表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
46/261

第25話 予測する真理~1~

若干、シュリアの印象が変わると思う今話。彼女の女性なんですよ……。


そして、彼女以外空気だった先生方、ようやく活躍ww

フェルアント学園は、本部の意向でつくられた場所である。実技、座学を共に教えるという所でもあるのだが、それは建前であり、本当は精霊使い達の実力を見極める、と言う理由なのだ。


基本的には全員支部に所属されるのだが、学園での評価が高い場合、本部所属になる事もあり得る。そのためか、本部所属の精霊使いというのは、学園の者達からすれば羨望の眼差しの対象になり得るものだのだ。


また、学園は精霊使い達の”戸籍”としての役割も果たしており、学園を卒業、つまりどこかに所属する場合、その戸籍がなければならないのだ。だが、こちらの方は基本的に、滅多に問題にはならない。ーーと言うよりも、問題になったらそれこそ大問題である。戸籍がなしで卒業と言うことは、学園に途中から忍び込んだと言う事になるのだから。


それはさておき、あと一つ、別の場所に所属される場合がある。ーー学園卒業時点で、フェルリットランク第一位、二位となっている強者達である。一位、二位で卒業した彼らは、その全てが本部に所属となる。そのことに拒否権はなく、最強の地位にいる者達は、世界の広さを、そして恐ろしさを、直に見ることとなる。


世界に存在する神器ーーその回収を任されるのだ。それが、どれほどつらいものか。


一歩間違えれば、間違いなく命を落とすことになるそれの回収を、少数で行っているのだ。巨大な力を持つ神器のことは、一般には知らされていない。だからこそ、彼らの存在は極秘とされているのだ。


その、極秘とされている少数部隊のことを、フェルアントでは”マスターリット”と呼ばれている。


今マスターリットのリーダーであるアンネルーー暫定である。本来のリーダーは十五年前の改革の時になくなっているーーは、フェルアント本部の一番偉い人物、所謂本部長であるグラッサ・マネリアに頭を下げていた。


「悪い。取り逃がしてしまった」


いつもなら軽口を叩いてみせるのだが、今の彼はそのようなことはせず、面目ないとばかりに俯いている。


「まぁ、状況は聞いている。ご苦労だったね」


そんな彼に、グラッサは穏やかな表情で弔いの言葉をかけた。彼は良くやったと思っている。何せ、アニュラスを持っている人物から突如現れた異形ーー今まで確認されていない奴だったが、外魔であろうーーの群れと戦ったのだから。


同じ状況であれば、おそらくグラッサも全滅させるまで戦っただろう。神器から生まれた外魔ほど、危険なものはない。それが群れで、しかも百体規模で現れたのだ。その全てを倒すことに時間を奪われたのは、仕方がない。


「エンプリッターはどうした?」


「………」


その問いに、アンネルは無言で首を振る。それを見て、彼はため息をついた。それが、全員死んだと言う事を表していた。だが、エンプリッター自体がなくなったわけではない。彼らは複数に別れ、様々な世界に潜んでいる。そんな彼らが1ヵ所に集まったら、かなりの数となり、脅威となるだろう。


アンネルが潰したのは、彼ら全体から見たらほんの一部に過ぎない。


「まあいい。あいつらのことは、今はおいておこう。それより、逃げてきたアニュラスだが。報告では、アニュラスはフェルアントに転移してきたが、その場に居合わせた学園の生徒達と交戦。そのまま逃げていったと言うことだ」


「……なんて無茶な」


グラッサが読み上げた報告を聞いて、アンネルは苦虫を潰したような表情で呟いた。


「下手したら、そいつらも死んでいたぞ」


「だが、死んではいないそうだ」


「精霊使いは、だろ?」


目の前で座る男のそれを聞き、アンネルは咎めるように否定する。そのことに、グラッサは視線をそらした。死者は少なからず出ていたのだ。グラッサはそのことを思い、すまなさそうに謝った。


「……そうだな。死人が出たことに、変わりはない」


「謝るな。今回落ち度があったのは、俺の方だ」


ため息を一つつくと、報告は終わりとばかりに彼は踵を返した。そんなアンネルの背中に、グラッサは慌てて声をかけた。


「何処へ行く?」


「かりを返しに行くさ」


それだけで、彼が単身アニュラスの捕獲に行くと言うことを悟った。慌てたのは、グラッサの方だった。


「待て待て待てっ! 問題はアニュラスだけではない、あの黒いものもあるのだぞっ! それに、今アニュラスがどこにいるのか、わかるのか?」


「………」


一気にまくし立てるように言ったためか、彼は立ち止まりつつ、首を左右に振った。


「わからない……」


「なら、今は待つしかない。幸い、神器のことを知っているのは、大半が支部長達だ。彼らに頼み込み、調査をして貰うしかあるまい」


「……やってくれるのか?」


「彼らを、信じるしかない」


グラッサは、肩をすくめて口を閉ざした。自分たちの保身のことしか考えていない、ろくでもない支部長達が大半だが、それでも、自分たちのいる世界に被害が及ぶとなれば、協力はしてくれるだろう。


改革が起こって、もう十五年が立つ。なのに、問題は山積みである。


身のうちにたまった疲れをはき出すかのように、彼はため息をついた。あの時、自分がこの役職について、同じ時間がたっている。その時からの疲れが、蓄積されている。


目元を指で押さえつつ、しかし自分はまだ倒れるわけにはいかないと奮えたたせる。とにかく、一つ一つ問題を解決していくことから始める。自分は凡人であり、二つのことは一編に出来ないタイプの人間だ。


これからやることを考え、ふと今朝あったことを思いだす。思わず、といった感じで口から漏れだした。


「そう言えば、数少ないお前の部下が、今朝私に言いに来ていたぞ」


「……なんて言いに来たんだ?」


その人物には、何となく察しが付いているのだろう。アンネルは頬を引きつらせ、誰とは聞かずに話を進めてくる。そんな彼に、ふと笑いながら、


「何でも、学園に行って調査してくる~、だとさ。大方、交戦した生徒達にでも聞きに行くのだろうな」


「……幾ら、学園に身内が在籍しているからって、それで良いのか?」


額に手を当て、彼はため息をついた。そのことには、グラッサは苦笑いを浮かべるしか出来ない。だが、ある意味彼は適任であろう。彼の言うとおり、身内が在籍しており、その身内が”事件に関わっているのだから”。事件のあらましを、自然な流れで調べることが出来るだろう。


おそらく、その身内も神器のことを知っている。と言うか、あの血筋なら知っていて当然か。グラッサは確かめるように机においてある資料に目を通した。


何度確認しても、彼はとある支部長の甥である……と言う事は。


(あの人の息子か……)


過去を懐かしむように、その表情には笑みが浮かんでいた。その彼の表情を見て、アンネルはふと首を傾げた。


「おい? どうかしたのか?」


「いや、少し昔を思いだしていてね」


あの人は今、何処で何をしているのだろうかーー。そんな、とりとめない事を思いつつ、首を振って雑念を振り払った。


「さて、話を戻そう。アニュラスの方はおいといて、黒い方を調べる、それを優先させよう」


「そうだな。ま、あの塵を調べれば何か出てくるだろう」


グラッサの呟きに、軽い口調でアンネルは言う。外魔の死骸は、全て塵となっていくため、調査は困難だろうが、それでも何か手がかりになるようなものがあると、彼は思っている。それを肯定するように、グラッサも頷いた。


「今は、何か出てくるのを待つしかあるまい」


そう言って、手元の資料に目を落とした。


 ~~~~~


セイヤは非常に納得がいかなかった。


何せ、普通に言葉を交わしたのに、なぜ叩かれなければいけないのだろうか。頬に真っ赤な手形を残し、不機嫌そうな表情からはその事が読み取れる。


「先生の思いもくんでやって下さい」


学園に数ある一室の中で、彼と対面に座る、栗色の髪の女性は、苦笑しつつそう呟いて濡れたタオルを差し出した。その女性、西村とシュリアは所謂同級生であり、旧知の仲である。そして、二人の思いを良く知っている人物だった。


「シュリア先生も心配していたんですよ? ここ全く連絡も付かなかったので」


苦虫を潰したような顔で、そのタオルを受け取ると、セイヤは頬に当てた。ほどよく冷たいそれが、頬の痛みを和らげていく。


「心配していたらいきなり槍で突き刺してこないだろ」


「多分、昨日一言も話さなかったのが悪かったんじゃないですか? あれ以来、先生不機嫌だったんですよ」


「うっ……」


セイヤは彼女の言葉を受けて、呻きながら視線をそらした。自分でも悪かったなと思うところがあり、やっぱし、とため息をついた。


確かに、何も話さなかったのは悪かったと思う。だが、彼にも言い分がある。この数ヶ月間、全く連絡を入れなかった自分のことを、怒っているのだろう、と言う事。情けない話だが、彼女を怒らすととんでもないことになる。まるで、彼女の尻に敷かれる彼氏、と行った具合である。


そして、今彼が所属している場所。一般には知られていないが、学園の教師はそうは行かない。何せ、卒業する際、生徒達が所属する可能性のある場所なのだ。彼らが知っておいた方が何かと具合が良い。だからこそ、彼女が心配するのではないか、と思っている。


何故か女性は、好意を抱く男性に関しては鋭くなる、と誰かが言っていたが、まさしくその通りである。知らず知らずのうちに、セイヤは再度ため息をついた。


「どうした、ため息をついて」


「いや、考え事を……」


問いかけに答えかけたところで、ふと今の声は西村ではないと思った。視線を上げると、不機嫌そうに腕を組んで、こちらを見下ろすシュリアと目が合った。途端、セイヤの頬が引きつった。


「よ、よ~女王様! 元気か~?」


「………」


冷たい、ひどく冷たい彼女の視線が全身に突き刺さる。セイヤはますます表情をこわばらせ、頭の中で何か言おうと激しく回転する。


(何か言え……何か言えっ!!)


そう思うが、悲しいことに何も思いつかない。だらだらと冷や汗を流し、彼は小さく縮こまる。


シュリアの隣にいた西村は、二人の様子を見て、早々と撤退した方が良いと踏んだのか、


「じゃ、じゃ私は用があるのでっ!!」


と言ってどこかへ行ってしまった。その足の速さや、思わずセイヤが感心してしまう物である。だが、感心と同時に、大声で「裏切り者ー!!」と叫んでやりたかった。


(裏切るも何も、元々味方でも敵でもなかっただろ)


彼の精霊が冷静に言うが、セイヤはそれに黙っていろと思う。


(と言うか助けてくれ!)


(………)


無言である。その様子に戸惑いながら、


(お、おい? なんで?)


(………黙っていろと言ったのはお前だ)


こ、こいつは……!! どうやら、味方にはなってくれないようだった。


「………」


「あー、その……」


相変わらず無言で睨みつけてくるシュリアに、セイヤはしどろもどろで呟く。視線はあっちこっち行ったり来たりしているが、彼女はぽつりと呟いた。


「……生きていて、くれた……」


「………」


僅かに奮えている声音の、消え入りそうなその一言を聞いて、彼女がどれほど心配していたか、セイヤはようやく思い知った。どうやら、自分で考えていた以上に、思い詰めていたらしい。先程西村が言っていたように、彼女はずっと心配していたのだった。


知っているからこそ、その思いは大きくなる。


「そう簡単に死んでたまるか。約束、果たさなきゃいけないしな」


彼女を安心させるために呟いたその一言は、彼の本心である。


「……覚えていたのか」


すっと立ち上がり、自分よりも下にある彼女の頭をそっと撫でてやる。ウェーブのかかった青い髪は、撫でてやると良い香りがした。シュリアはその言葉を聞いて、俯いた。約束を覚えていてくれたうれしさからか、それとも撫でられた気恥ずかしさからか。おそらく、両方であろう。俯いたその表情には、セイヤに見られないように嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


普段の凛とした姿と、好戦的な性格から忘れがちであるが、シュリアも一人の女性である。ーー最愛の人との再会は、彼女の心を温めた。


「ちょっと、そこもう少し詰めてっ!」


「いや、こっちも限界だから!」


「お前ら声でけぇんだよ!」


「うわ~、お二人ともだいた~ん」


背後から小さい声で言い争うその言葉を聞いて、二人は我に返った。と同時にそちらを振り返る。


扉の僅かな隙間から、こちらをのぞき込むその視線に気づき、二人はジャキンッと証を構えた。その行動を見ていたからか、扉越しにもわかるほど露骨にびくんと体を震わせた。すると、その震えがのぞき見していた彼らのバランスを崩し、雪崩のように部屋に入ってきた。


「や、やばっ!!」


「ち、違うんですよ、先輩達っ!」


不埒なのぞきをしていた人物達は、セイヤとシュリアの後輩であるギリとセシリア。二人は互いに狼狽しつつ、ずりずりと後ずさる。


「ほら見ろ、ばれちまったじゃねぇか!!」


「や、あの、あのあのっ!!」


残りの二人は、彼らの教師であった。慌てるあまり、同じ事を言いつつしどろもどろな様子の西村と、彼女と教え子達を怒鳴りつけるアニュレイト。どうやら、小声で叫んでいたのはアニュレイトだったらしい。器用な奴である。


ともあれ、不埒なのぞきなどしていた四人の前に、二人は立ちふさがる。表情の一切ない、不気味な顔の二人を見て、一同は戦慄する。ーーこれはやばい、と。ゴゴゴゴッと言う擬音が聞こえそうなほどの威圧感をかもし出し、二人はゆっくりと四人に近づいていく。ーー世の中、ゆっくりとした動作の方がより恐怖を抱くことがある。今のこれが良い例であろう。


「お、落ち着け二人とも! これはその……ちょっとしたお茶目というか」


「………」


「……話を聞く気はない……か」


蛇に睨まれたカエルの如く、後ずさりしながら縮こまる四人を代表して、アニュレイトが待ったをかける。しかし、当然それが聞き入れられるはずがなく、相変わらず無言で近づいていくだけである。そのことに、彼は諦めたかのように気の抜けた表情で呟いた。


「ちょ、教授! 諦めないで下さいよっ! 何か方法が……!」


「ギリ、一つ良いことを教えてやる」


アニュレイトを揺さぶり、ギリは叫ぶが、その背後からセイヤが呟いた。ぎこちない動作で彼は振り返り、その口元に、僅かばかしの笑みを浮かべているセイヤを見やる。


「諦める、と言う事も、大事だと言うことをな」


その言葉を最後に、彼らが詰め寄っている一室から凄まじい轟音が鳴り響いた。


何事だ、とざわめく職員室で、一人落ち着いてお茶をすすっていた、髪の毛がなくなってしまったジムは、


「だからやめた方が良いと言ったのに……」


彼らには届かないその言葉を、ぽつりと呟いたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ