エピローグ 一年時最後の日
にじファンに投稿していた作品が消されましたね……。少しばかり、寂しい気分に陥っています。
「……これで、お前らともお別れだな」
「そう……ですね」
何でもないように別れを告げる赤い髪の青年に、タクトは頷いて応えた。
洞窟内で起こった事件ーーグラッサ本部長による独断で行われたあの出来事から、はや半年が経っていた。タクト自身からしてみれば、時間の流れの速さに驚くばかりだが、どうやら向こうはそうでもないらしい。
ため息混じりにぼやく言葉から、それが窺えた。
「はぁ~。やっと……やぁぁっと学園から解放される! すげぇ開放感だよ、うん。……俺、よく今まで我慢してきたなッ!!」
「は、はぁ……」
拳を握りしめ、端から見ても舞い上がって喜んでいる目の前の”元”先輩に、タクトは苦笑いを浮かべて曖昧に答えた。すると、その様子を見ていたセシリアも、色素が抜けたかのような白髪を振りながら、
「もう、全くあんたはいつまでたっても子供ね。”学園を卒業”したぐらいで何をそんなに喜んでいるのよ」
「……同意見」
やれやれと肩をすくませる彼女と、タクトのとなりにいるフォーマが無表情ながらも眼鏡の奥の瞳に呆れた色を浮かべ、小さく呟く。
ーーあの事件から、秋を超え、冬の終わりを告げた今日。学園では最上級生が新たな門出のために、学園を離れる、いわゆる”卒業”の日であった。
「まぁ、それが先輩なんだから仕方がないですよ、セシリアさん。子供ですから」
「そーそ。この人はいつまでたっても成長しないんだよ。子供だから」
「……ほ、ほほう……」
そんな先輩方の門出を祝おうと、”新しく生徒会に入った”五人のメンバーの内、二人がうんうん頷きながらそう断言する。そんな二人ーーレナとマモルの暴言に、ギリは頬を引きつらせた。
「な、中々言うようになったじゃないか、特にレナっち。……君、そんな子だっけ?」
「……その”レナっち”っていうの、やめてもらえません? ありきたりで、正直センスないと思います」
「真顔でそう言われるのが1番傷つくよ!? いかん、レナっちが毒舌家になってるッ!!」
「えッ!? あたし毒舌家じゃないですよッ!?」
(気付いてないのか……)
本気で驚いた顔でそう断言する姿を見て、一同は心の中で呟いた。特に付き合いの長いタクトとマモルは、視線を合わせた後そろってため息を漏らす。
頭を抱えて一人「こりゃ大変だッ!!」と喚いている会長はほっとくことにしたのか、副会長であるセシリアがにっこりと笑みを浮かべて後輩達を順に見やる。
「ホント、ありがとうね。私とこのバカのために、こんな会まで開いてくれて」
そう言って、彼女は手に持っている紙コップ(ジュース入り)を掲げて見せた。今彼等は学園の生徒会室におり、式が終わったと同時にこれで卒業するギリとセシリアを強引に呼び出し、コルダが企画した”卒業を祝う会”なる物を開催したのだ。
盛り上げよう、と言うことで内緒に企画を進めていったのだが、それが良かったらしい。ギリは見てわかるとおりテンションが上がっているし、セシリアも喜んでいるのが見て取れる。その企画者であるコルダは、にんまりと笑みを見せると、
「いやいやいや~、それほどでも~。楽しんで下さいね、”お楽しみ”はこれからですから~」
「……お楽しみ? そんなのあったか?」
聞いていなかったのか、アイギットが目をぱちくりと見開いて彼女に尋ねる。ここ数ヶ月、沈んだ表情を多く見せていた彼だが、ようやく踏ん切りがつき始めてきたのか。最近では以前と同様気さくに振る舞うことが多くなっている。
そんな彼にコルダはちちち、と気障な態度と仕草で人差し指を左右に振ると、ダメだな~と口を開く。そんな彼女に若干の苛立ちを覚えたのは自分だけではないはず、とアイギットは胸中自分に言い聞かせたのは内緒だ。
「そう。この会をますます盛り上げようと、寝ないで考え抜いたんだッ!」
「へぇ~、例えばどんなの?」
苛立ちを飲み込んだアイギットは、彼女が寝ないで考えたというその案に興味を抱いた。どんな案なのだろうな、と思いながら聞くと、彼女はえっへんと鼻を持ち上げた。
「ズバリッ!! ”タクト君のボクッ子女装大会”~~!! っていたぁぁぁっ!!?」
「そんなの誰かやるかッ!!」
得意げに語った彼女に対し、タクトは暴力(刀の峰)で突っ込んだ。そこは普通ハリセンだろ、とアイギットは紙コップの中身を飲みながら独りごち。
「……コルダ、それ本当に寝ないで考えたのか? 普通なら5秒で思いつくだろう? ありきたりだ」
「いや、タクトを見た瞬間に思い浮かぶぜ、普通」
「それはどういう意味だッ!! お前らそこに座れッ!!」
コルダの案にケチを付けつつ、マモルと共に酷評した。しかし、それではタクトの女装が”当たり前”だと断言しているような物で、彼の雷が炸裂する。
鬼のような形相で突っ込む彼の一撃を受け、ギャーギャーと騒ぎ立てる三人を見やり、セシリアはクスリと笑った。いつもは無表情を浮かべることが多いフォーマも、唇を綻ばせる。一方、レナとコルダの二人は、やらないと断言するタクトに向かってぶーぶー文句を言い始めた。
「え~、せっかくどんな服が似合うのか、寝ないで考えたのに~?」
「寝ないで考えたって言うのはそっち!? いや、その前に僕は着ないしやらないよッ!!」
どうやら彼がやるのは前提だったらしく、唇を尖らせて言うコルダに、彼は首を振って否定する。この手の話を持ちかけられたのは数多くあり、そのどれもがもはやトラウマと化していたりするため、彼も必死である。
と、ようやくおとなしくなり、後輩のやりとりを見ていたギリがパン、と手を一つ叩くと、
「よし、タクト。面白そうだからやれ!」
「だからやらないって言ってるんでしょうがぁぁぁッ!!」
会長権限をフルに使った、お上の一言を彼は絶叫して否定した。そして、彼を除いた全員が笑い声を上げた。
ーー卒業を祝う会は、こうして朗らかな空気のまま進行していった。
「そういえば、ギリ先輩はこれからどうするんですか?」
「うん?」
一悶着あったがそれも納まり、あたりで雑談が始まるようになった頃。生徒会室のど真ん中に広げられたテーブルの上にはお菓子のたぐいが散乱している。その中から適当に選んだお菓子を口に運ぼうとしたとき、ギリはタクトに声をかけられた。
「これからっていうのは?」
「その……先輩は本部の方に行くんですか? それとも、どこかの支部に?」
「ああ、そういうこと」
学園を卒業した生徒は、当然のことながら本部、もしくは支部に所属する事となる。本来、生徒会の会長を務めた自分は、本部行きになることが通例である。しかし、それを拒んでいると言うことを知っているため、彼の心配も最もだろう。
あたりを見渡し、皆が思い思いの相手と話しているのを見て、他人に聞かれる心配はないことを確かめると、視線を戻し、片頬にうすら笑いを浮かべた。
「まぁ、安心しなされ。教師陣の根回しやお前さんの叔父さんや従兄のおかげで、無事地球支部所属になることになった」
「ああ、そうなんですか。それはよか……った……?」
タクトは安堵したような表情を浮かべたが、次第に言葉が詰まり、次いで懐疑的な顔つきとなった。頬をピクピクさせながら、確かめるようにもう一度、小さな声で聞き返した。
「あの、もう一度お願いします。……どこの支部に、所属になったんですか?」
「だから地球支部だっての。お前さんの生まれた世界だよ」
「………」
「……何でそこで押し黙る。ほら、もっと喜べよッ! これからお前さんが実家に帰ったら、俺に会えるんだぜッ!」
「………」
「……どうやらお前は俺に喧嘩を売ってるようだな?」
「ち、ちがいますちがいますッ!」
果てしなく懐疑的な、あるいはめんどくさいという文字がタクトの顔に書いてあったのか、目の前で指の関節をポキポキ鳴らしているギリから、嫌な気配が漂ってきて、彼は慌ててブンブン首を振り否定した。
「そ、その……何でだろうなって思っていたことがあって……」
「ほう? なんだ、それは」
手を下ろして、話を聞く体勢を作ったギリにほっと胸をなで下ろし、タクトは前から思っていた疑問を口にした。
「……何で先輩は、僕に卒業後のことを相談したんですか?」
「そうだな……」
言葉を濁らして、彼は押し黙った。
理由はもちろんある。あの事件の際に、目標にしていたあの人へ追いつくことは出来ない、と痛感したからだ。
自分の力量を、過小評価もせず、過大評価もせずにしっかりと計ることが出来る。故に、はっきりとわかったのだ。自分と、マスターリットの間にある大きすぎる差に。
だから本来の通例から背き、教師達の協力を得て、無理矢理地球支部に所属させてもらったのだ。あそこは、様々な意味で厄介な場所だがーーだからこそ、あそこなら強くなれると実感できるのだ。
そしてタクトは、その地球出身の人物であり、支部長の甥であり、目標としている人物の従弟でもある彼に相談するのはうってつけだと思ったからである。
だが、1番の理由はやはりーー。
「……お前がレナっちと付き合うことになったら、教えてやるよ」
「なっ!? ななな、何でそこでれにゃの名前が……ッ!!?」
噛んでる噛んでる、と呆れた笑いを浮かべながらはぐらかし、タクトの頭を撫でてやる。顔を真っ赤にして、その手を払いのけた彼を眺めながらふと思った。
本当に不思議なヤツだな、と。
彼の人徳なのか、それとも才能なのか。タクトには人を引きつける、カリスマとは少し違う物を持っているのだ。人を引っぱっていくタイプではなく、ただそこにいるだけで、剣呑とした空気も和らぐーーそんな感じの物を。
心地より雰囲気を持つタクトに、自分の大事な将来のことを語ったのは、そういうのもあるのかも知れなかった。
「そ、そんなことよりも先輩ッ! セシリア先輩との仲はどうなんでごふっ」
「ハハハハッ、タクト君、君は何を言っているのかな? ちょっとよくわからないな~!」
「………ッ!!?」
反撃のつもりだったのだが、それはまさに逆効果となってタクト自身に返ってきた。顔を赤くさせてそう言った彼を、首ごと口を塞いだギリの表情に笑みが浮かんでいる。
バシバシバシッ、と猛烈な勢いで首を絞めるギリの腕にタップするが、彼に聞く気はない。どんどん顔色を青白くさせていくタクトをそのままに、視線を巡らして、生徒会の女性陣と談笑している、見慣れてた白髪の少女に目を向けた。
ーーそろそろ、頃合いかも知れないな……。
彼女には一年の頃から二年、三年と続くまで色々とお世話になってきた。
入学当初は、ふざけたヤツ、という印象が強かったらしい自分に対して、初めて真っ向から接してくれた人物。周りの、心ない行為に晒されていたときにも、彼女は巻きこまれるのを恐れて距離を置くこともなく、常に側にいてくれた。
タクトの言葉を思い出す。「セシリア先輩との仲はどうなんでーー」。
自分の心は、すでに決まっている。
がくん、と完全に落ちて気絶したタクトを放っておき、彼は立ち上がってこほんと咳払いを一つ漏らした。そして、レナとコルダと談笑しているセシリアの近くにより、その肩を突っついた。
当然、彼女は向き直る。相手がギリだということを確かめると、いつものように何、とすました表情を見せるのだが、このときばかりは違った。ギリとしては、いつも通りの笑みを浮かべているはずなのだが、一体、その笑みから何を読み取ったというのか、やや首を傾げて聞いてきた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっくら話があるんだ、こっちこい。……あー、悪いッ! これから本日の主役同士で話があるんでな! ちょっと席はずすわ」
「……ほほう~。一体、何の話するんですか~?」
廊下を指さした後、何かを期待するような目でこちらを見る視線に気付き、そういうことじゃないんだよという意味を含めて彼は言う。すると、案の定下世話なニヤニヤ笑いを浮かべたマモルが、そう突っ込んできた。
しかし彼は、それにも笑みを見せて返答して見せた。
「いや何、こんな会開いてくれたんだ。礼として、少しは先輩らしいこと見せようと思ってな」
「あ~、まぁそうね。私も賛成よ」
ああそういうこと、とにっこり笑みを浮かべたセシリアも頷いて応えた。期待した物ではないと判明したからか、マモルは不満そうに唇を尖らせたが、アイギットは笑みを浮かべておお、と感嘆の意を示す。
「いいですね。じゃあ、お願いします」
「おうっ」
気安く返答を返すと、ギリは笑みを浮かべた。そのままセシリアを伴って廊下に出て、二人並んで歩き出す。
あたりは静けさに満ちており、しばし二人の歩く足音のみが響く。だが、そんな雰囲気を一蹴するように、セシリアが端から見ても上機嫌だとわかる声音と笑みで、
「いや~、良かったね、私たち。良い後輩達に恵まれて!」
「ああ、そうだな」
ニッと口の端をつり上げる笑みを浮かべて答えた後、ギリはポーカーフェイスを保ちつつも高鳴る心臓を中々止められずにいた。いくら覚悟を決めたとはいえ、実行に移すとなるとやはり羞恥心が差し迫る。
そのまましばし逡巡していたが、やがて、ええい、ままよッ! と半ば勢いをそのままに、彼は口を開いた。
「あ~、それとセシリア。俺、お前に言わなきゃいけないことがあってな……」
「ん? 何……」
と、彼女がギリの方を向いた瞬間。彼は彼女の手を握りしめた。
「え、えぇっ!? な、何何………ッ!!?」
いきなりのことでパニックに陥るセシリアは、顔を真っ赤に染めてじっとギリの方に視線を移した。そして、彼の目を見た途端、ハッと息をのんで押し黙る。
先ほど、話がある、と言って呼び出したときに、彼の目に微かに浮かんでいた光が、今度ははっきりと浮かんでいた。その瞳に魅せられたまま押し黙る彼女に向かって、ギリの言葉が優しく耳に届いた。
ーー廊下にある窓から差し込む夕焼けが、重なった二人の影を映し出した。