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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第28話 対決と対話~3~


「……道場の方、何か騒がしくないか?」


「先程、子供達がクサナギと共に道場へ行ったからな。おそらく、食後の腹ごなしでもやっているのだろう」


桐生家家長、アキラの自室にて、セイヤは僅かばかり聞こえてくる物音に耳を澄ませ、彼に尋ねた。すると、アキラも高級そうな椅子に腰掛けながら、持ってきて貰った暖かいお茶をすすりながら頷く。相も変わらずなその好みに、息子は懐かしげに微笑んだ。


「アンタも、相変わらずお茶が好きだな。もう夏だぞ」


「ふん、食後に飲むお茶は温かいに限る。コーヒーだって似たようなものだろう?」


少々含み笑いを浮かばせ、アキラは眉を上げた。そしてことり、と湯飲みを机に置くと、手を組んで目の前にいるセイヤの目をジッと見つめだした。その視線の強さに、彼は思わず身じろぎしてしまう。


「な、なんだよ……」


「何か、言うべきことがあるのではないか?」


「いや、そんなもんーー」


「ーーない、とは言わせないぞ」


先を越され、言葉に詰まるセイヤに、アキラはニヤリと笑みを浮かべると追い打ちをかけ始めた。


「お前は、何か言いたいことや落ち着かない事があると癖が出るからな。わかりやすい」


「うっ……」


無意識のうちに左手首を握っていたことを目で指摘され、セイヤは呻く。手首を離し、頭をポリポリとかきながら、彼はめんどくさそうに呟いた。


「なんで俺の身の回りの奴らは、こんなのばっかなんだ……」


「失敬な奴だな。親に対してこんな、はないだろう」


即座にアキラが切り返してくるが、それに取り合わず、彼は遠くを見た。昔を思い出すように細められた目には、おそらくこちらの光景などは映ってはいないだろう。


「……あの時は、ホントに悪かったな。親父が、”マスターリット”に良い感情を抱かないのは知っていたさ」


「………」


息子の謝罪を聞き、アキラはそっと目を伏せる。その奥に、懐かしげなものと共に怒りの色が微かに浮かび上がったが、すぐに首を振る。


「いや、もう過ぎたことだ。確かにあまり快くは思っていないが、マスターリットは必要な者達だ。それに、いつまでも過去のことを引っ張る事もない」


悲しげに呟くその口調からは、悲嘆の色が隠さずににじみ出ていた。ーーそのことは、セイヤも何となく知っている。父親も、そしてその妹である叔母は、昔の、変わる前のフェルアントに、人生を大きく変えられた被害者だからだ。


いくら変わったーーいや、自分たちで変えたとは言え、それでも不安がる要素は大きいだろう。


今の本部長も、昔のような悲劇は繰り返さないように努力を積み重ねているが、他の支部長達の中には、己の保身と利益しか考えておらず、革命前のことを言い出す無粋な輩がいる。今も昔も変わらず、世界全体が、神器という神が宿った器に脅かされている状態では、仕方のない事なのかも知れないが。


「過去は変えられないが、それを教訓にして未来は変えられる。私たちに出来るのは、それを信じ、今を生きることだけだ」


それが、アキラの考えであった。真剣な眼差しで呟いたその一言に、セイヤも自然と笑みが広がっていくのを押さえられなかった。


「…そうだな」


フッと微笑み、頷いた。


「とにかく、あんたらの反対を押し切って、マスターリットになって悪かったな。俺が言いたいのは、それだけだ」


「そうか」


そのやり取りを最後に、気まずい沈黙があたりを覆った。突っ立ったままのセイヤは、目を閉じ何かを考え込んでいる自分の親の顔をジッと見つめている。どのくらいの間そうしていただろうか、やがて彼は踵を返し部屋を出ようとする。だが、部屋を出ようとした瞬間、背後から声が掛かった。


「そう言えば、言っていなかったな」


「? 何をだ?」


アキラの言葉に首を傾げつつ、彼は背後を振り返える。姿を見た彼の父親は、相変わらず目を閉じたままの状態で、そっと口を開いた。


「ーーおかえり」


「…ああ、ただいま」


そのやり取りをして、セイヤはようやく、家に帰ってきたのだという実感が沸いてきて、口元を緩ませ笑顔を見せた。


ーー5年ぶりの帰郷であった。




「うぅ……おなか痛い……」


「ご、ごめんコルダ。大丈夫?」


一方、模擬戦の決着が付いたタクト達である。コルダは最後の一撃を受けても意識を保っていた。そのことに驚きながら、タクトは心配そうに声をかけた。


爪魔の破壊力はかなりあり、下手したら鉄を曲げることが出来るかも知れないほど、威力のある攻撃を受けてもなお、”痛い”ですむあたり、彼女の頑丈さは並ではない。クサナギは、そんなコルダにはぁとため息をついた後、さも気が進まなさそうに近寄り、


「大丈夫なわけなかろう。どれ、みしてみろ」


「大丈夫だし、何かいやなのでお断りします」


治癒魔法をかけてやろうと近寄ったのだが、今までの行いから、全く信用されていない事がハッキリとわかる一言を貰い、彼はその場で固まった。全長三十センチほどの体を浮かばせたままだったが、ほんの一瞬、がくっと下がったような気がした。


「い、いやいやいや。幾ら刃を潰していたとは言え、アレをまともに食らったら骨が折れたかもしれんぞ? ほれ、はよう見せーー」


「それ以上近寄ったら、母さんがまた割っちゃうかもよ」


まるで腫れ物にでも触るような、冷めた目つきで一瞥した後、「それだけはっ!」と懇願している彼を放っておき、タクトはコルダに手を貸してやる。


「ありがと」


彼女もその手を握りかえし、ニッコリと笑顔を見せた。それにタクトも、いつも通りだなと思いつつ苦笑いを浮かべる。彼の手を使って立ち上がったのだが、まだコルダの体は頼りなく揺れている。


「とと……。へへ、ふらふらだね」


「ホントに大丈夫?」


「ん~。なら、お姫様抱っこして欲しいかな?」


「お、お姫様抱っこっ!!?」


思わぬ言葉に、彼は素っ頓狂な声でつい叫んでしまう。だが、次の瞬間コルダがウインクしたのを見て、からかわれていることに気がつき、ため息を吐いた。


「あのねぇ…」


「あ、気がついちゃった? まぁ冗談だし、タクトの細腕じゃ期待出来そうにないもんね」


「……おい」


半眼になって睨みつけてしまうが、あまり応えてなさそうだった。確かに、人一人抱き上げるのはやや骨が折れそうだった。


肩を貸したまま、二人は外野で見ていた二人の所へ歩いて行く。やがて、アイギットとレナも近づいてきて、口々にコルダのことを心配するようなことをしゃべり出した。


「大丈夫か、コルダ?」


「うん、大丈夫だよ-。あ、でもタクト、もう少し手加減出来なかったの?」


「えぇっ!?」


アイギットの言葉に、素直に応えた後、やや意味ありげにタクトの方を見るとそう口にした。突然の流れ弾に驚き、素っ頓狂な声を上げるタクトを、レナがジトッとした目つきで見やる。


「タクト……」


「え、何っ! 僕っ!? 僕が悪いのっ!?」


理不尽だ、と言わんばかりに声を荒げたタクトに、再びコルダはウインクを送る。


「うっそー」


「コルダァァ!!」


声を荒げーー今度は怒りの咆吼を上げ、タクトは彼女の掴みかからんと手を伸ばす。しかし、完璧にタクトをおもちゃにして遊んでいるコルダは、その咆吼を受けてもびくともせず、逆にころころと笑い始めた。伸ばされた手も、体を反らしてうまく避ける始末である。


そんなホンワカした光景を見て、未だに気絶しているマモル以外の全員が笑い始めた。だが、笑顔の裏、クサナギは一人違うことを考えている。内心で疑いの気持ちを持ちながら、


(……”巫女”か……?)


その視線は、コルダに向けられていた。


 ~~~~~


そのころ、フェルアントでは。


学園の近くにある暗い森ーーここでたまに実習を行っていたりするーーの奥深く。そこでは、古ぼけた剣を握りしめた一人の男が、目の前にある巨大な岩石を見上げていた。


高さ五メートル、横幅は百メートルはあるんじゃないかと言うほど大きいその岩石は、一見したところ何の変哲もないただの岩石のように思える。だが、よくよく目を凝らすと1ヵ所だけ、細かな傷がびっしりと付いた所がある。


細かすぎる上に岩肌がでこぼこしているのでわかりづらいが、その傷を見るものが見ればわかるはずである。ーー何かしらの結界である、と言う事に。


だが、剣を握りしめた男は、当初全く気づかなかった。言われて初めて、「ああ、そう言えば」と気づくほどである。しかし、男にとってはもうどうでも良いことだった。


「ふふ、ようやくたどり着いた。」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら言う彼は、数日前、アンネルにほぼ壊滅的なダメージを負わされたエンプリッターの生き残りのリーダーであった。だが、壊滅的なダメージを負わされたとっても、それは”彼が率いていた部隊”が負わされた、と言う事である。少数に別れていったエンプリッター達の総数はかなりのものと予測されている。


リーダーである彼は、下卑た笑みを浮かべながら、手に持つ剣を振り上げる。おそらく、岩肌に描かれた法陣を破壊する気なのだろう。普通なら不可能でありーー法陣にも結界の影響が及んでいて、かなりの強度を持つーー、破壊など出来ないのだが、今彼が持つ剣は”普通ではない”。


全てを切り裂ける剣、アニュラス・ブレード。彼が手にしているのはそれなのだから。当然、結界を編んでいる法陣さえも、易々と切り裂ける。


「これで、悲願が達成される……っ!!」


この結界の奥には、言わば”宝”がある。その”宝”があれば、今のフェルアントを滅ぼし、昔の、精霊使いこそが最上位種であるという考えを持った、正しいフェルアントを作り出すことが出来るーーっ!!


私がやるんだ、私がやらなければーーそんな脅迫観念にも似た何かが、彼を突き動かしていた。


「待て」


だからこそ、突如背後から駆けられた声を聞き、彼は慌てて振り返った。気づけなかったのだ。だが、幸いにもその静かな声の主は、よく知る人物である。彼はホッと息を吐いて、振り上げていた剣を下ろした。


「何だ、アンタか……。驚かせないでくれ」


ため息混じりに呟くと、彼は剣を急ごしらえの鞘に収めた。だが、目の前に相手ーーローブで全身をすっぽりと覆った彼は、男の口調から何かを察したのか、首を傾げる動作をした。


「……少し、変わったな」


「そうか? 俺は全然かわらねぇと思うがよ」


ニヤリ、と笑みを見せる彼は、ふてぶてしそうに言う。そんな彼の様子に、ローブ姿の男はそっとため息をついて思う。ーーどうやら彼は、力に飲み込まれてしまったようだ。


世の中には、大きすぎる力を持つと、慢心し、気が短くなってしまう人間がいる。大抵そのような者は小物なのだが、彼も例に漏れないようだった。そのような人物の相手をすることが、一番疲れる。


今行っている仕事で、かなり疲れを感じてきている彼は、なるべく相手を刺激せずーーと言うよりも、そのことには触れないように会話を続ける。


「なら良いが。それより、少々やっかいなことを起こしたようだな」


「ん? ああ、本部を襲撃しようとしたことか?」


最初は何を言われたのかわからずに首をかしげていたが、やがて男は顎をさすって答えた。


「へ、もう少しであそこをぶっ壊せたんだがな。ったく、あのとき現れた忌々しい飼い犬風情の精霊使いが」


吐き捨てるかのように顔をしかめつつ、ペッとつばを吐いた。その様子に、頭が痛くなるような思いを抱きながら、必死に言葉を探す。


「あのとき現れた彼らは、学園の生徒達だ。あまり、そういう風に言うな」


「ほう、そうだったのか」


と、男はローブ姿の言葉を聞き、眉根をあげて驚いた声を出した。やがて、その口元が凶悪に引き上げられていく。


「そういえば、近くに学園があったよな? 後でーー」


「手は出さない方がいいぞ。あの学園には、お前の持っている剣を見つけた人物がいる。……あっさりと対処されておしまいだろう」


彼の言葉を遮って忠告してやる。もうこれまでの会話から、彼はかなり気が荒ぶっていることをしみじみと感じ取っていた。正直、言ったとおり学園を襲いかねない。それに、あそこには教師達という手練れが勢揃いしている。平均すると、大体三、四位あたりになるだろう。そんな者達が二、三十人単位で襲いかかってきたら、アニュラスを奪われかねない。


ローブ姿の男の説得が聞いたのか、アニュラスを持つ方の彼は、ふむと納得したように頷いた。


「それもそうか。で、あんたは一体何のようで来たんだ?」


男の疑問に、彼はかぶったフードの下で口元をゆがませた。ーーそれは、笑みである。


「結界が壊されるだろうからな。それを、この眼で見に来た」


それだけ言うと、彼は目の前にある巨大な岩石を見やる。岩肌にびっしりと刻まれた法陣を見て、顎でさする。


「……やっていいぞ。思いっきり壊してやれ」

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