表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
59/261

第29話 おぼろげな運命~1~

今話から、ようやく一年生編の最終章 (のようなもの)に突入です。


思えば、遠くにきたもんだ……(遠い目)


「調子はどうだ?」


体をすっぽり覆い隠すローブを着込み、フードを目深にかぶった男の問いかけに、


「ああ、絶好調だぜ」


腰に長剣を吊った男が、唇をゆがませて頷いた。その表情は、自信に満ちあふれているように堂々としていて、ローブの男は頼もしく感じる反面、危うさも感じている。


今彼等がいる場所は、例の封印が刻まれていた場所の地下。あそこの封印を、アニュラスの力で強引に破壊し、現れた入り口を下ってたどり着いたのだった。


軽く舞踏会でも開けるほど大きく広がったそこの、入り口の反対側には巨大な門がある。その門にも、上に敷かれていた封印よりもさらに強力な物が施されていた。しかし、強力とは言え、所詮人の張った封印。”神の力”であるアニュラスによって、破壊できないわけがなかった。


つまり今その門には、何の封印は施されておらず、いつでも開けられる状態だったのだが、そこで彼等は頭を悩ませていた。


開かないのだ。どれだけ押しても引いても、術を使ってもビクともしない。これほど堅牢な門を、ローブの男も、長剣を吊った男も知らなかった。どれだけ試していただろうか、やがて二人は唯一の手がかりを見つけたのだ。


それは、門に刻まれた”謎の刻印”。逆正三角を司ったその刻印が使われている場所を、ローブの男が見つけたのだ。


「それで、どうだった? 手がかりは見つかったか?」


「ああ、大部分はな」


長剣の男の問いかけに頷きながら答える。彼は、頬に手を当てながら思い出すようにして、


「あの刻印、辺境の部族の紋章だった。その部族とは交流があって、何度か見たことがあると思ったから、まさかと思ってはいたが……」


「ほう。で、開ける方法は見つかったか?」


「そうせかすな、これには少々複雑な問題があってな」


腕時計を確認し、まだ時間があると判断したのか、彼は口を開く。しかし、その表情は忌々しげにゆがめられているところを見ると、本当に複雑な事情があるようだ。


「どこから話すか……。まず、その部族についてだが、名を”モラン”と言うらしい。そのモランにはだいたい百年単位で”巫女”が一人生まれ、聖なる力を受け継ぐ、とあった」


「なんだよ、とあった、って」


「……私も詳しくは知らん。この知識は書物に書かれていた物だからな」


押し黙った彼は、憮然とした面持ちで言葉を続ける。


「ともかく、ここから先は私の推測だが……。もし、その聖なる力が”ことわり”だとしたら?」


くっくっく、と長剣の男がさもおかしそうに笑い始めた。理ーー自然の摂理であるそれは、一説によれば神の力の一部を宿している。それも、男が腰に吊っている剣よりも格上の、”絶対神”の力が。


世界創造さえ可能にしてしまえるほどの力ーー一部とは言え、それが人に宿ろうとは。そのあまりの非常識さに、男は笑ったのである。だが、笑われてもローブの男はむっとしたりせず、むしろ同意するように何度も頷いた。


「だろう? これが私の言っていた複雑な事情だ」


「なるほど、確かに複雑だ。……つまりあり得ない、と言いたいんだろう?」


未だに笑みが含まれたその答えに、再び頷く。


もし、人の身に神がーーそれも、一部とは言え絶対神の力が宿れば、どうなるか。想像するのは難しくない。人の心が、神の力に食われるのだ。


まさしく、目の前の男のように。


そのことは流石に口に出さなかったが、内心でため息をついた。理由は、男の事も含めて二つほどある。その後の一つは、男の方も分かっているのか、笑みを消し去ると再び門に目をやって呟いた。


「しかし、これでまた振り出しか」


「うむ、まぁこちらでも手を尽くしてみるとするよ。お前も、何かわかったら連絡をくれ。……それから、ここから出るなよ? お前が捕まったら、流石の私も庇いきれん」


「ああ、分かっているさ……。それにしても、はやくここを出てうまいもん食いたいねぇ」


「我らの状況から考えると、そうなるのはだいぶ後だろうな。……だが、私は狙われていない。今度隙を見て、うまい物を持ってくるさ」


そう言って、未練がましく出口の方に何度か目をやる男をなだめる。そうしなければ、今にも出て行きそうだったからだ。


やはり、堪え性もなくなってきている。これも、力を得た弊害か。


ここ最近の悩みと疲労で、ずきずきと痛む頭を、こめかみを押してマッサージする。彼の目の前にたまっている問題は山積みだ。


しかし、微かにだがーー彼等にとっての、”希望の光”とやらが見えてきた。彼はマッサージしていた手を下ろすと、もう一度門に目をやる。


もう少しだーーあと、もう少し。


 ~~~~~


遙か昔、争いがあった。


大地のーーー、おのが意識を持ち、ーー持ち、形を持った。


大地のーーー、人一人指し示す。その者、己を”精霊使い”、呼ぶ。


その者、ーーーから得た知識を下に、人々をすべ、やがて王となり、原始の精霊使い、自らを”精霊王”と呼んだ。


精霊王、ーを孕ます。一人はーーを得、一人はーーを得ず。しかし、ーーを得た子、災いを招くなり。天地天命、大いなるーーを持ってーーをーーし尽くす。


ーーー、人、獣、その全てが、子に敵わず。ーーを得たー、己を”ーーー”と呼ぶ。王、ーーーと争い、ー敵わず。


ーーを持たぬ子、大地のーーーを己がーにーー、己にーー、ーーー争う。多くの時過ぎ去り、やがてーーを持たぬー、ーーー封ず。


ーーー封じた地、”ーー”と呼び、そのーーー、誰も知らず。


その地、ーーーー時、大いなるーーを得、全て災いに飲み込まれ、全てを滅ぼさん。




「ーーと、フェルアントの”始原書”には書かれています。これに関しては未だに有力な情報もなく、調査も進んでいないため、お伽噺だという事もあってーー」


フェルアント学園の一室にて、歴史の授業を受け持っている西村は、すらすらと口から言葉を紡ぎ出している。いつもの歴史科なら、一心不乱に授業を聞いているか、寝ているかのどちらかに分けられているのだが、今回に限っては皆真剣に聞いている。


”始原書”というのは歴史書みたいな物だが、何故か必ずこの話が収録されている。収録されているほとんどが、実際にあったこととして認められているのだが、西村が言うとおり、この話に限っては例外である。


比喩を用いられて書かれている上、要所要所が欠落している。しかも、読み取れる所からでも分かるとおり、災い、滅ぶなどと、内容が物騒だ。


始原書に書かれている話の全てが、千年内にあったことばかりなので、この話がもし本当ならその間に起こったのだろうと考えられている。しかしこの数百年もの間、そんな大事件が起こった事など一度もない。そのため、信憑性に欠けているのだ。


そのような背景もあり、また歴史科の授業にある不遇(人気学科からはぶられた人たちが集まっている)もあって、面白くない話として聞き流されかねないのだが、毎回この授業だけは皆真剣に聞いてくれる。


「はい先生、質問っす」


みんな、この調子で聞いてくれたら良いのに、などと心の中でほろりと涙を流しつつ、西村は手を上げた生徒に向かって頷く。


「はい、何ですか?」


「毎回この話を聞くと思うんすっけど、最後の一文ってどういう意味っすか?」


ーーやっぱり来た。


西村はニコニコと笑いながらも、この話になると必ず出てくる質問。それを受け、西村は辟易としながらも、それを表に出さずに答えた。


「う~ん、私もよくは分からないんですけど、学者さん達の間では、何かを封じた場所で、封印を解けばすごい力を得るんじゃないかなって言われているよ。言葉通りに受け取るなら、それこそ世界を滅ぼしかねないほどの力とか、もしくは……全てを思い通りに出来るとか」


彼女の答えに、一同騒然となる。


「おおぅ、やっぱしか!」


「良いねぇ、そう言うの! 俺もそんな力が欲しいよ。何でもかんでも思い通りに出来たら、最高だよな!」


「で、でも世界を滅ぼしちゃうんでしょ? そんな物、いらないと思うよ……?」


一同ーー特に人気学科からはぶられた生徒達は、すごい勢いで盛り上がっている。それもそのはず、この年代の子達は常に力を求めている。その中で、まさに朗報とでも言うべきこの話。盛り上がらないはずがなかった。


ただ、中には冷静な子達もいて、その子達は盛り上がっている生徒達を嫌そうな顔で眺めている。ーーそして、嫌そうに眺めている生徒達の中で、生徒会会長のギリ・マークがいたことに、西村は複雑な心境で見ていた。


すぐに視線を外し、彼女は頭を振ってこの騒ぎを収めにかかった。


「はい、この話はもうおしまいですっ! では次に行きますよ!」


「でもよぉ、先生。少しぐらいーー」


「ダメです!」


このクラス内で多少つけあがっている生徒が、話を長引かせようとでも思ったのか、なおも食い下がったが、彼女が珍しくきっぱりと終わりを告げたので口を閉ざしてしまう。彼は不満そうに鼻を鳴らすと、おとなしく席に着いた。それを皮切りにして、バツが悪そうな表情で周りの生徒達もおとなしくなっていく。


「さて、それじゃあ次のページ開いて」


いつもと様子が違う西村に違和感を覚えつつも、生徒達は素直に従ったのであった。




歴史科の授業は、タクトが受けている学科である。つまり、この場所にも彼はいたのだが、珍しいことにほおづえを突き、ぼうっとしたような視線をある一点に向けて、どこか上の空であった。授業終了の鐘の音が鳴っても、彼はそれを見続けていた。


フェルアントの始原書に書かれている、唯一の物語。歴史書であるはずなのに、作り話としか思えないそれを、正確にはある単語だけを何度も目で追い返していた。


”精霊王”という単語を。


教室を出ようとした際、未だにタクトが席に座っていることに気がついたのか、ギリは首をかしげながら近づく。


「おい、どうした優等生?」


「……あの、僕優等生じゃないと思うんですけど?」


からかうような軽い口調で言った言葉に、タクトは今気付いたように顔を上げて、力なく微笑んだ。そしてあたりをきょろきょろ見渡して、そこで人がいないのに気付いたのだろうか、不思議そうな表情を浮かべた。


「あれ、授業はどうなったんですか?」


「とっくの昔に終わってるぞ。気付いてなかったのか?」


「ハ、ハハ、そうみたいですね……」


頬をポリポリかきながら、乾いた口調でいう彼に、ギリは若干の不安を抱いた。


「おいおい、マジで珍しいな、優等生。何かあったのか?」


「だから、僕は優等生じゃ……」


タクトは首を振って否定するが、ギリは何を言う、とばかりに鼻を鳴らして、


「この前の筆記、トップスリーに入ったのは誰だったかな?」


「………」


無言で押し黙り、タクトは表情を強ばらせた。だが、ギリは深くは追求せず、ニコリと感じよく笑って、


「まぁ優等生は否定できないわな。それで、その優等生君は一体何を思ってぼんやりしていたのかな?」


「そ、その……」


言いたくないのか、引きつった笑みを浮かべながら口ごもるタクトを見て、ギリは目を輝かせた。ほほう、となにやら納得したような唸りを上げると、


「ふーん、どうやら恋の悩みのようだなぁ。良いねぇ、青春してるねぇ~」


「……何でそうなるんですか?」


引きつった頬が、ますます引きつるのを自覚する。もちろん、図星を突かれたからではない。そのような邪推をしてしまう彼に、少々呆れたためだ。


タクトの呆れを露とも知らないギリは、再び勝手に暴走を始める。


「で、お相手は誰だい? なんだったら俺が、多少の手助けはして良いんだぜ?」


「そ、そんなんじゃないですよ」


「照れるな照れるな、お兄さんにはお見通しだぜ。ほれほれ、俺に何もかもぶちまけーー」


「あんたは何下級生をいじめているのよっ!」


「ぐはっ!?」


タクトに向かって身を乗り出していたギリは、突如背中に食らった衝撃に行きをはき出した。驚きを露わにしつつそちらに目を向けると、肘を打ち下ろす形で、とても冷たい視線をギリに投げかけているセシリアの姿があった。


何度見ても銀なのか白なのかわからない髪を長く伸ばし、その美貌は冷たく研ぎ澄まされている。一部の変な趣味を持つ男子からは、彼女から罵倒される事を快感と思う輩がいるそうな。タクトからしてみれば、そんな人たちとは関わり合いになりたくない、と思う反面、身近な所にクサナギというヤツがいるため手遅れのような気がしてならないが。


ともかく、彼女が来てくれたからには、ギリ先輩の暴走も止まるはず。そう思いながらほっと息を吐き出すと、彼はどつかれた背中をさすりながら、


「お前なぁ、もうちょっと落ち着けよ。何でもかんでもすぐ暴力に出るのはダメだろ?」


「あんたが変なことしてるからでしょっ!」


「俺は何もしていないって。ただ、恋に悩む可愛い後輩の相談に乗っていただけだっつの」


「へっ!?」


彼が言った言葉に、タクトとセシリアは同時に素っ頓狂な声を出した。タクトは嘘言うな、セシリアはそうだったの、という全く違う事を思いながら。


彼女は目をぱちくりと見開き、次いで先ほどの凍てついた表情が嘘のようになくなり、両手を合わせて頭を下げる。


「そ、そうだったの? ご、ごめん……」


「先輩、何でたらめ言っているんですかっ!? 全然違いますよっ!?」


タクトの言葉は、前半はギリに、後半はセシリアに向けて言った言葉である。えっ? という風に彼女はタクトを見て、首をかしげる。


「ど、どういうこと?」


「えっと……つまり、最初セシリア先輩が言っていた通りのことなんですよっ!」


彼女を説得するのが面倒くさくなってしまったのか、タクトは丸投げな説明をする。それを受け、セシリアはきっとギリの方を向いた。


「ギリ、あなた……!」


「待て、セシリアッ! 俺は、本当にこいつの相談に……!」


「相談なんてしてませんよっ! あんたが一方的に押しかけてきたんでしょうがっ!!」


なおもばっくれようとするギリに、相当腹が立ったのか、珍しく口調を外しながらタクトは叫んだ。


見開きだった歴史の参考書をかたづけると、三人は言った言わないの押し問答を繰り広げながら教室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ