第25話 予測する真理~1~
若干、シュリアの印象が変わると思う今話。彼女の女性なんですよ……。
そして、彼女以外空気だった先生方、ようやく活躍ww
フェルアント学園は、本部の意向でつくられた場所である。実技、座学を共に教えるという所でもあるのだが、それは建前であり、本当は精霊使い達の実力を見極める、と言う理由なのだ。
基本的には全員支部に所属されるのだが、学園での評価が高い場合、本部所属になる事もあり得る。そのためか、本部所属の精霊使いというのは、学園の者達からすれば羨望の眼差しの対象になり得るものだのだ。
また、学園は精霊使い達の”戸籍”としての役割も果たしており、学園を卒業、つまりどこかに所属する場合、その戸籍がなければならないのだ。だが、こちらの方は基本的に、滅多に問題にはならない。ーーと言うよりも、問題になったらそれこそ大問題である。戸籍がなしで卒業と言うことは、学園に途中から忍び込んだと言う事になるのだから。
それはさておき、あと一つ、別の場所に所属される場合がある。ーー学園卒業時点で、フェルリットランク第一位、二位となっている強者達である。一位、二位で卒業した彼らは、その全てが本部に所属となる。そのことに拒否権はなく、最強の地位にいる者達は、世界の広さを、そして恐ろしさを、直に見ることとなる。
世界に存在する神器ーーその回収を任されるのだ。それが、どれほどつらいものか。
一歩間違えれば、間違いなく命を落とすことになるそれの回収を、少数で行っているのだ。巨大な力を持つ神器のことは、一般には知らされていない。だからこそ、彼らの存在は極秘とされているのだ。
その、極秘とされている少数部隊のことを、フェルアントでは”マスターリット”と呼ばれている。
今マスターリットのリーダーであるアンネルーー暫定である。本来のリーダーは十五年前の改革の時になくなっているーーは、フェルアント本部の一番偉い人物、所謂本部長であるグラッサ・マネリアに頭を下げていた。
「悪い。取り逃がしてしまった」
いつもなら軽口を叩いてみせるのだが、今の彼はそのようなことはせず、面目ないとばかりに俯いている。
「まぁ、状況は聞いている。ご苦労だったね」
そんな彼に、グラッサは穏やかな表情で弔いの言葉をかけた。彼は良くやったと思っている。何せ、アニュラスを持っている人物から突如現れた異形ーー今まで確認されていない奴だったが、外魔であろうーーの群れと戦ったのだから。
同じ状況であれば、おそらくグラッサも全滅させるまで戦っただろう。神器から生まれた外魔ほど、危険なものはない。それが群れで、しかも百体規模で現れたのだ。その全てを倒すことに時間を奪われたのは、仕方がない。
「エンプリッターはどうした?」
「………」
その問いに、アンネルは無言で首を振る。それを見て、彼はため息をついた。それが、全員死んだと言う事を表していた。だが、エンプリッター自体がなくなったわけではない。彼らは複数に別れ、様々な世界に潜んでいる。そんな彼らが1ヵ所に集まったら、かなりの数となり、脅威となるだろう。
アンネルが潰したのは、彼ら全体から見たらほんの一部に過ぎない。
「まあいい。あいつらのことは、今はおいておこう。それより、逃げてきたアニュラスだが。報告では、アニュラスはフェルアントに転移してきたが、その場に居合わせた学園の生徒達と交戦。そのまま逃げていったと言うことだ」
「……なんて無茶な」
グラッサが読み上げた報告を聞いて、アンネルは苦虫を潰したような表情で呟いた。
「下手したら、そいつらも死んでいたぞ」
「だが、死んではいないそうだ」
「精霊使いは、だろ?」
目の前で座る男のそれを聞き、アンネルは咎めるように否定する。そのことに、グラッサは視線をそらした。死者は少なからず出ていたのだ。グラッサはそのことを思い、すまなさそうに謝った。
「……そうだな。死人が出たことに、変わりはない」
「謝るな。今回落ち度があったのは、俺の方だ」
ため息を一つつくと、報告は終わりとばかりに彼は踵を返した。そんなアンネルの背中に、グラッサは慌てて声をかけた。
「何処へ行く?」
「かりを返しに行くさ」
それだけで、彼が単身アニュラスの捕獲に行くと言うことを悟った。慌てたのは、グラッサの方だった。
「待て待て待てっ! 問題はアニュラスだけではない、あの黒いものもあるのだぞっ! それに、今アニュラスがどこにいるのか、わかるのか?」
「………」
一気にまくし立てるように言ったためか、彼は立ち止まりつつ、首を左右に振った。
「わからない……」
「なら、今は待つしかない。幸い、神器のことを知っているのは、大半が支部長達だ。彼らに頼み込み、調査をして貰うしかあるまい」
「……やってくれるのか?」
「彼らを、信じるしかない」
グラッサは、肩をすくめて口を閉ざした。自分たちの保身のことしか考えていない、ろくでもない支部長達が大半だが、それでも、自分たちのいる世界に被害が及ぶとなれば、協力はしてくれるだろう。
改革が起こって、もう十五年が立つ。なのに、問題は山積みである。
身のうちにたまった疲れをはき出すかのように、彼はため息をついた。あの時、自分がこの役職について、同じ時間がたっている。その時からの疲れが、蓄積されている。
目元を指で押さえつつ、しかし自分はまだ倒れるわけにはいかないと奮えたたせる。とにかく、一つ一つ問題を解決していくことから始める。自分は凡人であり、二つのことは一編に出来ないタイプの人間だ。
これからやることを考え、ふと今朝あったことを思いだす。思わず、といった感じで口から漏れだした。
「そう言えば、数少ないお前の部下が、今朝私に言いに来ていたぞ」
「……なんて言いに来たんだ?」
その人物には、何となく察しが付いているのだろう。アンネルは頬を引きつらせ、誰とは聞かずに話を進めてくる。そんな彼に、ふと笑いながら、
「何でも、学園に行って調査してくる~、だとさ。大方、交戦した生徒達にでも聞きに行くのだろうな」
「……幾ら、学園に身内が在籍しているからって、それで良いのか?」
額に手を当て、彼はため息をついた。そのことには、グラッサは苦笑いを浮かべるしか出来ない。だが、ある意味彼は適任であろう。彼の言うとおり、身内が在籍しており、その身内が”事件に関わっているのだから”。事件のあらましを、自然な流れで調べることが出来るだろう。
おそらく、その身内も神器のことを知っている。と言うか、あの血筋なら知っていて当然か。グラッサは確かめるように机においてある資料に目を通した。
何度確認しても、彼はとある支部長の甥である……と言う事は。
(あの人の息子か……)
過去を懐かしむように、その表情には笑みが浮かんでいた。その彼の表情を見て、アンネルはふと首を傾げた。
「おい? どうかしたのか?」
「いや、少し昔を思いだしていてね」
あの人は今、何処で何をしているのだろうかーー。そんな、とりとめない事を思いつつ、首を振って雑念を振り払った。
「さて、話を戻そう。アニュラスの方はおいといて、黒い方を調べる、それを優先させよう」
「そうだな。ま、あの塵を調べれば何か出てくるだろう」
グラッサの呟きに、軽い口調でアンネルは言う。外魔の死骸は、全て塵となっていくため、調査は困難だろうが、それでも何か手がかりになるようなものがあると、彼は思っている。それを肯定するように、グラッサも頷いた。
「今は、何か出てくるのを待つしかあるまい」
そう言って、手元の資料に目を落とした。
~~~~~
セイヤは非常に納得がいかなかった。
何せ、普通に言葉を交わしたのに、なぜ叩かれなければいけないのだろうか。頬に真っ赤な手形を残し、不機嫌そうな表情からはその事が読み取れる。
「先生の思いもくんでやって下さい」
学園に数ある一室の中で、彼と対面に座る、栗色の髪の女性は、苦笑しつつそう呟いて濡れたタオルを差し出した。その女性、西村とシュリアは所謂同級生であり、旧知の仲である。そして、二人の思いを良く知っている人物だった。
「シュリア先生も心配していたんですよ? ここ全く連絡も付かなかったので」
苦虫を潰したような顔で、そのタオルを受け取ると、セイヤは頬に当てた。ほどよく冷たいそれが、頬の痛みを和らげていく。
「心配していたらいきなり槍で突き刺してこないだろ」
「多分、昨日一言も話さなかったのが悪かったんじゃないですか? あれ以来、先生不機嫌だったんですよ」
「うっ……」
セイヤは彼女の言葉を受けて、呻きながら視線をそらした。自分でも悪かったなと思うところがあり、やっぱし、とため息をついた。
確かに、何も話さなかったのは悪かったと思う。だが、彼にも言い分がある。この数ヶ月間、全く連絡を入れなかった自分のことを、怒っているのだろう、と言う事。情けない話だが、彼女を怒らすととんでもないことになる。まるで、彼女の尻に敷かれる彼氏、と行った具合である。
そして、今彼が所属している場所。一般には知られていないが、学園の教師はそうは行かない。何せ、卒業する際、生徒達が所属する可能性のある場所なのだ。彼らが知っておいた方が何かと具合が良い。だからこそ、彼女が心配するのではないか、と思っている。
何故か女性は、好意を抱く男性に関しては鋭くなる、と誰かが言っていたが、まさしくその通りである。知らず知らずのうちに、セイヤは再度ため息をついた。
「どうした、ため息をついて」
「いや、考え事を……」
問いかけに答えかけたところで、ふと今の声は西村ではないと思った。視線を上げると、不機嫌そうに腕を組んで、こちらを見下ろすシュリアと目が合った。途端、セイヤの頬が引きつった。
「よ、よ~女王様! 元気か~?」
「………」
冷たい、ひどく冷たい彼女の視線が全身に突き刺さる。セイヤはますます表情をこわばらせ、頭の中で何か言おうと激しく回転する。
(何か言え……何か言えっ!!)
そう思うが、悲しいことに何も思いつかない。だらだらと冷や汗を流し、彼は小さく縮こまる。
シュリアの隣にいた西村は、二人の様子を見て、早々と撤退した方が良いと踏んだのか、
「じゃ、じゃ私は用があるのでっ!!」
と言ってどこかへ行ってしまった。その足の速さや、思わずセイヤが感心してしまう物である。だが、感心と同時に、大声で「裏切り者ー!!」と叫んでやりたかった。
(裏切るも何も、元々味方でも敵でもなかっただろ)
彼の精霊が冷静に言うが、セイヤはそれに黙っていろと思う。
(と言うか助けてくれ!)
(………)
無言である。その様子に戸惑いながら、
(お、おい? なんで?)
(………黙っていろと言ったのはお前だ)
こ、こいつは……!! どうやら、味方にはなってくれないようだった。
「………」
「あー、その……」
相変わらず無言で睨みつけてくるシュリアに、セイヤはしどろもどろで呟く。視線はあっちこっち行ったり来たりしているが、彼女はぽつりと呟いた。
「……生きていて、くれた……」
「………」
僅かに奮えている声音の、消え入りそうなその一言を聞いて、彼女がどれほど心配していたか、セイヤはようやく思い知った。どうやら、自分で考えていた以上に、思い詰めていたらしい。先程西村が言っていたように、彼女はずっと心配していたのだった。
知っているからこそ、その思いは大きくなる。
「そう簡単に死んでたまるか。約束、果たさなきゃいけないしな」
彼女を安心させるために呟いたその一言は、彼の本心である。
「……覚えていたのか」
すっと立ち上がり、自分よりも下にある彼女の頭をそっと撫でてやる。ウェーブのかかった青い髪は、撫でてやると良い香りがした。シュリアはその言葉を聞いて、俯いた。約束を覚えていてくれたうれしさからか、それとも撫でられた気恥ずかしさからか。おそらく、両方であろう。俯いたその表情には、セイヤに見られないように嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
普段の凛とした姿と、好戦的な性格から忘れがちであるが、シュリアも一人の女性である。ーー最愛の人との再会は、彼女の心を温めた。
「ちょっと、そこもう少し詰めてっ!」
「いや、こっちも限界だから!」
「お前ら声でけぇんだよ!」
「うわ~、お二人ともだいた~ん」
背後から小さい声で言い争うその言葉を聞いて、二人は我に返った。と同時にそちらを振り返る。
扉の僅かな隙間から、こちらをのぞき込むその視線に気づき、二人はジャキンッと証を構えた。その行動を見ていたからか、扉越しにもわかるほど露骨にびくんと体を震わせた。すると、その震えがのぞき見していた彼らのバランスを崩し、雪崩のように部屋に入ってきた。
「や、やばっ!!」
「ち、違うんですよ、先輩達っ!」
不埒なのぞきをしていた人物達は、セイヤとシュリアの後輩であるギリとセシリア。二人は互いに狼狽しつつ、ずりずりと後ずさる。
「ほら見ろ、ばれちまったじゃねぇか!!」
「や、あの、あのあのっ!!」
残りの二人は、彼らの教師であった。慌てるあまり、同じ事を言いつつしどろもどろな様子の西村と、彼女と教え子達を怒鳴りつけるアニュレイト。どうやら、小声で叫んでいたのはアニュレイトだったらしい。器用な奴である。
ともあれ、不埒なのぞきなどしていた四人の前に、二人は立ちふさがる。表情の一切ない、不気味な顔の二人を見て、一同は戦慄する。ーーこれはやばい、と。ゴゴゴゴッと言う擬音が聞こえそうなほどの威圧感をかもし出し、二人はゆっくりと四人に近づいていく。ーー世の中、ゆっくりとした動作の方がより恐怖を抱くことがある。今のこれが良い例であろう。
「お、落ち着け二人とも! これはその……ちょっとしたお茶目というか」
「………」
「……話を聞く気はない……か」
蛇に睨まれたカエルの如く、後ずさりしながら縮こまる四人を代表して、アニュレイトが待ったをかける。しかし、当然それが聞き入れられるはずがなく、相変わらず無言で近づいていくだけである。そのことに、彼は諦めたかのように気の抜けた表情で呟いた。
「ちょ、教授! 諦めないで下さいよっ! 何か方法が……!」
「ギリ、一つ良いことを教えてやる」
アニュレイトを揺さぶり、ギリは叫ぶが、その背後からセイヤが呟いた。ぎこちない動作で彼は振り返り、その口元に、僅かばかしの笑みを浮かべているセイヤを見やる。
「諦める、と言う事も、大事だと言うことをな」
その言葉を最後に、彼らが詰め寄っている一室から凄まじい轟音が鳴り響いた。
何事だ、とざわめく職員室で、一人落ち着いてお茶をすすっていた、髪の毛がなくなってしまったジムは、
「だからやめた方が良いと言ったのに……」
彼らには届かないその言葉を、ぽつりと呟いたのであった。