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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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番外編 桐生家の日常~4~

桐生家の日常のはずが、いつの間にか学祭になっている今話。


立派なタイトル詐欺だと気付いたのはここ最近です、ホントにすみません……(汗


「さてと、それじゃレナの手伝いに行くとしますか」


あらかたほかのクラスの出し物を見回った未来は、手をパンと叩いて気合いを入れる。正直、彼女に言ったとおりあの服を着ると考えただけで気乗りがしない。げんなりとする。だが、流石にレナだけに任せっきりというのもあれなので、そろそろ救出に向かうことにする。


腹をくくったような彼女の様子に、隣にいたマモルは不思議そうな表情で首をかしげた。


「そういえば、お前のクラスの所だけは行ってなかったよな。一体何やっているんだ?」


「あ、あははは…。それはまぁ、見てのお楽しみだよ」


彼の問いに、苦笑いを浮かべてそうお茶を濁す。そして二人並んだ足どりで、自らのクラスへ向かうが、途中で人の数が多いことに気がついた。


「何だろう?」


首をかしげて歩き続けるうちに、その人並みが自分たちのクラスへ向かっていることに気がついた。マモルも気がついたのか、彼女の肩をつつき、


「これ、意外と繁盛しているんじゃね?」


「そ、そうかも……」


にやりと笑った彼に向かい、やや引きつった笑みを浮かべる。未来は、この催しには反対の立場であったため、繁盛しているのを見ると納得のいかない思いがわき上がってくる。何故、ホスト&メイドカフェなる物をやらなければならないんだっ! というわけであった。


彼女の不運は、クラスに男女問わず、”そういう趣味の人”が多かったことだろう。健全な趣味を持つ人物の数と比べると、過半数を上回っていたのだ。もう、不運以外の何物でもない。


ため息をつきたそうな顔で俯いた彼女の横で、マモルもクラスの前に掲げられた看板を見て、引きつった声音を出す。


「お、おいおい……。何だよ、ホスト&メイドカフェって……」


そう言って、やたらとまじめな顔で彼女の方を見やるなり、


「お前、そういう趣味が……」


「なわけないでしょっ!!」


全力で否定し、顔を赤くさせて叫ぶ彼女を軽く受け流し、マモルはケタケタ笑いながら教室に入っていく。ーーそして、入った瞬間表情をこわばらせて硬直した。


「って、マモル?」


その様子から、何か尋常ではないものを感じ取った未来は、彼の後ろからのぞき込み、そしてマモルと同様硬直した。


「いらっしゃいませー。……って、何だマモルと未来か」


こちらに向かって笑顔を振りまいてくる同い年くらいの少女、否、”美”少女を前にして、二人は完全に硬直していた。何故か少女の方はこちらの名前を知っているらしく、ふうっとため息をついている。未来からしてみれば、この少女とは会ったことがない。


(あれ?)


そこまで考えて、ふと内心で首をかしげる。確かにあったことはないのだがーーしかし、見覚えがある。何でだろう、そう思い思案する未来の横で、マモルが口元をぴくぴくと引きつらせてかすれた声を出した。


「な、何やっているんだタクト?」


「い、いや~~あははは……。見事に手伝わされちゃって……」


タクト、と呼ばれた少女は、苦笑いを浮かべて頭をかく。だが、聞いていた未来としては驚愕するばかりである。タクトという名が、彼女の記憶を刺激し、そして感じていた見覚えの正体がはっきりと判明した。つまり、この少女ーー否、この”少年”はーー


「タ、タクトなのっ!?」


「うん、そうだよ。……認めたくないけどね……」


思わず叫んだその一言にあっさりと頷き、そして諦めが漂う様子で小さく呟くと、ため息をついた。


フリルのついたメイド服を着用し、おそらくウィッグであろう、腰まで届くほどの長さの黒髪。顔立ちも中性的なこともあってか、もう見た目は女性にしか見えない。しかも、”美”がつくである。ほれぼれすると同時に、彼女もまた敗北感を味わう結果となった。


口を半開きにしたまま固まる未来をよそに、マモルは引きつった笑みを、彼自身の何時もの笑みに戻し、


「いや~、何度見ても驚くねぇ、お前のその格好っ! ホントは女なんじゃないか、タクミ」


「……マモル、もう本当に……勘弁してぇ……」


タクミ、という言葉に反応したのか、彼は半泣きになり目の縁に涙をためる。涙目となった彼の様子からは、もはや可愛らしい小動物のごとくであり、その姿を見ていると、未来の中に急にある感情が芽生えた。


そのことを自覚し、真っ赤になった顔を背けて隠すと、タクトーーもとい、タクミを呼ぶ声がし、彼はそれに応えて去って行く。だが、未来の耳にはそのことは行き届いていなかった。その後ろ姿を眺めていたマモルは、完全に他人事のような笑いを浮かべた後、押し黙った未来に気付き、声をかけた。


「おーい、どうした?」


「……変な趣味に目覚めそう……」


「おいおい、勘弁してくれ……」


顔を赤らめつつそんなことを呟いた彼女を見て、思いっきり表情を引きつらせるのだった。


 ~~~~~


一方その頃、コルダである。


何時もよく居るレナ達が、大西校の学祭とやらに行ってしまい、彼女は絶賛暇人であった。


レナからは一緒に行こうと誘われていたが、それは彼女自身が断ってしまった。理由を聞くと、彼女にしては珍しく気乗りしない、やら悪い予感がする、やら肌黒いから、とかいった事を並べていた。ーー二つ目のことは、偶然にも当たっていたりするのは余談である。


いつもは二つに縛っている色鮮やかな紫の髪も、今は下ろしている状態で桐生家の一室でごろ寝状態であった。今まで昼寝していたのか、若干ボーとした表情をしている。しかもまだ眠いのか、かくんかくんと船をこいでいた。


とてもではないが、他家の家に遊びに来ている人物の様子とは思えない。これが幼い頃からの知り合いの家だとかだったらまだ分かるが、相手はたった4ヵ月にも満たない友達付き合いをしてきた人物の家である。しかし、それでも臆さないのは彼女の図太い精神故か、それとも単に脳天気なだけか。


そんな彼女の様子を、開けたふすまから覗いたセイヤはあきれ果てたようにため息をついた。


「他家の家に引きこもって堂々と昼寝か。いや、悪いって訳じゃないんだけど……」


そんな彼の愚痴を偶然聞いた風菜は、ふふっと笑いながら、


「別に良いじゃない。これも我が子の人徳かな?」


「アイツの人徳についてはとやかく言いませんし、どうでも良いんで置いときますけど」


自分の子供のことを自慢する風菜をあっさりと受け流し、セイヤは車いすに座る彼女を見下ろした。


「でも何で、あいつらについて行かなかったのかね?」


「さぁ~?」


流石、それには答えられなかった。コルダが何故タクト達について行かなかったのか疑問に思ったのである。と、その会話を聞いていたわけではないだろうが、カッと何かに覚醒したように急にコルダは立ち上がり、二人を驚かせた。


「ど、どうした?」


「何かあったの、コルダちゃん?」


人には感じ取れない何かを、必死に感じ取ろうとするように視線を一点に集中させたコルダを見て、何か本能的な不安を持った二人は、そろって声を出した。しかし、彼女はそれには応えず、しばらくの間じっと部屋の壁を見つめていたが、やがてヘロッと笑顔を見せると、


「……おいしそうだったな~。超巨大プリン」


不安を持った俺がバカだった、と独りごちたセイヤはため息をついた。口元からよだれを垂らして恍惚とした笑みを見せる彼女に、多分こいつは凄まじすぎる脳天気野郎だろ、と女性に野郎という言葉を使うほどにあきれ果てていたのだ。だが、隣にいる叔母にはさらにあきれ果てさせた。


「あら、良いわね~、超巨大プリン。今からならまだ時間あるし、台所で作りましょうか?」


「え、ほんとっ!?」


風菜がころころと笑いながら言ったとたん。完全覚醒を果たしたのか、コルダは顔中に笑顔を浮かべてぴょんと跳ね起きる。そしてそのまま、風菜の乗る車いすを押して一緒に台所に向かっていく。


「プリン、プリン~っ!」


「ふふ、美味しいの作りましょうね」


スキップして風菜と共に去って行くその姿は、もはや子供にしか見えなかった。呆れの境地に達したのか、セイヤは笑いを浮かべている。しかし、風菜お手製の料理は例外なく美味その物であり、超巨大プリンと言う、子供ならば誰しも一度は夢見ただろうその内容のこともあってか、中々興味をそそられるのも否定できない。


そのため、彼も二人の後を追い始める。その口元に、楽しみなのか押さえられない笑みが浮かんでいることに気付き、慌てて首を振った。この光景、クサナギに見られたら間違いなく茶化される。と、そこまで思ってふと気付く。


周囲を確認して、こういうイベントには目がない彼のことを思い出し、セイヤはぽつりと呟いた。


「クサナギのヤツ……どこ行った?」


 ~~~~~


大西校の生徒玄関前には、年代物の壺が置かれている。何でも、当時の校長が「魔除けに」と言うことで寄贈したということであった。


当然、学祭と言うこともあってそれを展示しているわけだが、今年は妙に変であった。


とりあえず邪魔だから別の所に置いておいたら、いつの間にか位置が変わっていた事があったり。その土器の上に資料を置いたら、風もないのに床にばらまかれていたり。


ちょうどそのときには、周りに生徒が居たり教師が居たりと、誰か別の人が居たのでそのせいだろうなと誰しも思っていたのだった。だが、その程度の偶然なら誰しも納得できるが、今年はそんな”些細な現象、些細な偶然”が数多くあった。しかも、その全てがこの壺に関係している。


皆一様に、表にこそ出さないが、内心奇妙に思い始めていた。そのため田中少年ーー例のクラス委員であるーーが休憩中、偶然その壺を見た時、それが光っているように見えてギョッとしたのも無理はなかった。見間違いだ、光の加減だ。そう己に言い聞かせ、目をつむって首をブンブン振った後、もう一度目を向けた。


ーー今度は光ってはいなかった。ほっとするのもつかの間、ずり下がった眼鏡を押し上げて、逃げるようにどこかへ去って行く。内心では、今の奇妙な現象に恐れをなしたからかもしれない。それは、田中少年にとってはある意味幸運だったのかもしれない。何せ、その壺はーー




「………?」


ふと何かを感じたような気がして、タクトは後ろを振り返った。ちなみに格好は、未だにメイド服着用の女装した姿である。流石にここまで着ると、もう慣れたのか、それとも吹っ切れたのか、仕事に勤しんでいた。ーーそれで現実から逃げていると、いえなくもないのだが。


彼は現在、見た目からは目をそらして、ウエイターになったつもりできびきびと働いている。注文を受け、それを裏方の人たちに伝え、出て来た物をきちんと運ぶ。といっても、彼等裏方の仕事は買ってきた飲み物をコップに注ぎ込こむという単純な物なのである。そんな彼等に若干の不満を持つが、どうやら裏方の人たちも後からこの格好をするらしい。それを聞いて不満は消えたが。


それはさておき、後ろを振り返ったタクトだが、すぐさま気のせいかと決めつけ、お盆を握りしめる。


「タク……タクミちゃん、どうかしたの?」


「ううん、何でもない。でも、あのさ、レナ。お願いだから、君だけは普通に呼んでくれない? しかもなんでわざわざ呼び直すかな?」


その様子を見て、首をかしげるようにレナは聞いてくる。首を振って答えた後、しっかりと苦言を呈する。頬を膨らませてそういう彼を見て、レナはころころと笑顔を浮かべた。


「だって、今のタクミちゃん、もう女の子にしか見えないんだもん」


「……僕は泣きたくなってくるよ」


深いため息をついて、己の姿を見下ろす。さっさとこのメイド服を脱ぎたい、それが今の感想である。


しかし、彼がそれを脱ぐ事が出来るのは、しばらく後のこととなる。


不意に教室へ急ぎ足で入ってくる人影を目にした。教室の出入り口はお客さんでいっぱいなので、楽に入れると言うことはこのクラスの人間だろう。そう思ってそちらに目を向けると、先ほど休憩に入った田中氏であった。


「いや~、すごい物見ちゃったよ」


呟くような彼の独り言が、嫌でも耳に入ってくる。タクトは自論として、独り言というのは他人は聞くべきではないと思っている。たとえ聞いてしまっても、聞かなかったふりをする。そう思っているのだが、彼の声音の震えが気になった。田中氏が近くを通りかかったと言うこともあって、タクトは声をかけた。


「すごい物って、何?」


まさか聞いていたとは思わなかったのか、田中氏は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに眼鏡を押し上げて口を開いた。


「生徒玄関に置かれている壺。さっき見た時、一瞬光っているように思ったんだよ。ま、僕の見間違いだったけどね」


「へぇ~、ある意味怪奇現象だね」


「そうなんだよっ!」


我が意を得たり、というように大きく頷いた田中氏は、周りを見渡した後、タクトとレナにだけ聞こえるように声を潜めた。


「実を言うとね、あの壺、変な噂があるんだよ。何でも、呪われている、ていうね」


「呪われている?」


こちらはレナである。彼女も興味を引かれたのか、タクトの隣に寄り添っている。


「そう。何でも、勝手に壺の位置が変わっていたりとか、壺の上に置いた紙が、風も吹いていないのに床に落ちていたとか、そんな事があったんだ。でも、近くに人が居たからそのせいだ、って事になっちゃっているけど」


「……それ、全然怪奇現象じゃないよね? どちらかというと、日常的に起きてそうな」


「そりゃもちろん、偶然だってことになっているよ。でも、そんなことが一日に四、五回は起きているんだよ。おかしくない?」


田中氏の言葉に、二人は顔を見合わせて沈黙した。確かに、日に四、五回は多すぎる。言葉をなくした二人に、田中氏は再度周りを気にして小声で言う。


「ま、こんな事でいちいち騒いでたら、臆病者呼ばわりされるからね。でも、今じゃみんな思っている。あの壺は、呪われているってね」


そう言うと、彼は眼鏡の奥で不器用にウインクした。タクトはそれを受けて、困ったように苦笑いを浮かべる。


「そ、そうなんだ。ありがとう、教えてくれて」


「どういたしまして。それじゃ、お手伝いよろしく、鈴野さんに桐生君」


内容が内容だけに、あまり周りに言えなかったことを伝えて満足したのか、田中氏は晴れ晴れとした表情で裏方に戻っていく。しかし逆に、タクトとレナの表情は若干曇っていた。


二人は心配そうに顔を見合わせると、最初にタクトが口を開く。


「なんか、少し気になるよね」


「う、うん。”光っていた”。それに、”怪奇現象”。……後者は、まぁ、微妙だし、害もなさそうだけど……それでもね」


確かに、怪奇現象の方は微妙である。というか、怪奇現象と呼んで良い物なのか? とやや疑問に思ってしまうほど程度の低い物なのだ。今のところ害はなさそうだし、放っておいて良いんじゃないかという気さえしてくるがーー


「害はなさそうだけど、まぁ用心しておく?」


タクトの申し出に、レナはやや逡巡したようだが、首を縦に振る。


「そうだね。何もないとは、思うけど……」


二人は顔を見合わせて頷くと、あたりを見渡し、脱出のタイミングを計る。しかし、すぐにある名案を思いついた。


今の格好を用いて、客引きとしてここを離れる。そうすれば、誰にも怪しまれずに田中氏が見たという壺を見に行くことが出来る。


これは名案だ、とばかりにうっすらとを笑みを浮かべると、側を通りかかったクラス女子にお盆を預け告げた。


「すいません、ちょっと客引きに行ってきます!」


「え、ええぇっ!?」


「あ、私も!」


半ば強引に押しつけたためか、その女子は慌てた様子でお盆を受け取り、引き留めるまもなくタクトは教室を飛び出していった。その後を追うように、レナもお盆を渡すと意外な早さで追従する。


ぽかーんと口を半開きにして驚いたその女子は、ただ二人を見送るしか出来なかった。


その光景をたまたま見ていたアイギットとマモルは、どうしたのだろうと首をかしげるが、アイギットはすぐさまお客に呼ばれ、マモルは出て来たメロンソーダに気をとられ、その事を忘れてしまったのである。



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