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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第29話 おぼろげな運命~4~

廊下の床に座り込んでいるコルダから目を離し、タクトも彼女が見つめている方向に目をやる。しかし、窓から見える景色は相変わらず暗闇のみで、彼女の言うような邪悪な物は感じ取れない。


「………」


真剣な眼差しで窓の外に目をやるタクトは、やがて無言のまま不意に立ち上がると、ガラッと窓を開けた。突然の行動に、皆が不審そうに目を丸くするより早く、彼は開け放った窓の枠に足を乗っけると、そのまま外へ飛び出した。


「って、タクトぉ!?」


「待って、ここ確か六階……」


いきなり窓から飛び出した彼に、マモルとレナが彼を止めようとしたが、流石に遅すぎた。二人が慌てて立ち上がったときには、もうタクトは外へ飛び出してしまったのである。いくら精霊使いといえども、この高さから落ちればただではすまない、そう思い窓から身を乗り出してマモルは下をのぞき込んだ。


すると、暗闇の中、眼下に白く輝く法陣がいくつか展開されていた。どうやらタクトは、これを足場にして地上へ降りていったらしい。そして、はるか下には、ようやく地面に足を付けた人影が、こちらを見向きもしないで走り去っていった。はぁ、とマモルはため息をつくと、彼も窓枠に足をかけた。


「って、マモル!?」


「ワリィ、あのバカ連れ戻してくるッ! コルダのこと頼んだぞ!」


引き留めようとするアイギットを、その二言で制し、彼もいくつかの法陣を展開させた。先ほどのタクトが展開させた法陣は、彼が走り去ると同時に消えてしまったので、新たに出現させたのだ。


展開させた法陣を足場にしてようやくマモルが地上に着いたときには、もうタクトの姿が見えなくなっていた。ちっと舌打ちを一つ放ち、彼を探し出すために索敵の術を使おうと口を開きかけたそのとき。


「おろ、君は確か……」


「うおぉぉっ!!?」


後ろから突然、肩を掴まれたマモルは飛び上がるようにして掴んだヤツから離れる。夜の闇があたりを覆っていてよくは見えないが、どうやら彼の反応に驚いたようであった。闇の中で、その人物が苦笑する気配。


「あぁ~、悪い。驚かせたか? それにしても、上から降りてくるなんて勇気あるな」


「……誰だ」


その口調からは危機感は感じられなかったが、こちらの不意を突いたと言うことで、マモルの警戒心は高まっていた。いつでも証を取り出せるように、相手に気付かれないようにして法陣を展開させる。


しかし、相手の方が一枚上手だった。暗闇の中でも、相手が苦笑するのがわかった。


「ああ、証は取り出さなくても良い。安心しろ、こちとらお前さんを襲う気はないんだ。なんてったってーー」


ーーもし、話し相手が台詞と共に寮の明かりが届くところに出なかったら、マモルの警戒心はとてつもないほど高まっただろう。だが、幸いなことにあっさりと明るいところに出て来た相手を見て、彼は驚きに目を見開いた。


赤い髪に、表情に張り付くにやけた笑み。やたらと華美な、コート風に改造された制服。ーーこのフェルアント学園、生徒会長であった。その人物の名を、マモルはささやくようにして呟いた。


「……ギリ・マーク……」


「ーー仲の良い後輩の、親友君なんだからな」


そういったギリの背後から、新たに二人の人影が現れる。一人は透けるような銀髪に、冴えた美貌を持ち合わせた少女。そしてもう一人は、やや小柄な、眼鏡をかけた少年。生徒会副会長、セシリア・フレイヤ、そして同じく生徒会副会長、フォーマ。


生徒会メンバーの三人が、ここに集結していた。


「お久しぶりね、宮藤君」


「……どうも」


セシリアは軽く笑いながら、フォーマは無表情のまま、会釈をする。そんな二人に、マモルはただ驚きで身を固めているのだった。


 ~~~~~


どれだけ走っているだろうか。地上五階の寮から飛び降りたタクトは、一切足を休ませずに走り続けていた。どこへ向かっているのか、それは彼自身にもはっきりしていない。


しかし、不思議と確証があった。この方向にある森の中に、誰かがいる、ということを。


(タクト! おいタクト! どこへ向かっている!)


「……わからない」


(なっ……)


頭の中に相棒であるコウの声が響く。その疑問も当然で、彼の行動は、端から見れば闇雲に突っ走っているだけなのである。さらに、タクトの小声での返答を聞き、困惑のあまり絶句した。


「でも、これは勘だけど……なんか、こっちに何かあるような気がするんだ……」


(……はぁ)


彼自身も訳が分からなさそうに囁いたその一言に、コウはただただあきれ果てるしかなかった。分かるのは、相棒の様子を見る限り、第六感のような物が働いているのだろうか。そう思ったときだった。


ーートクンーー


まるで、心音のような音が聞こえた。


(?)


精霊は普通、宿主の中にいるときに取れる行動は多くない。それは視界や聴覚にも言えることで、タクトの中にいるときのコウは、彼が今見ている、聞いている光景を共有している。従って、コウに聞こえたと言うことは、彼にも聞こえたはずなのだがーー。


そんなそぶりは全く見せない。普通、今の音が聞こえたなら、立ち止まってあたりを見渡すはずなのに、視界は相変わらず上下にやや揺れながら森の中を走っている光景である。不審に思ったコウは、半ば首を傾げるような心情で、


(タクト……今の、聞こえなかったか?)


「今のって、何さ」


息を乱さずに、落ちついた声音のまま話す彼からは、今の音は聞こえていなかったらしい。あっけにとられるも、すぐに気を取り直した。


(いや……何でもない)


「変なヤツ」


(お前に言われたくはない)


苦笑混じりのタクトの受け答えに、速攻で返したコウ。声音からは彼と同様苦笑混じりみたいだが、その心情は険しかった。


ーー鬱気に終われば、良いのだがな……ーー


やがて、そう独りごちた。





「おおっと、誰か来るぜ」


「あれは……。ほう……」


結論から言うならば、タクトの勘は正しかった。森の中をひた走ってくる彼の進行方向には、あの二人組がきちんと存在している。物騒な剣を吊った男は木の上から口笛を吹き、その木の幹に寄りかかるようにして突っ立っているローブ姿の男は、こちらに向かってくるタクトを見て口元に笑みを浮かべた。


「桐生支部長の甥だな」


「へぇ~。あ、ということはよ! あのガキををぶっ殺して野郎の手土産にするか!?」


「やめておけ」


気分が高揚しているのだろうか。剣を吊った男は興奮した面持ちで叫ぶが、その短慮に浅く苦笑してローブの男は首を振った。


「私が言うのも何だが、彼を殺せば支部長を敵に回すことになる。……彼はあれで人望が厚い。彼を敵に回すと言うことは、地球支部全体を敵に回すと言うことだ」


その論理的な反論に、剣の男はおとなしく口を閉ざした。エンプリッターーーかつての改革の際に、改革を起こした者達に負け、その後の露見した実験によって”外魔者”と判定された者達にとって、”桐生”の名に嫌悪感を抱く者も多い。何せ、その改革の首謀者の片割れなのだから。


ともかく、彼もその例に漏れなかったようで、忌々しげに舌打ちしたが、流石に今回はこらえたようだった。それもそうだろう。何せ、支部間の戦力で言えば、地球支部はその団員こそ少ないが、一人一人が神器を封印できるほどの手練れであり、まさにトップクラスである。まともに戦ったら、こちらの被害も大きくなるのだ。


それに、なによりーー


「それに、桐生支部長は、正真正銘の”化け物”だ。私は、彼に対抗できる精霊使いは知らない」


そう言って首を振る。まさに、その通りであった。


今現在確認されているランク一位の猛者達の中で、桐生アキラは頭一つ、二つほど飛び抜けた存在である。その強さは、”最強”を通り越して、もやは”化け物”扱いなのだ。本部では、新たにランク”零位”を作り、アキラをそこに入れようか、などという話すら何度か議会に上ったこともある。


つまり、数は少ないが数ある支部の中ではトップクラスの支部に、化け物である桐生アキラまでいる地球支部を敵に回したらーー数がさほど多くないエンプリッターは、まず間違いなく負ける。


おとなしく話を聞いていた男は、苦虫を潰したような表情でじっとしていたが、やがてため息を一つ吐き出す。だが、ハッと顔を上げると、良いことを思いついた、と言う。


にやり、と笑みを浮かべる彼に、やや冷や汗をローブの男はかいた。


「……なんだ?」


「あのガキをよぉ、取っ捕まえれば良いんじゃないか?」


「何を言っているんだ……。そんな手に引っかかるとは……」


「物は試しってもんだぜ」


そういう彼の体からは、黒い泡が流れ始める。一体どこからこの泡は吹き出しているのか、彼には全く見当は付かなかった。


いや、それよりもーー


「……バカ、やめろ……っ」


「もうおせぇ。それに……」


引き留めようとするが、彼は従わない。その瞳をまっすぐに向けているのに気付き、男はそちらへ視線を向けた。そこには、もう目で見える範囲まで接近してきた、支部長の甥がいた。


「もう、そこまで来ている」


だめ押しの一言と共に片腕をゆっくりと伸ばしーー吹き出した黒い泡が作り出した、異形が次々と現れ始める。


あの時ーーこの男が、フェルアントに来た際、生み出していた異形が、次々と。その異形に向かって、男は小さく真剣に呟いた。


「行け」


その瞬間、異形達は近づいてきたタクトに向かって走り始めた。




研ぎ澄まされた感覚に従って走り続けたタクトは、その勘が正しかったことを理解した。彼の視界に映るのは、二人の男ーー内一人は、あの時に見た剣を腰に吊っている。さらには、その男からあふれ出る黒い泡も見覚えがあった。


だが、その泡は地面に付くと同時に、大地の黒いシミと成って広がっていき、黒く染め上げる。やがてそこから、あの時の”異形達”が現れた。


小さく短い両足。長く太い両腕。そして、さらに印象的な一つ目の化け物が。


「っ!?」


体全体が黒一色で染まっているため、この暗闇に包まれた森の中では、赤い一つ目が際だって見えた。タクトからしてみれば、いきなり闇の中から目玉が現れたように見え、その足を止めてしまった。その隙を、異形達は見逃さない。


「がぁぁぁぁっ!!」


「っ……くそ!」


異形共が開けた雄叫びに我を取り戻し、彼はばっとその場から後ずさった。そこでようやく、月の光に照らされて異形の姿を垣間見ることが出来た。その姿を見て、タクトは驚愕に目を見開いた。


「この異形共……っということは外魔!」


返事は、無造作に振るわれた長い腕である。だが、その腕に秘められた膂力は並みではなく、かろうじて避けた彼の身代わりとなった木が証明してくれた。めきめき、と嫌な音を立て、木は半ばからへし折れ地面に横倒しになった。


「……マジ?」


盛大な音を立てて倒れた木を一目見てそう呟きを漏らす。以前この異形と戦ったときは、これほどの膂力はあったかな、と場違いにも思い。その考えは、すぐさま吹き飛んだ。


「がぁぁぁぁっ!!」


「なっ……ちょ……」


呆然としていたところを、気がついたら複数の異形に囲まれた。いつの間に背後に回っていたのか、後方を含む四方八方からその凶悪な腕を振るう異形共を前にして、ようやくタクトが動いた。


両足に魔力を注ぎ込み活性化、その脚力を持って異形共の頭上へ飛び上がる。ゆうに四、五メートルほどの高さまで跳躍した彼は、空中で証を取り出した。


もしあの場に留まって悠長に証を取り出していたら、間違いなく袋たたきにされていただろう。それを回避するために頭上へ飛び上がったのだ。そして、取り出した証である刀の切っ先に魔力を集め、さらに体を百八十度回転。上下逆さまになった状態で、足下ーー今の状態では夜空に向かってだがーーに法陣を展開させると、それを足場にし、地面に向かって瞬歩を敢行。


「くっ……爪破ぁ!」


叫び、そのまま臆することなく地面に激突。掲げた刀から地面に衝突し、その際に切っ先に集めた魔力が一気に解放。瞬歩による突撃の恩恵も受け、いつも以上の衝撃波を周囲に走らせ、迫っていた複数の異形共を吹き飛ばした。


「……やるねぇ~。どうやら、七光りではなさそうだ」


「………」


その様子を見ていた剣の男は、そう呟いた。ローブの男も無言で頷く。複数に囲まれた状態から頭上に飛び上がる判断力、そして、自ら地面に激突しようとする胆力。それら全ては、彼が経験を積んでいると言うことを示してくれた。


「なら、少し意地悪してやるよ」


男はタクトの実力に興味を示し、にやりとその口元に笑みを浮かべて新たな異形を生み出す。その間、彼はタクトから一時も目を離さなかった。


「……」


その様子を、不機嫌そうな表情で見ながら、ローブの男も彼に向けていた視線をタクトに移した。


「重ね太刀ーー飛刃」


そのときには、彼は自らの証である日本刀を頭上高く持ち上げていたところであった。刀身が月光の光を反射し、きらりと輝く。ーーいや、月の光を反射しているだけではない。刀身が自然発光するかのごとく、輝きが増していく。やがて、その輝きが頂点に達したとき。


「残っ!」


気合い一閃。振り下ろされた一振りの剣撃が、一瞬にして五つに分裂し、さらに分裂したそれらがタクトの周りにいた異形を切り裂いた。その数、五。


飛刃・残ーー斬撃を飛ばすという性質と、それを分裂させる性質。それらが合わさった重ね太刀は、一瞬にして五つの飛ぶ斬撃を作り出してしまった。前方の異形を切り倒したことにより、タクトを囲むような陣形に穴が開いた。


背後の異形には目もくれずに瞬歩を使い、瞬間的な加速により、その包囲網から抜け出した。加速感から抜け出すと、タクトはキッと前方を睨み付ける。


「何を……あなた達は、一体何をしているんだっ!」


「………」


彼の視線に映った二人組は、何も言わずにただ押し黙る。しかし、ローブの男は俯いているが、剣を腰に吊った方の男は反対に、口元に笑みを張り付かせていた。あの笑みは、自らに絶対の自信を持っている者にしか出来ない笑みである。と、突然その男が笑みを張り付かせたまま腰の剣に手をかけた。


「へ、答える義務は……ねぇだろう!!?」


そしてそのまま、横薙ぎに一閃。刀身の長さを考えれば、ざっと十メートルは離れているここには絶対に当たらない、という距離。それほどまでに開いているというのに、男は何のためらいもなく、振り切ったのだ。


いつもなら、タクトはその動作に何の反応も示さなかっただろう。示すとしても、何をやっているんだろう、という程度である。だが、今回に限っては違った。


背筋に大量の冷や汗を流し、男が剣を振り切る寸前にばっと地面を蹴って上空に飛んだ。それも、瞬歩を使ってまで。瞬間的な加速感を得たにも関わらず、剣を振り切った瞬間、足下で何かが”ずれた”気がした。その謎の感覚も半秒後に消え、そのまま地面に着地する。だが、そのときにはもう、彼は冷や汗をびっしょりとかいていた。


(今の一撃……回避が遅れてたら、どうなっていたことか……)


「へぇ、よく避けたな」


そう言いながら、口笛と共に剣を肩に担ぐ男。その表情からは、未だに笑みは消え去っていない。そして、逆にタクトの表情は険しくなっていく。


(あの剣……どこかで……?)


じっと男が持つ剣を凝視していると、その視線に気付いたのか、男は、あぁと頷きながら、軽く剣を振るった。


「こいつが気になるかい?」


「………」


タクトは何も答えなかった。それを無言の肯定と解釈したのか、男は悦に浸った様子で口を開き始めた。


「こいつの銘はアニュラス・ブレード。聞いたことねぇか、桐生のお坊ちゃんよ」


「な、何で僕の名を……。……アニュラス?」


桐生のお坊ちゃん、といわれたことに疑問を抱いたが、それを聞くより先に、その名前が彼の頭を駆け巡り始めた。アニュラス、アニュラス、アニュラス……。


やがて彼の脳内記憶から、該当する名前が見つかった。だいたい2ヵ月ぐらい前に起こった事件。謎の襲撃者によってフェルアントの市街地が襲われた時だ。その後の話で、彼の従兄であるセイヤから聞かされた話。


『本部から、あの剣は”創造神器”、”アニュラス・ブレード”だと聞いている。それに、本部は何も言っていないがーーーーー』


その続きは、もう記憶の彼方に吹っ飛んでしまったが、それだけは覚えていた。事件から数日後、いきなり学園を訪ねてきたセイヤから聞かされた言葉だ。


「創造……神器……」


「そう、その通りだぜ」


掠れた声で呟いたその一言に、男は頷くと、アニュラスを勢いよく持ち上げた。


「じゃあ……お前は、ここで終われ」


そう言って、剣を振り下ろした。”全てを切り裂くことが出来る剣”を。そしてその剣は、空間すらも切り裂くことが出来ーーそれはすなわち、距離など関係ないということである。


振り下ろされる剣を、タクトの両目はひたすらにそれを眺めていた。

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