第21話 旋律の予感 ~1~
……気分が下がりに下がっている中で書いたので、いつも以上に駄文だと思います……。
「あいたたた……」
「うぅ、朝から最悪だ……」
「ま、自業自得だろ」
「大丈夫、二人とも?」
日が高く昇った昼時。顔をしかめ、体の節々の痛みを訴えながら、タクトとアイギットはフェルアントの街並みを歩いて行く。痛みを負ったのは朝だというのに、未だに痛いのか、その動きはどこかぎこちない。
そんな二人を見て、マモルは若干の呆れと共に、レナは心配そうな表情を浮かべてそう口に出す。その隣にはコルダもいるのだが、いつもと違いどこか大人しい。
「う~ん。二人とも、朝から何やっていたの?」
「模擬戦だよ。アイギットがやってみようと言っていたから」
彼女の言葉に、タクトはアイギットの方へ指を向ける。ーー若干、その指には恨みが込められていそうだが。その恨みが顔にも出ていたのか、アイギットはその表情を見て、すまなさそうに頭を下げる。
「すまない。まさか、先生が来るとは思わなかったのでな」
「それにしても、流石に許可証を出さなかったのは悪いんじゃない? 他の人に迷惑がかかったかも知れないんだよ」
レナの説教とも取れるそれに、アイギットはますます縮こまる。あたふたと言い訳を口にする。
「いや、そのことは……うん。……その……………すまなかった」
が、言い訳が思いつかなかったのか、最終的に平謝りをする。それに慌てたのは、むしろレナの方だ。彼女の方こそあたふたと両手を振って、
「ああ、いや、そんなに謝らなくても」
大丈夫だよ、と言う彼女の後ろで、マモルがニヤニヤと笑いながら口にする。
「まぁ、迷惑かけたっちゃ、かけたよな。医務室の人には」
それにはアイギットはおろか、タクトの方までうっと詰まった。確かに彼らが運ばれてきたとき、医務室の人は迷惑そうに顔を歪めていた。
余計な仕事を増やしやがって、的な表情を浮かべていたが。そのせいか、手当が若干手荒だったことは見間違いだと思いたい。痛みが生んだ幻想だと。
再び顔をしかめる二人と、何が起こったのか知らないレナとマモルは首を傾げ、コルダはニッコリと笑みを浮かべた。
今フェルアントの街にこの五人がいるのは、ちょうど偶然である。朝から医務室にたたき込まれた二人は、昼前にようやく解放され、そこでマモルに出会ったのだ。
どうやら彼はやることもなく、一人でぶらついていたらしい。ーーその時、「弄る相手がいない……」と口走っていたが、それは聞いていないことにした。アイギットはおい、と咎めていたが。
そして彼が何故医務室から出てきたのかを聞いてきたので、仕方なく説明したら、案の定弄ってきた。もはや慣れているタクトはそれを適度に流していたが、流石にアイギットはいちいち突っ込んでいた。
そのためか、先程から疲れた様子を見せ、やけに素直である。
まぁそれはともかく、やることもなかった三人は、街に出かけてみようと言うことになりーー以前出かけたが、あれから数ヶ月たっているーー、出かけることになったのだ。
その途中でコルダを見つけ、やることがなかったのは彼女も同様だったようで、出かけることを話すと即座に行くと言って、準備に走っていった。戻ってきたときには何故かレナがいたが、どうやらコルダがレナを見つけて、行くと言うことを伝えーー今に至る、と言う訳である。
タクトはどんどん話が人づてに伝わっていく様子を見て、昔読んだ本にあったような、と苦笑いを浮かべていた。確かそれには、最終的に違う話になっていったような……。
「そう言えば、もう少ししたら長期休暇だね」
突然、コルダが微笑みつつ話を振ってきた。そう、学園では後2、3週間程したら長期休暇、今は夏なので時期的には夏休みか。それに入ろうとしているのだ。タクト達は彼女の言葉に頷きつつ、
「そうだね。コルダは、何か予定とかあるの?」
「ううん、ない。私、一人だし……」
と、普段の彼女からはあまり想像できない程、落ち込んだ声音でそう呟いた。表情も、どことなく陰りがあるように思える。そんな彼女を見て、振れてはならない物に振れてしまったと直感的に感じ取り、タクトは慌て始める。
「あ、あぁいや。只単に何となく聞いてみただけで、言いたくなかったら、言わなくて良いよ」
どこか落ち着かせるような声音でそう言うと、コルダはほのかに笑みを浮かべつつ、
「……ありがと、タクト。……惚れちゃいそうかも♪」
「え、ええ!?」
最後だけはわざとらしくウインクなどしながら、悪戯っ子のように笑いながら言う。するとタクトは、いきなりの発言に凄まじいまでに驚きながら後ずさり、先程以上にあたふたと慌てた。表情も、どこか赤く染まっている。
その様子を見ながら、アイギットとマモルは微笑ましい物を見るような目つきで、
「これはこれは。あれだけで照れてしまうとは」
「こりゃあ、頑張らないとな~」
等と、アイギットは彼の純情な一面を見ながら素直な感想を、マモルはレナの方を意味ありげに見ながらそう呟く。その言葉に、レナはうっと詰まるが、ニヤニヤ笑う二人にとって、その行動は命取りだった。
「おやぁ~? レナさん、何が『うっ』何でしょうか?」
「ふむ、その辺を詳しく教えていただこうか?」
問い詰められ、さらにううっと唸るレナ。その表情には焦りが見え始めている。ーー傍目には、二人の男が少女に詰め寄っている風に見られているだろう。その証拠に、周りを行き交う人々が不思議そうにこちらを見て、すぐに関わり合いにならんとそっぽを向く。
我に返ったタクトがそれに気づき、未だ赤い顔のままふうっとため息をついた。
「ちょっと二人とも。その辺にしときなよ」
「いやいや、こればかりはちゃんとハッキリさせないとな……って、お前かよ!?」
マモルは一度タクトの方を向いてそう否定し、しかし直ぐにまた彼の方を向いて、飛び出さんばかりに目を剥く。それに、あまり状況が読み込めていないタクトは首を傾げた。
「……? 何が『お前かよ!?』なの?」
「いや、大丈夫だ。お前だから関係ない。……って言うか、お前だからこそ関係ない」
と、アイギットが驚きでしどろもどろのマモルに助け船を出す。それに飛び乗ったマモルは、若干焦った感じでそうそうと頷きつつ、
「そ、そう言えば、長期休暇はどうするんだ、て言う話だったよな? アイギットはどうするんだ?」
露骨に話をそらすが、そのことに誰も指摘する間を与えずに彼は言う。
「ああ、多分寮で缶詰だろう。家には帰れないしな」
「え、何でだ?」
腕を組んで、寂しげに言う彼の言葉に、マモルは目を瞬く。
「決闘騒ぎを起こした頃、荒れていたんだ。……その理由が、家のことでさ。あまり詳しくは話さないけど、親と喧嘩して、家を飛び出して……」
それっきりだよ。そう言った彼の表情には、自嘲めいた物があった。それを聞いて、マモル達はあぁ~と頭を抱える。
「……ここにいる皆って、何かかしら抱え込んでいるんだね」
レナのその言葉に、皆は一斉に頷いた。彼女自身、あまり浮かない顔をしている。すると、アイギットがえっと言う顔をして、
「だったらお前らも?」
と驚きを露わにしてそう言い、
「へぇ~、類は友を呼ぶって言うけどね」
先程までの陰りのある表情は何処へやら、コルダはいつも通りの表情ーーつまり微笑みを見せながら、感心したように呟いた。それには、苦笑するしかない三人であった。訂正するようにマモルが、
「まぁ、色々あるのは約一名だけだけどな。俺達はその秘密を共有しているだけさ」
ぽつりと言うと、そのまま四人から離れて一人で歩いて行った。その後ろ姿を見ながら、アイギットはタクトに尋ねる。
「……その秘密とやらは、聞かない方が良いんだろ?」
尋ねる、というよりは確認に近かった。その言葉にタクトは頭を下げる。
「ありがとう、飲み込みが早くて。……僕たちも、君たちの秘密のことについては、根掘り葉掘り聞かないよ」
下げた頭を上げ、タクトはアイギットとコルダに目を向けた。そして、ニッコリと笑って、
「だけど、話したくなったら……。誰かに聞いて欲しかったら、僕たちに相談して。力に、なるから……」
それを聞いて、アイギットは人知れず微笑んだ。ああ、ようやく手に入れた、と。
取播きと一緒にいた時ですら手に入れられなかった物。それを、ようやく手に入れた、と。彼は、その笑みを見てそう思ったのだった。ーー素直に言えるはずがないけれど。
狙ってやっているのではないか、と思いアイギットは照れ隠しも含めて、タクトにこう告げた。
「……そうやって笑うと、女みたいに見えるぞ?」
「……余計なお世話だよ」
とたんに不機嫌な様子となり、べーと舌を出してこちらを睨む彼に、アイギットはため息をついた。そう言う仕草が、女みたいなんだよ、と。どうやら、意図せずにそんなことが言えたらしい。彼はさらに重いため息をついた。
そんな二人を、微笑ましそうにレナとコルダは見ていた。
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先に行ってしまったマモルに追いつき、そのまま五人は道を歩きながら談笑していた。大した離れてもいなかったので、彼にはすぐに追いついたのだ。話の続きとばかりに、
「フジはどうするの、長期休暇?」
「……その呼び名、いい加減聞き慣れてきた自分が怖い。まぁ、数日間はこいつん家で泊まるのを予定してるけど」
コルダの、相変わらずのフジ呼ばわりに、マモルはため息をつきつつ、そう答えた。しかし、それにすぐに反応したのがいた。
「ちょ、ちょっと待って!? 僕そんなこと一言も聞いてないんだけど!?」
「ああ、そうだったっけ? なら、今伝えたと言う事で」
いやいやいや、と首を振りつつタクトは答えるが、マモルはすました表情で告げる。それに、二の句が告げられない程に固まった。
「いや、そうじゃないし! 何で僕の家で泊まるのさ!?」
「いや~だな~、わかってるくせに」
「いやわからないからね!? わかってないからね!?」
そう告げるタクトは、いかにも焦ったような表情でそう言い、しかしそれにはまったく構わずにマモルはニッと意地汚く笑う。
「いや~、こいつん家はすごいぜぇ。でかい、広い、大きい! 料理は毎日豪華、それでいてうまい! おまけに美人の母がいて、何より、温泉がある」
それを聞いたとたん、コルダがはいっと勢いよく手を上げて、
「私、行っていい!?」
「ちょ、コルダ!?」
「おう、良いぞ。俺が許す!」
「マモル!」
手を上げて何を言い出すかと思いきや、まさかの行きたい発言。しかし、百歩譲ってマモルは家に入れても良いとしても(入れる気は無いが)、コルダはーーと言うか、”女性陣”は駄目だ。”あの人”がいる。
一つ屋根の下に見ず知らずの女性を入れたら、あの人が喜ぶ! そして何より、自分が落ち着かない!
この発言を、事情をよく知っている人物が聞いたら、お前の女性への耐久のなさは、あいつに全部持って行かれたからか、と納得が行くだろう。
そう、タクトはあまり、女性に対しての免疫があまり無いのだ。ようするに、あまり女性慣れしていない。ーーその顔立ち故に、女性から話しかけられる事が多々あるためか、比較的、だが。
とにかくタクトは、”あの人”が喜ぶ様を想像して、鳥肌がたった。何とかやめさせようと思い、しかし言い言葉が思いつかない。
そうだ、レナなら……! ”被害者”である彼女なら、コルダを思い止まらせることが出来るだろう……! そんな事を考えつつ、タクトはレナに目配せする。しかし彼女は、あの時の様子を思いだしたのか、頬を赤らめつつも、おずおずと手を上げた。
「あの、タクト。あたしも、久しぶりに……」
お前もかぁーー! あんぐりと開いた口がふさがらず、タクトは呆然とした。彼女は全てを言い切ってはいないが、このままだと自分の家に押しかけられる! 恥ずかしくはないが、あまり人には見せたくない物があるため、あまり家には入らせたくないのだ。
どうしよう、どうしよう、と思うが、もう遅い気がする。
(諦めたらどうだ? 見せたくないと言っても、あまり害はないんだし)
と、既に相棒であるコウにまで諭される。四面楚歌とはこのことか。こうなってしまったら、頷く以外なさそうだ。
うう、と唸りつつ、タクトは首を縦に振った。
「……わ、わかったよ。家に泊まっても……」
途端に、やったーと喜ぶ三人。と言うか、コルダは何に釣られたんだろうか。
「温泉かな? 後、タクトのお母さんって、気になるし」
「そうなんだ……」
聞いてみると、案外普通な答えが返ってきた。すると、今まで黙っていたアイギットが、
「なら、俺も行ってもいいか? ちょうど行く宛てもなかったことだし」
「……もう、好きにして……」
と、完全に何かを諦めたような声音と表情で、そう告げた。