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精霊の担い手  作者: 天剣
1年時
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第21話 旋律の予感 ~2~

肩をがっくりと落とし、落ち込んでいる様子のタクトに、マモルは首に腕を回した。


「ちょ、ちょっと!?」

「あー、大丈夫だ」


そう言うと、首を絞める力を弱め、彼はタクトの耳元でささやいた。


「ありがとな。家に来ても言いって、言ってくれてよ」

「……もう来ちゃ駄目って言っても、無理な雰囲気にしてから言わないでよ」

「だからさ」


そう言って、マモルは前を行く、わいわいとはしゃぐ三人に目をやる。それに釣られ、タクトもそちらに目を向けた。楽しそうに笑っている彼らに目をやりつつ、


「あいつら、寮の狭い部屋にひとりぼっちになるところだったからさ。そうなるよりは、お前の家に案内した方が良いんじゃないかって思って」


それを聞いて、タクトは驚きに目を見開いた。そこまでは頭が回らなかったのだ。同時に、それに気づかなかった自分が恥ずかしくなり、自己嫌悪に陥る。


それを察したのか、マモルはふっと笑って彼の頭を柔らかく叩いた。目を彼に向けると、


「そう自分が悪いって思い込むな。それはお前の悪いところだぞ」

「………」


そうは言っても、あまり気が晴れない。おそらくそれが表情に出ていたのであろう、タクトの顔を見たマモルは、首を絞める腕に力を込める。


「ちょ……!」

「だから自分一人で背負い込むな。これは命令だ!」


ニッと笑いながらそのまま彼の首をぎゅーっと締め、息が苦しくなったのか、彼はマモルの腕をぽんぽんと叩く。所謂、降参の合図である。


しかし、悪戯心が沸いたのか、彼の首を離さず、なおも首を絞め続ける。


「ちょ、まも……っ! ホントにっ……ぎ……ぶぅ……」


表情が青くなり始めたので、流石にかわいそうだなと思い、ようやく彼を解放する。かわいそうと言っても、それをやらかしたのはマモル本人なのだが。


解放されたタクトは、けほけほと咳き込みながら、ふらふらと覚束ない足取りでたたらを踏み、ようやく立ち止まる。その僅かな間に、呼吸を整えたのは流石ではある。


「おーおー、大丈夫か?」

「……誰の……せいだと……」


倒れ込むことは免れたが、それでも受けたダメージはそれなりにあったようで、虚ろな表情でマモルをギッと睨みつける。


彼は沸点が低い方ではなく、むしろ高い方なので、こうやって人を睨みつけることが少なく、珍しい光景である。しかし、睨みつける機会が少ないためか、その表情にも人を威圧する要素があまりなく、どこか愛らしさがある。


それを見て、マモルはひゅうっと口笛を吹き、


「いやー、可愛い奴だなホント」

「気持ち悪いよマモル。と言うよりも、可愛いは男に対してあまり褒め言葉じゃないよ。いつも言ってることだけどさ」


一人うんうんと頷く彼に、ジトッとした目つきで見やるタクトは、半ば諦めたように息を吐いた。と、マモルが何かを見つけたのか、一人で前の方へと早足で歩いて行った。


再び一人でどこかへと歩いて行くマモルを眺めて、小さくため息をついた。そして、視線を巡らし、とある一軒の店の前に置いてある鏡に目を向けた。


(……髪、切ろうかな?)


鏡に映る自分自身を見つめ、自身の黒髪を弄りながら、ふとそう思う。男性にしては長めの、セミロングの髪の毛。それを弄りながら、何となく右耳に触れる。


ーーいや、正確には”あった場所”に触れる、か。


そう、本来右耳がある場所、そこには何もなかった。元からなかったわけではない。本来はちゃんとあったのだ。


だが、今はない。ーー数年前、何者かに”切り落とされた”のだ。髪の毛に隠れて見えないが、そこには痛々しい傷跡が残っている。


実際、そこに触れている今でさえも、傷口に触れるたびに、ほんの微かな違和感と言うか、そう言うのを感じる。


彼が髪の毛を長くしているのは、そう言う事情があるからだ。あまり、人に見せたくない物であるから。自分で認めるのも癪だが、ただでさえ性別を間違われやすい顔立ちなのだ。そう言う理由がなければ、髪の毛はもっと短くしている。


(タクト……)

(……大丈夫だよ、コウ。もう、吹っ切れてるさ)


頭の中で響く相棒の声に、タクトは内心自嘲気味に笑いながらそう答えた。だが、コウにしてはあまり、大丈夫そうにないのだが。しかし、本人は何度もそう言ってきているので、返す言葉がない。


いくら契約を交わし、精霊とのつながりが生まれたとしても、本人の心の中までは見通すことは出来ない。


こんなにも近くにいるのに。こんなにもつながりがあるのに。契約を交わした少年の、抱いているであろう思いを、晴らすことが出来ない。そんなもどかしい思いを、コウは抱いていた。


何が精霊だろう。何が幻獣タイプだろう。何も出来ない、無力な魔力の塊じゃないか。己の無力さを、彼は嘆いていた。だから結局、いつもと同じ返答を返すしかなかった。


(……そうか。……あまり、思い詰めるなよ)

(わかっているよ、コウ)


相棒にそう返すと、髪を弄り始め、


(……やっぱし切るのやめよ)


未練無く髪の毛から手を離し、一つ頷くとタクトは前を見てーー


「タクト?」

「うわっ!?」


目の前に、レナの顔があった。いきなりのそれに驚き、数歩後ずさり、若干顔が赤くなることを自覚した。彼女にはそんな気は全くないだろうが、レナは見栄えが良い少女である。いくら長年一緒にいた仲とは言え、こう顔を近づけられると、色々思ってしまうことがある。


そうとは知らないレナは、タクトが慌てて顔を背けたのを見て、首を傾げる。何かあったのだろうかと思い、そう問いかける前に、


「えっと……、レナ、どうしたの?」

「う、うん。どうしたって程じゃないの。ただ、何か考え事してたみたいだったから……」


と、たどたどしい言葉で聞いてきた。それにおかしいと思いつつも返事を返すと、彼はそっか、と頷いて、突如黙ってしまった。不自然なまでに、視線がレナの背後で固定されてしまっている。


ふと彼女も背後から視線を感じ、ぶわっと冷や汗をかく。先程は、タクトが一人で思い詰めた表情で歩いていたので、それが気になってコルダやアイギット達からそっと離れたのだがーー。


「きゃっ!?」

「……一つ聞いても良い? そこで何しているの、二人とも」

「う~ん、気にしないで、タクト。そこは聞いちゃいけないところだよ」

「何が聞いちゃいけないことなのか激しく気になるんですけど!」


レナの隣から、コルダの顔がにゅっと飛び出し、彼女は驚きの声を上げて慌てて飛び退いた。タクトは呆れたふうにコルダを見やると、彼女はにやりと笑った表情でちっちっち、と人差し指を左右に振る。


その返答に、何か嫌な物を感じ取ったのだろうか、タクトは慌てた様子で突っ込む。すると、黙っていたアイギットが、


「まぁ、男女のそれに部外者が口を挟む事じゃないしな。……二人とも、お幸せに」

「ちょっと待って、アイギット! 何が幸せなのか良くわからないけど、今君が激しい誤解をしている事はかろうじてわかるよっ!!」


軽く瞑目しながらお辞儀をする彼に、タクトは合点がいったのか、先程以上に慌てた様子で止めに入る。その隣ではレナが、


「えぇ!? あ、いや、その……あうぅ……」


アイギットの言葉を聞き、うめき声を上げて、顔を真っ赤にしている。そのままモジモジと何かを呟きつつ、あらぬ方向を目を向けている。が、今の立ち位置ではタクトが前にいるため、彼の視界にそれが入ることはなかった。


ほぼ正反対な反応を見せる彼らに、アイギットとコルダはにやりと意地の悪い笑いを浮かべ、


「良い物見せて貰った」

「ご馳走様です」

「何がだよっ!!」


二人そろって両手を合わせ、そのまま半身低頭する彼らに、タクトの叫びが響き渡った。


 ~~~~~


そこから数時間後。今マモルを除いた四人は、彼とした待ち合わせ場所へと向かっていた。どうやら彼には、前から欲しかった物があるらしく、それを手に入れるために一人別行動をしている。


時々一人で何をやっているのかと思ったら、そう言う事かと、タクトは聞いたとき納得がいった。そして、その買い物が終わったと、先程連絡があった。ーー精霊とのつながりを応用した、魔術を使っての方法でである。


元々精霊との意思の疎通が出来るのは、そう言ったつながりがあるからである。ただ、そのつながりは人と人との間では繋がっておらず、それを術によって出来るようにしたのだという。と言っても、術が使えないタクトにとっては、文字通り使えない代物であるが。ーー若干、うらやましいと思うタクトである。


「で、奴は一体何を買ったのだ?」

「さぁ~? でもま、ある程度は予想が付くけどね」


やや広い道を、四人で並んで歩きながら、アイギットの疑問にタクトは応じる。だが、その口調にはどこか呆れが入っていた。そのことを敏感に感じ取ったのか、彼は面白そうな物を見つけた、と言う感じで、


「ほう。じゃあ、あいつは何が欲しいんだ?」

「多分、音楽じゃないかな。マモルにとっては唯一の趣味みたいなものだし」

「なんだ、詰まらん」


興味を無くしたのか、アイギットはすぐさまそのことについては追求をやめにする。おそらく、彼を弄るネタが欲しかったのだろう。その様子を見て、相変わらず微妙な仲だな、と思った。


どうやらマモルとアイギットは、あまり仲がよろしくない。ーーが、それは本人達の談であり、一歩離れて見てみれば、メチャクチャ仲がよろしいように思えてくる。そのことを指摘すると、二人は断固として否定するが。


「あはは、そんなにフジのことが嫌い?」

「当然だ。奴の全てが気に食わん」


コルダの問いかけの返答を聞いて、タクトとレナは思わず吹き出しそうになった。ーー少し前、似たようなことを聞くと、マモルは、


「嫌いだな。何となく、あいつの全てが気に入らない」


と、似たような返答を返してきたのだ。ーー笑うのも、無理ないと思う。必死に笑いを抑える二人を見たアイギットは、訝しげに眉を潜めた。


「……何しているんだ、お前ら」

「い、いや、ちょっと……」

「そ、そう。な、何でも無いよ?」


そう言いつつも、その笑いが激しく気になるのだが。内心で突っ込みつつ、ため息をつきかけて。


「うああぁぁぁぁぁ!!!?」


そんな悲鳴が街全体に木霊した。その悲鳴に、四人は顔を見合わせた。


「今の、何?」

「わからないが……今の悲鳴を聞く限り、尋常じゃないことは確かだな」


タクトの呟きに、アイギットは頷きつつそう返すと、そのまま彼に目を向けた。タクトもその視線を見て、やがて申し合わせたように同時に首を縦に振った。


「……行くぞ!」

「うん!」


アイギットの言葉に、彼は頷きを一つすると、ダッと地面を駆けだした。そんな二人に、背後から声が響く。


「ちょ、ちょっと二人とも!?」

「……行こう、レナ」

「え?」


呼びかけたレナだったが、その声は二人の耳には入らず、聞き流されてしまった。それに若干肩を落としそうになったが、その隣でコルダが彼女の服の裾を引っ張っていた。


珍しいことに、落ち着いた声音のそれに、レナはやや驚いたが、彼女はそれに構わず、顔をしかめるような事を口に出した。


「嫌な予感がするの……。とても、嫌な予感が……」

「………」


それを聞いて、彼女はしばし考え込む。やがて決心が付いたのか、


(マモルは……大丈夫だよね。マモルも、体が勝手に動くタイプだし)


彼に連絡を入れようと思ったが、不要だなと思っていた。彼との待ち合わせ場所はここから近いし、多分先程の悲鳴も彼の耳に入っただろう。


一応術を使って連絡を入れようかなと思ったが、それを使うのに若干時間がかかる。だから、彼には連絡を入れないことにした。多分、大丈夫だろうと。


(信頼しているし、ね)


もちろん、タクトやアイギット、そしてコルダ。この三人のことも信頼している。だから、大丈夫だと。一度コルダの方を向いて、彼女はいつもとは少し違い、優しげな笑みを浮かべていた。その笑みを見て、レナも思わず微笑む。


「行こう、コルダ!」

「了解!」


ビッと手を構えると、そのまま二人は前を走る男二人を追って走り出した。

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