第31話 反撃、闇を切り裂いて~4~
恐らく年内最後の更新。だからという訳ではないのですが、今回はやや短め。
後三話、長くて五話ぐらいかな~、第一章が終わるのは。
それでは、気が早いですが良いお年をッ!!
ーー時をさかのぼり。アイギットをつれて洞窟の通路側に退避したレナは、中断されていた彼の治癒を再開させる。黒騎士の持つ魔力硬化現象は、ここまではその力が行き届かないのか、彼女が危惧していた魔力硬化は起こらなかった。
ほっと一息つきつつ、呪文を唱え手早く治癒を行っていく。と、不意に横たわっていたアイギットの手が伸び、レナの細腕をしっかりと握りしめた。
「えっ……? ど、どうしたの?」
突然の事にしどろもどろになりつつそう尋ねると、アイギットは何か言おうとして、表情を歪ませる。口を動かすだけでもつらいのだろう、そう感じたレナは慌てて言い募る。
「ま、待ってアイギット。少しだけ辛抱して、すぐに治癒をするからっ」
「そうじゃ、ない」
静止するために投げかけた言葉だが、彼は首を振ってそうではないと否定する。顔を痛みにしかめながらも、はっきりとした声音でレナに告げた。
「……傷の治癒は、血を止める程度で良い。代わりに、頼みたいことがあるんだ」
しっかりと目を見て語りかけてくるアイギットの様子は真剣そのもので、うっと言葉に詰まってしまう。本当は、そんなことダメ、ちゃんと安静にしていなさいと言いたくなるのだが、それを躊躇わせる何かがそこに宿っていた。
ーーそれは、父親に対する恨み、だからであろうか。
レナはそんなことが頭によぎりつつも、そんなわけないとすぐさま雑念を捨て、治癒を続けながら言った。
「……何?」
「さっきの広場にあった巨大な門、覚えているか?」
問われ、すぐさま頷きを返す。今タクトとマモルが戦っているであろうあの場所の岩肌に、埋め込まれるようにして鎮座していた、異質な雰囲気を纏った門は記憶に新しかった。
「あそこの近くに、コルダがいるはずだ」
「えっ? で、でも見た時はいなかったよ?」
アイギットの発言に、目を見開き驚きを素直に表した。門を見た時、その雰囲気故に全体にくまなく視線を投げかけたが、目立つ紫の髪はついぞ見当たらなかった。何度記憶を再生しても、あの場にコルダの姿は見かけなかったように思える。だが、彼はさも当然というような顔つきで口を動かした。
「隠蔽魔法という物があるだろう。あれだよ、あれ」
「……全く気付かなかった」
治癒が効いてきたのか、喋るときにはもう痛みを感じない様子である。しかし、体を動かすのはまだつらい様子で、身動ぎしてはやや顔を曇らせる。
人や物の姿を隠、見えなくさせる隠蔽魔法は、それこそ魔力感知力が高くなければ見破ることは出来ない。タクトぐらいなら、それがかけられていることに気付くかも知れないが、それも集中してでの事だ。そう簡単には看破できない。
しかし、ならば何故アイギットは知っているのだろうか、と当然のように疑問がわいてくるが、それを問いかけることなく彼は答えてくれた。
「俺は、お前らよりも早くこの場所に来ていたからな。コルダがあそこに拘束されていることも、眠らされて隠蔽魔法をかけられたのも、実際に見たさ」
「そう……」
実際に見た、と言うことなら確かなのだろう、あの近くにコルダがいると言うことは。だが、レナはあの門には異質な何かーーもっと言い換えれば、”邪悪な何か”を感じるのだ。それこそ、黒騎士の力の源でもあるダークネスとは、比べものにならないぐらいに。
それに、あの門を見た際、タクトの様子が若干おかしくなったのも気になった。目が慣れたとは言え、流石に暗闇の中で人の顔色の変化を見極めるのは困難なのだが、あの時、タクトの顔色が僅かに青白くなったのを見た。一体彼は、あの門に何を感じ取ったのだろうか。
「じゃあ、コルダがあそこにいるのは、確かなのね」
これ以上深く考えれば、話が脱線しかねないので、あの門についての思考を切り上げ、そう告げる。途端、我が意を得たり、とばかりに頷いたアイギットが、やや顔をしかめながら上体を起こす。
「ああ。それで、頼みたいことなんだが……彼女を、助けてやってくれ」
「う、うん、わかった。でも、アイギットは……?」
何だ、そんなことか、とばかりにほっと胸をなで下ろし、すぐに気になった点を問いただす。彼の言葉はまるで、自分抜きでやってくれ、と言っているような気がしたからだ。
「……ここで、ちょっと休んでる。流石に、へばってきたさ」
そう言って、起こした上体の背を岩壁にくっつけて、瞳を閉じた。きっと、見えないところで疲労困憊していたのだろう。その様子からは、レナが内心密かに危惧していた事は起こらなさそうだなと判断し、血も止まってきたので、彼の頼み通り治癒魔法を解除する。
「ここで待ってて。すぐにコルダを助けて戻ってくるから」
すぐさま立ち上がり、彼女は広場めがけてかけだした。ーーその後ろ姿を薄目を開けて見送ったアイギットも、すぐに立ち上がり、顔を伏せて謝罪の言葉を口にする。
「……すまない、みんな」
それだけ言うと、彼は踵を返して、ギリと、そしてグラッサが戦っているであろう場所めがけて走り出した。
内心の危惧が見事に的中したということは露知らず、レナは広場まで後一歩という所で立ち止まった。そこから後ろを向いてアイギットがいないことに気付くーー訳はなく、躊躇するように広場へと身を乗り出して、状況を見極める。
「くそっ……」
「ウアァァァァァッ!!」
黒騎士が叫びと共に、長剣を縦横無尽に振るい続ける。そのたびに、斬撃の延長上にある、天井付近の岩肌がざっくりと切り取られていき、そのかけらがぱらぱらと地面に落ちてくる。
しかも、黒騎士の所業はそれだけに留まらない。全身から吹き出した魔力を硬化させ、六対十二の鋭い触手が、情け無用とばかりにタクトに襲いかかっていた。だが、そうはさせじと両者から離れたところにいる少年が、一気に証から弾丸を打ち放つ。
「……タクト、マモル……っ!」
黒騎士と戦っている二人の少年達の名を思わず呟き、しかしすぐにコルダを助けなければと言う思いに突き動かされ、首を振る。きっと彼らもコルダのことを気にかけているのだろう、その証拠に、出来るだけアニュラスの軌道を、無理矢理上方向へ向けているのだ。先ほどから天井から降り落ちてくるがれきの破片は、それである。
「………」
表情に悲痛な物を浮かべ、くっと唇をかみしめるレナ。魔力硬化結界の中では、やはり魔法は使えない。その事実が、彼等の力にはなれないとはっきり伝えていた。なら、出来る範囲のことをしなければならない。
ーー今、あたしに出来ることは……ーー
「……っ! いたっ!」
焦燥を無理矢理忘れ、岩に埋め込まれるようにしてそこにある巨大な門へと視線を向ける。ーーそこで、それが目に映った。
門の目の前にある、まるで祭壇のような空間。そこに、一目で何かを封印するタイプの拘束具がはめられている少女が、体を横に倒していた。ここからではよくわからないが、どうも身動き一つしていなさそうである。
「っ、コルダ、待っててッ!」
瞬間、喉元に迫り来る悲鳴を何とか飲み下し、時折頭上から振り落ちてくる小さな破片に顔をしかめつつも、一心不乱に走り出す。
ふと、タクトとマモルの方に視線を送ると、タクトは黒騎士の触手を切り裂いて沈黙させる。やがて再生するのだが、しばらくの間時間は稼げると判断したのだろう。
一方のマモルは、アニュラスが振られようとした際にのみ証を発砲するのだが、凄まじいまでの命中精度を誇る彼の弾丸は、的確に黒騎士の頭部や篭手、アニュラスの剣腹に当たり、その衝撃で斬撃をずらし、時には能力の発動そのものを不発にさせる。
見事な連携を見せる二人に、大丈夫そうだと判断したレナはホッと息を吐き出して、コルダまでの残り数メートルを全速力で踏破する。
「コルダ、大丈夫!?」
倒れたままの彼女に、飛びかかるようにして近づくと、すぐそばでひざまずき、コルダの体を揺する。全身に巻かさった、金属製の拘束具にはびっしりと文字が書かれている。その文字を一目見て、精霊語で書かれているのを理解すると、レナは拘束具の正体に気付いた。
「ポータル? しかも封印系の呪文?」
一体、何を対象にして封印するのだろうか。いや、それよりも魔力硬化結界内でもポータルは普通に発動するのだろうか、と次々に浮かんできた疑問を打ち消し、レナは首を振ってコルダの左手首に指を当てる。
わかる範囲で計った脈は、トクントクンと小刻みに、規則正しく振動を指に伝え、ほっと一息つく。どうやら、気絶しているだけのようである。それがわかると、安心したようにレナはぼやいた。
「……全く、心配かけないでよね……」
「……っ……」
と、緩ませた表情での呟きが、コルダの意識を呼び覚ましたのか、瞼が微かに振るえーー持ち上がった。しばらくは寝起きのさいと同様の、まだ覚醒しきっていない目でレナのことを眺めていたのだが、やがて完全に覚醒するといきなり上体を起こした。
「れ、レナだぁぁぁぁっ!!」
「ちょ、コルダッ!?」
そのまま、素晴らしい勢いでレナに抱きつきーー両腕も拘束されているので、体当たり、というほうが正しいかーー、そのまま頬をスリスリと擦り付けてしまう。
「良かったー良かったーっ!! 心配してたんだよ~!?」
「あ、あのねぇ、心配してたのはこっちだよッ!!」
「ありゃ? そうだっけ?」
首を傾げて疑問を表す彼女に、レナは大きくため息をついた。相変わらずな自由ッぷりを発揮するコルダにやや辟易としながらも、レナも彼女を抱きしめた。そして、その耳元で思わずぼやいてしまう。
「……心配してたんだから……。無事で、良かった……」
「…………」
ぼやきと言うよりも、呟きーー安堵のそれに、流石のコルダも自由ッぷりを発揮せず、目をぱちくりとさせて驚きを露わにさせている。やがて、コルダも微笑みを浮かばせてしがみつく友人ーー親友の背中をぽんぽんと叩いてやった。
「……心配させちゃったね。ごめん」
その一言に、レナは何も言わずただ二度三度頷くだけ。しかし、それだけで充分だった。心の中で生まれた温かい気持ちに浸り、突如視界に入ってきた無粋な物に目を奪われ、反射的にレナの体ごと身を地面に投げ出した。
「危ないッ!!」
叫び、身をぎりぎりまで下げると、先ほどまで体があった空間にズレが生じていた。そのズレはやがて納まり、見えなくなっていくのだが、それを見やった二人はぞっとしない気持ちになる。先ほどまでの暖かみは、凍り付かされてしまったがごとく感じられない。
「……今の、アニュラス?」
「うん、間違いなく」
空間にズレを生じさせる、などという芸当は、彼女たちが知る限りアニュラスにしか出来ないことである。二人は顔を見合わせて意見交換をした後、恐る恐るアニュラスがある方向へ視線を向けた。
「きゃっ!?」
途端、再び二人の近いところに斬撃がたたき込まれ、岩壁が崩れ落ちる。悲鳴を上げて身を縮めたレナに変わって、コルダはじっとアニュラスの方へ、観察するかのごとく目を細めた。するとコルダは、たまに感じる、自分の意思ではない者に動かされているような感覚を味わい、諦めのため息と共にそれに身を任せることにする。
大抵、これに従えばまず間違いは起きない。勘が鋭い、と言われたりするが、それはこれによる不思議な加護のおかげという面が強い。ーーそれが何であるのかとは、全く考えないコルダであった。
「……へぇ」
流れに身を任す、とでも言うように、完全にそれに身を任せたコルダは、嫌な予感を覚えた。あの黒騎士の中にある、魔力を生成する機関、魔力炉。そのようすがおかしいと言うことに。
「……こ、コルダ?」
身を縮めたレナは、傍らにいた彼女の様子がおかしいと言うことに気付き、そっと声をかける。すると、彼女はレナの方へ向き直ると、真剣な様子で手を動かし、自分の体に巻き付いている拘束具に手をかけた。
「レナ、これ、外せる?」
「えっ? ……これはちょっと……いつも通りならともかく、今は……」
頼まれたレナも、それを見てやや顔をしかめた。ポータルそのものが拘束具であるためか、呪文を解いてやれば簡単に外れそうである。ーーしかし、問題なのは、今の結界内では魔法を発動させることが出来ないという事。その事実さえなければ、これを外すことは容易い。
「わかった。ごめんね、無理言って」
済まなさそうに言ってくるレナに対して、コルダは頓着していなかったのか、素直に頷く。ただ何となく、そう言わなければならない気がしたからだ。ーーしかし、彼女の中にいるもう一人は、悔しげに口を尖らせる。
『ええい、この戒めがなければ、あんな黒いヤツ、すぐに葬ってやるのにッ!!』
(っ!? な、なに? 今一瞬、怖気が……)
……物騒なことを言っているが、中の人は置いておいて。その思いが同じくコルダの中にいる精霊ーーモラン一族では守護霊として扱われている狐ーーに伝わったのか、体があったらブルリと震えていたとでも言いたげな口調でぽつりとぼやく。
それが聞こえたのか、コルダは不思議そうな表情を浮かべるが、すぐに頭から追い出した。この鎖が巻き付いている以上、彼女は今理の力を振るうことが出来ずにいる。無論、容赦なく硬化結界内にいるため、魔法の使用も出来ない。
「………」
いつもなら仕方がない、と思うのだが、なぜだが今に限ってはその限りではなかった。心の中で、歯がゆい、もどかしいという感情にも似た衝動をなだめるのがやっとである。
「……ホント、ダメだね、あたし。こんな時に役に立たないなんて……」
そっと息を吐き出し、側にいる友人ーーいや、親友も同じ事を考えているのか、ちらりと目配せすると、手を握りしめてきた。思わずコルダも彼女の方へと視線を向け、手を握り替えす。
二人に出来るのは、ここで手に汗を握らせながら、タクトとマモルの戦いを見つめることしか出来なかった。