第30話 神の力~3~
長い腕を振り回し、外魔達は襲いかかってくる。その振り回した腕を何とか躱し、レナは自身の証である棒の先端で反撃する。
「やぁー!」
その容姿と同様、可愛らしいかけ声と共に振り下ろした棒を頭部に受け、外魔はたたらを踏む。その隙に彼女は呪文を唱え、手のひらに展開させた法陣でそれに触れた。すると、触れたところを中心に外魔の全身を雷が走り、周囲を明るく照らし出す。
「はぁ…はぁ…」
一瞬で黒焦げになった外魔はそのまま塵と成って消え、レナは上がりかけていた息を何とか整えようと一息つく。元々彼女の戦い方は、体を動かすタイプの物ではないのだ。
ーーだからこそ、背後から近づく”それ”に気付かないでいる。
音もなく背後から忍び寄った”それ”は、振り上げた腕を彼女に向かってまっすぐに振り下ろそうとする。
(レナ、危ないッ!)
「え?」
それが振り下ろされた瞬間に、自分の頭の中で精霊キャベラの警告が響いた。驚き、背後を振り向くが、彼女の視界に入ってきたのは、まさに眼前にまで迫ってきた外魔の鋭いかぎ爪である。あまりの近さ故に、かぎ爪だと認識できないでいるのだ。
レナはただ、自らに向かって落ちてくるかぎ爪を見やりーー次の瞬間、何かが彼女の体に体当たりを敢行し、共に地面に倒れ込んだ。その際、体がぐるりと回転する感覚がして、気付いたらレナは体当たりをしてきた相手の上に倒れていた。
事態を飲み込めないでいる彼女は呆然としているが、それでも自分の下にいる人物を見て目を見開いた。
「た、タクーー」
乱入者の名を呼ぶより先に、彼が持つ刀が素早く閃くと、そこから何かが勢いよく飛び出し、かぎ爪を振り下ろそうとしていた外魔を切り裂いた。体を四、五回ほど斬られた外魔は、先ほどレナが倒した外魔と同様塵と成って消えてしまう。
「ふぅ…。大丈夫、レナ」
「う、うん。あ、ありがと、タクト」
ほっと息を吐いた彼は、自分の上にいるレナの顔を見上げて尋ねてきた。その問いかけに、レナはこくんと首を振って頷く。先ほど体当たりしてきたのも、そして外魔から助けてくれたのも彼だったのか、と悟り、次いで今自分たちがどのような体勢でいるのかを思い出す。
「あわ、あわわわぁぁ……!!」
「ど、どうしたの?」
顔をやや赤くさせて、レナは慌てて彼の上から飛び退いた。その様子に戸惑った声を出しつつもタクトも首を傾げて立ち上がる。赤面している顔を見られないようにそっぽを向くと、視線の先にマモルとギリという一風変わったコンビが戦闘中であった。
「チィ……!」
真っ正面から襲いかかってくる外魔を、マモルは手に持っている銃の引き金を引き体を穿つ。その狙いは正確で、的確に外魔の動きを止めていく。時折魔術を使いいくつかの土壁を生み出し、それを壁ーー遮蔽物にして相手を近づけさせないでいる。
だが、外魔の膂力は並外れた物があり、生み出した土壁に腕を叩き付けると一瞬で崩壊、土塊となってあたりに散らばる。運悪く、遮蔽物から身を乗り出したマモルに向かってやや大きめの土塊が飛来する。その影に気付いた彼は、反射的に銃口を向けたが、それが土塊だと気付くと慌てて身を隠す。
その隙に、マモルが隠れた土壁に近づいた外魔が、その膂力を乗せたかぎ爪を叩き付け、土壁を崩壊させる。
「ぐっ……!?」
土塊と共に吹き飛んだ彼は、地面を二転三転した後、転がった勢いを利用して立ち上がる。そのときにはもう外魔達もマモルとの距離を詰めてきていた。近づいてくるそれらを目にして、彼は思いっきり顔をしかめーーすぐに唇の端をつり上げた。
「……チェックメイト、だな」
「その通り」
彼の独り言に、どこからか返事がする。それと同時に、木々の隙間から風が吹き、異形達を”切り刻む”。
風の属性変化改式、鎌鼬。刃となった風が吹き荒れ、異形達をあっさりと切り刻んでいく。マモルは、目の前の集団がなくなったことにほっと胸をなで下ろし、横手の森へと視線を向けた。
「ナイスタイミングっす、ギリ先輩!」
「おう。……しっかし、鎌鼬なんて使うの初めてだからな……。どうも、こう……」
頷いて、ぶつぶつ独り言を漏らしながら木々の隙間から現れたギリは、しきりに首を傾げている。精霊使いは大抵、得意とする属性変化術があるため、彼の独り言から察するに先ほど使った鎌鼬は、どうやらしっくり来なかったようである。
なおも難しい顔で唸っているギリの元へ、マモルは駆け出し、二人のコンビネーション(囮作戦、というのが正しいかも知れないが)を見ていたタクトとレナも、我に返ったように近寄る。どうやら、あたりにいた外魔は全て倒したようで、ようやく一息付けそうになっていた。しかし、ギリの元へ駆け寄ったタクトは、周囲を見渡して一人足りないことに気付く。
「アイギットは?」
その声に、レナとマモルはハッとした様子で視線を巡らせるが、あの金髪の姿はどこにも見当たらない。流石にギリもやや困った表情を浮かべて頬をかく。
「……どこ行った? まさか、迷子とか言わないよな?」
彼なりの、場の空気を和らげようとする冗談なのだろう。しかし、少し前のアイギットの怒りに満ちた様子を近くから見たレナは、ギリののんきな言葉に少々むっとしてしまった。彼の方を向いて、
「先輩、少し空気読んでーー」
ーー突然、バキバキバキ、と木が折れる音が連続して響き渡った。驚き、その方角へと視線を向けたときには大量の魔力が放出された後であった。そのことを感じ取ったのだろう、ギリは顔をしかめて口を開いた。
「……あいつ、一体何回竜を放った?」
「えぇっと……四、五回? おかげでだいぶ助かったけどな……」
マモルも顔をしかめつつ、指を折り曲げて応える。苦い表情の奥には、ある人物を心配するような色合いが濃くにじみ出ていた。ちっと舌打ちを放ち、ギリは背後にいる彼等の方へ振り向いて、
「あのバカを援護するぞ。……真打ちとやり合う前に潰れる気かあいつは」
後半は、走りながら呟いた言葉であった。確かにこれ以上、彼ーーアイギットを暴走させたままにはさせておけない。顔つきを真剣な物にさせた彼等は、素早くギリの後に続く。
「………っ!!」
無言のまま、しかし険しい表情を浮かべたアイギットは、ただひたすら前へと突き進む。そして、彼の行く道を妨害する外魔を、レイピアでことごとく切り捨てる。頭をたたき割り、喉を切り裂き、胸を貫く。
だが、いくら外魔を滅ぼしても、それらはまるで尽きることがないと言わんばかりに現れ、襲いかかる。しかも彼がいるのは最前線、そこを単独で突き進んでいるのだ。当然、群がってくる外魔の数はタクト達の比ではなく、彼にかかる疲労は自ずと大きくなっていく。
いくら倒しても、まるで再生しているかのような錯覚を起こしているほどの数とやり合い、流石に無視できないほどの疲労感が募っていく。
ーー構わない。
……この群れの奥に、アイツがーークソ野郎がいるんだ。
「……邪魔だ……」
呪文を唱え、目の前に展開させた身の丈ほどの法陣に魔力をつぎ込む。ーー今自分が扱える、限界ぎりぎりの量を。
法陣が青く光り出し、大量の水が放水され、それは一つの形を象っていく。長く伸びた口、いくつも並んだ牙、蛇のように長い巨躯に生えた鱗、頭部にある立派な角。いつか見た炎の竜、それを水で再現した物。
「……水竜」
法陣から飛び出た水の竜は、その顎を大きく開け、目の前を埋め尽くす外魔を飲み込む。口から丸呑みされた外魔は、あるいはその巨躯に触れ中に巻きこまれた外魔は、竜の体内で起こしている渦に体をばらばらにされる。
「……待ってろ」
食いしばった歯から漏れた言葉は、あまりにも低く、自分でもよく聞き取れなかった。しかし、彼の本心からは、もはやそのことはどうでも良かった。ただ、この道を突き進めば、あの男がーー母親を殺した、あの男が待っている。
裕福ではなく、貧しかった母を見初めたあの男は、母を抱きしめ、ついには一緒になった。
だが、男の家はフェルアントでも有数の名門家、そこに入り込んできた貧民の、それも精霊使いでもない母親に対し、家の者は冷たかった。それでもめげずに、どのような罵倒、陰口、悪態をつかれようとも、母は健気に男に尽くした。
そこまでしてくれた母親を、あの男は、あっさりと殺した。その瞬間、その場面を、彼ははっきりと目にしたのだ。
それまでずっと信じていた。母親のことをやり玉に挙げられ、居心地の悪かったあの家の中で、唯一優しくしてくれたあの男の事を。
だからこそ、自分はあの男を許しちゃ行けない。俺は、あの男をーー
「待ってろよ、そこでッ! そこで、待っていろッ!! グラッサァァァ!!」
叫びと共に、彼は操っていた水竜の操作をやめ、形を崩す。すると、大量の水が四方八方あたりに散らばり、水しぶきを上げる。目の前の外魔の集団全員が、確かにぬれた。
「そこを、どけぇぇぇ!!」
間髪入れずに足下に巨大な法陣を展開。こちらも、先ほどの水竜と同様にありったけの魔力をつぎ込んだ魔法陣。それに向かって、逆さに握ったレイピアの切っ先を突き刺した。
それが合図だとでも言うように、莫大な量の”冷気”が吹き出しーー水によって濡れた外魔を凍り付かせていく。外魔達はパキパキパキ、とゆっくりと凍っていく面積を増やしていき、やがて体が”粉々に砕け散った”。
それはつまり、濡れた体の表面のみを凍らしたのではなく、その”中身までも”凍らしたと言うことである。一体、どれほどの魔力を注ぎ込んだというのか。
流石の彼も、多少ふらつきレイピアを杖代わりにして何とか姿勢を保つ。だが今は、体のだるさを上回るほどの怒りが滾り、吹き飛ばしていた。一気に大地を踏み込み、すぐさま己が出せる全速力で走り出す。こんな時、タクトのように瞬歩が使えたら、と思い、首を振る。無い物ねだりをする暇も気も時間も、今はない。
「うあぁぁぁぁぁああああっ!!」
絶叫。怒りに歪んだ表情で叫びを上げ、彼は狂ったようにひた走る。目の前にいる外魔は、彼にとっては全てが邪魔。せめてもの憂さ晴らしに、外魔の顔を自らが憎むあの男に重ね、何度も何度も切り払い突き進む。……そうしなければ、己を保つことが出来そうになかった。
(…ダメだ、アイギットッ!!)
「……うるせぇ……っ」
頭の中に、アイギットが自ら宿す水の精霊の必死な叫びが聞こえる。しかし、彼はそれに耳を貸すことなく、外魔を倒し続けた。
奴らの、膂力を乗せたかぎ爪が自らに向かって振り下ろされる。レイピアをちょうど振るった瞬間だったため、彼はそれを避けきれずに左の二の腕を軽く抉られた。ーーしかし、というか、やはり痛みは感じない。
頭の中でアドレナリンが大量に分泌されており、それが原因なのだが、もちろんこのときの彼は、そんなことは露知らずにいる。
むしろ、痛みを感じないことを利用して、傷ついた左腕をそのまま伸ばし、かぎ爪を振るった外魔の首をがっしりと掴み取った。流石にそんなことをした代償か、痛みは感じないまでも強烈な痺れが襲ってくる。目尻をややあげたが、それだけで痺れに耐え、呪文を唱えた。
無論彼が得意とする水の属性変化改式、氷。掴んだ左手のひらに隠すように展開させた法陣が青く光り出し、そこから氷塊が飛び出した。先を尖らせたそれは、外魔の首を難なく貫き、一瞬にしてだらりと力が抜けた。
その外魔が塵と化す前に、腹部を思いっきり蹴り飛ばし、前にいた外魔に衝突させる。考えなしに近寄ってくるだけだった奴らは、いきなり吹き飛んできた同士を両腕で受け止めた。その僅かな間に、アイギットは空高く跳躍し、頭上を通り超えて外魔達の背後に着地する。
同士が塵と成って消え始めた頃になって、受け止めた数体の外魔はアイギットの方を振り向いた。
「……おせぇ」
だが、その頃にはもう、そいつらの腹部には氷塊が突き刺さり、その先端が向こう側に突き抜けている。背後に着地したと同時に魔術を行使したのだが、外魔共はそれを理解できたのだろうか。アイギットはただ怒りに冷静さを欠いた瞳で、塵と成って消えゆく外魔共を見下ろしていた。
「……俺の、邪魔を、するな」
威圧するためにわざと言葉を切って言ったのか、それともただ単に息が上がっているのかーーそれすら、アイギットには分からなくなっていた。
再び進行方向に目を向けると、そこには巨大な岩石ーー高さ五メートル、横幅は百メートルはあるだろう、それが森に隠れるようにして鎮座している。普通なら学園からでも目立つはずの大きさの岩石がそこにある光景を見て、思うところがないのか無表情な瞳で一瞥する。
「フン、ヤツがいかにも好みそうな所だ……」
鼻を鳴らし、そう呟きながら岩石に歩み寄る。その岩肌をじっと眺めながら、無事な右腕で軽く触れてみる。やはり、なにも変哲もない岩の感触が伝わってきて、アイギットは目を細め軽く舌打ちをした。
「…はずれか。ここだと思ったんだが……。……いや、待て」
荒々しく息を吐き出し、目を閉じた彼はふとあることを思いつき、あたりに視線を走らせる。次第に何かを思い出すように目つきが鋭くなり、瞼の奥の脳が必死に記憶を探り始めた。
出発前に見た地図。あのギリが目指す場所といった所には印がついていた。彼は、その周辺の地形を頭にたたき込んでおりーーようやく、ここがどこなのか思い出した。
この岩石がある場所、そこがギリが目指すといった場所なのだ。本来なら、この巨大な岩石を見た時に気づければ良かったのだが、よほど気がせいていたのだろう、アイギットはやや自己嫌悪に陥りかけたが、すぐさま気を取り直す。
「……ここが目指す場所だとしたら……」
いつの間にか、自分一人だけがかなり先行していることには気づいていたが、気にせずにアイギットは単独で突っ走り続けた。結果、どうやら自分が一番乗りのようである。ここで待っていれば、タクト達とも合流できるのだろうが、その気はなかった。
もし、今の自分を彼等が見たら、なんと言うだろうか。彼は自嘲気味にそんなことを思い、すぐに振り払らい、もう一度岩石に視線を向け、岩肌をじっと眺め始める。
このあたりには外魔が出てくる様子はないため、邪魔もなく観察することが出来たのが幸いであった。さして時間も立たずに、岩肌に付けられた大きな傷跡を見つけたのである。というよりも、その傷跡が巨大な岩石の2割を占めるほどの大きさだった故に、見逃すはずがなかった。
「……これか?」
一人呟き、アイギットはその巨大な傷跡にそっと触れた。これはおそらく、アニュラスによる剣撃だろう。それ以外に、この岩石を傷つけられそうな物が浮かばなかった。
傷跡を眺めていく内に、その縁側に小さな何かが刻まれているのを発見した。アイギット自身も、もしかしたら見つけられなかったかも知れないほどの、小さな刻印を見て、ハッと表情を変える。その刻印、大半が傷跡に抉られているので分かりづらいが、それでも間違いなく封印の印である。
それに気付き、彼は口元をつり上げた。瞳は獲物を見つけた肉食獣のように細められ、知らず知らずのうちに低い声が漏れる。
「………ここか。とうとう、見つけたぞ」
呪文を唱え、茶色く染めた法陣を傷ついた岩肌に叩き付けるような勢いで展開させる。すると、その法陣から魔力が流れ込み、流れた魔力が岩石の一部分を浸食していく。やがて、その部分のみが動き始め、形を変えていく。
以前タクトが行っていた、物質に魔力を流し込んで動かす物と同様の物である。しかし、彼はタクトほど純粋魔力の操作に慣れていない事と、動かす物量が大きすぎるため、属性変化術でアシストしているのだ。つまり、理論上では術者の腕と対象の物体次第では、物を動かす程度は魔力のみでも使用可能なのである。
魔力に犯された所は、ドドドドッと土埃を上げながら持ち上がっていき、その下に隠していた物をさらけ出した。ーー地下へと通ずるトンネルを。
下へと向かって伸びるそのトンネルは、真っ暗で奥が見えない。だが、アイギットは直感でここしかないと感じた。この奥に、ヤツがいる、と強く感じたのだ。故に、ためらいもせずに彼はそのトンネルを下っていった。
彼がくだり初めるのを待っていたかのように、岩石の周りで外魔達が現れ始めた。そのことにアイギットは気付かずに、ただ下っていくだけである。