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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第3話 刀と拳と剣と~2~


「な、んで……?」


タクトはただ目の前で起こっていることが信じられず、呆然としたままそれを見やることしかできずにいた。


目の前で起こっているそれーー起き上がり、前のめりになったミューナの体から溢れ出す、黒い泡。それを見やり、実況係の先輩は困惑の色を隠せずにいた。


『い、いったい何が起こっているのでしょう……? これは、黒い……泡? 滴? でしょうか、そのようなものがミューナ選手の体から溢れ出して……?』


首をかしげ、彼はちらりとタクトの方へと視線を向ける。すると、彼の様子から何か訳ありだと踏んだのだろう、やや声のボリュームを下げて問いかけてきた。


「桐生君、いったいこれは何だい?」


その声は、学園の放送機からは流れてこない。つまり、今彼は放送ようの術を一時中断しているのだろう。そう解釈しつつも、タクトは口を開かずに首を振って答えーーかわりに、片手で先輩を下がらせた。


「き、桐生君?」


「危ないかもしれません、下がっていてください。……それと、観客席には確か防御結界が張られてますよね?」


胸中に響く不安のままにそう言い、刀を正眼に構える。タクトの口調から、並々ならぬことを感じ取ったのか、真剣みを増した表情を浮かべてうなずき、


「あ、ああ、張られてはいるけど……君はーー」


君は、あれのことを知っているのかい、とは問えなかった。その前にミューナが、前のめりの状態から体を起こし、その瞳でタクトのことを睨み付けていたためである。


ーーそしてその瞳は、彼女本来の金の瞳ではなく、鮮血を思わせる禍々しい紅へと、色彩を変えていた。


「ひっ……!」


そのとたん彼女の体から発せられる気配に押されたかのように、先輩は短く悲鳴を上げて一歩下がった。それに、内心では彼と同じように下がりたい気持ちを懸命にこらえて、刀を握る手に力を込める。


「…………」


すさまじい威圧感を感じ取り、唇をかみしめるタクトの脳裏に瞬いたのは、半年以上も前の、あの事件のこと。特に、彼女の体から溢れ出す黒い泡ーーダークネスが生み出した黒騎士についてである。


あのときの黒騎士の瞳も、今のミューナと同様鮮血を思わせる紅色に染まっていた。しかも、類似点はそれだけではない。二ヶ月前の彼女との模擬閃の最中、彼女に向けて放った爪魔の一撃が、彼女に当たる寸前で硬化、消滅したときのことを思い出した。


魔力硬化現象ーーそれも、黒騎士が、ひいてはダークネスが有する力であることを。


ミューナの体から溢れ出す黒い泡。紅に染まった瞳。魔力硬化現象ーーその三つのことを統合すると、もはや結末は明らかであった。


彼女は、その身にダークネスを宿していた、ということ。


「……いつ、彼女はダークネスを?」


誰ともなく呟いたその一言は、近くにいた先輩には聞こえなかったのか、何も反応は示さなかった。代わりに、ダークネスを溢れ出したまま、ミューナがぐっと足をかがめ、次の瞬間思いっきり飛び出してきた。


「っ!?」


先ほどの突撃とは比べものにならないくらい早くなり、また放たれる拳の素早さも並ではない。その拳の一撃を、タクトはぎりぎりで展開させた白き法陣で受け止めた。


「まず……!?」


ーーしかし、受け止めた瞬間、盾代わりの法陣が一瞬で硬化、硬質な音を立ててあっさりと砕け散った。それを間近で見やり、つい失念していたと思い直したが、そのときには彼女の拳に殴り飛ばされていた。


「がっ………!!」


「き、桐生君!!? ひっ!?」


思いっきり殴り飛ばされ、地面に数回たたきつけられたタクトは、無様に転がったまま立ち上がろうともがき始める。先輩も、あっさりと転がされたタクトを見て駆け寄ろうとしたが、それより早く飛び出してきたミューナに軽く悲鳴を上げてどこかへと逃走を開始した。


その頃になってようやく、観客たちも事態のおかしさに気づいてきたのだろう、ざわめきに混じって悲鳴がそこらへんで巻き起こる。


「な、なんだあれは……!!」


「あれ……半年ぐらい前の……フェルアントの街をめちゃくちゃにした、黒い影じゃ……!!?」


「落ち着いて……皆さん、落ち着いてください!!」


困惑した観客を鎮めようと、レナの声がかすかに響いてくる。しかし、彼女の声は大半の観客たちには届かず、観客席から席を離れる人たちが続出する。


「くっ……!?」


それを目の端でとらえながらも、タクトはダークネスの影響を受けているであろう彼女の追撃を、何とか交わすのが精一杯であった。


彼女の拳の威力は格段に上がっており、腹部を強打されたタクトは、うめき声を漏らしながらも立ち上がり、追い打ちをかけてきたミューナの拳を危なげに交わす。しかし、二撃、三撃と続いて打ち出される拳に、彼は追い詰められていく。


先ほどと同じように刀の反りで受け流しを狙っていきたいのだが、タクトはそのことについては思いつかなかった。というのも、受け流しについてはアキラが指摘していたとおり、無意識のうちに行っていたために、任意にできるわけではないのだ。


よほど集中したときに、勝手に体が動いたーーそのようなときにしか、あの受け流しは使えない。今のタクトは、腹部に食らった鈍痛のせいで動きが鈍り、思考を妨げられている。できるわけがなかった。


「く……そぉ!」


苦しげに呻き声を上げ、刀の峰に片手を当てて次々に打ち出される拳を防いでいく。だが、その拳は受け止めていくたびにどんどんと際限なく重みを増していき、数合打ち合った後はたまらず瞬歩を用いて彼女と離れる。


「………」


「……なっ!?」


だが、ミューナの反応はすさまじかった。至近距離で使われた瞬歩ーー彼女からすれば急に視界から消えたように移ったはずなのだが、その紅に染まる瞳はタクトを追って離れない。


ぞくりと背筋に走る冷たいもの。いやな予感がひしひしと感じる中、タクトの予想通り半秒遅れてミューナも飛び出した。


ありない神経の反射速度に目を見開くタクトだが、そんなことは関係ないとばかりに追従するミューナは止まらない。半秒ほど遅れて飛び出したはずのミューナとほぼ同時に着地ーーつまり、飛び出した彼女の早さは瞬歩を超えていた。彼女が発揮している魔力硬化現象により、いつもより早さが低下しているのも原因か。


だが、それを除いてもなお、戦慄するべき物があった。二人の足が地面についたと同時ーーミューナは呪文を唱えていたのだろう、風を纏った拳を、容赦なくタクトにたたき込み、彼を吹き飛ばした。


着地したとほぼ同時、つまりわずかな硬直を逃すことなく彼女は拳を打ち込んだのだった。条件は同じだというのに、硬直なしで拳を打ち込んだ彼女は、信じがたい体感操作を持っている。戦慄にも似たものを感じながら、しかし何もできずにタクトは会場の端にまで吹き飛ばされるしかできない。


「……っ!」


会場の端にある壁に叩き付けられ、痛みに呻きながら彼は真っ正面に視線を向けた。すると、そこで見たものは自分に向かって飛び込んでくるミューナの姿。その両拳には、風が渦巻いている。


「……くそ! 二之太刀、飛刃!」


無駄だと知りつつも、彼は吹き飛ばされても手放さずにいた刀を、真上に振り上げ、魔力斬撃を吹き飛ばす。だがやはりというか、想像したとおり真っ正面に打ち出された飛刃は、彼女の体に衝突する前に硬化、消滅する。


時間稼ぎにすらならず、突撃を続けるミューナはその早さを存分に用いてタクトに接近、拳に纏った風をそのままに打ち出し、それは彼がぎりぎりで掲げた刀に衝突。刀身がわずかに軋む音を立てるが、耐えてみせた。


ーー相性が、悪すぎる!--


壁にぺったりと背中をつけ、彼女の一撃と鍔迫り合いになりながら、タクトは表情をゆがめて内心叫んだ。不反応症、原因不明の症状により、魔力が術式に反応しないというハンデを背負ったことを、これほど歯がゆく思ったことはない。


術式が全く使えないために、タクトは純粋魔力に頼った戦闘しかできず、切り札ともいえる精霊召喚は、おそらく魔力硬化に阻まれ通用しない。


ミューナとーー否、ダークネスとの相性は、まさに天敵である。


「くっ……!」


「………」


呻くタクトと、無言を貫くミューナ。刀と拳のせめぎ合いの中、彼女は反対の手を開き、そっとタクトの腹部をなでるような柔らかな動作で軽く触れーーとてつもない違和感が体を襲い、目を見開く。


「っぁ……」


自身の中を引っかき回されるような、あるいは無数の虫たちが腹の中で蠢いているような、そんなどうしようもない違和感、不快感に顔を歪め、タクトは俯く。やがて、絞り出すような声で一つ呟き、


「はな……れろっ……!」


同時、不用心に近づいているミューナを思いっきり蹴り飛ばす。すると彼女は、その動きを読んでいたかのような素早い動きでタクトと距離をとった。


「……? っ……」


その動きの良さに、何か気になる点を感じたが、それについて深く考える前に先ほどの不快感がどっと襲いかかり、その場にドサリと膝をつく。


「……っ! あぁ………ぁ……!!」


不快感を押さえられず、胸をわしづかむが、どうにも止まらない。やがて片手を地面につき、冷や汗を流しながら意識がもうろうとしていくのを感じた。


これは、一体……?


必死に意識を保とうとするが、視界が薄暗くなっていき、目に映る光景がぼやけていく。黒く染まっていく視界の中、最後に見えた光景はーー


冷笑しながら自分を見下ろす、ミューナの笑顔だった。その表情に、先ほどまで確かに存在していた恨み、憎しみといった負の感情は、全くといって良いほど見当たらなかった。


ーーそして、そこでタクトは意識を失った。


 ~~~~~


「っ!? タクト!!?」


突如起こった出来事に、観客たちの避難誘導に勤めていたレナは、不吉な予感を感じて後ろを振り返り、膝をついて崩れ落ちたタクトを見たレナは、顔色を青ざめさせ、悲鳴を上げた。その悲鳴に、周囲の人たちを誘導するのを協力していたアキラ、クサナギの両名は目を見開いてそちらを見やった。


「なっ!? くそ、何があった!!」


「知るか、そんなもの!」


クサナギの問いかけにアキラはばっさりと切り捨て、ちっと舌打ちを一つはなった。このままでは、タクトの身が危ないということは、どう見ても明かである。ーーアキラは一つ頷くと、即座にレナに問いかけた。


「レナ、学園の教師たちは後どのくらいで到着する!」


「わ、わからないですよ! でも、まだ何も言ってこないですし、少し時間がかかるかも……!」


「そうか、仕方がない。……よく聞け、レナ、クサナギ」


ひどく狼狽した様子を見せるレナを見やり、問いかけの答えを聞いて先ほど脳裏に浮かんだ行動を起こすことにする。巻き込みたくはなかった、という思いが胸をよぎったが、今はそれどころではない。レナとクサナギにすぐさま指示を出す。


「レナはこのまま避難誘導を頼む。クサナギ、お前は今すぐ未花と風菜にこのことを伝えて、レナを手伝ってもらうように言ってきてくれ」


「了解した、我が主!」


「は、はい。それで、アキラさんは……」


彼のことを主と呼ぶクサナギに少々疑問を抱いたが、堂々と指示を出すアキラに頼もしさを感じ、レナはやや落ち着きを取り戻すのを感じていた。クサナギが宙をかけながら二人を探しに跳びだって行くのを見やり、即座に頷くと、厳しい目で闘技場を見つめる彼に、何となく答えを予想しながら問いかける。


「ああ、このまま我が愚甥ぐせいを助けにいく。……そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ」


レナの方を振り返り、彼女の表情を見て一変、優しい微笑みと少しの苦笑をにじませて言う。彼女が頷いて答えると、アキラは視線を観客席と闘技場を隔てる結界に目を向けた。


ーー予想したとおりの答えが返ってきて、レナはそっと息を吐く。だからこそ、彼がこれからやろうとしていることにも容易に察しがついてしまった。


「……さて、純粋魔力を使った結界なら……たやすいな」


ふっと口元を緩ませて左手を腰のあたりにやり、そこに法陣を一つ展開させた。そこから現れるのは、レナ自身数度しか見たことがないアキラの証であった。


形状は日本刀、柄や顎に少々の違いがあるが、全体的に言えばタクトのそれと酷似している。だが、唯一にして明らかに違う点が一つ。


それは鞘。タクトのものにはそれはないが、今アキラが取り出した刀の刀身は刃を守るかのように、その中に納められている。


左手で鞘ごと持ち、あいている右手で軽く柄を握る。そしてそのまま、彼の前で観客席と闘技場を隔てる結界を冷ややかな瞳で見やりーー


「霊印流六之太刀ーー天牙、発動」


ぽつりと呟くその言葉は、体内の魔力と空気中の自然魔力を結合させて生み出す、二重魔力によって魔力結合を分断する技の名。それを発動させたと言うことが一目でわかるかのように、アキラから感じられる威圧感がよりいっそう高まった。


これにより、純粋魔力を用いたこの結界は、紙くず同然と化した。そしてそのまま、右足で一歩踏み込むと、その踏み込みを余すことなく伝達させた居合い斬りを放つ。


「霊印流、居合いの型ーー爪魔・天」


ーー声と風切り音は、遅れて響いた。次の瞬間、結界全体に線が走り、亀裂が広がり、砕け散った。


砕け散った破片がきらきらと輝きを放ちながら広がっていくその様は、幻想的ですらあった。だが、アキラはそれにかまわず一気に闘技場に飛び込もうとして。


いきなり感じた、強烈な気配にはたっと足を止めた。この気配は、この神霊祭の間に何度か感じたものと同じであることにも気がつく。


「これ、は……?」


ーーこの気配は……お前、なのか?


脳裏に、この場所にはいないはずの人物の面影がよぎり、次いで頭上を見上げた。すると、大きく飛翔する黒衣の男の姿が見える。


ちらりと見えたその男の顔つきを見て、落胆とも安堵ともとれる気持ちがわき上がる。だが、それにしては放つ気配が脳裏に浮かんだ人物とひどく酷似しているのが気になった。アキラは思わず、といった口調でぽつりと呟く。


「……王の血筋の……覚醒者、か……?」


呆然としつつ呟いたその一言は、男に届いたのか、彼はにやりと笑いーーそして、男は闘技場に降り立った。

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