表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
95/261

第4話 雨の中で~1~

夜が明けて少したった頃。まだ日が上がりきらず、窓から差し込む日の光が強い中。


右手を閃かせ、剣が走る。突きの要領で放たれたいくつもの斬撃は、対戦者の体を貫かんとばかりに襲いかかり、相手はそれに対し法陣を展開させ、突きを全て受け止めてしまう。


「……ッ」


法陣によって突き全て受け止められた金髪の少年は、悔しげに顔を歪めて一気に後退。相手との距離を開ける。ーーそうでなければ、次の瞬間穴だらけになるのだから。


「そこだッ!」


彼が引くと同時に、間髪入れずに相手が手に持ったごつい二丁銃から銃弾をばらまく。銃口から放たれたいくつもの銃弾は、彼がいた場所を穿ち、しかし何も当たらずに後方へ流れていく。ーー大きく横にそれて銃弾をかわしたのだ。そしてそのまま、金髪の少年は下方向から剣ーーレイピアを突き上げる。


しかし、その一撃はあっけなく躱され、対戦者である茶髪の青年のような少年(青年に見えるほど背が高いが、少年とは同い年である)は、自らに接近してきた相手に銃口を向けてきた。


「っ……!!」


自らの眼前に飛び込んできた銃口。それに肝を冷やし、しかし彼は敢えて相手に接近する。


「しまっ……!!」


そこで、相手は自分のミスに気づいた。超接近戦インファイトに持ち込まれれば、得意の射撃は活かせず、無用の長物と化す。


「………ッ!!」


無言のまま、しかし鋭い呼気とともに放たれた一撃は、誰の目から見てもわかるほどの冷気を纏っていた。レイピアの刀身に霜が纏わり付き、触れたら冷たいどころの騒ぎではない。軽い凍傷を負うことになるだろう。


「く……らうかっ!」


「っ!?」


そんな危険きわまる突きを、茶髪の銃使いは獲物である二丁銃を使ってそれを反らした。そして、その際の反動も利用して一気に後退、レイピア使いと距離を取る。


距離が開いたその時に、レイピア使いは追撃を仕掛けず、ゆらりと突きの構えを解き、顔を上げてにやりと笑みを漏らした。


「やるな、マモル。まさかあのタイミングで躱すとは思ってもみなかった」


銃使いに賞賛を送る金髪の少年ーーアイギットの言葉に、マモルと呼ばれた青年のような少年は、肩をすくめて苦笑する。


「それはどうも。それにしてもアイギット、お前だいぶ銃使いになれてきたな? おかげで内心ひやひやされっぱなしだ……」


はぁ、とため息とともに両手を挙げて参ったとばかりに疲れた表情を浮かべる。そんな彼を見て、アイギットは意地悪そうな笑みを浮かべて、


「それは、こっちの勝ちと言うことで良いんだな?」


「いや、待て。誰も負けを認めた覚えはないぞ! 何でそう飛躍する!」


ブンブンブンと首を振ってマモルは否定。しかし、そんな彼にさり気なく近づいてきたアイギットは、冷気を纏ったレイピアをのど元に突きつけた。


「はい、これで一本」


「………これは、ノーカンだろう?」


「勝ちは勝ちだ」


いきなりの不意打ちに頬を引きつらせるマモルだが、彼は容赦ない。にっこりと微笑む彼に、マモルは怒りがこみ上げーー


「……逆転勝ちだ!」


「……お前……!!」


銃口をぴたりとアイギットの額に当て、にんまりと邪悪な笑顔を浮かべてマモルは囁いた。その一言に、負けず嫌いのアイギットも、頬を引きつらせ始めた。ちょうど、先程の構図が真逆になった様子である。


「ちょ、マモルッ! それは卑怯という物だろう!」


「お前が言うかッ!? 先にやったのはアイギットだろうが!」


「あれはまだ組み手が終わっていない時にやったことで、油断してたマモルが悪い! それに、お前がやったのは俺の二番煎じで、しかも組み手が終わってる!」


「組み手は終わったなんて、誰も一言も言ってないだろうがッ! それに、二番煎じだろうが何だろうが、やった者勝ちなんだよ!!」


「……あー、二人とも。そろそろその辺で……」


『タクトは黙ってろ!!』


「……はい……」


二人の口げんかに割って入った第三の少年は、二人の剣幕に押され押し黙ってしまう。やや長めの黒髪を後ろで縛った、中性的な顔つきをした少年である。二人に怒鳴られ、うっと怯み後退。眼前でけんかを再開する二人にそっとため息をついた。


「元気だなぁ、二人とも……」


呆れが多分に入ったそのため息が、些細なことで喧嘩を始めた二人に聞こえるはずがなかった。


喧嘩が一応の収束を見た頃には、日はようやく昇りきったところだった。




ーー波乱に満ちた神霊祭が終わりを告げてから、一ヶ月が経過していた。その間、フェルアント本部からの、謎の侵入者に対する続報はなく、静かな毎日を送っていた。どうやら、完全にぷっつりと姿を消してしまったようである。あれ以来、その影すらつかめていないのだとか。


タクト自身は、その謎の侵入者とやらを見てはいないため(後から聞いた話では、自分の前に現れたそうだが、その時タクトは気絶していた)、よくわからないが、聞いた話によると尋常ではない相手というのは漠然とつかめた。


少し前に、気になって実家の方に連絡を飛ばしてみて、叔父である桐生アキラも消息がつかめていないと首を振っていた。おそらく、そのことも彼に”興味を抱いた”一因だろう。


あの黒い泡ーー侵入者はダークネスと呼んでいるらしいーーによって暴走したミューナをあっさりと打ち倒したこともさながら、何よりもタクトが興味を抱いたのは、”呪文の無詠唱による魔術の行使”。証に触れた炎や土、といった制限があるようだが、それでも興味を抱かずにはいられなかった。


なぜなら、もしかしたらそれにはーー。


「あ、タクト先輩っ!」


第二アリーナからフェルアント学園の校舎に戻る道中、不意に名を呼ばれて思考に耽っていたタクトは現実に引き戻された。声のした方へ視線を送ると、ここ一ヶ月で少しだけ伸びた緑髪に、嬉しそうな笑顔を浮かべた一人の女子生徒がいた。


手を振って自己主張する彼女に対し、タクトも思わず微笑みを浮かべて手を振り返す。


「ミューナ、おはよう」


「はい、おはようございます、先輩! それに、ファールド先輩に宮藤先輩」


近寄ってきた彼女はタクトに向かって一礼をし、その次にアイギットとマモルの方へ視線を送り会釈をする。二人も口々におはようと言いながら、マモルは笑顔を浮かべた。


「おはよう、ミューナちゃん。朝から早いね」


「それを言ったら、先輩方の方が早いですけど。何やっていたんですか?」


「ああ、俺とこいつで組み手だよ。今日は白星あげて来た」


「……おい?」


彼女の疑問に、アイギットが隣のマモルを指さし、微笑みながら言い、対するマモルは笑顔を浮かべたままいつもよりもトーンの低い声で呼びかけた。また先程の喧嘩が始まるのか、と思ったタクトだが、めんどくさくなったのか二人を放置してミューナとの会話を続けた。


「僕たちもあれだけど、ミューナも早起きだね。そういえば、君もしょっちゅうアリーナや校舎の裏にある森に来てたりするけど……何かの修練?」


会話をして、ふと疑問に思ったことを問いかけてみる。実際、タクトが裏手にある森の中で、魔力操作の練習をしていたり、アリーナでマモルやアイギットと組み手をやっていたりすると、たまに彼女がやってくるときがあるのだ。


すると彼女は、一瞬言葉に詰まったように目を背けると、頬をやや赤く染めてもじもじと呟き始める。


「あ、その……修練、もあるんですけど……あたし、いつも早起きなんですよ。それで、朝起きて、部屋の窓から外を見ると、いつもタクト先輩が森やアリーナの方に行くのを見かけるんで、気になって……」


「そ、そうなんだ……。……ちょっと、恥ずかしいところ見られたかな……?」


「そんなことないです! いつも一生懸命なところ、すごく尊敬します!」


彼女の言葉にタクトは若干頬を引きつらせながらも、うれしさを含んだ笑顔を見せる。先輩として、後輩に尊敬されると言われれば嬉しいのだろう。頭をポリポリとかきながら、


「あ、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。……そ、それより、僕たち一度、寮に戻るんだけど、ミューナはどうするの?」


「あ、戻っちゃうんですか? う~ん、今日は間に合わなかったです……」


「まぁ、仕方ないね。……何でか、今日に限って終わるのが早かったし」


「? そうなんですか?」


ミューナの疑問に、タクトはうんと首を振りながら険悪な空気で互いをにらみ合っているマモルとアイギットに視線を送る。普段は仲が良いのだが、いつも変なところで互いに意地を張り合っている。今回も、その例に漏れなかった。


「いつもだったら、朝食の時間のちょっと前ぐらいまでやるんだけどな……。何でなんだろう?」


「………さぁ? それよりも……」


首を傾げて、タクトは後輩に呼びかけるが、ミューナもわからないとばかりに首を傾げた。次いでタクトの方を見やり、何かを言いかけて、ふと口をつぐんだ。急に押し黙った彼女に気づき、タクトはミューナの方へ視線を投げかける。


「どうしたの?」


「……その、タクト先輩。何か、疲れてませんか?」


「……大丈夫だよ」


ふと見たタクトの表情に、疲労の色が色濃く出ているように感じられ、そう尋ねてみた。すると彼は、何が、とも、何で、とも聞かず、ただ一瞬の間があった後に、苦笑は浮かべながらただ「大丈夫」とだけ答えた。それはまるで、自らに言い聞かせているように、ミューナは感じられた。


「あの、せんぱーー」


「あ、ミューナ!」


何かいやな予感を覚え、不安げに瞳を瞬かせる彼女はタクトに向かって問い詰めようとしたが、ちょうどその時に自らの名を呼ぶ声がして、タイミングを逃してしまう。二人は声のした方向を向くと、そこからやってくる、ミューナつながりでここ最近見知った少女を認めて、彼女は表情を綻ばせた。


「ミレイ!」


近づいてくる少女に向かって、ミューナは彼女の名を呼びかけた。すると笑顔を見せる彼女とは逆に、やや怒った様子を見せるミレイと呼ばれた少女は、近づいて来るなり開口一番、


「もう、朝起きたんだったら起こしてくれたって良いじゃない!」


「ご、ごめんごめん。でも、ちょっと急がないとって思ったし。それにミレイ、すごく気持ちよさそうに寝てたから……」


やや不機嫌そうに頬を膨らませてやってきた、眼鏡をかけているミレイはふくれっ面のままミューナに文句を言い始める。ミューナは苦笑いを浮かべながら頭を下げ、そんな彼女にミレイは、眉が描く角度を急激に深くしながら、


「……お気遣いどうも。でもそんなのいらないから、普通に起こしてくれたって良いのに」


「だって、無理矢理起こすとミレイすっごく怒るじゃん……」


「それはあんたの起こし方が悪いの! ……って、あれ? 桐生先輩? それに、ファールド先輩に、宮藤先輩? 何で生徒会の方が、ここに?」


頭痛がするのか、頭を押さえながら親友に向かって吠えるミレイ。そして彼女は、ようやく周りを見る余裕が出てきたのか、今までスルーしていたタクト達に気づき、きょとんとした顔つきで首を傾げる。


「はは、おはようミレイ。……いつもミューナの世話、ご苦労様」


「いや、もう幼少期からの付き合いなので、慣れましたけどね、この子の世話は……。それよりも、何で先輩方はここに?」


ミューナとは幼少期からの親友、つまり幼馴染みというミレイ。だからだろうか、普段は大人しく人見知りがちなミューナが、彼女に向かっているときは他人とはまた違った、やや砕けた接し方をする。


実を言うとミューナ、タクトはともかく、マモルやアイギットとまともに話せるようになったのはごく最近のことであったりする。ーー生徒会女性陣二人は例外のようだが。


「まぁ、朝練をちょっとね」


「……あれは、ちょっととは言わないと思うんですけど……」


タクトの端的な答えに、ミレイは若干頬を引きつらせて彼の背後に向かって指を伸ばす。彼女が指さした方向には、先程のことをまだ根に持っているのか、互いに証まで取り出して先程の続きをしようとしている二人の姿があった。


「てめぇ、アイギット……いや、非ぃリア充! 今日こそきっちり落とし前つけてやる!!」


ダンダンダン、と炎や雷を纏った銃弾を連射しながら叫ぶマモル。


「それはこちらの台詞だ!! それと、彼女がいるからと、調子に乗るなあぁぁぁ!!」


彼が放った弾丸を、全てレイピアでたたき落とすという離れ業を披露してみせるアイギット。怒り故か、普段ならとうてい出来ないことを行いーーというか、その技術を常に生かそうーー、そして叫ぶ彼の絶叫は思わず涙を誘う。


「ファールド先輩……結構一学年では人気あるんですけどね……」


「何でだろう? アイギットの恋愛がらみの話は、全くと言って良いほど聞かない……」


ミューナがぽつりと呟いた一言に、タクトはう~んと首を傾げながら、二人の乱闘に視線を送る。


「……てか、桐生先輩。止めないんですか?」


「さっき止めようとしたら怒られた。だからもうやだ」


ミレイの鋭い突っ込みに、タクトは憮然としたままで返すのであった。




朝食の時間が近づけば勝手に止まるよ、とタクトは言い残し、一人で寮へと戻って行ってしまった。そのあと、ミューナとミレイは、しばらくマモルとアイギットの喧嘩を見続けていたのだが、やがてただ見ているのも飽きてきたので、寮へと戻り始めていた。


二人の先輩の喧嘩を見ていて、よくあれで疲れが残らないな、とミューナは感心してしまう。隣を歩く親友も同じことを思っていたのか、はぁっと深いため息をつきながら、


「全く、あの先輩方はどういう体の構造をしているんだろうね? 朝からあんなハードな朝練をして、よく体が持つよねぇ……」


「はは……でも、だから生徒会に入っているんだよ。学園の生徒会って、結構大変な役職だから」


「だからって、余計に疲労を大きくさせてどうするのって話! 特に桐生先輩!」


肩をすくめて信じられないと笑うミレイとは対照的に、ミューナは心配そうな表情を浮かべながら首を振る。


「そうだよね。タクト先輩、なんか元気なかったし……」


「そうそう。ただ単に、疲労が残ってるってわけじゃなさそうだったし……そういえば、ちょっと聞きたかったんだけど……?」


「? 何?」


訝しげに眉をひそめるミレイに対し、彼女は首をかしげて疑問を待つ。するとミレイは、


「あんた、何で桐生先輩だけ下の名前で呼ぶの?」


と、爆弾を落としていった。--普通なら、十分爆弾だろう。しかし、


「仲良くなったからだよ。先輩優しいし!」


満面の笑みで、その爆弾を投げ返してしまった。あっさりと、何の躊躇もなくそう言われてしまえば、ミレイとしても「あ、そ、そうなんだ」と苦笑いを浮かべるしかできない。


(……なぁんだ、てっきり”そういうこと”なのかなって思ってたのに……ちょっと残念)


面白い話が聞けると思ったのに、とミレイは残念がる。ミューナの行動は、好きな人が出来たときの少女そのものだったため、半ば期待していたのだが。どうやらタクトには異性としてではなく友としての親愛しか感じていないらしい。


「……それにしても……嫌な予感がするなぁ……」


「? 何で?」


ミューナは寮の方へと視線を送るが、その金の瞳は何も写していないように見える。彼女を見てそう思ったらミレイは、首を傾げて問いかけた。


「だって先輩……疲れてるように見えたし、それに……」


そこで彼女はいったん言葉を切り、真剣なまなざしでミレイを見やる。その視線にさらされ、彼女は首を傾げかけるが、続けて呟いたミューナの言葉に、ハッとして瞳を大きく見開かせた。


「今の先輩……”あのときのあたし”と、そっくりの目をしていたんだよ?」


「……え?」


あのときのあたしーーその言葉の意味を理解しているミレイは、ただそう呟くことしか出来なかった。


一月前の神霊祭のときーーいや、それより以前から、彼女の様子がおかしかったのは理解している。だがそれは、黒い泡状の呪根ーーミューナが言うには”ダークネス”と言うらしいーーによって精神汚染されていたのだ。


ダークネスが彼女に宿った影響で、強烈な憎しみと怒りを植え付けられ、ミューナはその性格故かその心情を必死に押さえ、たった一人で抱え込んでいたのだ。後になってそのことを知り、大変な状況になっていると言ってくれなかった彼女に怒りもしたが、気づかなかった自分にも腹が立ったりした。


結局、神霊祭のときに呪根はあの謎の人物によって持ち去られたようで、今となっては呪根の影響も全く受けておらず、そのことには安心し、謎は残ったが平穏に終わったのだなと思っていたのだが。


「い、嫌なこと言わないでよ! きっと気のせいよ! 先輩、ただ単に疲れているだけだって! ほら、生徒会って忙しいみたいだしさ!」


だが、はっきり言って彼女の取り越し苦労だろう。ダークネスは謎の人物が持ち去ってしまったのだ。経緯はどうであれ、この学園にはもうダークネスはないのだから。


「……だと、良いんだけど」


ミューナも、ミレイの言葉を是としたのか、頷くも、やはり心の中で燻っている不安を、打ち消すことなど出来るはずがなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ