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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第31話 反撃、闇を切り裂いて~7~

ガチャン、と音を鳴らして地面に落ちた拘束具を見やり、コルダは立ち上がってう~んと伸びをする。かれこれ数時間ほど、座りっぱなしの拘束されっぱなしで、心理的な疲労感が凄まじかった。


ようやく解放された喜びを素直に顔に表し、彼女は戒めを解いてくれたレナに向き直ると、笑顔を浮かべる。


「ありがとうね、レナ。おかげで助かったよ」


「どういたしまして」


拘束具を解いたレナは、コルダの笑顔を見て苦笑を浮かべる。黒騎士が展開していた魔力硬化結界も、彼が倒されると同時に消滅したため、魔法が使えるようになったのだ。


レナはなんとなしに、この広間の中央でごうごうと燃えさかる炎に目をやった。その炎の中には、黒騎士が眠っている。ーーセイヤがこの部屋から出て行くときに、非情にも燃やし始めたのだ。


いくら相手が、合法的に殺人が認められているエンプリッターの一員だからと言っても、その行為に怒りと憤りを感じてしまうのは無理はなかった。何故遺体を炎で燃やす必要があるのだろうか。レナの視線に気付いたのか、マモルが頭をポリポリとかいて慰めの言葉をかける。


「……相手さんは、仕方がねぇよ。俺たちには、相手さんを止める力がなかった」


「だからって……じゃあ聞くけど、もしあたし達に黒騎士さんを止める力があったら、マモルはどうしてた?」


「ど、どうって、そりゃ……」


しかし、言葉がまずかったのか逆に言い換えされ、しどろもどろの体になるマモル。彼はなにやら迷う素振りを見せていたが、結局思わずと言った具合に口から言葉が漏れだした。


「そりゃ、人を殺したくはないけど……でも、相手さんは死罪が決まっているんだ。止めて拘束しても、本部に引き渡せば結局同じだよ。……見せしめとか抑止力、ていう意味で、そうしているんだろうけどさ」


「………」


マモルの言葉に、やや複雑そうな表情を見せるレナ。本当はそんなのは間違っている、と言いたかった。しかし、心の底ではそれに頷いてしまう心情の自分がいる事も否定できない。


もしそういった抑止力になり得る物がなければ、過去に起こった事件が再び繰り返されるだろう。第二、第三のような自分がーー”フェル・ア・チルドレン”が生まれることだろう。そしてーー。


「………」


「……くぅ……」


横目で、座ったままレナの隣で眠ってしまっている少年に目をやり、なくなってしまった右耳のあたりを注視する。ーー彼に、怪我を負わせることもなかっただろう、と痛恨の念を感じ取りながら。


「……妙に静かだと思ったら、寝ちゃってたんだね、タクトは」


「ま、まぁ、この場では1番疲れているだろうからな」


複雑な表情を浮かべて、何も言わずに黙り込んだレナと、彼女の様子を見て何かまずったことをしたのだろうかと内心冷や汗を流しているマモルを交互に見やり、ため息混じりにコルダはそう話題を変えた。それに乗りかかったマモルも、タクトに視線を向けて一つ頷いた。


元々中性的というよりも、若干少女じみた顔立ちをしているタクトの寝顔は可愛らしい物で、保護欲をそそられる。そんなことを考えてしまったマモルは、慌てて首を振る。


彼が眠ってしまうのは、やはり疲労からだろう。正確な時間はわからないが、それでも夜明け近くだと推測される。コルダの変調から寮を抜け出したのはだいたい夜9時半頃。つまりかれこれ7時間近く戦いっぱなしであったのだ。現にマモルも少なくない疲労感を抱いている。


特にタクトは黒騎士と戦闘を行い、魔力の使用不可、一度でも剣に触れれば切り裂かれると言う状況の中で戦い抜いたのだ。肉体的疲労よりも、精神的疲労の方が極端に大きいだろう。


「……そういえばコルダよぉ。何でお前が狙われたのか、心当たりあるか?」


すやすや眠っているタクトを見やり、ふとあることを思い出してコルダに尋ねた。すると彼女は、首を傾げ、何やら考えている様子だったが、


「ん~、よくわかんない。でも、多分”金ぴか”の力だと思うよ」


「金ぴか? あぁ、背中に浮かんでた、あの」


森の中で戦っていたときに、彼女が背中に浮かび上がらせた金色の刻印のことを思いだした。


「アレが狙われていたのか?」


「そうみたい。何かアレがあれば、この門を開けられるんだってさ~」


「……じゃ、あの人達が言ってた”鍵”って……」


と、こちらは今まで黙っていたレナが口にした言葉である。コルダはうんとすぐに頷いたが、その後顔をしかめて不快な表情を浮かべた。その様子から、何かあったのだろうかと疑問を持つ二人は恐る恐る訪ねてみた。


「コルダ、どうしたの?」


「……なんか、嫌だ」


「は?」


「いや、マモルの事じゃなくて……。あの人達がなんて言ってたのか、思い出せないのが何か嫌なの。とても不快」


不機嫌そうに押し黙る彼女は、手近にあったら小石を一つ拾うと、八つ当たりするように遠くへ投げる。


カコーンと跳ね返る音が、反響して聞こえるのだった。二人は顔を見合わせ、同時に首を傾げる。一体、何のことだろうか。


「ええっと……それ、どういう意味?」


「あたしが捕まっていたときに、あの人達から色々と聞いたはず……なの。なのに、それを全く思い出せないの。全く。何でなのかな?」


「……さぁ?」


どうやら、自分たちがここに来る前に、コルダはグラッサと黒騎士から色々と聞き出した模様である。なのに、それを思い出せないのを不愉快に思っているのか。


事件のショックで記憶を忘れてしまう事例はいくつかあるため、マモルは充分にあり得ると思ったのだが、よくよく考えればコルダが”この程度”の事で記憶に障害が出るのだろうか。言っては何だが、彼女の肝っ玉の太さは並みではない。


「ふむ。……まぁいいや、とりあえず外に出ようぜ。こんな辛気くさいところ、いつまでも居たくないしな」


疑問に思った彼だが、すぐに思考を中断してしまう。もう外では夜も明けかかっている事だろうし、遺体が燃えさかっているところにいるのも心理的にも憚られる。


マモルの言葉に残りの二人は頷き合い、眠ってしまっているタクトを、レナと協力して背におぶる。おぶった途端、彼が立てたくぅっという可愛らしい寝言に思わず、一体誰がこんな風に育て上げたのだろうと自問する。ある意味で、彼の将来が危ぶまれた。


背負ったタクトを含めた四人は、前の広場へと繋がる通路へと足を向ける。この広間から出て行くと言うときになると、誰ともなく振り向き中央で燃えさかる炎を見やった。しばし眺め、起きている三人は黙祷した。ーー相手が外魔者とは言え、これぐらいのことはして良いだろう、と思いながら。


「……あれ、アイギットは?」


「えっ?」


黙祷を捧げ、再び歩き出した途端にレナがそう問いかけた。そういえば、アイツはどこに行ったのだろうか?


「お前が見ていたんじゃないのか?」


「途中までは見ていたんだけど……。でも、傷を治したらコルダを助けに行けって……」


レナに向かって言うと、彼女も驚きを隠せない様子で答えた。それを聞いていたコルダは、ぱちりと瞳を瞬いて俯く。やがて、何かを思い出した様子で恐る恐る口にし出した。


「そういえば……捕まっている途中で、本部長さんが一つ手前の広場に向かっていったような……」


「それって、まさかっ!?」


「……おいおい、あのバカッ!!」


彼女のその言葉を聞いて、レナとマモルは典型のように閃いた。本部長、つまり彼の父親との間にある深い溝のことに。


ののしり声を上げたマモルはすぐさま走り出し、その後をレナとコルダが追いかける。その行動に何ら尋ねることなく走っている姿を見るに、アイギットの、父親への隠しようもない憤怒をコルダも見ていたのだろう。


まさか自分の手で父親を殺そうとしたのか、という考えが漠然と浮かんできたが、それはないと首を振る。あの広場にはもう一人、ギリ生徒会長がいたからだ。そういう面では頼りない物の、止めようとはするだろう。


人一人背負って走っているためか、すぐにマモルの息が上がってきて、後ろを走る女性二人に追い抜かされかけたのは、ちょうど手前の広場へと通じる通路の半分ぐらいに達した所であった。


一同はそのあたりで減速し出す。前方に、三人の男性ーー一人は縛られ、他の二人の内一人はセイヤだと判明した。だがもう一人の、縛った男性をセイヤと挟み込むようにして歩いている男には見覚えがなかった。


「セイヤさんッ!!」


「ん? おう、お前らか」


とりあえずレナは、知っている中で味方のはずのセイヤに声をかける。すると彼は振り向き、相手を確認すると微笑みを浮かべて手を上げた。


しかしその微笑みがすぐに強ばり、上げた手も行き場をなくしたかのようにずりずりと下ろしていく。その動作を見て、彼女はもしやと思った。


黒騎士の遺体を目の前で燃やしてしまったことに、何らかの引け目を感じているのではないだろうか。つまり、自分たちの目の前で非情なことをしてしまい、今まで通りに接して良いのかわからない、といった心境なのだろう。


ーー流石にそれは、あまりにも自分勝手な推測だが、あながち外れてはいないとレナは思っている。何を隠そう、一時期自分もそう感じていた時があった。押し黙ったセイヤと一同の間に、微妙な空気が一瞬流れたが、それは彼のとなりにいる年上の精霊使いの言葉がうまい具合にそれをかき消してくれた。


「お、もしかして学園側で言ってた威勢の良い子達か。初めまして、だな。アンネルという」


アンネルと名乗るその人は、マモル達を見て軽く手を上げて自己紹介する。セイヤの肩を叩きながら、彼とは同僚なのだと言う。そのためか、マモル達も懐疑的な視線をついアンネルに向けてしまった。その視線に気付いたのか、若干眉をひそめてアンネルは尋ねる。


「なぁ、何か警戒されてないか?」


「……ま、まぁ……」


「…所で、なんですけど」


曖昧な笑みを浮かべるセイヤをほっといて、こほんと咳払いの後にマモルが口を開いた。


「ここに来ていたもう一人の生徒……、アイギットを知らないっすか?」


「………」


アイギットの名前を出した途端、セイヤとアンネルの二人の視線が両脇に挟んでいる一人の男に向けられた。俯き、両手を縛られているが、一同は直感でその人物が誰なのか察しがついてしまう。黙りこくったグラッサを見て、これはまずったかな、とマモルは顔をしかめてポリポリ頭をかきむしる。


とにかく、彼を両側から挟んでいる二人は、無言を貫く彼をどう受け取ったのか、一つ頷いてアンネルが口を開いた。


「彼なら、現生徒会長殿と共に外で休ましているよ。私たちをここに連れてきてくれた生徒会の役員達に、治療とかを頼んでおいたから多分大丈夫さ」


「そ、そうですか」


それを聞いて安心したのか、レナはふぅっとため息をついて安堵の様子を見せた。アイギットの頼みとは言え、治療を中途半端で終わらしてきたのが懸念になっていたのだろう。それも払拭されたため、彼女の心境は大安心と言った具合である。


一同は歩みを再開し、先頭を歩くのはアンネルとセイヤ、そしてグラッサ。その背後から付いてくるのはマモル、レナ、コルダの順である。アンネルは、背負われたタクトを一瞥し、にやりと笑みを浮かべた。


「おうおう、ぱっと見じゃほとんど女の子だな、お前の従弟は」


「……」


(……あれ?)


「それ、一応こいつのコンプレックスなんであんまし突っ込まんであげて下さい」


隣を歩くセイヤに言った言葉だが、彼はそれに反応せず、代わりに返答をしたのはすぐ近くを歩くマモルであった。


「……ん? あ、あぁ、そうだな」


引きつった笑みを浮かべたセイヤの顔を見て、マモルは首を傾げかけた。どことなく暗い、何か思い詰めた表情をしており、そんな彼を見たアンネルも驚きを露わにさせた。ーー思い悩んでいる、のか?


そう思ったアンネルだが、ふとそのわけを諒解した。自分たち”マスターリット”が行ったことを、彼等に見られたからだろうか。だが、それは暗部にカテゴリされる部隊に身を置いている以上、覚悟しなければならない事のはずである。大甘だな、とアンネルはため息をついた。


ーー奇しくも従弟に言った言葉が、従兄に帰ってきた訳である。当然、アンネルはそんなこと全く知らないが。


「………」


そんな一同の会話を、聞き耳を立てて聞いていたグラッサは、前方から光が差し込んできたような気がして顔を持ち上げた。ーーそろそろ、息子とご対面の時である。ふぅっと大きくため息をつくと、手にかけられた拘束具に目をやる。当然ながらそれには、拘束した者の魔力を封じる魔法がかけられており、今の彼には簡単な初歩魔法さえ使用できない。


数秒それを眺めていたが、やがて視線を背後に向けると、背後を追従してくるマモル達に目をやった。彼から見て左側に位置するアンネルが、その動きにぴくりと目尻を動かした。彼等と会話をする心つもりだろうと見当は付いたが、いちいち小言を言う仕草でもない上に、一応元の役職を考慮し、自由にさせた。


「……アイギットの、友達かね?」


「あ、はい。そうだけど……?」


突然呼びかけられたことに驚いたのか、マモルは目を瞬いた。


「…そうか」


彼の言葉に、グラッサは優しげな瞳をして見やる。その目を見て、彼等はふと、漠然と思った。ーーこの人が、一体アイギットに何をしたというのだろうか、と。


グラッサは数秒間、マモル達の顔を順番に見やっていたーーその中でも、タクトに注ぐ視線は妙な懐かしさが含まれているように見えたーーが、やがて小さく微笑みを浮かべると頭を下げた。


「……あの子を、よろしく頼むよ」


「……へ?」


(?)


突然の言葉に、素っ頓狂な声を上げたマモルと、どういうことだと眉根を寄せるアンネル。ーーその意味は、後になって判明する。




「このバカ共ッ!!」


「は、はいぃ!」


「いたッ!?」


「あたっ!?」


長い洞窟を歩き終わり、やっと外に出た彼等を待ちわびていたのは、学園の教師陣による洗礼だった。特に生徒会ではない、未だにグースカ眠っているタクトを除いたマモル、レナ、コルダの三人に待ちわびていたのは、担任教師であるシュリアからの鉄拳制裁だった。


例外なく頭上にたんこぶを作り、怒れる彼女の目の前で正座する姿は、一同に微笑みをもたらした。ちなみに、タクトは眠っていると言うことで保留にされ、アイギットはすでに説教を終えられていたようで、疲れた様子で横になっている。


「だいたいあんたはいつもいつも……!!」


「……ギリの口から何か出てる」


「……あー、お嬢、もうその辺で勘弁しといてやれ。野郎もう魂抜けてる」


その隣では、生徒会の面々とアニュレイトを含んだ一同がおり、セシリアのいつまで続くのかわからないお小言に、正座されて聞き入っていたギリの表情は何かが抜け落ちたように無表情だった。眼鏡をかけた童顔の男子生徒、フォーマが言うように、わずかに開いた口からポワンと何かが外に抜け出そうとしていた。きっとこれが、抜け落ちた何かなのだろう。


そんな和やかな雰囲気に満ちている空間の中、どこにも関わっていない三人がいた。


内一人が、両手を拘束具によって縛られ、そんな状態でもしっかりとした視線であたりを見渡していた。その瞳には、まるでこの光景を焼き付けておこうとする意思が見え隠れしている。


「………」


「……」


じっと生徒達の方に視線を向けるグラッサを一瞥し、アンネルも吊られて同じ方向に目をやった。ーーそこには、笑い顔があった。


怒った顔、沈んだ顔、足の痺れに耐える顔、何かが抜けた顔、呆れた顔ーー様々な顔があるが、そこには皆必ず、表情のどこかに”笑み”を浮かばせていた。


「……ふ、柄じゃないな……行くぞ、セイヤ」


「……了解。行きましょう、グラッサ」


「………」


内心感じた郷愁にも似た物をため息とともに吐き出し、頭をかいたアンネルの言葉に頷いたセイヤは彼を促した。こくりと頷いた彼を連れたって森の中へと歩みを進める。これから向かう先は、学園の教師達に頼んで展開させておいた転移術がある場所。そこからは直接フェルアント本部に繋がっている。


以前そこのトップだった人間が、今や囚人である。何とも皮肉なことだろうか。


そして転移術がしかれた場所へは、アイギットのすぐ側を通らなければならない。そのことに気付きつつ、しかしグラッサは何も言わない。


疲れを癒やすために横になっていたアイギットは、何かが近づいてくることを感じ取ったのか、目を開けてセイヤ達を一瞥する。すると、彼は目を大きく見開いて上体を起こした。


その動作に、訝しげな表情を浮かべるセイヤとアンネル。だが、すぐに注意は足を速めたグラッサに向いてしまった。遅れるわけには行かないと、彼等も足を早める。


ーーその一瞬の隙に、アイギットは証を取り出した。そして証特有の能力、”原形を保っていれば、ある程度は形を変えられる”ことを利用し、レイピアを縮小させる。刃渡り二十センチぐらいまでに縮んだそれを、かけられた毛布の中に隠し持つ。


それを目ざとく視界の端で捕らえたグラッサ。しかし何を考えたのか、それを口に出すこともせず、ましてや見ないふりをするかのように瞳を閉じた。


(……すまない)


心の中で謝罪する彼は、脳裏に一体誰を思い浮かべたのだろうか。


二人の距離が、どんどん縮まっていく。アイギットの瞳がぎらりと光る。後三メートルーー二メートルーー一メートルーー。


「……」


「………っ!」


二人の体が交差した、その瞬間。無言のまま目を閉ざしたグラッサ。逆に、瞳を限界まで見開き、無言で手に握ったレイピアを突き出そうとするアイギット。


前方で起こった出来事に驚き、しかしそこは第一位クラスの実力を持つ故か、即座に動いたセイヤとアンネルだが、もう遅い。アイギットが突きだしたレイピアは瞬時に元の大きさにまで戻り、グラッサの体を、心臓を貫こうとして。そして彼も、それに甘んじようとしていた。


だが、いつまでたっても体を貫かれる痛みが、グラッサを襲わなかった。


「……?」


疑問に思い、瞳を開けるとーーすぐさま、瞳が見開かれた。


レイピアを握るアイギットの右腕を、誰かーー今までずっと眠っていたはずのタクトが、寝ぼけ眼ながらもしっかりとした光を放ちつつ、掴み、止めていた。


「……何で、だ……っ!!」


誰もが彼等の行動に驚き、身動き一つせず、話し声はかき消えた。耳を澄ませば風の音が聞こえてくるような、痛いほどの静寂の中。ギッと目を細め、殺気を放ちつつアイギットはタクトを睨み付ける。だが、それに臆することなく、彼は口を開いた。


「……お父さん、でしょ? たった一人しかいない、君のお父さんでしょ……?」


「……っっ!!」


その言葉に、ギュッと唇をかみしめた。憎々しげにタクトを睨み、彼は叫んだ。


「何も知らないくせに、生意気なことを言うんじゃねえッ!! 父親だから、憎いんだよッ!! こいつは……、こいつは、母さんを殺したんだッ!!」


知らず知らずのうちに、彼の瞳から、一筋の涙がこぼれた。


彼が初めて告げた、父親を憎む理由。周りはハッと息を飲んだが、タクトだけはそれを聞いても静かだった。


未だに寝ぼけ眼だが、その奥からはしっかりとした、優しげな光を放ち続けている。その光が、どことなくアイギットの母親の瞳と重なり、彼は自分を抑えきれなくなった。


せき止めていたダムが決壊したかのように、次々と言葉があふれ出した。


「優しかった母さんを……周りからどれだけ嫌な思いをさせられようとも、周りからどれだけ馬鹿にされようとも! 必死に、クソ野郎の役に立とうとがんばってきたお袋をッ!! こいつは殺したんだッ!!」


そして彼は、目の前にいるタクトの胸ぐらを掴み上げ、その目を真っ正面からのぞき込む。彼のレイピアが落ちる音が軽く響き、流石にその行為によって目が覚めたのか、軽く驚きに見開いた。


目が合ったとき、アイギットから何を感じ取ったのか。彼の拳が、軽く握りしめられたことに、アイギットは気付かない。


「出生の事で……自分にはどうしようもない事で、周囲から疎まれてッ!! そんなお袋が邪魔になったんだろッ!? だから殺したんだろッ!! 自分の、”貴族”って言う金看板を守るためによぉッ!!」


その絶叫は、タクトに向かってではなくーーこちらに背中を向けたまま、一人たたずんでいるグラッサに向けられたものだった。


平民と貴族の、身分違いの恋。巷の小説では、たびたび話に使われる題材だが、それが現実で成功した例はごく少ない。


まず、世間体に響いてくるのだ。貴族の間では、その手の話はほとんど筒抜けであり、周りからの嘲笑をもらうハメになる上、相手の方も身内(貴族達の方)から厄招きと罵られる。ーーたいていの場合、それに耐えきれずに夫が平民での妻を殺したという話は、さほど珍しくない。アイギットが言っているのはそのことであった。


一同の視線がグラッサに突き刺さる。彼の、一人息子の血を吐くような叫びを耳にした彼は、しばらくの間無言を突き通していた。だがやがて、彼は振り返ってアイギットを見やり。


「……私は……彼女を、愛していた」


「……ッ!?」


「そして……アイギット。お前のことも、だ……」


淡々と語られた口から呟かれた言葉。それに、アイギットは目を見開いた。


彼は続ける。


「お前の手にかかって死ぬのなら、それもまた本望、と思っていたのだがな……。世の中、何があるかわからないものだ」


どこか、張り詰めていたものが切れたような、あるいは、彼が背負っていた重荷がなくなったような。そんな澄んだ微笑みを、彼は浮かべていた。




「……何で、だよ……」


アンネルとセイヤにつれられて、グラッサは去って行った。その後ろ姿を、アイギットは見つめ続けていた。

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