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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第1話 秘めたる思い~1~

1ヵ月以上間が開きましたが、ここから第二章、つまり2年時の始まりですッ!


※追記…2月28日にタイトル追加しました。うっかり忘れてました、すみません(汗

「……雨が振ってきたか」


住人が一人しかいない古ぼけた小屋の外で、ボンヤリと空を見上げながら、黒髪の青年は呟きを漏らした。


全体的に短めの髪の毛だが、長めの前髪から覗く黒い瞳は鋭く、整った目鼻立ちも相まってどこか近寄りづらい印象を与えている。


独り言であるそれに反応を示したのは、小屋に入ったまま扉の近くで黒々とした空を眺める一匹の狼だった。本来、人語を解さないはずの狼は、まるで青年の言葉を理解したかのように頷く。


「そうだな……。しかしどうした? 急に雨に当たって。濡れるぞ」


いや、理解したに留まらず、あまつさえ人語を話し出した。言葉を話す狼に驚く事もなくーーつまり、青年にとってこの狼が話すというのはさほど珍しくないようだーー、軽く微笑んで見せた。


「何となくだ。だが、どうしたんだろうな? 雨なんぞ嫌いなんだが……」


「ふむ……」


肩を竦めて言った途端、自分でも不思議そうな顔を浮かべて小屋に戻って来る。彼の様子に、狼はしばし考え込んだが、やがて首を左右に振る。


その動きにあわせて首に巻き付けられたバンドーーつまり首輪が、僅かながら発光する。その光りを見やり、青年は狼がくわえて持って来たタオルで頭を拭きはじめた。


目の前の人語を解する不思議な狼だが、その正体は普通の生き物とは大きく異なる。彼は、半生半魔生命体ーー”精霊”と呼ばれる存在である。


生物としての枠組みにとらわれながら、同時に魔力によって構成されている生命体。元はより霊的な存在に近く(元は意志を持った自然物)、そこから空気中や大地に含まれる魔力と融合し、動物の姿を模って今の姿へと進化した。


精霊は自然型、動物型、幻獣型の三種に分けられ、この狼はそのうち珍しい三つ目になる。そのため、他の二種と比べると魔力量が多く、このように仮の姿で実体化していられる時間が長い。だがそれも、あくまで”比べると”であり、一日に実体化していられる時間は10分が限度だろう。


「”朝はあんなに晴れていた”のにな……そういえばお前、今朝早く起きてたな。それが原因か」


「んなわけあるか……」


狼の冗談に、青年は呆れたようにため息をついて反論する。しかし、狼の言葉に気になる点があることがあった。


ーー朝はあんなに晴れていたーー。狼が朝から今までずっと実体化していたからこそ、知り得た事実。つまりこの精霊は、一日10分という制限を大幅に超えて実体化していたのだろう。


有り得ないことではあるが、全くの不可能という事はない。


精霊が実体化するには魔力が必要となる。ならば、実体化し続ける事が可能になるほどの魔力があれば良いのだ。そしてそれを可能にしているのが、狼の首に付けられた仄かに輝く首輪である。


首輪の真ん中あたりに宝飾用の鉱石が三つ並んでいる。光りを放っているのは、どうやらこの鉱石ーー魔法石の物のようだった。つまり、この狼の外見をした精霊は魔法石に含まれる魔力を使って長時間の実体化を実現しているのだ。


狼の発言に、呆れたような声を出して反論した青年は、もう一度視線を外へ向ける。


「……何か良くないことでも起きるんじゃないか?」


「縁起でもない……第一、お前が思っているのはそうじゃないだろう?」


今度は狼が呆れたようにため息をつき、青年の内心を見透かしたように口ーーいや、顎を開いた。


実際、その通りなのだ。青年とこの精霊にはある種の繋がりーーまたの名を”契約”であり、それを交わした者の事を、精霊使いと呼ぶーーがあり、それによって彼の思いが流れ込んでいるのだろう。


狼の言葉に察しがついているのか、それともむやみに精霊使いの心情を覗かないという不文律を破ったからか、青年はジロリとその鋭い目つきで狼を睨みつける。


「ほぉ。じゃ、俺がどう思っているのか当ててみろ」


「…………」


「……おい、どうした?」


わざと挑発するように口の端を吊り上げて言ったのだが、急に黙り込んだ狼に怪訝そうな表情を浮かべた。


精霊にとって見れば、その先を口にするのは憚れたのだろう。彼から伝わる心情は少量の懐かしさとーー多量の悲しみ。だが、おそらく彼は郷愁は感じても悲しみは感じていないのだろう。その悲しみが、彼にはもう二度と感じることのできない”恐怖”と強く結び付いているのだから。


「……そうだ、トレイド。お前この間自作のタレに煮付けてあった肉があるだろう? あれを出せ。私はあれが食いたくなった」


「オイコラ話を誤魔化すな」


あからさま過ぎる話の展開に、トレイドと呼ばれた黒髪の青年は頬を引き攣らせた。しかし、そんなこと気にもしないとばかりに狼は言う。


「何を言う。お前だってあれを食いたいと顔に出ているぞ? さぁ、早く出せ」


「出てねぇよ。そして出さねぇよ」


「ついでに酒も持ってこい。雨を見ながらの酒もまた一興だ」


「……ほぉ」


と、そこで興味を引かれたのか腕を組んで真剣に考えるトレイド。しばしそのままだったが、やがて表情に軽く笑みを浮かばせると、


「全然そんな時期じゃないけどな。ま、いっか」


肩を竦めて、一人住家にしている小屋の奥へと進む彼を見送り、精霊はわーいと喜びながら心の片隅で先ほどの事を考えていた。


しかしそれも、彼が持って来た酒と、自作の甘辛のタレに煮付けた肉を一切れ持って現れた瞬間吹き飛ぶ。大きな顎でぱくりと食いつき、舌に広がる美味に狼はしっぽを振って大満足の意を示す。その姿からは、神狼をもした幻獣型の精霊だということや、まして狼の外見をしているというふうには全く感じられず、ただの飼い犬にしか見えない。


いや、実際に数年ほど飼い犬として知れ渡っていたこともあったのだが。何故かしらの愛嬌を振りまきながら肉にかじりつく精霊の頭を、トレイドは微笑みを浮かべてそっと撫でてやる。


「……今日は早めに休むとしよう。そんで明日からまたやるぞ、ザイ」


ザイと名を呼ばれた狼型の精霊は首を上下に動かした。それが了承を表しているのか、それとも皿にのせられた肉に夢中になっている内に、首が振られただけなのかは定かではないが。


ふと視線を外に見やり、いまだ振る雨に向かってトレイドは内心呟いた。


(……もうすぐだ。もうすぐ……待っていろ)


その瞳に、激烈な”怒り”を宿して。


(アルト……その首、ぶち落としてやるからな……っ)


 ~~~~~


異世界フェルアント。精霊と人とが共存するこの世界には、精霊と契約を交わした精霊使いを集め、育成する機関がある。


基本的な知識は契約を交わしたとき、脳に流れ込むために誰かから教わる必要はない。とは言っても、あくまで流れ込むのは魔術に対する極初歩的な知識のため、そこからの発展や応用、そして精霊使いとしての道徳的な事は誰かから教わる必要がある。


その誰かを自ら行っているのがこのフェルアント首都に設立された学園、フェルアント学園なのだ。


学園と言う学舎であるからには、生徒主導で行う行事というのも複数存在する。現在、まさに準備進行中である神霊祭(地球の学校でいう文化祭や学園祭)がそれに当たるだろう。当然、それらの行事の際先頭に立って学園の生徒を引っぱっていく存在が必要とする。


それが、生徒会の皆さんである。


「む~~……」


現在一人しかいない生徒会室で、目の前の書類に視線を落としながら唸っているのは、今年の春にめでたく二年生に進級し、生徒会の一員となった鈴野レナである。首の後ろで一つに纏めてはいるが、前までは肩胛骨のあたりまでしかなかった黒髪は、この数ヶ月で背中の中程まで伸びてしまっている。


本人も切ろう切ろうと思っているのだが、中々その時間が取れずにいるため、やや放置気味になっている。この神霊祭が終わったら切ろう、と彼女は決意を胸に秘めていた。


そんな彼女が見つめている書類は、何のことはないただの各クラスからの貸出票である。いわば学園祭であるため、各クラスから何かしら出し物を行うというのは変わらない。神霊祭の主催者という立場のため、クラスから集まった貸出票に書かれている物がちゃんとあるかどうか、確かめるのも仕事の一つである。


必要な備品が学園内にあれば良いのだが、なければ”上”に言って調達しなければならないため、生徒会の面々としてはなるべくある物でやって欲しいと切に願ってはいる。


ーーのだが、やはりと言うべきか。貸出票の中には、どうしても必要な物が学園内になかったという備品があり、生徒会の面々は仕方なく”上”にいって調達してくることになったのだ。今は、その備品が届いたかどうかの連絡待ちである。


取りに行った幼なじみの宮藤マモルからの連絡を待って、かれこれ1時間以上待ちぼうけを食らわされている。それまでやることもなく、ただ椅子に座っているのにも耐えられなくなった彼女は、机に突っ伏しながら両足をぱたぱた動かし、ローファーのつま先でリズムよく床を叩いている。


「ひ~ま~」


(仕方ないわよ。届くまでに時間がかかるって言われたじゃない)


「それにしても、間に合うのかな? 神霊祭は明日だっていうのに……」


己の中にいる精霊キャベラの言葉に、レナは伏せながら疑問を口にする。そう、生徒会としては凄まじいほどに迷惑な、”土壇場で必要になっちゃった”状態である。これをやられると、主催者の立場にいる者が果てしなく迷惑を被る。


今更言われても~、と内心叫びながらも取りに行くあたり、この生徒会はかなり良心的だろう。普通なら、今言っても遅いと突っぱねることが大半だというのに。


レナの疑問に、キャベラは知らないわよとばかりな口調でばっさり言ってのける。


(間に合わせるんじゃない? どこのクラスかは知らないけど)


「そんな投げやりな……。まぁそれがんばって欲しいよね。あたし達が忙しい中取りに行ったんだから」


(あなたも相変わらず毒吐くわよね。見た目に反して……)


「……いや、あたし毒吐いた覚えは……」


ふるふると首を振って否定するが、それは本人が自覚していないからである。周りから見れば充分毒舌家である彼女だが、毒を吐くことは少なく、また吐く相手も親友だけであるため、彼女が毒舌家であると言うことを知るものは少ない。


そんな状態では、自覚症状がないのも致し方なし、と言えるかもだが。


キャベラの謎のため息に首を傾げ、詳しく話を聞こうとした矢先に、廊下側から何か物音が聞こえたような気がした。


「……今何か聞こえなかった?」


(……えぇ、聞こえたわ。今のは……)


自身に宿る相棒が押し黙るのを見計らったかのようなタイミングで、再び音が聞こえた。これは、誰かが声を荒げているかのような……。


「この声、もしかして……」


ふと、荒げているその声が、以前聞いたような気がしてレナは立ち上がった。すると、こちらもちょうど良いタイミングでマモルからの通信魔法が届き、机の上に置いたままの、同じ魔法が刻まれたポータルに一つの像が立体的に浮かび上がる。


『……レナ? どうしたんだ、一体?』


「う、ううん、何でもない。それより、あれは受け取ったの? ……というよりも、直接ここに来るんじゃなかったの?」


自分と同じく2年に進級した幼なじみは、通信越しに立ち上がった彼女を見て、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにその表情を改める。茶色く染めた髪をかきむしりながら、


『ああ、それにはちょっと訳があって……』


と、歯切れ悪く言い募る。そんな彼に疑問を抱き、レナは口を開いた。


「どうしたの? 何かあったの?」


目を瞬かせながらの問いかけに、彼はなおも言いにくそうにあー、やらうー、やら唸りながら、やがて観念したようにため息をつく。


『……それが……まぁ、見てもらった方が早いかな?』


「……もしかして、欠陥品だった?」


『いや、そうじゃない。……ていうか、そのことじゃない』


「そのことじゃ、ない……?」


意味がわからず、首を傾げるレナにマモルは、


『とにかく、下……ていうか、真下に降りてこい。見ればわかるから、多分』


そう言い残し、まるでこちらの興味を引くように通信をいきなり終了させた。再び物言わぬ石に戻ってしまったポータルを眺めながら、レナはもちろん興味を引かれているのを感じていた。


「……留守番頼まれたけど……こいって言ってたから、別に良いよね」


自分に言い聞かせるように呟くと、その足どりで生徒会室から出て、ふと気付いた。もしかして彼は。


「……この音のことを言っていた……?」


即座に聞こえてきた、思った通りの叫び声に一瞬足を止め。しかしすぐに走るようにしてそばにある階段の半分を下りて踊り場に出る。そしてーー。


「勝負です、桐生先輩ッ! 明日の神霊祭、あたしと決闘して下さい!!」


ビシッとレナの幼なじみのもう一人である桐生タクトに指さした少女は、そう声高に申し込んだ。その内容と言葉に、踊り場に出たままだったレナは絶句し、足を止めてしまう。それは申し込まれたタクトも同様だったようで、両手で器具を持ったままの姿勢で見事に止まってしまった。


「……いや、だから僕」


当然、決闘など受け入れられないのだろう。断ろうと首を振る彼のすぐ側には、レナをこの場に呼び出したマモルも、厳しい表情で少女を見やっていた。しかし、彼のことは眼中にないのか、少女はタクトただ一人を見つめ、今度は先ほどまでの激した感情を見せず、声も低く抑えて言う。


「お願いします……あたしと、”もう一度”……今度は全力で、戦って下さい。……今度は、負けません」


まるで抑揚のない声であり、ふとレナは違和感を覚えたのだが、それをタクトのため息混じりに呟いた一言があっさりと吹き飛ばした。


「……わかった。そのリベンジ、受けるよ」


「な、お、おいっ!?」


その一言に、マモルが驚きの声を上げるが、少女はその一言を受け恭しく頭を下げた。


「ありがとう……ございます」


下げた頭を戻すなり、その少女はすぐに踵を返し、どこかへ走っていってしまう。その様子を、階段の踊り場から見ていたレナは、走り去っていく少女の後ろ姿を見て、あっと小さく声を漏らした。


「あの子は……確か1年の……」


「……なんだ、レナそこにいたのか」


その呟きが耳に入ったらしく、タクトが呆れたように、マモルはバツが悪そうに後頭部をかいている。そんな二人を、彼女は冷ややかな瞳で見返して、


「……少し、事情を聞かせてもらえる? 二人とも」


ーーその、冷たい視線に幼なじみ二人は肝が冷える思いをしたという。


ーー始まりは、今から3ヵ月前。ちょうど、新入生がやってきたときだった。

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