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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第1話 秘めたる思い~4~

あの時の戦いを、タクトは後にこう語る。もしこちらが全力を出さなかったら、逆にこちらがやられていた、と。


だからタクトは、霊印流の重ね太刀まで使ったのか。先輩としての威厳を保つためだとしても少々やり過ぎではないか、とシュリアに呆れかけたが、それに彼は何の反応も示さず、ただ黙りこくるだけであった。


その沈黙を、肯定と取る人もいよう。だがシュリアには、このときばかりは否定しているように思えたのだ。


「お前は一体、何を感じたのだ?」


「……わからないです。でも、何か良くない物があった……それだけは感じたんです」


眉を寄せたシュリアはそう問いかけたが、タクトはただ首を振るだけである。実は、あの模擬戦を直に見ていたシュリアも、ミューナがタクトに向ける心情には気付いていた。だが予想通り、タクトにも憎しみなどを向けられる覚えはないという。


実際に剣と拳を交合わせた彼でさえわからないのだ。側で見ていた自分には、何一つわかるはずがない、と肩をすくめつつも気に悩んでいた。


いっそ、彼女を呼び出して詰問してみるかーーそう思うや否や、ミューナを学科の際に呼び出して問いただしてみたのだが、じっとしたまま何の光も映さない瞳に魅入られていると、まるでこちらの思考が読まれているような気がしてならなかった。


そんな思いに耐えつつ彼女の返答を待ったのだが、帰ってきたのは「そんな風に思ったことは一度もありません」という、簡素な言葉だった。


つい、本当かと疑いたくなったが、シュリアはため息をついてその答えを受け入れた。光を映さない虚無をたたえた瞳といえど、そこに嘘はない、と思えたからだ。


ーーだからこそ、シュリアは頭を悩ませる。一体どういうことなのか。


ミューナの瞳には、タクトに向けられる明らかな憎しみや妬みがある。しかし、そんなことはないと語る彼女からは、嘘をついているようには見えない。


こちらを目を欺くほど、嘘に長けているのか。そう思ったが、それはないとため息混じりに思う。はじめっからそんなことが出来るのなら、わざわざタクトに憎しみの目を向ける必要はどこにもない。


不思議に思い、少々彼女のことを調べさせてもらったが、やはりこれと言ってタクトとの接点はない。交友関係を見ても、ミューナはどちらかというと大人しめの少女達と一緒にいることが多い。その少女達も調べたが、やはり接点はなし。


ちなみに、そこまでやるのは流石にプライバシーの侵害ではと同僚であり同期でもあり、元ルームメイトでもある西村は呆れたように忠告してきた。それにシュリアも全く同感だ、と思わず自嘲を浮かべるほどであり、自覚はしていた。


「いくら何でも、私用が混ざってはいませんか? セイヤさんの従弟だからと言って……って痛い、痛いですっ!!」


「おっとすまない西村先生。手が滑ってしまったー」


と言いつつ、小柄な彼女の頭にアイアンクローを噛ますシュリアの棒読みな口調に、周囲の教師達が驚いたように一歩後ずさる。眼鏡の奥で涙を流す西村を解放してやり、彼女はフンッと鼻を鳴らす。


「私用が混ざっているのは自覚しているが……だが、これもまた仕事の一つでもあると思ってな。生徒会の一員に恨みを向ける人物、その存在は少々危険だと、私は思うぞ」


「物は言い様ですね……」


肩をすくめ、お茶をすすりつつそう言い放つのは、学園内での教師歴が長いジム。以前はフサフサだった髪の毛は、いまや元から何もなかったかのように一本のなく、いっそすがすがしいと感じるほどだ。顔に刻まれた皺と頭が、彼の苦労を如実に表している。


「ただまぁ、シュリア先生の話を聞く限りどうも妙ですな。少々、気になるところがないと言えば嘘になります……」


ふむ、と顎に手を当てて考え込むジム。彼の栗色の瞳は、その思慮深さを表すかのように輝いて見える。ただ単に、考えるということが好きなだけかもしれないが。


「というと、どのあたりが気になるんですか?」


「そうですね……。周りから見れば怨恨を抱いているように見えて、しかし本人は自覚していない……それどころか、そうなのだと思わない……。これと似たようなもの……確か、”呪根”、でしたっけ?」


「いたたた……って、呪根? ですか?」


ぶつぶつと呟きつつ、何かを思い出すかのように目を細める彼が言った言葉に、西村が反応した。いまだに痛むのか、頭を両手で押さえつつ、言葉を聞いた彼女は首をかしげて問い返す。


「ええ、確か呪根といったはず……。何か心当たりでも?」


頷き、しかし目を見開く西村を見て、何か思い当たる節があるのかと疑問を感じたジムはそう問いかける。すると彼女は、どこか自信なさげに、恐る恐るといった口調で語り始めた。


「その……呪根っていうのは、呪いの一種ですよね? 夜中に目が覚めて、ふと隣を見たら死んだはずの人がいたり、部屋の中で不幸なことが立て続けに起こったり、揚句には死期を早まらせたり、とかの」


「な、なんだか軽い恐怖現象も混ざっているが……?」


「……しかし、西村先生の例は概ねあっていますね」


頬をひきつらせつつコメントするシュリアだが、椅子に座ったままのジムは肯定する。やや顔を青ざめて押し黙る彼女を放置して、ジムはキランと瞳を輝かせると、


「正確には、それらは単純に”呪い”と言いますけどね。それはともかく、そういった現象は大抵、人の強い”負の感情”が原因になっているんです。……流石に西村先生が挙げた例ほど強烈な現象はそうそう起きませんから、安心してください」


シュリアの様子を見てただ事ではないと感じ取ったのだろう。ジムは先ほどの発言を覆し、苦笑を浮かべつつ安心させるように言葉を付け足すと、現金なことに彼女はほっと溜息をついた。再び苦笑を浮かべ、以前の教え子たちに注釈を付け加える。


「それで、ここでいう負の感情というのは、憎しみ、恨み、怒り、殺意、悲しみ……そういう悪い方向にベクトルが向いた感情のことを言うんです。それで話は戻りますが、彼女ーーミューナ・アスベル。彼女がなぜ、そういった負の感情を桐生君に向けていることに気が付かないのか」


「……ちょっと待ってください、ジム先生。どういうことですか? つまり彼女は……?」


「彼女は……呪いを?」


シュリア、西村の二人の言葉に、ジムは首を振って否定する。その仕草にほっと胸をなでおろしつつ、彼の言葉を待つ。


「呪いではなく、”呪根”と、私は言ったはずだよ」


「呪根? 呪いの一種ではないのですか?」


教師たちの会話のはずが、まるで教師と生徒の講義に思える。それも仕方がない、何せ二人の学園時代、目の前にいる禿頭の教師が担任だったのだから。あのころに戻ったかのようにジムは思え、しかしその思いを胸の内にしまい説明を続ける。


「呪恨と呪いは似てはいるが、基本は別物だよ、確か」


「……確か?」


「私も詳しくは知らないのでね。とにかく、強烈な負の感情によって起きる現象が呪いなのだ。対して呪根は、”呪いを植え付ける”ことをいうのだ」


ーー呪いを植え付ける。だから呪根か。


納得したようにシュリアと西村は頷きかけたが、しかしすぐにはっとなってジムのほうへと視線を向ける。すると彼は、二人の脳裏によぎったことを裏付けるように首を縦に振ると、


「そう。真に呪われているのは、ミューナ・アスベルのほうかもしれない。桐生君に向けられた負の感情……呪いの元となるものを、彼女は誰かから”植え付けられた”」


「………っ!」


その言葉に、二人は全身に怖気が走ったことを自覚した。確かに、それならば彼女の不思議な様子や浮かべる感情にも説明がつく。だが、それはつまりーー。


「誰だ、そんなことをした輩は……っ!!」


「落ち着きなさい、第一、これは全て仮説だ。このことを証明する証拠は何一つない……それになりより、この考えはどちらかというと私の”うんちく”が育てた妄想、ということのほうがよほど説得力がある」


今にも槍を取り出し、名も知らぬ輩に突撃しそうになる彼女をなだめ、説明中幾度か感じた、あきれが混じった思いも告げる。そう、ジム自身も、この仮説には信憑性が欠けると言わざるを得ないのだ。自分が言った通り、うんちくが育て上げた妄想ーーしかしシュリアの直感がそれを否定する。


ーーなのだが、残念なことにそれを証明する手立ては全くない。証明できなければ、それはやはり妄想でしかない。唇をかみしめ、彼女はようやく気をおさめ始めた。


そんな彼女を冷や汗とともに眺めつつ、西村はずり落ちた眼鏡を持ち上げ、ジムはふうっと大きくため息をついた。騒ぎが収まりつつあるのを察したかのように、そこでふらりと一人の男が近寄ってくる。


「はは、相変わらずの突っ走りようだな、嬢ちゃん。年喰って少しは落ち着いたと思ったとたんこれか」


「……私はまだまだ若いです、アニュレイト先生」


学園内の教師たちの中で、シュリアのことを嬢ちゃんと呼べるような男はたった一人しかいない。それゆえに、シュリアは振り向かずにそう苦言を呈したのである。


アニュレイトと呼ばれた強面の男ーーどう見てもそっち側の人間にしか見えないがーーは、シュリアの威圧するような口調の苦言に肩をすくめて受け流す。彼にしてみれば、シュリアは以前の教え子であり、同時に素直になれない可愛いやつ、というふうに見ている節がある。


本人に言ったら、上下関係無視して痛い目にあわされるのは確実なので言わないが。


「そう怒んなって。ちょっとした冗談だよ、ジョーダン。それぐらい許容する度量は欲しいところだ。……それとほれ、お前さんにご用だぜ」


「………っ!!」


「ちょ、だめだよシュリアちゃん!!」


やれやれと肩をすくめ、今にも殴りかかりそうなシュリアを必死に押さえる西村のコンビを放っておいて、アニュレイトは持っていた封筒をジムにさす出す。すると彼は首をかしげ、


「なんだい、これは?」


「裏を見てみな。懐かしい名前が載ってるぜ」


言われるがままに封筒の裏を見返し、そこに書かれた名前を見、ジムの瞳が細められた。その表情の変化に気づいたアニュレイトは、やっぱしかとばかりに溜息をつく。


「……奴、だよな?」


「ああ、おそらく」


頷き、ジムは封筒に収められた手紙を取り出し、それに視線を落とした。緊迫した空気が流れていることに気が付いたのか、戯れていたシュリアと西村の二人はそろって動きを止め、男二人のほうへと視線を向ける。


「ど、どうしたんですか?」


「………」


西村の問いかけに、ジムは答えない。ただ集中して手紙を一心不乱に読み続けている。ふと気になった彼女たちは、ジムの背後へと回り込み、彼の肩越しに手紙に視線を落とす。すると。


「あっ!?」


「この文字は……」


「ああ、そうだ」


西村が声をあげ、シュリアは驚きを素直に表した。二人の反応に、ジムが読み進めていくのを待っていた、つまり彼が”解読”していくのを待っていたアニュレイトは、真剣さの増した面持ちで厳かに頷く。


「一年近く前の、洞窟で起こった事件……その前日に届けられた”手紙の送り手”から、また手紙が来た」


彼はそう告げた。


アニュレイトは一年近くといったが、実はまだ八か月程度しか立っていない。言うなれば、半年以上、というほうが正しいのだがそれはさておいて。


あの時に来た手紙の内容は、学園近郊にある森、そこにある巨大な岩石で隠した地下へと続くトンネルを開けてほしい、ということがフェルアントでは知られていない言葉で書かれていたのだった。


そしてその次の日に、当時のフェルアント本部長、グラッサ・マネリアーー本当はグラッサ・マネリア・フォールドというのだがーーがその地下トンネルで事件を引き起こしたのだ。


そのあまりにもどんぴしゃりなタイミングに、教師たちの警戒は否が応でも高まった。もしや彼が手引きしたのではないか、という話も持ち上がったが、どうも違うようである。


なぜなら、その手紙の主と思われる人物ーー報告によれば、全身黒ずくめの若い男だったそうだーーが、グラッサを襲ったというのである。そして、グラッサが所持していた二つの神器のうち、一つを奪い去っていった。


もしこの男がグラッサの手引きをしたというのであれば、口封じのために殺すだろう。しかし、男はグラッサを殺さず、またグラッサ自身も彼は全く関係がないというので、手引き説や味方説はあっけなく崩れ去った。


今現在の公式見解では、たまたまその場にいた民間人、という説が大きいが、それはおそらく違うだろう。何せ、男が手紙を送ったのだとしたら、あまりにもタイミングが良すぎた。そしてもう一つ。


なぜ神器を奪っていったのだろうか、という疑問もついてくる。今となっては、謎が謎を呼ぶ結果となってしまっており、上の方々の頭痛の悩みになっているのだとか。


「……これは……」


「どうした? 何か分かったか?」


ようやく解読が終わったのか、禿頭をなでつけ、ジムは唸るようにつぶやきを漏らす。するとアニュレイトがすぐに反応し、何が書かれていたのかを問いただしてくる。それにん~、と歯切れ悪く顔をしかめた後、


「それが、ですね……。……原文のまま読みます。えー、”以前は世話になった。……いや、なったのか……? まぁそれは置いといて、だ。今回手紙をよこしたのは、学び舎の生徒に用があるためだ。悪いことは言わない、おとなしく差し出してくれ”。……以上です」


ーー……なんだそれは。それがジムが訳した手紙の内容を聞いた一同の感想であった。何ともまあ簡潔にまとめられている。だがしかし、これはなんというかーー


「……なんか、手紙を出したから後はもう良い、勝手にやる、みたいな気持ちが伝わってきますね……」


「同感だな」


頬をひきつらせた西村は、こわばった唇を動かしてそう言葉にする。隣にいるシュリアも、二回も大きく頷いて同調し、あきれ果てた様子を見せた。


「大体、見ず知らずの、名も知らない輩にうちの生徒を差し出せるわけがなかろうっ! 何を考えているのだ、こいつは!?」


「それについては知らないが、こいつアホかバカのどっちかなんじゃねぇのか?」


肩を落とし、シュリア以上にあきれた様子で酷評するのはアニュレイト。だが、彼の言い分はまさに正論であり、一同大きく頷いた。


「とりあえず、しばらくの間……特に明日は警戒を強めましょう……。手紙の主がやってくるとしたら明日の行事の際にやってくる可能性が高い」


頭が痛い、とばかりに頭部を押さえるジムの言葉に、一同は大きく頷いた。シュリアも顎に手を当てて、


「そうですね、この件については私が上に報告しておきます。明日については、今日の夜の打合せにでも。……明日は”神霊祭”ですしね」


そう、言ったのだった。

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