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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第21話 旋律の予感 ~4~


「アイギット、大丈夫?」


「ああ、問題ない」


タクトは彼の目の前に立つと、まず彼の安否の確認をする。アイギットが頷くと、彼も微笑みながら頷く。


すると、彼を守るかのように覆っていた障壁がなくなり、その途端、タクトはアイギットの腕を掴む。そのまま彼を抱えたまま後ろに瞬歩を使い、一気に距離を開ける。多少、足に負担がかかったが、何とか踏みとどまった。


体で風を切る感覚と、景色が後ろに飛んでいくような錯覚を受け、アイギットはやや顔をしかめたが、すぐに景色が元に戻る。そのころには、もう異形達は周りにはいなかった。彼らの群れから遠のいたのだ。


「あの大群に突っ込むなんて……。アイギーって、馬鹿? 馬鹿なんだね?」


「うぐ……」


「ちょ、コルダ!? 何もそこまで言わなくとも……」


そのことを確認すると、斜め後ろから呆れたようなコルダの声が聞こえた。手には弓形の証を持っている。先程の矢は、彼女が放ったものだろう。その言葉に反論したかったが、そのための材料がなく、口を閉ざす。が、かわりにレナが諫めるように制す。


「……アイギット……。その……あまり、命を粗末にする事はやめた方が良いよ」


「……わかっている。あの時は、冷静じゃなかった。……今は、もう大丈夫だ」


馬鹿とまでは行かないが、タクトもコルダの意見と同様なのか、静かにそう告げる。その言葉に、アイギットは素直に頷いた。


彼自身、わかっている。あの時は、頭に血が上り、周りのことが見えていなかった。いつもなら直ぐに気がつくことも、冷静さを欠くことによって、気がつかなくなる。ーーたったそれだけで、命を落とす危険もあるのだ。


そのことをわかっているからこそ、コルダは馬鹿、と言ったのだろう。そのことにアイギットは自嘲気味に笑う。


(これでは、否定のしようがないな……)


後ろを振り向き、タクト達を見やる。そして、一つ頷いて見せた。ーー本当にもう、大丈夫だ。それを見て、彼らは微笑んだ。


「大丈夫そうだね……。それで、どうする?」


そう言って、タクトは目の前にいる異形達を指さす。その間にも、異形達はのそのそとこちらに向かってきている。ーー見た目的には、あまり見ていて良い気分になるものではないが、彼女たちは幾分かは平気らしい。しかし、それでもレナは若干青い表情だが。


「そうだね……。この数だと、素直に学園か、フェルアント本部に頼んだ方が良いんじゃない?」


コルダは慣れているのか、あの大群達を見ても顔色一つ変えず、タクトの問いに答える。その様子に、何とも思わないのかな、と思いつつも、


「そうなんだけど……若干、時間がかかるんだよね」


「逃げた人達が通報したんだろうけど……。距離を考えるとな」


苦い顔を見せながらそう答えるタクトに、アイギットが俯き加減で呟く。そう、学園も本部も、ここからだとそれなりの距離がある。応援を頼んだとしても、少し時間を食うだろう。いくら転送魔術があるとは言え、あれは多少の時間がかかるものなのだ。


ましてや、この数だと精霊使いの数も必要だろう。一人ならともかく、人数が増えれば増えるだけ転送には時間がかかる。


その時間の間に、異形達が勝手に動いて、民間人を襲うのもいやだ。ならばどうするか。


「……私に一つ、案があるんだけど」


おずおずと言った感じで、レナが手を上げた。すると、彼女に視線が集中する。


「どんな案だ?」


アイギットが即座に反応する。すると、彼女はうんと一つ頷いて、その案を話し始めた。


話を聞いていく内に、他の三人の表情が明るくなっていく。即座に彼らは頷いて、


「良い案だ。それで行こう」


「りょうか~い!」


「じゃあ、僕たちで押さえるよ。……レナ、頑張って」


それぞれ呟き出す。そして、彼女はニッコリと微笑んで、


「わかった。……みんなも、気を付けてね」


その言葉を最後に、彼女は呪文の詠唱を始めた。ーーまずは、散らばってしまった異形達を1ヵ所に集めること。それが先決であった。


「………」


タクトは、だらりと下げていた日本刀を、両手で持ち、そのまま両足に魔力を注ぎ込む。そしてそのまま、ダンッと前に踏み込んでーー


「ぎっ……!!」


「はぁぁ!」


一番近くにいた異形の目の前に現れる。ーーだからといって、消えたわけではない。只単に、消えたように映っただけ。


そしてそのまま、相手の無防備な胴目掛けて気合いと共に刀を一閃。塵となって消えていく異形を尻目に、彼の頭上を数本の矢が飛来する。後ろを向いて確認するまでもない、コルダの放った矢である。


どうやら彼女の弓の腕前は、一流らしく、以前から何度か相手して貰ったが、矢の命中率がハンパなく高かった。そしてその腕前を、彼女は遺憾なく発揮した。


放たれた矢は、タクトに襲いかかろうとしていた異形達に突き刺さる。そのどれもが人体で言う致命傷であり、そこは同じなのか、受けた途端、塵となっていく。


そのことに感心しつつも、タクトはその間に刃を振るい、二、三体の異形を滅していく。


「壱之太刀、爪魔!」


刀の刀身に魔力を纏わせ、こちらを傷つけんとばかりに伸ばされてきた腕を切り裂く。鮮血の代わりに黒い飛沫を上げ、しかし彼らには痛みというものがないのか、縦に裂けた腕を振るってきた。


「……っ! 四之太刀、爪破そうは!」


そのことに戦慄し、その場で飛び跳ねて躱すなり、彼は魔力を刀の切っ先に集中して集める。そして、魔力が収束した切っ先を、腕が切り裂かれた異形に向けた。


すると、その切っ先の魔力が弾け、衝撃波が発生した。ーー圧縮した魔力を、一気に解放すると起こる衝撃波を、攻撃に転用した剣術。それが、爪破である。


とは言え、この衝撃波の攻撃力はほとんど無く、体勢を崩す程度のものしかない。しかし、そこに使う価値が見えてくる。


体勢を崩す程度しかないーー逆に言えば、”体勢を崩すことは出来る”と言う事。ならば、そこから繋がるのは連撃。体勢を崩した異形に向かい、タクトは思いっきり刀を振りかぶり、


「はぁぁ!!」


気合いの叫びと共に、空中に綺麗な一閃を描き出す。そして、その異形を塵へと変えた。彼は周りを見渡し、何もないことを確認すると、ふうと一息つく。


「まだかな……」


(彼女のことだから、あまり時間はかからんと思う。……しかし、良いのか? タクト)


彼の一人言に、タクトの中にいるコウが楽観した様子で口に出す。おそらく、彼も彼女ーーレナのことを信頼しているのだろう。しかしその後、打って変わった口調で、心配するような声音で問いかける。それに、タクトは半ば首を傾げて、


「何が?」


(彼女に施された封印、まさかとは思うが、この程度で解けるなんてことは……)


「それは……心配ないと思うよ」


コウの心配事に、タクトはクスリと笑い、


「この程度・・の異形を封じ込めるぐらいじゃ、なんてことは無いって」


その言葉を皮切りに、ちょうど、異形達の真下に、半透明の魔法陣が展開された。ーー先程、アイギットを助けるために展開されたそれと、同じものが。


ただ違うのは、今回はそれが異形達を”守る”ために使われるのはなく、”封じ込める”ために使われることだ。ーー結界魔術によって。時には人を守る壁となり、時には人を閉じ込める檻となるそれを。


彼らとて、この大群を相手にしようなどとは思わない。ならば、応援の精霊使いが駆けつけてくれるまでに、あの異形達を結界によって閉じ込めてしまおう。レナは、そう提案したのだった。


タクトはもとより、アイギットやコルダも、彼女が半端ないほどの魔力を持っていることをーー何故それほどの量を持っているのか、詳細は知らないがーー知っている。


だからこそ、彼らはその提案を了承したのだ。流石に彼らの魔力量では、この大きさの結界を作ることは難しい。だが、彼女の魔力量では、それが出来てしまったのだ。


大部分の異形達が閉じ込められ、残るは数体の閉じ込め漏らした者達。そのことを確認し、ふとそれを展開させた二人ーー棒形の証を構えるレナと、レイピアを構えるアイギットを見やった。二人は顔を見合わせ、嬉しそうに微笑んでいる。すると、こちらの視線に気がついたのか、こちらを見るなり、花が咲いたように笑いながら手を振ってくれた。それを見て、タクトも自然と笑みを浮かべて、手を振り返してやった。


「……さて、残るは後数体。ちゃちゃっとやっつけようか」


「うん、そうだね」


「ってうわっ! い、一体いつの間に!?」


手を下ろし、再び閉じ込められなかった数体に目を向ける。自分を鼓舞するために呟いたが、その言葉にいつの間に背後に回ったのか、コルダが声をかけてきた。


それに、飛び上がらん程に驚き、ずざざっと一歩後ろに下がる。それに、彼女はキョトンとした表情のまま、


「ついさっき。さっさと撃ち漏らしを片付けようよ」


そう言うと、彼女は未だ手に持っていた弓に、どこから取り出したのか、矢をつがえる。その様子を見て、相変わらずなんだなと思いつつ、タクトは両足に魔力を注ぎ込んだ。


ーー彼は気がついていなかった。結界に閉じ込めた中に、何がいるのかを。そして、彼女の様子がいつもとはどこか違うことを。



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