第24話 従兄弟の絆~1~
「全くあいつらは……」
シュリアはイライラとした様子でそう呟いた。あいつらとは、彼女の生徒であるタクト達五人と、生徒会の三人である。
フェルアント本部からの連絡、それは学園の生徒が謎の集団と戦闘を行っているとのことだった。そしてその生徒というのが、その八人であったのだ。
幸いなことに全員無事だったのだが、もしそうではなかったらーー。そのことを考えると心配になり、彼女のイライラが押し上げてられていく。そのことが表情に表れているのか、周りの教師は近づこうとしなかった。そんな空気をかもし出している中、彼女の親友である西村が、
「えぇっと、どうしたんですか?」
若干頬を引きつらせながら、彼女はそう問いかける。やはり、付き合いの長い彼女でもーーいや、彼女だからこそ、今のシュリアの虫の居所の悪さを知っているのだろう。
「どうしたもこうしたもない。何故あいつらはこうも問題ばかり起こすのだろうな」
「いや、今回はどちらかというと、巻き込まれた感じなんですけど……」
首を左右に振り、呆れたようにそう訂正する。確かにトラブルメイカーであるギリがいたが、今回に限り、騒動に巻き込まれたという珍しい事であった。ーーちなみに、生徒会の残りの二人は、しょっちゅう巻き込まれていたりする。
他の五人も、目立った問題は起こしておらず、唯一は入学早々の決闘騒ぎだろうか。しかしそれ以後は、大人しいものである。それに騒ぎを起こしたのも、男子三人。他の二人は、これまで何も問題は起こしていない。
「今回は何もなかったんですし、それに近いうちに長期休暇に入りますから。これまでにしておきましょうよ」
「……それもそうだな」
西村の説得に、ため息混じりでそう言った。すると、彼女のまわりから感じていた不機嫌オーラが、少し収まった。そのことに、周りの教師陣から安堵のため息が漏れ、そのことを目の端で捉えつつも、
「それで、どうするんです? 休暇に入ったら、私たちもしばらくお休みになります。シュリア先生は……」
どうするんです? と続ける前に、職員室をノックする音が聞こえた。すると、近場にいた教師が扉を開け、ノックした人物が入ってきた。
「な……!?」
「ほう、久しぶりだな~」
「……嘘…でしょ?」
その人物を見て、近場にいた教師ーースキンヘッドのジムは、狼狽の声を漏らした。さらに、ふと視線をそちらに向けたアニュレイトーー強面の教授のような風貌の教師は、感嘆の声を漏らし、ニヤリと笑って手を振った。
そしてシュリアはーー今までの口調とはまるで違う、本来の女性のような語尾を漏らした。それほどまでに、その人物の来訪は意外だったのだろうか。隣にいる西村も、その人物に唖然としていた。
「よ、久しぶり」
まうで級友に挨拶するように、来訪者である彼は、教師達に向かって気軽に手を振って見せた。
~~~~~
桐生タクトの朝は早い。そのほとんどが、精霊であるコウに起こされているが。しかし、早いことに変わりはない。
「タクト、起きろ。修練の時間だぞ」
「むにゅー……」
そして今日も、起こされると寝ぼけた声を出し、布団を引っ張り上げ、その中に隠れてしまう。いつも通りの光景に、コウは呆れたため息をつきつつ、
「仕方がない、さっさとーー」
「ーーその必要はないよ」
「な……!?」
いつも通りの起こし方をしようとしたところで、突如ドアが開くと同時に、背後から声をかけられた。いくらノックがなかったとは言え、それまで気づかなかったことに驚きつつ、羽ばたきしながら首を巡らして、部屋の訪問者を見た。ーーコウは、再度驚きの声を漏らした。
「な、何故ここに……?」
「まぁ、ちょっとな」
その訪問者ーー黒髪の、背の高い二十歳の男性であるーーは、片手を上げてコウを制すと、そのままずかずかと部屋に侵入。タクトの寝ているベットに近寄ると、そのまま彼を揺さぶり始める。
「おい、さっさと起きろ。修練の時間なんだろ?」
「むー……。後三十分……」
三十分か、大きく出たな、とコウは思う。訪問者も、タクトの様子にあきれ果てたのか、肩をすくめて呟いた。
「そうか、そこまで寝ていたいか。……だったら、三十分とは言わず、ずっと寝ていて良いぞ」
「………」
何となく、いやな予感がしてきたコウである。タクトの方も、寝ながら何かを感じているのか、額から汗を流している。寝言がむにゅー、やら、むー、と言ったものから、うーん、うーんと言ったうめき声に変わっていた。
そして訪問者は、見覚えのある剣ーー証を取り出した。それを逆手に持つと、その切っ先を寝ているタクトの方に向けた。
「ーーあの世でな」
「ーーーーっ!!」
怖すぎる言葉と同時に、彼は剣を振り下ろす。すると、自身に向けられたあからさまな殺気に、タクトは急速に覚醒した。ベットの上で身をよじり、振り下ろされた剣は枕に突き刺さった。
「あ、あぶ、あぶっ!!?」
「ちっ」
訪問者から急いで距離を取り、どっどっどと鳴り響く心臓の音を聞きながら、タクトは声を荒げた。剣を避けられたからか、訪問者は舌打ちを一つ放ち、証をしまい込んだ。
「あ、アンタ何するん……だ……」
「ようやく目が覚めたか。手間賭けさせやがって」
ビシッと謎の訪問者に指をさし、抗議の声を上げるが、それは尻すぼみとなって消えていった。すると、訪問者はやれやれとばかりに彼を見ている。ーータクトは、その彼の顔を見て、だんだんと表情が青くなっていく。
「せ……セイヤ?」
「なーに格好つけてんだよ。セイヤ兄で良いんだぜ」
あたふたと呼びかけるその口調に、セイヤは苦笑しつつもそう指摘する。だが、タクトは首を振ると、顔を赤らめて、
「い、いや、流石に恥ずかしいって言うか……。それに、正確には兄さんじゃないし……」
と、そんなことを口にした。流石に16にもなった身である。人前でそう言うのには抵抗があるのだろう。しかし、ブラコンであるセイヤにとって、彼のその仕草は、可愛らしい物があり。
「まぁ確かに従兄弟だけどさ。でも、同じ家の、一つ屋根の下で暮らしてたんだ。兄弟も同然だろう?」
そう言うと、彼はさぁっとばかりに両腕を広げてた。そのまま嬉しそうな表情で、
「さぁタクト! 久々にギューッとやろう! 久々のハグを!!」
「朝一番で剣を突き立てようとした奴に、誰がやるんだよ!!」
セイヤのふざけた物言いに、タクトは半分になった枕を顔に投げつけた。枕の羽毛があたりに飛び散るが、そんなことはお構いなしである。枕を顔で受け止め、ぽすんと下に落ちる。しかし、彼はフッと笑うと、そのままタクトに抱きついてきた。
「さぁ”妹”よ!! 兄の胸の中に飛び込んでこい!!」
「僕は男だ! そして胸に飛び込んできたのはアンタだーー!!」
タクトの怒りが爆発。もう片方の枕でセイヤの頭をぶっ叩いた。後片付けが確実に大変なレベルになったが、そんなこと、もうどうでも良かった。
そして、朝早い時間帯にも関わらず、彼は思いっきり叫んだのだった。
それから数十分後。暴れた形跡を残す室内にて、若干乱れた服装をしているセイヤは、ため息を一つついてパンパンと手を叩く。
「もう少し、強くなってから俺に挑んでこい!」
「……はい」
そして彼以上にぽろぽろとなったタクトは、頭に出来たたんこぶを押さえながら、涙目でそう生返事を返す。すると、セイヤがわざとそのたんこぶに手を置いた。鋭い痛いみが走る。
「わかったか?」
「うん、わかったわかった!」
手をふりほどいて欲しくて、彼はうんうんと頷く。しかしそれは、自らたんこぶをさすっていることと同じで、結局、痛みが増しただけであった。
ぶるぶると震えながら、必死に痛みに耐える彼を見て、苦笑しつつセイヤはようやく手を離してやる。
「そ、それでなんでセイヤ兄はここに?」
「ああ、簡単な事だ。仕事だよ、仕事」
「仕事?」
首を傾げ、そう問いかけるタクトに一つ頷き、
「そう。本部から、お前らが関わったあの”剣”についてだ」
その言葉に、彼は合点がいった。しかし同時に、タクトは眉根を寄せた。一つ、疑問に思ったことがあるからだ。
「ねえ、セイヤが仕事できたって言うのはわかったんだけど。でも、なんで剣の方なんだ? 普通、あの黒い泡の方だと思うんだけど……」
疑問というのは、そのことであった。異形を生み出した、あの黒い泡ーー。被害総額から見ても、そちらの方が驚異とみるのが普通だろう。一方剣の方は、なんの変哲もない剣のように思えてーー。
そう言おうとした瞬間、彼は口を閉ざした。思い出したのだ。レナが展開させた、あの結界をいともたやすく破壊した時のことを。戦いのさなか、突如感じたいやな予感。そして、切り裂かれた空間ーー。
ある一つの考えがふと頭に浮かび、彼はそれを口にした。
「まさかとは思うんだけど……。あの剣”も”、神器だったり?」
「ああ、その通りだ」
セイヤは彼の言葉を聞き、頷きながら答える。
「本部から、あの剣は”創造神器”、”アニュラス・ブレード”だと聞いている。それに、本部は何も言っていないが、あの黒い方も神器だと俺は睨んでいるけどな」
創造神器。そのことを知っているタクトは、彼の言葉をすんなり受け入れた。そして記憶をたどり、神器について思い出す。神器は、大きく分けて三つに分けられる。
まず一つ。人々の思いによって生まれた神々、それを創造神と呼ぶ。そして、創造神が宿った、もしくは力を宿している器を、創造神器と呼ぶのだ。例えばアニュラスは、全てを断ち切る、と言う人々の思いから生まれた神を宿したーーだから、創造神器に分類されるのだ。
そしてもう一つ。”世界を創り上げた神々、絶対神”が宿った、もしくは力を宿した器を、”絶対神器”と呼んでいる。そしてこれは、とても身近な所にあるのだ。
全ての生き物たちが住んでいる世界。それがすでに絶対神器なのだ。なにせ、造り上げた時点で、すでに絶対神の力を宿しているのだから。そのため、世界以外の絶対神器が見つかることはほとんどない。ーーしかし、たまにあるのだ。世界以外で、絶対神器が見つかることが。そのときは、フェルアントが一丸となり、絶対にそれを回収する。
もしそれが、よからぬ者の手に渡ったらーー一体、どのくらいの被害が出るかわからない。それぐらいの代物なのだ、絶対神器は。だからといって、創造神器の方も、そのまま野放しにして良いはずがない。事情が許せば、フェルアントはそれを回収することとなっている。
そして最後の一つだが。これは、今回の事件にはほぼ関わりがない。だから、タクトは、それについては思い出さなかった。
ともあれ、セイヤは少しばかり表情に笑みを浮かべ、タクトはそう口にした。考えたとおりの結果に、タクトはため息を一つ付く。彼の肩に止まっているコウは、少し首を傾げる仕草をすると、
「ちょっと待ってくれ。”アニュラス”?」
「え……あ」
コウの呟きに、どこかで聞き覚えのある発音だなと思い、記憶を探る。すると、ある人物が頭に浮かび上がった。ーー学園の授業にある、魔力講義を受け持っている先生の名前を。
タクトがその名前を口にする前に、セイヤは頷いて、
「アニュラスって言うのは、アニュレイト教授がつけた名前らしい。ーー何でも、あの剣の第一発見者らしいからな」
「……えっ」
衝撃発言に、彼は隣のコウと共に素っ頓狂な声を出した。その様子を見て、セイヤはニヤリと笑い、
「やっぱし、驚いたか?」
「そりゃあ、驚くよ……」
吐息と共に、そう呟く。神器の第一発見者ともなれば、名前をつける事は出来るがーーなぜ、自分の名前をもじった物にしたのだろうか、ふと疑問に思った。
「ま、あの人は強面のわりにかなりしゃれの通じる人だからな。面白い人にはかわりねぇぞ」
「それは思った」
含み笑いを浮かべながら、二人は笑いあった。そして、ふとベットの隣に置いてある時計に目をやり、目を見開いた。
「もう朝の時間だ」
「お、マジか?」
セイヤはずかずかとその時計に目を近付けると、あーと口を開いた。
「もうこんな時間かよ。ワリィ、この後お前の担任と少し話をつけなきゃいけないんでな」
「そうなんだ……。僕、何か悪いことしたかな?」
どこかすまなさそうに言う彼の言葉に、セイヤは違う違うと首を振った。
「この後の予定だよ。……まぁその後に、個人的な面談をして貰うとするがな」
「げ……」
品のない声を出して、タクトは頬を引きつらせた。そのことに笑いながら、セイヤはドアへ向かう。
「とりあえず、朝飯食おうぜ。もうそんな時間だ」
「そうだね。……って、ちょっと待ってよ!」
そそくさと部屋を出て、食堂へと向かうセイヤの後を付いていく。流石は学園の卒業生、迷うそぶりも見せずに一直線に向かっていく。途中、誰この人? と言う目で見られていたが、セイヤはそんなことお構いなしだった。
頭一つ分違うその二人並んで歩くその姿は、仲の良い兄弟そのものだった。