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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第29話 おぼろげな運命~3~

フェルアント本部にある本部長執務室。大きな机と凝った作りの椅子が窓際に置かれており、その向かい側には来客用のソファーとテーブルが無造作に置かれている。


座り心地の良い椅子に腰掛け、ほおづえを突いて何かを考えるように俯いているその人こそ、本部長であるグラッサ・マネリアである。彼の視線はただひたすら机にのみ注がれていて、その隣りにある膨大な書類の束など眼中にないようであった。


「…………やはり、もう、時間がない……か」


やがて、ぽつりと呟き、意を決したように椅子から立ち上がる。この数年ですっかり白くなってしまった髪をかき上げて、後ろにある一面の窓ガラスに歩み寄った。夕日が入ってくるその窓から一望できるフェルアントの街並みを見下ろし、目を閉じる。


「……出来れば、”あの人”にやってもらいたかったがな……」


薄く、そして穏やかな笑みを浮かばせて、目を開けた。ーーその瞳には、確固たる決意が浮かんでいた。


向き直り、執務室の机にある小さな法陣に触れ、突如出現した大きな法陣、その中央には彼の秘書の姿が立体的に表されていた。一種の通信魔法であり、法陣に浮かび上がった彼女は、驚きに軽く目を見開くと、


「どうしました?」


「悪いが、少し出かけてくる。戻るのには少々時間がかかりそうだ。……後は、よろしく頼む」


一方的に告げると、彼は通信を切り、再びガラス窓に目をやった。そこから差し込む夕日のまぶしさが、嫌に目に焼き付いた。


「さて。……”彼等”と”彼”に、全てを任せるとするかね」


 ~~~~~


「……暇だな」


「何を今更……」


自室のベットの柱に止まっている精霊コウは、ぼんやりと窓から見える夜空を見上げながら呟いた。それに、机の上に広げた課題に取り組んでいたタクトは、コウの方を見ずにため息をつく。


「暇なのはいつのも事じゃない。それに、暇だって言うなら課題の方手伝ってよ」


「私が手伝うほどの物ではないだろう?」


信頼されているのか、それとも手伝う気がないのかーーもしくは、問題にけちを付けたのか。いずれともとれる精霊の発言を、タクトは勝手に後者と判断し、苦笑いを浮かべながら口を開く。


「それ、アニュレイト教授に面と向かって言うと良いよ。きっと、良い笑顔で吹き飛ばしてくれるから」


「それはやだな」


コウの方もくっくっくと笑いながら、翼をバサリとはためかせる。金の長い尾羽があることを覗けば、まるっきり赤い鷹にしか見えない相棒を一瞥し、再び課題に目を落とした。


魔力講義を受け持っているアニュレイトの授業を受けたのは、今日の午後であった。そのときに課題を出されたのだが、魔力講義の授業内容は多少歴史学科とかぶるところがあるので、苦にはならない。むしろ、すいすいと解いていく。


「………」


と、突如彼の筆を動かす動きがぴたりと止まった。歴史学科のことを思い出し、それに連なるようにしてとある言葉を思い出したからだ。


”精霊王”。


その言葉に愛着がわいたのは、いつ頃だっただろうか。子供の頃、よく母親である風菜がそれにまつわる話を読んでくれたからだろうか。頭の中の記憶を引っ張り出し、いや、違うと首を振る。


確かあれは、自分が不反応持ちーーつまり、術式が全く使えない、ということが分かってからだろうか。それまで、アキラと風菜が道場でセイヤに術を教えていたのを見学していたので、精霊と契約を交わしたら、あれが使えるようになるんだな、と心をときめかせていたのを覚えている。


しかし、いざコウと契約を交わしても、実際には自分には全く使えず、ひどく落ち込んでいたものだ。使えるとしたら、ただの魔力だけ。しかも、精霊使いが使うコベラ式の特性上、純粋魔力の扱いが不得手であった。


情けない気持ちでいっぱいになり、泣きべそをかいていたあの頃に、風菜が慰めつつ聞かせてくれた物だ。


『あの精霊王も、術式は”使えないんだよ”』


今となっては、あれは落ち込んでいた自分を励ますための嘘だったのだろうと思えて鳴らない。事実、それを聞かされたときも、タクトはそれはない、と反論していた。


聞かされたその言葉は、今まで彼女が語ってくれた物語と、全く別のことだったのだから。物語には大抵、精霊王は強力な魔法を使い、人々を統べた、とある。そんな精霊王が、術式が使えない、そんなことを聞かされても、当時のタクトは信じられなかった。


しかし結局、タクトはその言葉を信じた。今思うと何故嘘だ、あり得ないと思っていた事を信じてしまったのか、不思議でならない。


風菜に諭されたからだろうか。それは違う、と思う。今となっては、そのときのことを思い出すのが困難だ。だが、そんな中でも、これだけは言える。


自分は、今も昔も、”精霊王”のことを尊敬している、と。架空ーーかもしれないーーの人物に憧れるのもまた変な話、というよりも恥ずかしい話だが、それでもその思いは変わりはしなかった。


「? どうかしたのか?」


今まで動かしていた手がぴたりと止まっているのを見止め、コウは首をかしげる。その声にハッと我に返った彼は、首を振って考え事を止めた。


「いや、何でもないよ」


コウの方を向いて、軽く笑顔を浮かべながら彼は言う。そして再度課題に目を移し、手を動かし始めた。


再び流れる静寂な一時。それをコウは退屈な思いを抱きながら、何となく窓の外へと視線を投げかける。まだ夜が深まる時間帯ではないが、もうネミツキーー日本でいう九月だーーの中旬、その終わり頃だ。夏期休業時と比べると、明らかに日が落ちる時間が早まってきている。


そのため、もうあたりはすっかり暗くなり、夜空には星々が瞬き始めている。その光景を自室の窓から眺めるコウの視界に、何か変な物が映ったのはしばらくしてからであった。


「……なんだ、あれは」


あまりにもおかしな物だったからか、コウは知らず知らずのうちに声に出して呟いていた。その声を聞き、ちょうど課題を片付け終わったのか、タクトも首をかしげながらそちらの方を向く。


「どうしたの?」


「いや、何か、変な物が……」


傍らから近寄ってきたタクトに驚き、彼の方を向いた後、指し示すように翼を向けた。バサリと広げられたその先を、タクトと共にもう一度見るが、先ほど気付いた異変はすっかり消えている。


「? 何もないよ」


「おかしいな、先ほどまでは確かにあったのだが」


翼を手のように扱い、くちばしの下あたりをさすったコウは、首をかしげつつ唸る。その仕草に、タクトは苦笑いを浮かべながら、


「君は最近仕草が人っぽくなってきたよね。ひょっとしたら、見間違いじゃないかな?」


「……それはどういう意味だ」


微かに含ませた冗談に、敏感にも気付いたようだった。ますます苦笑を強めながら、タクトは両手を挙げる。


「冗談だよ。でも、何もないんだし、気のせいってことが……」


タクトがそこまで言った時だった。足下を揺らす轟音と振動が響いたのは。


「なぁっ……!?」


突然の事にうまく対応できず、バランスを崩してしまう。幸い、部屋自体が狭いのでとっさに伸ばした腕が壁に触れ、それを支えにして何とか体勢を立て直す。コウの方をちらりと見やるが、あちらは羽を羽ばたかせ、宙に浮かぶことで振動をしのいだようだった。


「大丈夫かっ!?」


「う、うん、何とか……」


一瞬だった振動が納まったあと、力なくコウに返事をしてから、何が起こったのか確かめるためにタクトは部屋を出た。すると、先ほどの揺れを感じ取ったのであろう、部屋着に着替えていた生徒達がわらわらと部屋から飛び出してくる。


「何だぁ、今の?」


「地震?」


「な訳あるかっ」


一人の女子生徒が呆然と口にした言葉を、とある男子生徒が否定する。学園が建っているこの場所一帯は、地震など起きはしない位置にあるのだ。ならば、一体何が起こったというのか。


どうやら生徒達も混乱しているらしく、何が起こったのかまるで分からない状態である。今となっては見渡す限り慌てた様子の生徒で埋め尽くされている。


「おい、タクトッ!」


「っ!? 何だ、マモルか……」


目の前の状況に呆然としているタクトは、真横から呼ばれた声に驚き、肩を振るわせる。慌てて振り返った先には、同じように私服姿のマモルがいた。彼の何が起こったのか分からない、といった様子で、


「何だ、はないだろう。それより、一体どうなっているんだ?」


「わからないよ、僕にも」


近づいてきたマモルにそう首を振り、この場を収めてくれそうな人物ーーつまり先輩方や教師を探していたのだが、彼等も慌てふためいた様子だし、教師に到っては誰一人として様子を見に来ない。


「……誰も来ないね」


「誰を待っているんだよ。それより、この騒ぎをどうにかしないとな」


マモルは比較的落ちついた様子である。頭をポリポリかいている彼の胆力に呆れつつ、同時に頼もしさも感じてタクトは苦笑する。


「どうやって騒ぎを収めるのさ?」


その問いかけに、マモルはうっとつまり、言葉を濁す。あー、うーと唸っている彼を放置して、あたりに視線を送っていると、見知った顔と視線がまともにぶつかった。相手の方もタクトとマモルを認めると、安心したような顔つきで近づいてくる。


「タクト、マモルッ!」


「レナ、それにコルダも」


「……何があったの?」


あたりを気にしながら近づいてきたレナとコルダも、例外なく普段着に着替えており、おまけにいつもはまとめている髪の毛を下ろしている。こんな状況だというのに、見慣れた姿と違う二人に少しばかり心臓の鼓動が早まり、僕も人のこと言えないな、とため息をついた。


二人とも落ちつかない様子であり、特にコルダは真剣におびえた表情を見せている。いつも天真爛漫な彼女も、やっぱり女の子なんだなと思ったが、よくよく見れば小刻みに震えていた。まるで、この状況によっての恐怖ではなく、”違う種類の恐怖”を感じ取ったように。


「コルダ、どうかしたの?」


「…………」


彼女は、何も答えない。ただぶるぶる震えるだけである。その様子を見て、今まで唸っていたマモルも異変に気付いたのだろう、コルダのことをじっと凝視している。


「コルダ? どうかしたのか?」


「………」


「……さっきからずっとこの調子なの」


落ちつかなさそうだったのは、おそらくコルダのことを心配していたからだろう。レナは眉をひそめてコルダの側にたたずんでいる。


落ち着きのないきょろきょろとした仕草から、彼女が何かをひどく恐れているのは確かである。だが、それが何なのか、見当がつかない。タクト達は、ただ顔を見合わせることしか出来なかった。




何か、嫌な感じがする。とてつもなく大きく、そして邪悪な存在に獲物として見られているような、そんな嫌な感じを。


コルダは体を震わせながら、そっと窓の外に視線を送る。そこには相変わらずの夜の闇が広がっているだけである。しかし、その暗闇に混じって獲物を狙う猛禽類の鋭く冷たい視線を、確かに見た。


それは、彼女が感じる恐怖が幻覚を見させたのか、それとも本当に見たのかは定かではない。だが、その感覚が彼女の恐怖に拍車をかけた。


「……見ない……で……」


絞り出したその言葉に、周りにいた友人達が怪訝そうな表情を浮かべるのでさえ、もう頭に入らなかった。ただただ、訳の分からない、凄まじい恐怖を感じ、それから逃げることしかーーいや、それさえも考えられなかった。


体の芯が、すうっと冷たくなる。一人取り残された暗闇の中、不意に一本の腕が伸びてきて、それがコルダの腕をがしりと力強く握りしめーー


「いやっ!?」


「コルダッ!」


捕んできた誰かの腕を必死に振り払おうとして、しかしそのときに聞こえた叫びにようやくハッと我に返る。掴んできたその腕の先には、少女と見間違えそうな顔立ちをした、タクトの心配そうな表情が目に入ってきた。


「コルダ、大丈夫?」


「すっげぇ顔色悪いぜ? どうかしたのか?」


心配しているのは、彼だけではなかった。その隣りにいるレナや、マモルさえも自分のことを心配そうな目つきで見ているのに気付き、ほっと深く息を吐いた。


ほんの一瞬だけ、呼吸を止めていたのだろう。吐き出した吐息は彼女でも驚くほど長く続いた。背中にはじっとりと汗をかき、額からは冷や汗を流している。


「ちょ、ちょっと……大丈夫じゃ…ない、かも……」


ははは、と何とか引きつった笑顔を浮かべ、そのままずるずると床に座り込んでしまう。幸い、先ほどの振動による騒ぎのせいで、そんなことをしても目立ちはしない。マモルが周りをくまなく見渡し、声を潜めて聞いてくる。


「コルダ……どうしたんだ?」


「……誰かに、見られている気がした……」


「……ストーカー?」


同じ女性ならではの視線の答えに、コルダは軽く苦笑する。あながち間違いではない。しかし、それとは明らかに違う何か。


「……違う。もっと、悪質……ううん、邪悪な……」


「邪悪な?」


眉をひそめて言うタクトに、こくんと頷きだけを返してコルダはそっと目を閉じた。未だに恐怖は感じている。だがそれも、彼等といるだけで幾分かは温和された気がして半ば安堵していた。


目を閉じたその先に、まだ感じるこの気配。こちらのことを、闇の中からじっと観察している、危険な狩人。


そして、その狩人に付き従うようにして側にいるのは……”理”、なの?




「やはり、気付いたか?」


学園のすぐ側にある森の中。古びた柄の長剣を腰に吊った一人の男は、森の中にある一本の木の枝に器用に乗りながら、そんな感想を漏らしていた。


遠くを見つめるその視線の先には、学園の側にある学生寮がある。そして、寮の一階角部分には、大きく欠落している箇所がある。ちょうど、何かによって”斬り”取られたような跡が。


無論、普通の剣や、剣型の証でもそんなことは出来やしないだろう。だが、世の中には不可能を可能にしてしまえる物がある。それを、今のこの男は持っていた。


「どうだ? わかったか?」


男の足下ーーつまりこの木の根元に寄りかかるようにして、全身をすっぽりローブに包んだ別の男が聞いてきた。微かに見えるローブの隙間から、彼は腕を組んでいることは明白である。


その問いかけに含まれている意味をくみ取り、剣の男はにやりと笑みを見せる。そして、自信満々に口を開いた。


「ああ……見つけたぜ」


「そうか」


そう言って、ローブ姿の男はほんの一瞬ためらうようにして俯いたが、しかしすぐに首を振ってその思いを押し殺す。


「よし、じゃあーー」


手を上げて何か言おうとしたが、その時背後から感じた凄まじい気配にぞくっとした。慌てて後方を見やったが、そこには相変わらず木々が生い茂っているだけである。


……気のせいか? 男はそう思い悩む。気配を感じたのはほんの一瞬であったし、今はもう完全に消えている。気のせい、と思ってしまいそうだったが、とてもそうとは思えなかった。


「…? どうかしたのかい?」


「……いや、何でもない」


しかし、相方の方は先ほどの気を感じなかったようで、不思議そうな表情で男の方を見やっている。その顔を見て、彼も首を振って雑念を追い払った。


神器を持つ彼が何も感じなかったのだ。きっと、気のせいだ。ようやく彼はそう思い、視線を学園の隣りに建つ寮に向けた。


さっと手を伸ばして、彼は告げる。


「作戦、開始」

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