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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第21話 旋律の予感 ~3~

悲鳴が聞こえてきた地点に近づく程に、そこから逃げてきた人々とすれ違う。彼らが浮かべていた表情には、恐怖だけが浮かび上がっていた。


一体何を見たのだというのだろうか。タクトは彼らを見て、そのような思いを抱きつつも、走ることをやめない。隣にいるアイギットと共にひたすら前を向いている。


「……やばそうな雰囲気だな」


「そうだね……。でも、やることは一つさ」


彼が漏らした呟きに、タクトは明るい口調で答える。だが、内心は明るくはなかった。


正直に言うと、彼は怖い。逃げていく人々の恐怖が、彼にも移っているのだ。ーーそれでも、逃げはしない。


とある人に、言われたことがある。


『怖いもんは怖いと言って良い。そう言った感情を隠すな、認めろ。……目をそらさずに、しっかりと見つめろ。そうすることで、怖いもんを”恐れない”ようになる』


怖いもの恐れないーーそれは、自身の恐怖を認めることで、その恐怖に向き合えるようになる。そのことを言っているのだ。


その言葉を思いだし、タクトは苦笑する。ーー今思えば、まだ六歳にもなっていない子供に、言う言葉ではないだろう。しかし、彼はそう言ったのだ。


『認めること。それが、強さの源だ』


それは、おそらく全ての事に共通するだろう。自分の長所、短所、性格ーーその他諸々を、つまり自分自身を知ることで、人は強くなる。


(流石、先人の言葉は違うな。言葉の重みが、まるで違う)


頭の中でコウの声が響くが、タクトは全くその通りだと思う。人生経験豊富な人物の言葉ほど、宛てになる物はない。ーー例えそれが、変人の言葉だとしても。


(……あのことさえなければなぁ~)


(………)


タクトの心の呟きに、コウは無反応。しかしそれは、無言の肯定なのだろう。ーーしかし、放った一言が、先程の空気をぶちこわしていることに今気がつき、タクトは首を静かに振る。


と、何かに気がついたのか、アイギットが顔をしかめてスピードを落とす。そのことにタクトは不審に思いーー直ぐにそのことに気がついた。鉄臭いにおいがその辺に充満している。


「この臭い……もしかして、血?」


「……ああ、多分な」


タクトの漏らした呟きに、アイギットは微かに頷いて見せた。よくよく見ると、彼の顔色が僅かに悪い。それは無理もないことだ、とタクトは若干青くなった顔色で思う。


方向から考えて、多分広場あたりだと思っていたが、それはあたりだろう。二人はいまだ走り続けているが、広場に近づくたびに、その臭いがひどくなっている。


まだ到着していないのに、この臭いーー二人の脳裏には、良くないことしか浮かばない。


「……ちっ!」


「あ、アイギット!?」


「タクト!?」


「え……!?」


アイギットは顔をしかめると舌打ちを一つ放ち、緩めていたスピードを上げ始めた。それにタクトは驚きの声を上げるが、不意に背後から聞こえてきた声に後ろを振り返る。


そこには、やはり自分やアイギットと同じ、やや顔色を悪くしたレナと、それとは真逆に、いつもの雰囲気からは全く考えられない程真剣な表情を浮かべているコルダの姿があった。


「ふ、二人とも!? どうして……!?」


「あんた達だけにやらせておけないのよ。……嫌な予感がする。自慢じゃないけど、あたしの勘は良く当たるの」


「私も……」


コルダは少しの間だけ、何かを思い出したのか険しい顔を見せ、しかし直ぐに消えて無くなった。タクトが不審に思う間もなく、レナが俯き加減で口を開く。


「私も、ずっと……ずっと見守るだけなのは嫌なの。友達が傷ついていたのに、何も出来ないなんて、そんなの……!」


「レナ……?」


「………」


彼女の唇から漏れた言葉に、コルダは眉根を寄せて聞き返し、タクトは悲しげに目を伏せた。そして、心の中で葛藤する。


下手をしたら、彼女が”フェルアチルドレン”だと言う事が周りに知られてしまったらーーその危険性は、彼女もわかっているだろう。特に、”エンプリッター”に知られると、数年前の、事件と同じ事が起こってしまう。


しかしそれでも、彼女の決意は固いだろう。顔を上げた彼女の瞳を見て、タクトは決めた。ーー何があっても、彼女を守る、と。


「わかったよ、レナ」


「え……? い、良いの? 本当に?」


彼女の肩を掴み、励ますように彼は言った。すんなりそんなことを言われるとは思っていなかったのか、彼女は驚きに目を見開いて聞き返す。そのことに苦笑しつつも、


「うん。でも、一つだけ約束して」


苦笑を微笑みに変えて、彼は言う。


「絶対に、無理はしないでね」


その笑みに、レナは心温まるのを感じた。


「……うん、わかった」


彼女も笑みを浮かべて、思い切りよく頷いた。それを見てタクトは一つ頷くと、コルダの方を見て、


「行こう、コルダ!」


「はいはい。……もてるね、アンタ」


彼の言葉に頷きつつも、彼女はやや呆れた口調で小さく呟いた。


 ~~~~~


「これは……っ!」


悲鳴が聞こえた広場に、先に着いたアイギットは、その惨状を見て、静かに怒りの声を上げていた。


おそらく人通りが多かったのだろう。前に来たときにも、人が大勢来ており、賑わいを見せていたのだが、今は見る影もない。


その広場には、かなりの数ーーおそらく、百単位だろうーーの黒い人型の異形が覆い尽くしており、そこらにあった建造物は見事なまでに破壊され尽くしている。そして、その人型の異形達の足下には、ここにいた人達なのだろう。彼らは皆、目を開いたままその命を止めてしまっていた。


家族と来ていたのだろうか、大人二人と子供一人が連なるようにして倒れている。こちらは恋人と来ていたのだろう。二人の男女が手をつないだまま血の海に沈んでいる。


他にも、目をこらせば様々な遺体が見つかるだろう。そして、その異形達の口元から垂れてくる赤い液体ーーそれを見て、状況が理解できないほど、アイギットは脳天気ではなかった。


「……貴様ら」


怒りで頭に血が上るが、それを理性で必至に抑える。漏れた呟きは、自分でもぞっとするほど低かった。


不意に脳裏に蘇る、あの時の惨劇ーー。目の前で、自分を産んだ母親が、血の海に沈んでいくさまーーそれを思い出す。


だからこそ、あの時と似たような惨劇を起こしたこいつらに、どうしようもない怒りが湧き上がってきた。アイギットは腰のあたりに魔法陣を展開させ、そこから証を抜き放つ。


レイピアの形状をしているそれを構え、彼は呪文を唱え始める。ーー一言で唱え終わるそれを、属性変化術を。己が最も得意とする、水の改式ーー氷を。


彼の周りに出現する、青き魔法陣。それらから杭の形をした氷塊がいくつも現れーー。


「ここで、終われ」


冷たい眼差しのまま、彼は異形達に向かって氷塊を放った。放たれた氷塊は、異形達を一体一体撃ち貫き、人体で言えば致命傷ーー例えば顔や腹、心臓などがある部位に、どんどん穴を開けていく。氷塊はそれほどの大きさでもないが、それでも異形達の腰の細さを考えれば、大きな穴が開くレベルの大きさである。


それによって戦闘不能となった異形は、一瞬にして黒い塵となって消えていく。しかし、それでは全く足りない。


数が違いすぎるのだ。先程の氷塊の攻撃でも、減らした数は、全体から見れば雀の涙ほどであろう。


そのことをあざ笑うかのように、異形達はアイギットの方を向いた。本来なら、ここで恐怖してしまうはずなのだがーー


「うおぉぉぉぉ!!」


幾ら理性で押さえつけているとは言え、それでも彼には少なからず頭に血が上ってしまっている。今の彼に、恐怖なんて感情はない。最初っから出し惜しみなしの、全力で行くつもりなのか、レイピア片手に異形達の群れに突っ込んでいく。


ーー数が違いすぎるなんてことはわかっている。しかしそれでも、止められなかったのだ。ぎりぎりで押さえつけていた理性だが、それは今の瞬間でどこかに吹き飛んでしまった。


斬る、斬る、斬る。異形の一体ずつをレイピアで斬り、突き、薙ぎ払う。それでも数は一向に減らない。異形が振りかぶった腕が彼の体を掠める。だが、掠ったその次の瞬間には、その異形の腕は切り落とされていた。


「はぁぁぁ!!」


術式を展開させ、剣に水を纏わせる。纏ったままのその剣を振りかぶり、一体目掛けて振り下ろす。すると、その軌跡から”水”の斬撃が放たれた。ーータクトの霊印流、弐之太刀である飛刃と似ているが、それは外見だけである。


元々精霊使いは、魔力を別の物に変化させて戦うのが主流である。そんな中、魔力を直接用いる霊印流は珍しいだろう。


彼が放った水の斬撃は、異形を切り裂き、しかしそこで止まってしまう。その結果にアイギットは悔しげに顔を歪め、反対に異形達はそろって厭らしい笑みを浮かべた。幾ら一つ目である異形とは言え、そのくらいはわかるものなのだ。


動きの止まったアイギットに対し、異形達は群れで一気に襲いかかる。その数を見て、彼は舌打ちを一つ放ち、怒りのままに真っ正面から受けて立とうとしてーー。


「っ!!?」


ーー突然背中から冷たい汗が吹き出した。


本能に従って即座に横に飛び、背後から振り下ろされた腕を見やった。ーーそれを見て、今自分がどんな状況にいるのかを理解して、ますます冷たい汗が流れていくのを自覚した。


「……やっちまったな、こりゃ……」


三百六十度、全方位見渡して、アイギットは諦めたかのように呟いた。ーー見渡して、自分が今、異形達の群れの真ん中にいることを理解し、自嘲気味に笑った。


先程の考えなしで、怒りに身を任せて突っ込んだ結果がこれである。ーー笑いたくもなる。”死”と言う物が間近に迫ると、自然と心が覚めていき、感覚が研ぎ澄まされていく。そして、彼は手に持つレイピアを握る手に力を入れた。


(ここまでかも知れないけど……。でも……)


諦めたように脱力した彼に、チャンスとみたのか、異形達は一斉に襲いかかる。ーーしかし。


(”仲間”がいるって……。こうも安心出来るもんなんだな)


場違いにも、彼はそう感心しーー突如、彼の足下に半透明の魔法陣が展開される。ーー彼は、それを”展開させていない”のに。


しかも、陣の色は半透明である。それは詠唱型の魔術で、発動にはタイムラグがある。と言う事は。


そして、彼を囲い込むかのようにドーム状の防壁が張られ、異形達の体はそれにぶつかり、はじき飛ばされた。そして、はじき飛ばされた異形達に、とどめを刺すかのように矢が次々と突き刺さる。


矢が突き刺さり、ちりと消えた異形達は、その現象に驚きーーアイギットの近くにいた異形の首がはね飛ばされた。


異形達からしてみれば、いきなりはね飛ばされたかのように写っただろう。しかし、アイギットは確かに見た。凄まじい早さで駆け抜けてきた、一つの影を。刀を振るう、その姿を。


防壁によって守られたアイギットの前に、その影は舞い降りる。ーーここ数ヶ月で見慣れた黒髪。やや低い背丈。そして、少女と見間違える顔立ち。


ーー桐生タクト。彼はいつぞやの決闘の時と同様、友を助けるために、そこに舞い降りた。

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