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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第30話 神の力~6~

いきなり声をかけられたことに驚き、皆警戒を高めてそちらに顔を向ける。


「……グラッサ、あなた…いや、お前は……」


「お前、か。まぁ君達の反応も、無理はない」


現れた男を睨みつけ、ギリの声音が自然と低くなる。突如現れたフェルアント本部のトップ、それが何故エンプリッターと共に居たのだろうか。睨みつけられているグラッサは、ギリの様子に苦笑いを浮かべ、口を開く。


「君達は不思議に思っているだろう。何故私が、エンプリッターと行動を共にし、あげく一人の少女をさらったのか」


「話が早くて助かるよ」


彼の言葉に、ため息をついて頷く。赤い髪を掻きむしり、ギリはその瞳をスッと細めさせた。


「ついでに、もう一つの事も聞いておきたいね。さっき知ったことだが、あんたの子供についてだが……」


アイギットの事か、とタクトは悲しげに瞳を伏せた。彼の事情は朧げながらもだいたいの事は予測できた。何らかの出来事により、彼は実の父親を憎んでいる。その事実に、父親のいないタクトは複雑な思いを抱いていた。無論、そんなことは露知らないであろうグラッサは、あぁと頷くと、


「アイギットなら、向こうにいる。……安心し給え、ただ眠っているだけさ」


背後にある通路を指差し、一瞬だけ微笑を浮かべたグラッサは、すぐに鋭い視線を彼らに投げかける。眼光に貫かれ、ギリを除く三人はそれに圧倒され、一歩後ずさった。


「あの少女もいる。だけど、ここから先へは行かせることは出来ない」


「……だからといって、ここで引くわけには行かないんだよ」


その言葉を皮切りにして、ギリは法陣から証を引き抜いた。引き抜いたレイピアの切っ先と視線をびしっとグラッサに向け、その状態のままタクト達に指示を出した。


「お前達は奥に行け。そんでアイギットとコルダを助け出してこい」


「……先輩はどうするんだ、って、答えは一つしかねぇよな」


自分の言葉に苦笑を浮かべ、マモルは持っていた銃を僅かに持ち上げる。視線を一度だけマモルに向けたギリは、分と鼻を鳴らして、


「分かっているなら、聞くな。……この人の相手は、俺で大丈夫さ」


「……本当に、大丈夫ですか?」


「くどい。男に二言はない」


にべもない。レナの言葉をばっさり切り捨て、ギリはレイピアを握る手に力を込めた。その仕草を見て、タクトもため息一つついて刀を握りしめる。彼は一人でグラッサと戦う心づもりなのだろう。しかし、相手は本部長、さらには十六年前の改革を成し遂げた英雄の内の一人でもある。これで心配するなと言う方がおかしい。


そのことは、きっとギリにも十分すぎるほど分かっているのだろう。飄々とした彼にしては珍しく、弱音に近い事を口から吐き出していた。


「……勝とうと思わなければ何とかなる。それに、時間さえ稼げば応援も到着するさ」


そう呟き、ギリの頭の中にはある人物の顔が映し出されていた。顔立ちは全然似ていないが、根っこの部分では似通っているその人物の従弟の顔をちらりと見て、口元をつり上げる。


「お前達も、黒騎士とまともにやり合おうとはするな。時間を稼げ」


そう言って、彼は呪文を唱えた。それと同時に、展開させた法陣が黄色く光り出したのを見たグラッサは、表情に緊張を走らせる。


黄色ーーすなわち雷属性の色に変化した法陣から放たれるのは、当然雷。そう予測して、身構えたのとは裏腹に、強烈な閃光があたりにひた走った。


「っ!!?」


ーー属性変化改式の、光かっ。腕で目を覆い、光を遮断したが、それでも洞窟の暗闇に目が慣れてしまっていた彼にとっては、凄まじいほどにまぶしく、目を開けているのがつらいほどであった。そんな中、閃光に紛れて自分を追い抜いていった人影を三つ、確かに確認した。


「っ!? ちぃ!!」


舌打ちを放ち、振り向き彼等めがけて魔法を放とうとした瞬間、背筋に嫌な物が走り身を横へ投げ出した。確認する暇はなく、また、確認しようにも光がまぶしくてまともに見えない状態では、己の勘に頼るしかなかった。


結局、己の勘は半分あたり、半分はずれる結果となった。


確かに、自分めがけて飛来してきた物はあった。だがそれは、いくつかの小石。さして脅威となり得ないそれを避けてしまったのは、状況からしても仕方のない事とは言え、少々いらだってしまうのも無理はない勝った。無論、小石を投げつけた相手へのではなく、避けてしまった自分に対してである。


「ち、勘も鈍ったか」


「ずっとデスクワークじゃ、鈍るのも致し方なし」


ようやく閃光が納まり、グラッサは言葉を耳にした方向へ視線を投げかける。そこには、頭上に炎の玉をいくつも漂わせているギリの姿があった。彼は、持ち前のふてぶてしい笑みを浮かべると、ニッと歯を存分に見せびらかす。


「さぁ、始めるとしようかッ!!」


ギリは叫び、ばっと走り出した。対するグラッサはその場から動かず、彼の動きをじっと見つめていた。その目の動きに、脳裏にチリッと嫌な予感が走るがあえて無視。構わず、体の急所めがけてレイピアの切っ先を突きだす。


空気を貫く音が両者の耳に微かに聞こえ、次いでツィィンと鋭い物が堅い物に当たった音が響く。そのとたん、目の前にある光景に、ただ目を見開いて驚愕を露わにさせるギリは、信じられない思いで一杯であった。


「ほう、息子と同じレイピア型か。対処法が同じで助かるよ」


余裕綽綽とした表情で、グラッサは展開させた極小の法陣で、確実にレイピアの切っ先を捕らえていた。少し前、アイギット相手にも同じ事をしたのだが、そんなことは知らずに驚愕していたギリに出来たのは、身を引くことだけである。


「ちぃ!」


悪態をつき、グラッサから距離を取るため地面を蹴る。だが、そうはさせじとばかりに呪文を唱え、極小の法陣の色を変えさせる。変化した色は青、水属性の変化術。


それを見て、ギリはふと頭に彼の息子であるアイギットのことが浮かんだ。彼が得意とするのは、水の属性変化改式の氷だったーーそこまで思い出し、浮かんだその考えは即座に嫌な予感へとベクトルを変え。


「ま、ず……!」


まずい、と言いきる前に、小さな法陣から生成させた氷の礫が吐き出された。小さいとは言え、かなりの量の魔力を用いて作り出したそれは、見た目からは考えられない威力ーー氷の場合、冷気と密度だろうかーーを持っている。


高速で飛来するそれが、眼前にまで迫り、衝突。ギリを容易く吹き飛ばし、数メートルという距離があったはずの洞窟の壁へと、彼を叩き付けた。


よほど強く叩き付けたのか、彼が衝突した地点では土埃が景気よく舞い上がる。しかしグラッサの両目は土埃の向こう側に定めたまま微動だにしない。


やがて、もうもうと立ち上がる土埃の向こう側で、一つの人影が立ち上がった。それは言うまでもなくギリだろうと見切りを付けたグラッサは、口元に笑みを浮かべる。


「ほう、今のを防いだか。中々やるな」


「……ケホッ」


咳き込みながら土埃より出でるギリの表情は、頬を引きつらせた物であった。彼が右手に持つレイピアは、刀身の半ばごろを中心に氷が張り付いている。


先ほどの礫の一撃ーー大きさの割には、岩石を叩き付けられたかのような衝撃が来たそれは、法陣による防御をあっさり突き破り襲いかかってきた。それをレイピアで受け止めたのだが、そのときに刀身が氷結してしまった。一体、どれほどの冷気だというのだろうか。


しかも彼は、そんな尋常ではないものを作ったにも関わらず、表情は淡々としたままである。あまりにもありすぎた力量差に、ギリの片頬が引きつるのも無理はない。


「……うそだろ。こんなにも、”遠いのかよ”」


遠い。それはきっと、彼が尊敬し、目標として追いかけようとしていた人物。実力差で言えば、支部長であるグラッサよりも、彼の言う人の方が高いだろう。つまり、彼が目指している高みは、遙か彼方なのか。


呆然とし、しかしギリは唇をかみしめ、レイピアの柄を握りしめる。井の中の蛙ーー彼はそのことわざを知らないがーーだったことを認めたのか、僅かに俯き、目を閉じた。


(気を引き締めろ……全力で行くんだ。あいつらに良いところ見せるために……)


目を開き、呪文を唱える。すると、レイピアの刀身に炎が渦巻き、氷結した部分が解凍されていく。刀身をくまなく炎が覆ったのを見やり、その切っ先をグラッサに向け、重心を低く保ち、一気にかけ出す。


「”あの人”に……追いつくためにッ!!」


ーー遠いから諦めるのではなく、遠いなら追いかける。目の前の壁を打ち破るため、かつて自分を鍛えてくれた先輩である”セイヤ”の後ろ姿を思い浮かべながら、彼は全力で走り出した。


 ~~~~~


「この奥かっ!」


先頭を走るマモルは、通路の奥にある二つ目の広場への入り口を見やりそう声を上げる。前の広場で、グラッサがアイギットとコルダはこの通路の奥にいるということを口にしていたのでほぼ間違いない。そして、そこにはきっと、例の黒騎士もいるだろう。


精霊召還で力を大きく使ってしまったコウは、タクトの体の中で休息を取っている。まだ多少の余力は残されているとは言え、ほとんど期待出来ないだろう。精霊召還を使えるのは、マモルとレナの二人だけだ。


しかし二人の精霊は幻獣型ではなく動物型。精霊自体の魔力量の違いによって、召還の持続時間などが大きく違っていて、だいたい幻獣は十五秒、動物、自然型は十秒あたりが限界である。


それを過ぎても召還を持続させることは出来るのだが、いかんせん精霊の命はほぼ魔力と言っても過言ではない。消耗が激しい召還を持続させることは、精霊の命を奪いかねない事なのだ。そのため、精霊自体も召還をいやがるケースが多々ある。


二人の精霊であるガルとキャベラもこれに含まれていて、そう簡単には召還に応じてくれないだろう。従って、二体の助力はないと考えた方が良い。


しかも彼等は、外にいた外魔達との戦闘のせいで魔力の消費が激しく、体の中に倦怠感が渦巻いている感覚がある。疲労は感じないが、それでも少々危ないかも知れない。


切り札も使えるかどうかわからず、身体的にも優れているとは言えない。その状況の中で黒騎士と挑むのは、いささか荷が重いと言ったところである。


「……大丈夫かな」


最後尾を走るレナが漏らした弱気に、タクトは視線だけを向け躊躇うように口を開いた。


「……正直、危険だと僕でも思う。……でも、それでも」


ーー君は、僕が守る。そう言うことが、彼にはどうしても出来なかった。首を傾げて続きを待っているレナに向けて、そっと視線を外しながら、


「僕やマモルがいる。だから、大丈夫さ」


確証もなにもない、ただの虚勢を口にする。だが、レナはそれだけでも充分だったのか、強ばっていた表情を緩めてこくんと頷いた。


「……うん」


二人の会話を聞き耳立てて聞いていたマモルは、内心ため息をついていた。だが、わき上がってきたある種の感情を押し殺し、きわめて冷静な声音で言う。


「お二人さん、気を引き締めろよ」


「わかっているよ」


「うん!」


頼もしく頷く二人に一瞬だけ目配せをして、ふと微笑みを浮かべた。この二人は、何が何でも俺が守ってやる、という強い意志を浮かべて。


やがて、ようやく見えてきた広場へと繋がる出入り口。三人はそこをそろって通り抜けていく。ーーそこで彼等が目にした物は、


「うっ……あぁ……」


全身血だらけで地面に倒れているアイギットの姿であった。


「アイギットッ!!」


タクトが真っ先に叫び、彼に近づいていく。我に返った二人も、慌ててその後を追うが、途中である物に気付き足を止めた。


「何だ、アレ!?」


背後から聞こえたマモルの叫びに、タクトも足を止め、そちらを見やる、すると、彼とその隣りにいるレナがそろって右手の方向へ視線を向けていた。思わずそれに釣られ、タクトもそちらを見やる。


「っ!?」


お伽噺にでも出て来そうな、アーチ型をした巨大な扉ーーいや、門と言った方が正しいか。それが、右手の岩石に埋め込まれ、その場に鎮座している姿を見て、大きく目を見開いた。


「アレは……っつ!?」


驚きの声を上げたのもつかの間、頭の中でぴりっと何かが電撃のようにかけだした。それによって、目に映る光景と脳裏で閃いた光景が見事に重なり合い、ほんのつかの間、幻聴を見聞きした。


『お主は、ここでッ!!』


景色は現実の、しかし全身が光りながら透けている、明らかに幻覚によって見せられている一人の男が叫び、その手に握った剣を思いっきり突き出す。その剣は、もう一人いた男の胸へと吸い込まれ、声も出せずに目を見開く。剣を突き刺した男が、再び叫んだ。


『滅ぶべき、存在なのだッ!!』


その絶叫は、どこか悲嘆に暮れ、悲しみを孕んでいるようにも聞こえた。剣を突き刺したはずの男が、悲しむようにして目から涙を流しているのが、何よりの証拠である。


そして、剣を突き刺した場所、つまり胸を貫かれたもう一人の男を中心として、謎の文様ーー魔法陣が展開される。だが、その魔法陣はコベラ式とは大きく異なった文様を描いている。


だが、そこでタクトは気付いた。謎の法陣が展開された場所が、門とぴったりと重なるということ。そしてもう一つは、男が展開させた法陣、それが少し前コベラが背中に出現させた”逆三角形の、謎の刻印”と同一の物だと言うこと。


これは、一体……?


「タクト……っ」


彼が見た幻は、アイギットの弱々しい声に気を取られた瞬間、その全てが消え去ってしまった。それによって我に返ったタクトは、幻のことについては置いておいて、地面に伏している彼に駆け寄る。


「アイギット……! おい、アイギットッ!」


「……悪い、やられちまった」


そう言ってすまなさそうに笑う彼の体を抱き起こして、問いかける。


「誰にやられたの? 黒騎士?」


「ああ。……気をつけろ、ヤツは……」


苦しそうに言葉を吐き出す彼は、タクトに視線を向けた瞬間。その両目を大きく見開き、苦しそうな息の元、大声で注意を促した。


「タクト、後ろッ!!」


「っ!?」


そのときの彼の行動は素早かった。後ろを振り返ることもなく、自分よりも一回り大きい体をしているアイギットを腕に抱きかかえると、そのまま器用に前転。アイギットは何ら衝撃や重さを感じることなく体がぐるりと回り、目を瞬いた。


だが、その際にはっきりと目にした物があった。それは、彼等の後ろでたたずむ、全身を黒き鎧で覆った謎の剣士。頭を覆うヘイムに付けられた、本来目がある場所には赤い光が鬼火のように瞬いていた。


黒騎士は、手に持っていたアニュラスを、先ほどまでタクトがいた場所に振り下ろしていた。地面に突き刺さった剣を引き抜くと、ヘイムの奥から声を絞り出す。


「来たかガキ共。……さぁ、仕置きの時間だッ」


全身から、魔力にも似た黒いオーラを噴出させながら、黒騎士の叫びが響き渡った。

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