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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第25話 予測する真理~2~

轟音が鳴ってから数十分後。突如呼ばれたフォーマは、学園にいくつもある内の一つの教室に入った。そこで何故か体中が埃まみれになっているギリとセシリアは、ある一室でセイヤと向かい合う形で座っていた。


「さっきは、スミマセンでした」


「いや~、ごめんね。許してよ、先輩」


「………」


「……マジでごめんなさい」


萎縮した様子で頭を下げて謝るセシリアと、それとは反対に、肩をすくめて全く反省の色が見えないまま言うギリ。セイヤはそんな彼をジロリと睨むと、視線をそらして謝った。彼の眼光は鋭く怖く、とてもじゃないが目をまともに合わせられなかった。


「……その件はひとまずおいておこう。俺は心の狭い人間じゃない。”のぞき”ぐらい、広い心を持って許してやるさ」


「あう……」


そうは言うが、のぞきという言葉を強調するあたり、まだ根に持っているようだ。セシリアは呟いてますます萎縮する。そんな彼女を一目見て、目元をふと和らげた。


「さて、君達が先日交戦したあの黒いものだが……。そこの子、入ってきたらどうだ」


「え……」


まさか気づいていたのか、と彼は思った。何せ、目の前にいるセイヤは、こちらを全く見もせずに声をかけたのだから。だが、同時に入りやすくなった。彼らが交わしていた会話を聞き、一体どのタイミングで部屋に入れば良いのか困惑していたからだ。


「おう、こっちこっち」


ギリが手招きに誘導され、フォーマは彼の隣に席に座った。すると、目の前にいる男は静かに笑みを浮かべた。


「君がフォーマ君だね。私は本部所属の桐生セイヤという。よろしく頼むよ」


「はぁ……て言うか、何故僕の名前を?」


曖昧に頷き、しかしすぐに自分の名前を知っていることを問いただす。すると、彼は笑みを浮かべたまま、


「学園の生徒会は、こちらにも情報が入ってくるのでね。それに、君の先輩であるそこの二人とは、何かと縁があるんだ」


「つっても、ほとんど腐れ縁だけどね」


何が楽しいのか、ギリも笑みを浮かべそう口にする。だが、彼の笑みはセイヤの穏やかなそれとは違い、悪戯っ子のような笑みである。隣でセシリアが彼に肘打ちをして、その物言いをやめさせた。


「ま、簡単に言うと、そこの二人が1年の時の先輩だよ」


「へぇ~」


感嘆したようにフォーマは言った。彼らにも1年の時代があったのだけども、そんなことは一言も言ってくれなかった。そんな思いと共に彼らを眼鏡の奥から睨むが、何処吹く風で受け流した。


「じゃあ僕とは入れ違いですね」


「まぁね」


セイヤは穏やかな笑みを浮かべたまま頷き返した。


穏やかな人物。それがフォーマの、セイヤに対する印象だった。だが、次に開いた口からは、その印象が薄れたのを自覚した。


「私としては、何故君が生徒会に入っているのか不思議だけがね。ーー何故、”神器”の事を知っている?」


その言葉を聞いて、フォーマは少し考えた。セイヤの表情は未だ穏やかだが、その視線にはある一種の力が宿っている。おそらく、嘘などは一切聞かないだろう。


生徒会ーー学園最強の生徒が集まるというそこは、あながち的外れではない。フェルアント最強と言われるマスターリット、その全てが生徒会出身である。しかもマスターリットになるための条件は、卒業までに、つまり”在学時”にランク一位、二位の実力を持っていないといけないのだ。


最強になるのも、当たり前と言えよう。しかし、一位二位の人物だけが生徒会に入ると、何かあるのではと不審がってしまう。


ならばどうするか。ある程度の”事情”を知っており、それなりのランクを持っている生徒を、生徒会に入れさせる、それが学園の方針であった。そしてこの”事情”と言うのが一体何なのか。それが”神器”の存在を知っている生徒になったのだ。そのため、生徒会にいる人物は誰しも”神器”について知っている。


ギリとセシリアは、セイヤに起こったある”事件”を通じて知っているが、一体フォーマはどういった経緯で知ったのだろうか。彼は目を伏せると、誰にも気づかれないように口を動かし、それを見たセイヤは眉根を寄せる。


「こちらにも聞こえるように言ってくれ。一体、どうしたんだ?」


「…すみません」


フォーマは頭を下げた。そして目の前にいるセイヤと目線を合わせる。


「先輩、こいつはーー」


「ギリ、お前は黙っていろ。私はフォーマに聞いているんだ」


彼の事情を知っているからか、ギリはフォローを入れようとするが、にべもなく断ち切られた。そのことに彼は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに消えた。


「ありがとう」


その礼は気を利かせてくれたことに対するものだろう。ギリはそう解釈すると、むすっとして押し黙ってしまった。おそらく、彼なりの照れ隠しだろう。お礼をフォーマはそれを見て、微笑ましい気持ちになった。だが、即座に気持ちを切り替える。


「…フェルアチルドレン…」


あまり言いたくない言葉。それをフォーマが言うと、セイヤのこめかみがぴくりと動いた。盛大にため息をついて、


「ああ、もう良い。わかった。……すまないな、変な事を聞いて」


「……もう良いんですか?」


先程の彼の威圧感から、全部言わないと駄目だろうなと半ば諦めていたフォーマは、突然終わったことにぱちくりと目を開いた。


「ああ、もう良いさ。近くに、同じ奴がいるからな。だから、詳細は知っている」


「………」


フォーマは大きく息を吐いた。自分自身、言いたくないことを、”トラウマ”について教えなければならない事にはうんざりしていた。だから彼の気遣いには、とても安堵していた。


「……つらかったな」


最後にセイヤが言った一言に、フォーマはただただ無言で頭を下げた。


「……大丈夫です。もう、過去のことですから」


「そうか」


彼の言葉に、ようやく先程と同じ穏やかな笑みを浮かべた。目に宿っていたある種の力も、もうない。セイヤは笑みを浮かべたまま、


「ここにいる人物は皆、”神器”について知っているようだ。なら、話を戻すとしよう。君達が戦った、あの黒い方だが……」


彼は一呼吸置いて、


「ギリ。お前はあいつに魔術をかけようとしたらしいな」


「ああ。つっても、即座に消されたけどな」


軽く頷いてギリは言う。だが、その内容には首を傾げざるを得なかった。魔術が消されるーーそれは一体何なのか。セイヤはふと考える。


「……魔術をかけようとしたとき、どんな手応えだった?」


「手応え、ねぇ~……。なんか、術の発動を止められたって感じ? いや、違うな……」


その時の感触を思い出しつつも、しかしあの感触は初めてのことだったので、ギリは眉根を寄せる。それを聞いて、セイヤは上司から聞いた話を思いだした。


『なんて言うんだろうな……。何か、発動を止めたって言う表現が一番近いんだろうけど……それとはちょっと違うような』


(発動を止めた、とは違う何か……)


それを、ギリも感じ取ったというのだろうか。だとしたら、一体あの黒いものは、どんな力を持っているのだろうか。外魔を生み出し、魔術を止めるーー今わかっているのは、この二つ。総合的に見ると、おそらく神器と言う可能性が一番高いだろうが。


「そう言えば、あの剣は一体何なんですか?」


「えっ? ああ、アニュラスか……」


今まで黙っていたセシリアが、思いだしたように質問してきた。今まで、黒い方があまりにも謎だらけな上に、異質な力まで持っていたため、存在感が薄れているが、あれも立派な神器である。そこまで思い、同時あの剣について説明していないなと思い出す。


「あれはアニュラス・ブレードって言うものだよ。その力を一言で言うと、全てを切り裂く事ができる剣さ」


「……全てを?」


「そう。コンクリートだろうがダイヤモンドだろうが、何でもかんでも切り裂ける厄介な剣だ。とある一団にその剣を奪われたと言う事で、調査が起こったんだけどね」


セイヤは一つ頷き、


「黒い奴のせいで、事件の方向性がだいぶ変わってきたけど、最初はそれの回収だったんだ」


と言う。それを聞いていた三人は一様にため息をついた。


「つまり、事件そのものが変わってしまった、と」


「……今回のことを一言でまとめると、そうなるね」


フォーマの言葉に、苦笑いを浮かべる。彼の隣に座っているギリは、納得するように何度か頷く。


「じゃああの時、結界を切り裂いたのも頷けるよ」


「結界? ああ、アレのことか」


彼の言葉に、一体どのことなのか首を傾げたが、すぐにあのことだと気づいた。報告では、交戦していた生徒の内の一人が、大規模な結界を展開。それに外魔とアニュラスを封じ込めた。公式では、その結界の維持が出来ずに壊れてしまったことになっているが、それはないと思う。何せ、展開したのがレナなのだから。彼女ならば、結界を保てなくなるなんてことは、そうそうないだろう。


それに、結界が出現したのは、彼らが戦う前のはずだ。一度に扱える魔力量は限られているが、その時ならばまだ余裕があるはず。つまり、結界の内側から、それを破壊したと言う事になる。ーーそして、それをやったのは、アニュラス以外他にいない。


その後、彼らと会話を交わしたが、あまり情報が追加されたことはなかった。とは言え、確認は出来た。少なくとも、アニュラスと共にいる、あの黒い奴は、神器である可能性が一段と高まった事だけは、確かだった。


そして、二つの神器が共に行動しているという、恐ろしい状況も。





「という訳で話を聞いたが」


「……で?」


「いやー、端的に言うわ。さっばりわからんかった」


「……で?」


「という訳で帰るわ。じゃな~」


生徒会の三人と話し合い、情報を交換したが、出来たことは確認作業だけだった。そして、セイヤは先程から、……で? としか言わない人物と会話を交わし、頬を引き攣らせる。その人物であるシュリアは、はた目からもわかるほどに不機嫌だった。何かやばそうだと感じたのか、セイヤはそそくさと学園を後にするため、玄関を目指そうとする。


「どこへ行く?」


しかし、彼女に呼び止められた。


「だから言ったろ。本部に戻るんだよ」


そう言ったが、それは建前であり、不機嫌な彼女が怖くて逃げるようなものだ。セイヤは振り返って彼女と視線を合わす。そのまま数秒ほど目線を合わせていたが、やがて彼女は微かに笑ってそらした。


「何を緊張している?」


「いや、別に緊張はしていないが…」


いきなり何を言い出すのだろう。セイヤはいきなりの言葉に、思わずたじろいだ。


「お前は落ち着かないと、すぐ左手首を握る癖があるからな」


「……よくわかってらっしゃる」


彼は諦めたように肩をすくめ、手首を離した。そんな彼を見て、シュリアは目元を和らげる。


「……あの時の事を気にしているんなら、私はーー」


「皆まで言うな」


彼女の呟きに、セイヤは皆まで言わせずに遮った。声音がいつもと違い、荒々しく、それでいて不気味なほどに低かった。


(……まだ、気にしているのか)


シュリアは腕を組み、目を閉じた。




その時、ギリとシュリアは3年、つまり学園最後の年だった。なんの前触れもなく、本部からセイヤ宛てに一通の手紙が届いた。


その手紙を一読し、しばらくした後、数日の間彼は学園を抜け出した。その時、セイヤは何故抜け出したのか教えてくれなかったし、あの手紙も、いつの間にかなくなっていた。ーーそれが、彼らにとっての悲劇だった。


それから数日後、学園で彼の帰りを待っていたシュリアは、帰ってきたセイヤを見て思わず悲鳴を上げた。全身血まみれ、まさに満身創痍といった感じであったのだ。彼の精霊であるヘラの上で、力なく倒れたままのセイヤを見て、死んでしまったのでは、と思うほど、全身傷だらけだったのだ。


しかも、傷が癒えた後も、その傷を負った原因を何一つ教えてはくれなかった。おそらく、彼はシュリアを巻き込みたくなかったのだろう。しかし結局、その気遣いが、あらぬ方へと発展してしまった。


そして、さらに数日後。夜中に学園を抜け出したセイヤを見つけ、シュリアは後をつけた。ーーそこで見た光景を、彼女は今も覚えている。


彼は市外にいた、集団、おそらくエンプリッターなのだろう。彼らに真っ正面から会いに行った。その時には、彼らがあたりに出没すると言う噂が流れていたため、彼らを見たとき、すぐにそのことと結びつける事が出来た。


だが、彼が行った行為を見て、シュリアは我が目を疑った。ーー彼は、なんのためらいもなく彼らを惨殺し始めたのだ。助けを求める声にも、命乞いをする声にも耳を傾けることなく、淡々と。


証で斬り付け、魔術で葬る。いつもの彼とは明らかに違うその行動に、シュリアの瞳からは涙が流れ始めた。やがて、セイヤはその集団を滅ぼすと、その時初めてシュリアのことを見つけたのだ。泣いているシュリアを見て、彼は驚きで目を見開いていた。


ーーその後、気がついたら学園に戻っていた。あの時の光景を夢だと思いたかったが、目を合わせたセイヤの反応を見て、あれが夢じゃないことはわかった。


その時からだろうか。セイヤとシュリアとの間に、溝が出来はじめたのは。


学園を卒業し、やがて教師になった。そして、そこでようやく事情を知り、あの時の手紙がなんだったのか察しが付く。おそらく、本部からの命令書であり、そして彼はその指示通りにした。たったそれだけの事。


だが、全てを知ったとしても、もう遅すぎた。シュリアは視線を下げる。


「……あの時、私はお前にひどいことをした」


「お前は何もしてねぇ。それでころか、俺はお前を傷つけた」


それが、二人の言い分だった。どちらも自分が悪いと言い、どちらも相手は悪くないと言う。話が平行しているそれを、二人はずっと続けている。




「まぁ、今呼び止めたのはそのことについてじゃない」


目を閉じたまま、シュリアは口にする。


「お前なら知っていると思うが、今学園はもうすぐ長期休暇に入る」


「もうそんな時期。早いな」


セイヤは声音をいつも通りに戻し、一つ頷いた。そんなことを言ってどうするのだろうか。


「で、それがどうしたんだ?」


「実は、先日のトラブルで、生徒達の安全を考えた結果、予定より早く休暇に入ることになってな」


「ほう。それでいつ」


シュリアはニヤリと笑みを浮かべた。


「明日からだ」


「へぇー、明日から……何っ!?」


まるで天気の話でもするように気安く言い、その雰囲気のため素直に頷いた。しかしすぐにシュリアの言葉に突っ込んだ。


明日から長期休暇ーーいくら何でも急すぎるだろう。そうセイヤは思っていた。シュリアも内心そう思っているのだろう。軽く頷きつつ、


「急だけどな。それで、お前の故郷行きを希望しているのが何人かいるんだが……」


そう切り出され、セイヤは何となく話が見えた。頬をかき、不機嫌な様子で、


「そいつらの引率を、俺がやれと?」


「ちょうど良いだろう」


そんな反応にも関わらず、シュリアは押しつける気満々のようだ。だが、生憎その役目を引き受ける気はない。


「悪いな。これでも予定が立て込んでいるんだ」


そう言って踵を返し、そそくさと歩き出す。そんな彼の後ろ背中に、シュリアはしんみりとした口調で口を開いた。


「……たまには、親に顔を見せたらどうだ?」


「………」


何も答えない。しかし、一度だけ足を止め、手を上げた。しかしすぐに歩き出し、そのまま振り返ることなく、彼は学園を後にした。

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