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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
94/261

第3話 刀と拳と剣と~6~

……前話、および前々話のタイトルミス、今まで気づかず(汗


し、修正入れときました~(汗

ーー結論から言うと、神霊祭は中止となった。開催して一日もたたないうちに取りやめとなったことに対して、市民からの少なくない非難はあった物の、本部が下した命によりその非難は沈静化した。


曰く、『フェルアント学園に侵入した謎の不審人物が、開催中であった、生徒による戦技披露会に乱入。それにより生徒二名が意識不明、教師や見に来ていた観客が軽傷を負った。また、不審人物はフェルアント本部”未登録”の精霊使いであり、同時に正体不明の危険物を所持している模様』とのこと。


この知らせの、特に後半部分に市民は響いたのだろう。未登録ということは学園に入っておらず、きちんとした教育がなされていない。早い話、野蛮人の仕業か、と吐き捨てるように言う者もいるという。


正体不明の危険物ーーこれはダークネスのことである。が、ダークネスを含めた神器については、その特異性から市民に知らせるのは危険だ、ということで機密情報となっている故、そのような表現がなされたのだという。


神霊祭がたった一日で終わってしまった、ということを抗議しに本部前に来た市民も、そのような説明を受け(神器のことは伏せられて)、さらに犯人確保に全力を尽くす、ということを言われ、ようやくきびすを返したのだそうな。


ーーということを、桐生タクトは学園の医務室のベッドの上で聞かされているところだった。


「というわけで、本来ならまだ神霊祭の間だけど、この二日間はお休みと言うことになったんだ」


「へ、へぇ……」


事情を聞かされるが、丸一日ほどベッドの上で眠っていたタクトの、半覚醒状態の頭ではろくに入ってこない。一つにまとめていた髪を下ろして、眠たそうな顔をするタクトを見やり、説明していたレナははぁっと大きくため息をついた。


「あのねぇ、丸一日寝ていてまだ眠いの?」


「……なんか、すっごくいやな夢を見た気がするんだよ…………覚えてないけど……」


上下左右にふらふら揺れる彼を見て、タクトが目を覚ましたと伝えられたときに、真っ先に駆けつけたマモルは、肩をすくめるだけ。


「さっきからこの調子なんだよ。一体、どうしたんだか……」


「タクト、ようやく目を覚ましたって?」


マモルが呟くと、間を置かずに医務室の扉が開かれる。そこから現れるのは、軽いくせっ毛のある少年、アイギットだ。その後ろには、にこにこと笑みを漏らしているコルダの姿もある。そんな二人に、タクトは未だに寝ぼけ眼のまま、やぁっと片手をあげた。


「二人とも、久しぶり……? なのかな……?」


「……とりあえず、冷水浴びて眠気を吹き飛ばすか?」


「そ、それは流石に……一応けが人なんだから……」


めちゃくちゃ寝ぼけているだろう彼に、容赦なく冷水を生成しようとするアイギット。その行動に、レナは首を振りながらやめさせる。が、アイギットの後から入ってきたコルダは、にこにこ顔のまま気になることを口にした。


「この状態だと、ちょっとめんどくさいことになるかもねぇ~。ま、タクトのことだし、多分大丈夫でしょ!」


「何を言っているんだ、お前は?」


「何でもないことだよ、フジ!」


思わせぶりなことを口にし、表情に浮かぶ笑みも相まって、まるで何かを企んでいる気配がびしびしと伝わってくる。が、マモルとしてはここ最近呼ばれていなかった愛称で呼ばれ、げんなりとした表情を作り上げる。


「ずいぶん懐かしい呼び名を引っ張ってきたなぁ。まぁいい。それより、生徒会の方は良いのか?」


「フォーマっちががんばってくれてるよぉ~」


「……後で何か差し入れ持ってくか」


今頃生徒会室で一人黙々と(あれはあれで以外と怒りっぽい性格なので、内心憤慨しているだろう)作業をこなすフォーマの姿が思い浮かび、マモルは何か持って行こうと決心する。ちなみに生徒会、神霊祭が中止となってその後始末などで大忙しである。


ここに生徒会が四人(タクトは医務室に入室しているため含まれない)もそろっていて良いのかと問い詰めたくなるが。幸いと言うべきか、アイギットが苦笑してフォローを入れる。


「差し入れは持ってった方が良いな。ま、今回はフォーマ先輩に言われてここに来たというのもあるけどさ」


「? 先輩から?」


と、マモルの次に医務室にやってきたレナは、聞いていないのか不思議そうに首をかしげる。その様子に、コルダはうんと頷くと、


「そうか、レナは外の方で仕事してたもんね。実は、フォーマ先輩からある人の付き添いをやってくれって頼まれてさ~。多分、レナがすぐ帰ってくるから、こっちは大丈夫なんだろうと思ったんでしょ」


「あてが全く外れたわけだけどな」


アイギットがにやりと笑みを浮かべて言い、それにレナはうっと言葉に詰まった。申し訳ないことをしたと思っているのだろう。そんな一同を寝ぼけ眼で見やっていたタクトは、ようやく覚醒しだしてきたのか、目をこすりながらもコルダに問いかける。


「……付き添いってことは、誰か来ているの?」


「うん、さっきまでいたんだけど……まぁ入りずらいんだろうね。というわけで、私たちは撤収するよ~」


「あ、ちょっとっ!」


先程入ってきた扉の方にちらりと視線を送り、しかしすぐにコルダは笑みを浮かべたまま手を振ってレナを引きずり、退散する。驚いたレナは声を漏らすも、彼女は付き合わない。


それを見たアイギットも、同じようにマモルの肩をたたき、扉の方へ促した。彼は訳がわからないとばかりに首をかしげるが、引っ張られていくレナを見やり、ため息を吐いた後に、


「んじゃあな、タクト。しっかり休んどけよ~」


「う、うん、ありがとう……」


そそくさと退散していく四人を見やり、若干引きつった笑みながらも手を振って四人を見送る。が、四人が医務室から出たとたん、レナとマモルが驚いたような声を上げたのに、訝しげな表情を浮かべた。一体、誰がいるというのだろうか。


「……あ、あの……」


「……あ、どうぞ」


首をかしげるタクトの耳に、聞いた覚えのある少女の声が聞こえ、彼は瞳を見開いて驚きをあらわにする。そのせいで反応が遅れたが、すぐに我に返ると入ってくるよう促した。


「し、失礼します……」


小声で、しかもかなり萎縮した声音に、脳裏に浮かんだ人物とは印象がかけ離れすぎていたため、思わず人違いかと思わなくもなかったが、入ってきた少女を見てやはりあっていたと頷いた。


「あ、あの……その……すみませんでした、桐生先輩……」


入ってきた人物、ミューナ・アスベルは開口一番頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


「あ……い、いや、その大丈夫だよ、僕は」


一瞬にして頭が完全に覚醒し、タクトは頭を振りながら気にしていないと言うが、その言葉は通じていないようであった。彼女は勝手に、何も聞いていないのに言いつのる。


「そ、その、あたし、桐生先輩のことが嫌いって訳じゃなくて、意味もないのに何か怒りがこみ上げてくるって言うか、頭の中で囁き声が聞こえてきて、それでっ……あの、そのことは決して弁明って訳じゃないんですけど……あたしがやったことは、えぇっと、その……本当に、よくわからなくてっ!」


ーーうん、僕もわかんないや。意味不明な供述を続けるミューナを前に、タクトは同意して頷き、次いで苦笑しつつ彼女の供述を遮った。


「とりあえず、落ち着いて。僕は気にしていないから」


「……ほ、本当ですか?」


そう不安げに、上目づかいの涙目で彼女は問いかけてくる。その表情にうっと言葉に詰まりかけるが、すぐに首を上下に動かすと、ミューナはほっとしたように吐息を吐いた。


「あ、ありがとうございます……その、あたしを止めてくれて」


「……え?」


再度頭を下げて語りかけてきた、彼女の言葉の意味をはかりきれず、彼は素っ頓狂な声を漏らした。初めて会ったときとは大違いなほどの性格の豹変ぶりに、やや驚かざるを得ない。ーーが、教師達の話によると、いつもはこんな感じの、おとなしい性格なのだそうだ。


そのことを思い出しつつ、強引に納得していると、彼女は視線を伏し目がちにさせて、口を動かした。


「……あたしも、医務室で目が覚めたんです。それで、先生方からいろんなことを聞かされて……驚いたんです。あたしが、あんな……あんなことを、したなんて……」


「……もしかして、覚えてないのかい?」


独白を聞いていたタクトが、ふと思いついたことを口にすると、彼女はこくんと頷いて答える。どうも、本当に覚えていないようであり、


「……覚えているのは、先輩の一撃を受けて……確か、爪破……でしたっけ? あれを受けて、気を失ってしまったんです」


「……じゃあ、あれから先のことは……」


再び、無言で頷くミューナ。伏せられた表情からは瞳が見えないが、それでも必死に涙をこらえているのがよくわかった。


「……あたし、学園に入る少し前の夜に、ある人に会ったんです」


「?」


話の転換具合に、首をかしげるタクトだが、しかしミューナは構わずに続ける。ーーどちらかというと、誰かに聞いてもらいたい、という心情がありありと察せられる。


「その時、その人がわたしに何かを渡してくれたんです。黒い……矛盾しているみたいですけど、黒く光っている……これくらいの小さな石を。そして、その人は言ったんです。『これがあれば、君は強くなれる』って……」


「………」


人差し指と親指を丸めて作った輪を見せながら、彼女は語りかける。そして、タクトは話を聞きながら、それぐらいの大きさの、黒く光っている石に見覚えがあった。脳裏に閃くその心象に、冷たい物が走ることを自覚せざるを得なかった。


ミューナの話は続く。


「最初は、そんなわけはないって、ずっと思っていたんです。でも、その場で捨てるのもなんだかその人に申し訳なさそうで、持って帰ったんです。そうしたら次の日の朝、気がついたらその黒い石がなくなっていたんです」


そこで、タクトはようやく気づいた。彼女の体が、ぶるぶると震えていることに。その震えが、寒さからくる物ではないのは一目瞭然である。


「も、もういいよ……話したくなっかったら、話さなくても」


「……いいえ、先輩には、聞いてほしいんです」


あまりにも痛々しい彼女を見ていられなくなり、タクトは思わずベッドから上体を起こして、彼女の独白をやめさせようと手を伸ばす。しかし、ミューナ自身は首を振ってその手を拒絶した。


「……一番迷惑をかけた、先輩に……謝りたいんです……だから、聞いてほしいんです……」


「……っ!」


未だに俯いたままながらも、しっかりとしたその言葉を聞き、彼は目を見開いて伸ばしかけた手を下ろしていく。


「……いくら探しても、石は見つかりませんでした。……でも……でも、その日から……時々、意識がなくなることがあったんです。それは一時期で……入学して少し立ったら、今度は、見知らぬ誰かのことを、すごく……に、にくいって……っ。……その人は、何もしていないのにっ……! も、もう、あたし……訳、わかんなくなってっ!!」


そこでとうとう、彼女はずっと握りしめていた拳を開き、顔を埋めてしまう。そして、今まで耐えかねていた分がこらえきれなくなったのだろう、大きく泣き声を上げて泣き出してしまった。


「ごめん、なさいっ……! ごめんなさいっ……! ごめんなさいっ!!」


「……っ」


生々しい泣き声に、タクトは突き動かされたかのようにベッドから立ち上がり、彼女の背中に手を回して抱擁する。一瞬、彼女の体がぴくりと震えたが、それに構わず彼はその小さな背中を優しくなでてあげた。


「大丈夫だよ……大丈夫」


「………っう……うぅ……うあぁぁぁぁぁっ!」


タクトの口から漏れる声音は、あくまでも優しくーーだからこそ、ミューナの心にすとんと落ちていく。身長的に言えば同じぐらいの位置にあるタクトの肩に顔を埋め、彼女はくぐもった声で泣き叫ぶ。


タクトはその背中を、ただひたすらなで続けていた。


 ~~~~~


「……まさか、ジム先生のうんちくが、物の見事に当たるとは……」


「えぇ、私自身、驚いています」


やや閑散としている職員室、そこで自分の椅子に座ったままのジムが、真面目な顔で頷く。その表情を見たアニュレイトは、お前が犯人なんじゃないのかという軽口を飲み込み、肩をすくめて口を開いた。


「それもそうだが、まぁ驚きの連続だな。あの手紙の主があんな若造で、しかも未登録の精霊使いだったとは」


面をかぶっていて顔は見てないが、声の感じからまだ二十前後だろうと見当をつけている彼の言葉に、最初にジムに話しかけたシュリアは頷く。


「世界は広いものですね。全く名も知られていない人が、あれほどの力を得たとは……」


「にわかには信じがたいですが……この目で見た以上、信じざるを得ないです」


はぁっと深いため息をついて頭を抱えるのはジム。少し前なら、己の頭部を気にするところだが、もう今となっては別に構わない。自分も精神的に図太くなった物だな、と変なところで感心しつつ、一つ頷く。


「まぁ、あの侵入者については本部に任せましょう。どのみち、この件に関して我々に出来ることは限りなく少ない」


「……そうですね、それしかないです、か」


割り切ったジムの考えに、シュリアは不承不承応じる。確かに彼の言うとおり、転移によって逃げた彼の足取りは、学園の方ではとらえようがない。ここは、本部に任せざるを得ない、ということはわかっている。しかしーー


「……口惜しいです。生徒を傷つけられ、あまつさえその足を追うことすら出来ないとは……」


「……嬢ちゃん、言うな。俺らも同じ気持ちさ」


拳を握りしめて、悔しげに表情を歪めるシュリアの言葉に、アニュレイトも頭をかきつつも苛立ちを明確に露わにさせて呟いた。


しかし同時に、アニュレイトは思っていた。あのときの、黒衣の男の身のこなし。戦闘に置いてもあの身のこなしは大した物だが、彼の証である細身の剣を見る限り、真正面からの戦闘はどうも苦手なのではないか、という感想を抱いたのだ。


どちらかというと、搦め手系の戦闘、もしくは、”隠密行動”に向いているのではないか、と。この考えは、彼が長年異世界を旅して回った経験と勘から言えることであり、確かなことは言えないのだが、真っ正面からの戦闘を得意とするのならば、刀身が少し太くなるはずである。


また、後の調査で知ったことだが、学園の警備が彼の進入に気づかず、その上で彼が周囲の人間に悟られずに第二アリーナに忍び込んだ、という点からもそれが窺える。


しかし、例えそうだとしても、彼が驚異であると言うことに変わりはない。何せ、シュリアとジム、アニュレイトといった武闘派系教師達を相手取った上で無傷、さらにはシュリアを墜とそうとした。


その後も、英雄やら第零位やら、あげくには”特異点”とまで賞されるアキラと互角に戦ったという点を見ると、その考えもかなり怪しくなってくるのだが。


ともあれ、もしアニュレイトの予想通り隠密行動が得意ならば、彼を見つけるのは限りなく難しいだろう。何せ、相手は王の血筋の覚醒者ーー自然の加護を受けているのならば、易々と捕まるはずがない。


この時点でアニュレイトは、本部の調査が行き詰まることを半ば確信していた。


ーーしかし、この時点ではまだその先のことはわからなかった。その先ーー再び、フェルアント学園は彼とことを構えることになるとは。


 ~~~~~


ーーここは、どこだ?


唐突に、タクトは思う。ここはどこだと、あたりを見渡して、しかし何もない、真っ暗な空間。今彼はそこにいた。足下に目をやっても、一面の黒一色に、まるで落ちていきそうな心細さを感じたが、二本の足の裏から感じるしっかりとした足場がそれを否定する。


しばし呆然としつつ、やがてため息をつき、頭を抱えた。ああ、これは夢だなと、現実味の全くない黒一色故にそう悟る。ーーしかし。


『うあぁぁぁぁっ!!?』


「っ!?」


突如聞こえた悲鳴に驚き、思わずそちらに視線を送る。そして、そこで見た物に、彼は瞳を大きく見開かせた。


『あ……ぁぁ……っ!』


『タクト、タクトぉ……!』


ガタガタと体を震わせて、尻餅をついたまま恐怖に目を見開かせる、まだ幼い少年。その服や頬には、僅かばかりの血痕が飛び散っていた。少年が凝視するそこには、誰かのちぎれた”耳”がある。


必死に叫ぶのは、幼いながらも顔立ちの整った黒髪の少女。彼女は、白衣を着た男が率いる手下によって取り押さえられている。しかし、取り押さえながらも、彼女は必死にうずくまっている少年に向かって叫び続けた。


ーー今だからわかる。あの叫びは、助けてほしいからではない。少年が……彼のことが、心配だからだ。


『あぁぁ……う、あぁ………っ、ま、まってて……』


しかし、うずくまっていた少年は、少女の叫びを助けてほしい、という叫びと捉え、その叫びに答えるために、顔の右側面を押さえ、まだ幼い少年が持つには相応しくない日本刀を支えに立ち上がった。必死に痛みに耐えながら、彼は少女にそう語りかける。


『っ……!? た、タクト、やめて!』


押さえていた手を離し、そこから露わになるのは、赤い血がどんどんと流れる様子。その血は首筋に下り、肩に流れ、腕を濡らす。血が流れた場所は、例外なく赤い染みを作り出していく。


『……っ』


そんな、血を流しつつも自分に向かってくるタクトを見たレナは、彼の瞳から何を見たのか、息を飲んだ。


「…………」


その光景を見せられ、タクトは全身から汗が流れるのを自覚する。見せられた光景と、そのあまりにもリアルな感覚に、ここが夢の中だと言うことさえ、とうに頭から忘れ去られていた。


あれは、タクトのーー彼とレナ、マモルの幼い頃に起こった出来事。レナがフェル・ア・チルドレンだと言うことが判明し。そして、タクトが右耳を切り取られた場面。


自身の中でもう吹っ切れたと思っていたのだが。見せつけられると、全然吹っ切れていなかったことが判明する。微かに手がーー体が震えるのを、押さえられない。


『……トラウマ一歩手前、といった感じか』


「っ!? 誰だッ!!?」


いきなり、背後からかけられた声に驚き、そして彼にしては珍しく、相手も見ずに大きな声で怒鳴りながら振り向いた。それだけ、彼は動揺していたと言うことだろう。


しかし、そうして振り向いたそこには、誰もいない。ただ、一面真っ黒な空間が広がっているだけ。


「……今、のは……?」


幻聴か? と呟きかけた瞬間、まだ口にしていないそれを読み取られたかのように謎の声が空間に木霊した。


『……力が、欲しくはないか?』


「……な?」


呼びかけられる声に、タクトの指がぴくりと反応した。


『このとき、君は呪ったことだろう。自分自身の無力さを。守りたいと思った物を、己の力で守れなかった』


「……」


『覚えているだろう? この後、君たちを助けたのは君の叔父と従兄。……かわいそうに。二人に助けられたことで、君は二人に対する”劣等感”がいっそう強まった……』


「っ!? ち、違うッ!!」


謎の声の、確信に満ちた声音に、タクトははっきりと、大声で否定する。しかし、その声音は僅かに震えており、何より、タクト自身がーー


『違わないさ』


ーー一番、自覚していることだからだ。


不反応症候群。術式が全く反応しないというこの体質には、コベラ式にとってまさに天敵とも言える。なぜなら、術式が反応しないと言うことは魔法が使えないと言うことであり、またコベラ式は純粋魔力の行使を苦手とする。その点においては、彼は確かに劣等感を抱かざるを得なかった。


『それに君は、「無い物ねだりはしない」と良く言うが、それはつまり、”諦め”なんじゃないのかい?』


「ち、違う……違う……違うッ!」


続けて言われる声に、タクトは首を振り続けて否定する。違う、僕は、そんなこと、思ってーー


『”認めてしまえ”。楽になるよ……?』


「…………っ!!」




「……ぁぁぁぁあああああっ!! ……ハァ……ハァ…………ここは……医務室……?」


声にならない悲鳴を上げて、彼はベッドから起き上がった。そしてあたりを見渡し、今の状況を軽く整理して、ようやく落ち着きを取り戻す。


もう時刻は夜。ミューナとの会話が終わったのが昼ちょっと過ぎ。先日から寝ていたと言うことを考えれば、もうかなりの時間を就寝で過ごした計算になる。それだけ寝たのに、何故か寝た気がしない。


「……夢……」


タクトは柔らかいベッドの上で上体を起こしたまま、すっと顔を腕に沈めた。ーーいやな夢を見た物だ。しかも、そのすべてを覚えているからーー。


「…………」


ーーたちが悪い、とは言い切れなかった。何か、あの夢の中で大事なことを忘れているような気がしたのである。


真っ暗な空間、過去の出来事、謎の会話ーーそこまで思いだし、しかし最後の会話の内容が、思い出せない。タクトは知らずうちに、自分の両手に視線を落としていた。


医務室の窓から差し込む月光が、彼を照らしていた。

これでようやく、二年時の”序章”が終了です。


次回、(若干間が開きますが)二年時の第一章、開幕です。

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