長する始まりを、警備員は確かに見た。

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