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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第30話 神の力~5~

右手に握る刀が真横に閃き、黒き外魔を切り伏せた。それと同時に、視界の隅に映った光景に顔を歪め、刀を振り切った勢いを利用して淀みなく半回転、相手に対して左半身になることで、頭めがけて振られた外魔のかぎ爪を空振りさせる。


タクトは自身のぎりぎりでかわした風切り音を間近で聞き、内心冷や汗を流しつつも下方から刀を振り上げた。その刀は外魔の腕を斬り飛ばし、痛みに奇声を上げるその外魔を返す一撃で息の根を止める。


「くっ……!」


息をつくまもなく次々と襲いかかってくる外魔を相手取るのは、並大抵のことではなかった。くるりと回転し、背後から不意打ちをしようとしてきた外魔のかぎ爪を、彼は刀で受け止めるなりその腹を思いっきり蹴り飛ばす。その後、すばやく後方へ瞬歩を使い後退、先ほどまで彼がいたその場所に、新たな二体の外魔のかぎ爪が振るわれた。


ーーこれは、流石に……っ!


顔を歪め、タクトは内心で呻いた。彼の戦い方は、一対一を主軸と置いた物。だが、そのような戦法、この状況では明らかに分が悪かった。


タクト達は四人なのに対し、外魔共は百に達するか達しないか、というほどの数がいるのである。彼を覗いた三人は、皆属性変化術で(連発は難しいものの)一掃できるからまだ良い。だがタクトは、不反応症という体質のため、詠唱系魔術はおろか、属性変化術さえ発動できない。


「………っ!」


声なき声を上げながら、彼は左、次いで右から襲いかかってくる相手を、瞬牙を用いて倒し、体勢をぎりぎりにまで低くする。


「……うりゃっ!」


足をたわめ、一気に上空へと飛び上がる。その最中、体の向きを反転させて足を上空へと向けると、あらかじめ展開しておいた法陣を足場に、一気に瞬歩を発動。


「重ね太刀ーー爪魔・瞬残しゅんざん!」


地上へと猛スピードで突進しながら、刀を振るう。瞬歩と瞬牙の速度、そして爪魔の破壊力、残刃の手数ーーたった一振りのそれが、五つの剣線へと分裂し、複数の外魔を一撃で塵へと変えた。だが、それでも足りない。


「はぁ、はぁ……!」


乱れた息を直す暇さえ与えてはくれない。気を抜けば背後からの一撃で、あっという間に外魔の群れに飲み込まれてしまうような状況下では、動きが止まったときが最後である。特に、彼のように多数を一気に倒せる、いわば殲滅級の一撃がないものにとっては。


本来なら彼は高火力を持っているーーレナやマモルの方だーーの側で、主な相手は彼等に任して、近づいてくる外魔のみに集中すれば良いのである。だが、この辺に足を踏み入れた瞬間、急激に数を増やして襲いかかってきた外魔に分断されてしまったのだ。


故にタクトは今、一対一を延々と繰り返す戦法をとっている。つまり各個撃破。一体ずつ、確実に相手を倒している。


だが、この密集状態では、相手を手早く倒し続けなければならなかった。一体の敵に時間をかければ、それだけこちらが不利になっていく。唯一の救いは、外魔共の知性が低く、連携が拙いーーむしろ、連携が取れずに互いが邪魔しあっていることだろうか。


さらに、こちらには先ほどのように上空へ逃れ、そこからの強襲が出来ることも幸いである。これがなければ、おそらく自分はもう外魔共に飲み込まれていただろう、と自嘲する。


「はは……良いな、向こうは」


先ほど放った技によって、多少出来た外魔共との距離に、ようやく息を整え始める。良かったことの一つに、外魔には飛び道具がない、ということも含まれるだろう。


タクトが視線を向けたその先には、いくつかの雷光や風、炎が渦巻いているのが見える。それらが、一気に複数の外魔共を塵へと変えていく風景を見て、そんな呟きを漏らした。


だが、無い物ねだりすることをとうの昔に諦めた彼は、ぐっと唇をかみしめて刀を握る右手に力を込めた。わりと無呼吸で戦っていたために息切れを起こしてしまったのだが、それももう整った。ぴたり、とその視線を目の前の外魔共へ向けーーその背後にそびえ立つ、巨大な”岩石”を見やる。


同じ森にいたはずなのに、隠蔽魔法か何かがこの辺一体にかかっていたのか、近づくまで全くその存在が分からなかった岩石は、もう目と鼻の先にある。


そして、その岩石の一角がまるで隠し扉のように開けてあり、そこには地下へと通じるトンネルが見え隠れしていた。ーーもう、頃合いだろう。そう思ったタクトは、ギリに手渡されていた、ポケットの中にある”それ”が、ちゃんとあることを確認した。


(……コウ、そろそろ手を貸してくれ)


(わかっている、何度も言わせるな。お前に、手を貸そう)


恐る恐るコウに問いかけると、珍しく乗り気な声音で返答があった。まぁ、前もって聞いていたので分かっていたことではあるのだが。ニッと口元に笑みを浮かべると、タクトは刀の切っ先に魔力を集中させる。


「四之太刀、爪破!」


地面に突き刺し、衝撃波を発生させ、自分の周りにいた外魔を吹き飛ばす。破壊力は低い物の、複数の相手を吹き飛ばせるこの技の使い勝手は、今の状況下からするとかなり使いやすい。外魔共から距離をもぎ取ると、彼は目の前と足下にやや大きめの法陣を展開させた。


展開させた二つの法陣の色は、共に白。精霊系統の魔術を表す式である。


彼が今から発動させるのは、不反応症を持つ彼が、唯一扱えるコベラ式の”魔術”であり--同時に、数少ない”殲滅級の破壊力”を持った術であった。


『我が身に刻まれし精霊との絆を表す章印を持って命ずる』


ピッと真っ正面にある法陣に向かって、左手を伸ばした。手のひらに刻まれた、普段は黒い章印が、光を放っていた。


ーーかつて、とある男がジムにこういったことがある。精霊系統の魔術の、違う呼び名を。


それを聞いたとき、ジムは少々呆れたようだがーー今になって、それは的を得た呼び名だとも思っている。だから彼は、時折授業の際に精霊系統の魔術をその呼び方で言うことがある。


本来、自身の中にある証や精霊を、その場に”呼び寄せる”ということを表した呼び名。その名をーー


『我が望みを聞き入れ、我に力を与えたまえ!』


ーー”召喚術”と。


タクトの詠唱が響き渡り、目の前の法陣が大きく発光。眩いばかりの光を放つながら、やがてそこから一つのシルエットが浮かび上がった。その鳥に似たシルエットは、こちら側に飛び出そうとしているのか、羽ばたきながらだんだんと大きさを増していく。まるで、法陣の向こう側にいる存在が、それを通ってやってくるかのような……。


『ーーーー!!』


「ぐぅぅぅ………!?」


突然、法陣から甲高い笛にも似た”鳴き声”が響き渡った。だが、その鳴き声には物理的な何かが宿っているかのごとく、それとタクトの周辺にいた外魔を一体残らず”威圧”させた。”咆哮”ではなく、ただの”鳴き声”によって本能的な恐怖を感じ、怖じ気ついた外魔達は、じりじりと一歩ずつ後ずさっていく。


そして、鳴き声が耳に届いたのは、外魔達だけではなかった。


「な、何だぁ!?」


外魔を焼き払ったギリは、驚愕の表情をそちらに向けた。


「この鳴き声……」


鳴き声に怯えてしまい、動きを止めた外魔達を見て、証を振るっていたレナはその手を止めた。


「……最初っから使いやがれ」


めんどくさそうに、ため息一つ吐き出したマモルは、証を下ろした。


やがてーー法陣に浮かび上がったシルエットは、ついに法陣から飛び出した。それと同時に、影しか見えなかったはずのそれに色が浮かび上がり、実体化していく。


巨大な大きさの鳥、大鷲だろうか。翼を三メートルを超えているだろう。全体は火のように赤く、鶏冠と長くいくつもある尾羽は金色。そして、全体を覆う半透明の魔力のオーラが、”彼”の威厳を表しているのかのようである。


その姿は、逸話に登場する”不死鳥”の姿そのものであった。タクトが唯一使えるコベラ式の魔術、それがこの”精霊召還”である。普段、その力を押さえるために小さな姿に変化している精霊を、真の姿で召還させるのがこの精霊召還。


つまり、これがタクトの精霊であるコウの、真の姿なのだ。コウは、巨大な翼を振るわせて空高く飛び上がっている。


「ーーーーー!!」


「ギッ…!」


いきなり、体を大きく仰け反らして再び鳴き声をーーいや、今度は正真正銘の咆哮を上げた。それにより、木々が震え、近くにいた外魔が紙くずか何かのように、遠くへ吹き飛ばされる。そして距離が離れている外魔達も、先ほどの鳴き声と同様ーーいや、鳴き声が咆哮へと変わったために、先ほどは耐えられた外魔さえも、動きを止めてしまった。


幻獣型の精霊が持つ共通能力、バインド・ボイス。咆哮によって動きを封じるそれは、残念なことに、契約を交わしたタクトにさえも、その影響はしっかりと届いている。


「くっ………っ…コウッ!!」


ありったけの意思力を振り絞り、タクトは咆哮に負けじと声を張り上げる。幸い、彼にはコウとの繋がりがあるため、その叫びはコウにも届きーー突如、咆哮をやめ、コウの体が発火する。


「ーーー!」


全身が炎に包まれたコウは、再び鳴き声を上げてその視線を岩石にあるトンネルへの入り口に向けるなり、そのまま宙を飛んでいく。


地面すれすれを飛ぶその様は、滑空と呼んだ方が良いだろうか。炎に包まれたコウは、途中にいる外魔達に構わず滑空し、それらを焼き払っていく。今のコウは、巨大な炎の固まりのような物であった。それに飲み込まれた瞬間、彼等は問答無用で焼かれていく。


焼かれた外魔の末路は全て同じであった。全身を黒く炭化させ、ぼろぼろと体が崩れ灰となる。宙に舞う灰をかき分けるようにして、タクトはコウの後を必死に追いかける。本当なら、コウの体にしがみついていきたいのだが、今のコウは外魔を一瞬で炭化させるほどの高熱を纏っているのだ。近づくだけでもおっくうである。


ともかく、前方にいた外魔達の群れは、コウによって大半が消滅し、道が開けた。岩石の下敷きにされていた地下へと続くトンネル、そこまでの道が。


「くっ!」


足を限界までたわめ、瞬歩を発動。先ほどのコウと同様、半ば宙を滑空する形で前方へと突進する。今まで走ってきた分を、助走という形に変えて飛んだ瞬歩は、タクト自身驚くほどの長距離を移動した。瞬歩は、いわば幅跳びに近いであり、勢いがあればあるほど長距離を移動できるーーということを、以前聞いたことがあったと思い出した。完全に後の祭りであったが。


そのおかげで、彼は地下トンネルの入り口付近まで一気に移動できた。先に行っていたコウは、すでに全身からは成っていた炎を収め、元の大鷲の姿に戻っていた。いつもは小さいはずのコウを、タクトは見上げてその目を見ながら言った。


「コウ、ありがとう」


「ふん、礼を言われることでもない」


コウは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そんな相棒に、タクトは微笑みかけ、しかしすぐさま己の仕事を思い出した。慌てて、彼は地下トンネルを降りていく。その後ろ姿を見ていたコウは、やがてもう一度鼻を鳴らすと全身を光らせ、三メートル近い巨大だった姿が一気にボール並みの大きさへーーつまり、元の小鳥並みの大きさへと戻った。


元の姿へ戻ると、コウは翼をはためかせてタクトの後を追っていく。彼がこれからやることは承知していたが、流石にもう手を貸すことは出来ないだろう。先ほどの精霊召還、それで魔力の大半を使ってしまった。


タクトも、それを感じ取っているのだろう、手を貸してくれとは言わない。しかし、不安は心の奥深くで燻っている。だから、コウは彼の体に戻らず、事の成り行きを見守ることにした。


そう自分で決めておきながら、全く、私は親か、と自身の過保護さ加減に呆れているのだった。


「……これか!」


地下トンネルに入り、一本道のそこを通り抜けると、やや開けた空間がそこにあった。おそらく、天然の洞窟だろう。ごつごつとした岩肌を見る限り、人の手が入っている様子はない。その空間で、先に入っていたタクトが見つけたものは、黒く光る石のような物であった。


洞窟内は、当然のことながら暗く、どこに何があるのか分からない状況である。それなのに、黒く光るそれをあっさりと見つけられたのは一体どういうことだろうか。しかし、コウはあっさりと頷いた。


黒い石は、確かに闇の中でも黒く輝いていた。目を疑うような状態だが、実際に目の当たりにしたのだから仕方がない。そして、一見矛盾しているように見えるそれを、あっさりと行ってしまうのがこの神器故の力なのだ。


「……さぁ、早く終わらせよう」


ほおけたようにそれに見入っていたタクトだが、やがて首を振るとポケットに手を突っ込んで先ほど気にしていた物を取り出した。


取り出したそれは、先ほど拾った転移の呪文が彫られた魔法石ーーポータル。しかしそれは今や、全く違う呪文が表面に刻まれていた。タクトはポータルに魔力を注ぎ込み、それに呼応するかのように表面の文字に光が走り出す。


ギリが拾ったとき、あのメンバーの中で唯一呪文が使えないタクトのためにと、即席で呪文を彫ってくれたのだった。使わないかも知れないーーけど、一応持っておけ、と言って。


「ありがたいね……!」


人知れず暗闇の中で笑みを浮かべ、タクトはそう口を開く。そして、魔力を注いでいたポータルがようやく発動しーーポータルを中心として法陣が展開された。その法陣は半透明、つまり詠唱系の魔法。


それを今、彼は生まれて初めて発動させる。


「……っ!」


初めて使う、という事実がのしかかり、彼は自ずと神経を尖らせてそれの制御に取りかかる。だが、間近で何度も見たことがあるそれを、彼は自分でも拍子抜けするほどあっさりと使いこなして見せた。


ポータルの表面に、新たに刻まれた呪文は封印の術。特に理、つまり神器を封じるタイプの物である。法陣から飛び出した鎖は、目の前にある黒く輝く石に巻き付き、石はまるで抗うかのようにより一層輝きを増した。


その輝きに呼応するかのように、タクトの背後でわらわらと現れる気配。おそらく外魔の物であるそれは、しかしタクトは必死に無視する。


(無視するんだ……! これを封じれば……!)


「タクトッ!」


封印するためにより多くの魔力を注いだため鎖も輝きを増し、黒い光もそれに対抗して輝きを増す。背後から、どんどんと近づいてくる気配。コウの叫びも、今は頭に入らずただひたすらに集中する。


タクトは気付かなかった。黒い石の輝きが、弱まり始めているのに。


近づいてきた外魔が、かぎ爪のついた腕を振り上げる。それをなんとなしに感じ取り、彼は歯を食いしばりより一層多くの魔力を注ぎ込み、鎖の輝きが一層増した。


黒い石の輝きが、鎖のそれにかき消されーーついに消えた。それと同時に、背後にいた外魔の動きが止まり。その次の瞬間、外魔は塵と成って消えていった。


「はぁ……はぁ……」


いつの間にか息を止めていたのだろう。今更になって体が空気を求め、激しく肩を上下させる。地べたに座り込んだタクトの頭に、コウはちょこんと乗っかった。


「……初めてにしては、まぁ、上出来だな」


「はは……それはどうも」


コウの言葉に、乾いた笑い声で応じる。視線を、封じた例の黒い石に向けると、先ほどまで巻き付いていた白く輝いていた鎖と、黒い輝きは消えていた。暗闇であったはずの洞窟が、いつの間にか幾分か明るくなったような気がして、それが封印に成功したという事を表していた。


「……やっ…た……?」


「何を今更……」


それらの事実を認識しても、まだ信じられないという風に呆然と呟いた彼に、コウは呆れた様子で首を振る。やがて、外へ通じるトンネルから、三つの人影が降りてきた。そのうちの一つは、降りて来るなり真っ先に座り込んでいるタクトを見つけて、一直線に駆け寄ってきた。


「タクトッ!」


「レナ」


表情を強ばらせて近寄ってきた少女の名を呼んで、安心させるようにタクトは微笑む。その微笑を見て、安心したように頷いてほっと息を吐いた。何か言おうと口を開きかけたが、


「いや~、分断されたときはどうするかと思ったが……何とかなったな」


と、ギリの言葉に先を越されてしまった。仕方なく、レナは口をつぐみーーやや不満そうであるーー、ギリの言葉に耳を傾けた。


「渡しといて正解だったな、アレ。しっかしまぁ」


あきれ果てた様子で、ギリは大きくため息をついた。


「精霊使いでも、ほとんどやらない精霊召還を使うとは……呆れて物も言えないぜ」


「ま、それがこいつの数少ない切り札ですからねぇ。いざとなったら、躊躇せずに使うその神経は見習いたいよ」


マモルはフォローを入れつつも、同調するかのように頷いている。一体こいつはどちらの味方なのだろうか。そんな事を考えていると。


「おかげで、切り札を違う場面で使わせることが出来てほっとしているよ。幻獣種型の精霊召還は少々危険だからね」


そんな声が、奥の通路ーー外へと繋がるトンネルとは反対方向から聞こえた。

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