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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第31話 反撃、闇を切り裂いて~6~

今となっては懐かしいにじファンに掲載させてもらっていた軌跡シリーズ。そちらの方でも書いた気はするのですが、大事なことなのでもう一度。


作者は、めちゃくちゃ強い黒髪の剣士は皆天然、という偏見を持っていますw


いえ、ただ単に作者の処女作の主人公がそうだっただけなのですけれどもww

「はぁ、はぁ……」


乱れた呼吸を整えようともせず、グラッサ・マネリア・フォールドはひたすら走り続けていた。


胸は苦しく、汗は流れ、全身に凄まじい倦怠感と疲労感がたまっている状況で、”荷物”を持ちながら走るのは中々に困難なことであった。


「やはり、歳だな……いや、それだけではないか……」


自嘲にも似た笑みを見せ、グラッサは乾いた笑い声を上げた。しかしすぐに擦れた咳に代わり、足並みを乱す結果となる。ーーアンネルとの戦闘の影響が色濃く残っているのだ。


そのような状況では、倦怠感や疲労感に耐えながら走るのは容易ではない。それこそ、すぐにでも休んで体を癒やしたいのだろう。だが、それは今できる状況でもないのもグラッサは承知していた。


その理由の一つが、彼が今持っている荷物ーー古びた柄を持つ、一振りの長剣に理由が込められていた。


全てを切り裂くことが出来る名剣、アニュラス・ブレード。発見者が己の名前をもじって付けた銘を持つこの剣を、彼が持っているのは、ほぼ偶然の産物であった。


アンネルに手ひどくやられたあの時、一度退くために転移を使用したのだが、現れた先で見たのは、全身をくまなく切り裂かれ、地を吹き出しつつ地に倒れ込んだ黒騎士ーールージルだったのだ。


転移から現れた場所は、門のある広場に繋がる唯一のトンネル内で、遠目から見ても一目で彼が絶命したのは察しが付いた。そしてそのときに、トンネルの出入り口付近で地に突き刺さる一振りの長剣を目にしたのだ。


そこからの彼の行動は素早かった。アニュラスを回収すると、脇目もふらずに背後の洞窟へと走り出したのである。本当はその場で転移したかったのだが、生憎手持ちのポータルには転移の術が使える物を切らしていたので、走るしかなかったのだ。


もちろん、途中でアンネルと対峙するという危惧は抱いたが、今彼の手にはアニュラスが握られているのだ。相手になるはずがない。


そして、もう一つの理由。


「この剣さえあれば……」


手に握ったアニュラスに視線を落とし、ぽつりと呟いた。


全てを切り裂くことが出来るのならば、目には見えない”封印”も”呪い”も切り裂くことが出来るのではないか。突拍子もない、願望めいたその思いに突き動かされていたのだ。


この剣は、彼が今陥っている状況を、覆すことが出来る唯一の希望なのだ。それを手放すなど、到底出来ることではない。


そう、二つ目の理由はーー。


『……でもそれは、少しルール違反じゃないかな?』


「ッ!?」


突如聞こえたその声に、グラッサの足は止まった。体が震え、驚きに満ちた表情であたりを見渡す。ーー無論、狭いトンネル内には彼以外の人はいない。


(……バカな、いくら”アイツ”とはいえ、ここにいるはずがーー)


『そうだよ、僕は今そこにはいない』


「なっ……」


再び聞こえた謎の声に驚き、思わず自分の口をふさいでしまう。耳を通して聞こえて来るのではなく、精霊のように頭に直接聞こえてくるのだ。だからなのか、口に出していった覚えはないのに、まるで心の声が聞こえたかのように謎の声は自然と答えてきた。


ーーこんなことが出来る人物は、グラッサは一人しか思い浮かばなかった。そして今の発言で、それはほぼ確定した。


「……ルール違反、だと?」


『うん。僕に内緒で、勝手に”人質を解放”しようとしているからね。いつもだったらすぐに”殺して”あげるんだけど……』


背筋がぞっとするような言葉と共に、謎の声はクスクスと笑い出す。その笑い声は、とても純真で、屈託がないように感じられーーだからこそ、グラッサの恐怖は増大する。


ーー人を殺すことに、何の感慨もわかないように感じられたから。


でも、と頭に響く謎の声は続けた。


『君はおおむね僕の要望に応えてくれた。……だから君をどうするのかは”彼”に一任しようと思う』


「……彼?」


眉をひそめ、思わず口に出した途端。


今まで謎の声に気をとられていたせいで、注意力が散漫していたのだろう。前方から、一人の男がいることにようやく気がついた。


前髪は長いが、全体的におとなしい黒い髪型に、同じく黒い眼。服装も黒っぽい色で統一しているためか、注意力が散漫していたとは言え、今まで気付きにくかったのも無理はないように思える。


「……っ」


謎の声から察するに、この男は自分の命を刈り取りに来た死神なのだろう。手に持つ細身の長剣がそれを物語っていた。覚悟を決め、手に持ったままだったアニュラスを構える。


『ちなみに彼、僕にも”見えない”んだ』


(……?)


と、まるでそれを待ち構えていたように、謎かけのような事を声の主は語りかけた。僕にも見えない、その意味とはーー。


『この世のどんな物事も”識る”ことが出来る僕にも見えない。だからもしかしたらーー』


謎の声がそこまで言った途端、黒い男が音もなく突進してきた。その意外な早さに驚き、僅かに反応が遅れたグラッサの頬を、男が突きだした剣先に切り裂かれる。


『……君は、生き残るかも知れないよ?』


ーー謎かけの意味はわからなかった。しかし、二つわかったことがある。


謎の声の主はーー”あの子”はこの男に興味を持っていることと。もしかしたら自分は、生き残ることが出来るかも知れないということ。


突進してきた余勢を生かしてグラッサの背後へ流れていき、残心を解くと男は剣を振るってきた。


 ~~~~~


「ええい人使いの荒い……」


ぶつぶつと文句を言いながらも、先人アンネルの指示に従ってトンネルを全力疾走している分、セイヤはまだ先輩の言うことを聞く方なのだろう。彼等の同僚の中には、全く命令に従わない困った君、ちゃんがいるというのに。


それはさておき、アニュラスが消えたことをアンネルに報告した途端、トンネルを逆走してこいとおしかりを受け、走っているセイヤは、ふと前方から何か嫌な気配を感じて足を緩めた。


その気配は、アニュラスにとりついていた黒騎士の力の源である”ダークネス”が放つ気配に酷似していて、自然と警戒度が上昇してしまう。邪魔にならないようしまっておいた自らの証を法陣から取り出し、いつでも振るえるように構えておく。


警戒を高めながら、そのまま数歩進んだときだろうか、前方から何か堅い物が切り裂かれるような音がし、それを最後にさらに数秒ほど沈黙が続いた。


(……? 何だ、今の音……?)


自然と止まってしまった足を動かそうとしたとき、自分の持っているポータルが突如発動して、彼の動きを妨げた。発動したポータルに刻まれた呪文は、通信系の魔法。ただし、魔力によって形成された像が話すのではなく、精霊との繋がりを利用、応用した直接の思念通信である。


(セイヤ、今の轟音、聞こえたか?)


(ああ、まあな)


頭に響く声は、間違いなくアンネルのもの。誰もいないにも関わらず、つい癖で頷いてしまってから音が聞こえた方向へと視線を向ける。しかし相変わらずの暗闇で、何も見えない。


(……気をつけた方が良さそうだな。何か、嫌なもんを感じる)


(あんたもっすか)


自分とアンネルがいた位置を考えると、どうやらあの暗闇の向こう側に彼がいるようである。だが、彼が今の轟音について聞いてきたと言うことは、セイヤとアンネルのちょうど中間地点から音がなったようだ。


お互いに闇の中故、見ることが出来ないのだろう。ーーそしてお互いに、そこから嫌なものを感じ取ってしまっている。ち、と舌打ちを一つ放つと、セイヤは恐る恐る足を進めだした。


どのみち、ここを通らなければ外にも出られないのだ。開き直り、セイヤは背中に浮かんだ冷や汗を意識しつつ、歩みを進める。


何故、冷や汗が流れるのか。何故こんなにも嫌な予感がひしひしとするのか。その理由も、おぼろげながらわかってきた。暑くないのに頬を伝う汗をぬぐい、じっと目先にある闇を見つめーーそして、それを見た。


「っ!?」


進んだ先で見た物は、驚くべきものだった。二十代になるかならないかの、黒髪の青年が手に細身の長剣をぶら下げ、地面に倒れ伏しているグラッサを所在なさげに眺めているところである。まるで、この人どうしよう、と首を傾げそうな雰囲気からは、この青年の人の良さが伝わってくる。


事実、セイヤがいるその場所からでは、青年の横顔しか見られなかったが、それでもどことなくお人好しそうな印象が浮かぶ顔立ちをしていた。


だが、セイヤが驚いたのはそのことではない。人の良さそうな青年から感じる、圧倒的な気配ーーいや、闘気と言い換えても言い。牙をむいた獰猛な肉食獣のそれに近い物を、”そこにいるだけで感じさせる青年に”驚いているのである。


これに近い物を、セイヤは身近な所で感じることがある。つい数ヶ月前に帰省した生家の家長、桐生アキラが放つ気配によく似ていた。だからこそ、警戒度を一瞬で急激に高めたのだ。


凄まじい手練れーーそれこそ父、アキラに匹敵しかねないほどの。


青年の向こう側からやってきたアンネルが彼を見て、やはり何かを感じ取ったのか、手にした双刃を握る手に力を込めながら、そっと近づいてきた。その表情には、自分と同じ警戒の色合いが濃く表れている。


と、そこでようやく青年がこちらーーつまりセイヤの方に視線を向けた。だがその動きを見て、彼は悟る。青年の動きは滑らかで、セイヤの方は一度も見なかったくせに、あたかも最初っからいることがわかっていたかのような、自然な動きだったのだ。


それだけ見ても、彼がどれほど気配に鋭いのかが感じ取れる。自然と剣を握る手に力を込めながら、セイヤは職務質問ーー刑事ではないがーーするような心情で口を開きかけて。


「ワリィ、ちょっと道に迷っちまってよ。出口、教えてくれないか?」


それより早く、青年の人の良さそうな、満面の笑みを浮かべて手を上げた彼に、セイヤは何とも言えない微妙な表情を作り上げた。青年の背後にいるアンネルも、その問いかけを聞いて瞼をぴくぴくさせる。


「……迷子か? それにしちゃあ、でかい迷子だな……」


「いや、こんな一本道の洞窟で迷子になるわけないだろう!?」


あまりにも呆れ果てたのか、セイヤはぼけた事を口にし、青年の背後にいるアンネルは首を振りながら思わずツッコミを入れる。そんなことよりも二人には、洞窟の入り口が人に見張られていることを思い出して欲しい。


「……あー、いや、その、な……? ……俺、どっちから来たんだっけかなぁなんて……あはは……」


前後に指を差し向け、ぽりぽりと後頭部をかきながら乾いた笑みを浮かべる青年の様子に、白々しさを覚え、落ちついてきた二人はジトッとした視線を送る。


目線を前と後ろに行き来させ、セイヤとアンネルをちらちら見やりーーごほんと空咳をした後、背後に向き直った。アンネルを見やり、今度は彼の方が何とも言えない微妙な表情を浮かべて、


「……やっぱ苦しい言い訳だったな、うん。……おたくら、お役所の方々?」


ぽつりと聞いてきた。何かすっかりやる気をなくしてしまったアンネルは、ため息混じりに頷く。


「そうだ。とりあえず、ここで何をやっていたのか詳しい話を聞きたいから、付いてきてくれないか?」


「う~ん、あんたらの方も仕事だろうから、ここは素直に従っても良いんだが……」


その問いかけに、彼は悩む素振りを見せていたが、しばらくした後に首を振り、今まで見せていたのんびりとした雰囲気が打って変わった。まるで研ぎ澄ました刃を思わせる雰囲気を纏い、青年は長剣を握った右腕を引き絞るなり、腰をずんと下ろした。


彼が構えた瞬間、先ほど感じ取っていた闘気がますます増大していくのを感じ取れる。


「悪いね、今は従えない。……ここでの用事も済んだんだ、強行突破させてもらうよ」


「……ほう」


彼に半ば誘導されるようにして、青年に対する警戒度を減少させていたアンネルだが、その彼の気配と構えを見て再び上昇する。あの構えからは突き技が放たれると予測しているのだが、この狭い洞窟内ではその方が有利なのだ。


それに、彼から放たれる圧倒的な気配。つい青年に誤魔化されかけるが、とても油断ならぬ人物だと言うことははっきりとわかった。


ーーあの僅かなやりとりでそこまで油断を誘う男だ、きっと狡猾なのだろう、とアンネルはもとより青年の背後にいるセイヤも思っていたがーー残念ながら、それは見当違い。邪推もはなただしい所であった。


人を騙す、という器用なことが出来るなら、この青年はもっとうまく人生を立ち回っている。故に、


「はぁっ!」


「ぬっ!?」


気合いの声を上げ、剣を構えた姿勢のまま、青年は突撃を開始する。初速のスピードはかなりの物であったが、なにぶん動きをすでに読まれている。体を半身にすることでアンネルは彼の突進をするりとかわし、すれ違いざま、がら空きの胴体に反撃の一撃をたたき込む。


ーーだがそれは、青年の動きによって黒衣を切り裂くに留まった。突進中に体をひねってアンネルの一撃をするりとかわしてのけたのだ。


これには、長い戦績を誇る彼も驚愕した。背後に控えるセイヤと同年代に見えるこの青年からは、軽業師のように素早く、そして無理なく体勢を入れ替える彼の手際の良さは想像できなかった。


(いや待て、アイツ……)


だがそこで、アンネルはふと思った。


(……一瞬、俺より先に動いた……よな? まるでーー)


ーーこちらの動きを、先読みしたかのように。


漠然と考え、首を振る。どうやら相手の強さに、邪推の念を抱いてしまったからだ。ーー自分よりも若く、そして強い青年に嫉妬し、ケチを付けようなどとは。いい大人がなんと情けない。


双刃を構え直し、彼はじっと青年を睨み付ける。先ほどのやりとりで緩んできた気持ちに、冷水をぶっかけられたような気がして、ようやく気合いが入れ直った。


さぁ、ここからが全力だーーと言うところで、当の青年がくるりと振り向いて、


「んじゃ、おさらば~」


「……って、待てぇいッ!!」


まるで友人にまた会おうとでも言うような気安さで別れの言葉を吐き出したため、アンネルとセイヤの反応が僅かばかり遅れた。その隙に彼は長剣を眼下の石床ーー街中のそれとは比べものにならないほどでこぼこしたそれに突き刺すと、驚くべき事が起こった。


なんと青年とアンネル達を隔てるように洞窟の石壁がせり出してきて、がっちりと塞いでしまう。おそらくコベラ式の属性変化術を使って動かしたのだと思われるが、問題はそこではない。


問題はそれを、”法陣も、呪文も使わずに”使用したことである。一体彼は何者なのか、驚きによる驚きの連続で、もはや考える余裕をなくした二人は、目の前で通せんぼしている土壁に、何とも言えない複雑な視線を向けた。


「……とりあえず……逃げ……られた、んだよな?」


「……あぁ」


恐る恐る聞いてきたセイヤに、嫌々ながら頷いてアンネルは答えた。両者の口調からは、何故か凄まじい疲労感が感じられた。

と言うわけで、新キャラが現れた訳なのですけれども。


……誰だが、見当は付きますよね?(笑)

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